第26話「恵まれない側の人間」
もう一回戦と言ったは、いいものの。
ふたりとも改めてするとなると、また緊張しちゃってふざけ倒すのが目に見えたから……とりあえず、アイスでも食べながらリビングで映画鑑賞を始めた。
クーラーの効いた室内にあるソファでふたり、互いに相手の体へ寄りかかって過ごす。
見てるのは、高良が昨日の夜に初めて見てハマッたというミステリー映画で、ドラマ含めてシリーズ化されてるくらい人気なものだ。ギャグ要素もある真剣すぎない雰囲気は、まさに私達の好みドンピシャだった。
「んっ、ふふ……名言出た。これ好き」
「良いよね、たまに会話で使う」
「わかるわかる。使いたくなるよね」
「この名言を聞くために見てるまである」
「ふはっ、そんなに?」
無言で見る時間と、他愛もない感想を話す時間を交互に過ごしながら、
「……伏見、そっちのアイスも食べさせて」
「いいよ」
「ついでにちゅーして」
「えぇ……キスがついでなの?」
「んー…ふふ。拗ねた顔かわいいね。すき」
ちゃんと恋人らしく、たまにイチャイチャもした。
高良から甘えてくれることが多くて、アイスを食べさせ合ったり、その途中で口づけを交わしたりしてるうちに、すっかりアイスも食べ終わった頃。
「部屋、行く?」
「……こ…ここで、いいよ」
気分もだいぶ上がってきたから誘ってみたら、予想外の言葉が返ってきた。
「へ、部屋だと……行ってる間にまた恥ずかしくなっちゃいそうだから…」
「わ……わかった。じゃあ、手だけ洗ってくるね」
「え」
理由を教えてくれたから、高良の気持ちに応えようと急いで手を洗いにキッチンへ向かった。
一応、戻る途中でウエットティッシュも持って、高良の待つソファへと着いたら、
「あなたの愛しの彼女は今、怒っています」
クレームが入った。
「え……え?なんで?」
「もう今にも抱かれそう…って時に、ふつう置いて行くかね」
「あ……ご、ごめん。体に触るから、手は清潔じゃないとって……思って…」
「別にいいのに。そういう気遣いは嬉しいけど……あの雰囲気で離れられるの、伏見くらいだと思う」
「すみませんでした…」
「ん。…離れたぶん、いっぱいくっつきたい」
「あ、う…うん。ほんとごめんね」
腕を広げた高良を抱き締めて、そのままソファの上に腰を下ろす。
体が密着した瞬間に高良は感触を確かめる動きで私の背中に手を当てて、可愛らしく首元にすり寄ってきた。
甘え上手な彼女が愛しくて仕方なくて、私も相手の頭部に頬を当てながらサラサラの髪を撫でる。不思議とこうしてるだけでも、心は満たされた。
「んん…好き。伏見だいすき」
「はぁ、かわいい。可愛すぎる。こんなかわいい子見たことない。おうち連れて帰りたい」
「ここもうおうちだよ、お持ち帰り済みだよ」
「そうだった。あまりにかわいすぎて信じられないな…」
「んふふー、かわいいでしょ?いいよ、もっと褒めて。ほめろ」
「急な命令口調やめて……褒めるけども」
「っきゃ…つめたい」
強気な高良の頬を挟み掴んで顔を見ようと持ち上げたら、彼女は驚いたように肩を竦めた。
「あ……ごめん。冷たい水で洗ったから…」
「もう〜、びっくりした」
「ごめんね…体温戻るまで触らないようにする」
「……わたしがあっためる」
一度離した私の手を捕まえて、胸元に当てた状態でギュッと抱きしめた高良がこれまた可愛くて、もう片方の手を頭の上に乗せた。…なんかもうずっとかわいい。
さっきの失態のせいで、いやらしい雰囲気じゃなくなっちゃったのは残念だけど、これはこれで幸せだからいいや。
「こっちでも、あっためてあげるね」
「へ…」
完全に油断していたところで、不意に高良が自分の裾を持ち上げた。
そのまま服の中に手をしまわれた行動を目の当たりにして、思考は一瞬で止まる。下着を着けてない■元に押し付けられて、さらに体まで停止させた。
うわ、柔らか……こ、こんなにふわふわだったっけ。
一度直に触ったがあるというのに、テンパりすぎてあんまり覚えてないことを悔やんだ。
一気にやらしいような雰囲気に変わった中、
「伏見の手、冷たくてきもちい…」
ぽつりと呟かれた言葉にさえ、期待で心臓を昂ぶらせてしまう。
「もっと、きもちよくなりたいな…」
そんなことを言われちゃったらもう、はちきれんばかりに胸は高鳴る。
「た、高良」
服の中に捉えられてない方の手を肩に置けば、相手も何かを期待して私を見上げた。
涼しい室内に身を置いてるとは思えないほどの汗が大量に滲み出て、肌に当たっている手も湿ってくる。相手の肌も、じんわりと汗を浮かべていた。
「このまま触って…いい?」
「き、聞かなくても、いいよ。わたしの体は伏見のものだもん」
「うわなにそれ……えっろ…」
「っだ、だから…全部、触っていいよ」
「全部って……全部?」
「う、うん…さっき触らなかったとこまで、全部」
そう言われて、反射的に視線は落ちる。
私の貸したTシャツしか着てなかった高良は、今は袖も膜仕上げられていて無防備にも細く綺麗な太ももを晒していて、その上に見たことある水色が見えた。
