第25話「何回戦でも」



























 会話を重ねながら、ノリと勢いと気合いで乗り切って、なんとかお互い向き合った状態で座ったまま、高良の■を服越しに触るところまではいけた。

 人類にとっては一歩にすらならないくらい小さな出来事だが、ちっぽけな私たちにとってこれは大躍進とも言える一歩で、お互いちょっとだけ自信をつける。これなら最後までいけるかもしれない、と。

 少しずつ進むため、変に緊張しすぎてふざけ倒しすぎないように、適度にふざけた会話を心がけては■を触るという、なんともシュールな時間をしばらく過ごした。


「…ど、どうっすか、奥さん」

「いや……服の上からだと、感覚ないから…あんま分かんない、かも」

「そ…そうだよね。……そろそろ、直接とか、どうですかね」

「あ、は、はい……ど、どうぞ…」

「し、失礼します」

「待った。…やっぱり恥ずかしいから、直接は待って」

「あ……はい…」


 服の裾から手を入れようとした私を止めて、「その代わり」と高良は自分の背中に手を回した。

 そしておもむろに服の中に手を入れて、中の下着を器用に脱いでそそくさと枕の下へ隠す。


「こ、これで、今はご勘弁を…」


 高良にとって、それが今できる一番の行動だったのかもしれないけど……見てみれば、一部だけぷっくら布を膨らませてる小さな箇所があって、逆にいやらしい感じになっていた。

 本人は自覚なくやってるだろうから、色んな意味で触れにくい。

 とはいえ、興奮してしまった欲を抑えることもできず■全体の膨らみに手を置いて、指先でさり気なく■■を触ってしまった。


「ど…どうですか」

「く、くすぐったい…です」


 全然感じてる気配がなくて、ちょっと落ち込む。


「わたし、脳で感じるタイプだから……触られただけじゃ、そんなにかも…」


 自己開発してたって言ってたし、もっと感度いいと思ってたのになんでだろ…?そう疑問に感じたタイミングで、高良の方から自ら教えてくれた。脳で感じるタイプとかあるんだ…


「あと、今すごい緊張してるから…それどころじゃない、かも」

「……触り方も、ある?くすぐったいの」

「分かんない……色々、試していいよ」

「あ、じ、じゃあ…失礼して」


 ぎこちない動きで、力加減も弱くさするくらいな感じで指の腹を使ってスリスリしてみたら、高良は何かに耐えるように下唇を軽く噛んだ。

 くすぐったいだけなのか、それともまた違った反応なのか分からなくて不安になる。

 おそるおそる、指先の動きを変えていった。


「っ…ん……」


 つまみ持って弄ったあたりで、初めて彼女の鼻から吐息と控えめな声が抜けた。

 恥ずかしかったのか、咄嗟な仕草で口元に手の甲を当てて隠したのを見て確信して、歓喜と興奮を心に宿す。


「こ、これ…気持ちいいの?」

「……わたしは今、快■を得ています」

「なんで説明口調なんだよ」

「いや、もう……恥ずかしくて……むり…」

「ははっ……耳まで赤くなってる。かわいいね」

「わたしがかわいいのは周知の事実…」

「なのに顔は隠すんだ?」


 こんな時でも自分の容姿には絶対的な自信を持つ高良が、ひたすら手の甲を口に当てて隠してるのがなんだか不思議に思えて、少し意地悪な感じで聞いたら、


「いくらわたしでも、余裕なさすぎてブスになるから…」


 珍しく、弱気な言葉が返ってきた。


「好きな人に、崩れた顔見られたくない…」


 あまりにも乙女な反応すぎて、返答に困る。

 なんて言っていいか分からなかったものの、ここでからかうのがだめなことだけは本能的に理解していた頭で、高良の手を持った。


「どんな顔でも、かわいいよ」


 考えるよりも先に、素直な思いが口を動かした。


「そ、そんなこと言われたら…濡れちゃいます…」

「いいよいいよ、どんどん濡らしてこう。おじさんそういうの大好きだから。えっちだねぇ〜、高良ちゃんは」

「あ。乾いた。今の一瞬でめちゃくちゃ萎えました、責任持ってえろい気分にさせてください」

「ふははっ、ごめんごめん」

「もう……好き」

「私も。…ふざけてごめんね」

「ん、へいき。むしろ助かっちゃった」


 そんな会話を経てお互い緊張が解れたおかげで、意外にもその先はすんなり進んだ。

 あまりにも恥ずかしがるから服はそのままで、体のあちこちを撫でてみたりしてたんだけど……その間、ずっと高良はまくり上げた自分の服で顔を隠していた。


「高良……顔見せてよ」

「や、やだ。むり、しんじゃう」

「じゃあせめてキスさせて」

「んん、したいけど……まじで見られたくない。あ、でも伏見の顔は見たい……伏見