やっぱり好きなんだ、水色……なんて、どこか呑気な頭で考えて、無意識のうちに手を伸ばしていた。その動きに合わせて、相手も自ら足を広げてくれる。
「濡れてる…」
「ご、ご覧の通り……準備、もうできてるから。いつでも、どうぞ」
「は……はい。ありがとう、ございます…」
湿った布を指でずらして、その艶かしさに心臓を何度も止めかけながらも、冷えた温度と熱い湿度を慣らしていく。
高良は恥ずかしくて仕方ないのか、初めての時と同じように服の裾と腕で自分の顔を隠していた。…それやると■が露わになるから普通にめちゃくちゃえろいんだけど、自覚なさそうだから言わないでおいた。
「ここ…すごいね」
「そ、そちら、わたしの入り口となっております」
「あ……ぞ、存じております」
「と、どうぞ、ご自由にお進みください」
「そ…それでは、失礼して」
色気も何もない会話を経て、大人の階段をまたひとつ登った。
その後の高良の反応はとてつもなく可愛くて、前回とは違ってふざけられたのも最初だけで……途中からはお互い軽口を言う余裕もなく、ただただ普通にえっちな空気感のまま終わった。
今回は事後になってお経を唱えることはせず、私に引っついて顔を見られないようにしていた。
「あっついね…」
「……わたしは暑くない」
「え、まじ?」
「服着てないから……追い剥ぎにあったから…」
「追い剥ぎ言うな。…寒くない?」
「大丈夫です。体は火照っております故」
「そうかそうか、ならよかったです」
照れ隠しがいきすぎてキャラ崩壊を起こしてる高良を抱き寄せて、しばらくまたイチャイチャしてから「お腹すいた」というから夕飯がてら野菜炒めを作ることにした。
気が付けば時刻はもう夕方を過ぎていて、ふたりでいる時間はあっという間だなぁと思い馳せながら料理中に小窓から差し込む夕日の光を眺める。
「…時間経つの早いね」
「そうだね」
声をかけられたことで意識を現実へと戻して、まな板の上の野菜を切っていった。
そんな私の隣で、高良はただその光景をじっと見ていた。
「……伏見って、料理できるんだね」
「ちょっとだけね」
「わたしは全然できない。家事したことない」
「はは、そんな感じする」
ひとりっ子だし、作る機会もそうそうないもんね、と心の中だけで呟いて苦笑する。
うちも基本は母親が家事の全てを担ってくれてるけど、パートで忙しい時はたまに私が作ってたりもしたから、それで慣れてるだけだ。
だから凝った料理とかは作れない。今も味付けが面倒だから市販のタレをありがたく使わせてもらった。
「高良は、得意なこととかあるの?」
なんとなく気になって聞いてみれば、
「んー……ピアノ」
そういえば習い事をしていたそれを挙げて、「それ以外は何もない」と珍しく謙虚なことを口にした。
もっと自信満々に「ま、やろうと思えばなんだってできるけどね」なんて言うと思ってたのに。……絶対的な自信を持ってるのは外見だけなんだ。
「そう考えると高良って……ほんと顔だけだね」
「ひどい、彼女にそんなこと言う?確かに頭悪いし運動神経ヘボだし、家事料理は不得意だしピアノ以外は全滅だけど…」
「ごめん、今の言い方は冗談でも良くなかった。だけど…世の中には顔さえ恵まれない人もいるから。恵まれてる方だよ」
「ふふん、顔の良さだけはピカイチだからね。このかわいさがあるだけで優勝でしょ」
「はは、そうだね。…なんか羨ましいな。私には、何もないから」
やけに卑屈になった気持ちで呟く。
…顔さえ恵まれてない人もいるって言ったのは、自分自身がそうだからだ。
私は、どこまで行っても、恵まれない側の人間だと、分かってての発言だった。
「いやいや、いっぱいあるでしょ」
だけどそれもすぐ、高良の発言によってかき消された。暗い気持ちより、驚きが勝ったから。
「顔かっこいいし、泳げるし、走れるし、勉強も料理もできるんだよ?凄くない?」
「……そんなの、みんなもっとできるよ。あと顔は良くない」
「わたしにはできないもん。顔もスタイルも良い。だから凄いよ!自信持って、ふぁいと!」
小さな握り拳を作って励ましてくれた高良を、複雑な心境で見下ろす。……こんな可愛い子に褒められるほど、私は凄い人間じゃないんだけどな。
……あといつも思うけど、「ふぁいと」ってなんだろ。可愛いからいいけども。
「…高良といたら、ほんとに自信つきそう」
「当たり前じゃん!わたしと居て卑屈になんてさせないから。そもそも、こんなかわいい彼女と付き合えてる時点で勝ち組だし、幸せでしょ?」
「めっちゃ幸せ。…ありがとう、高良」
「いーえ。…伏見の作ってくれる野菜炒めたのしみ!」
夕日に照らされた、眩しいくらいの笑顔を見せられて……なんの取り柄もない私の料理を心待ちにして笑う彼女のおかげで、こんな自分でも良いかなと思えた。
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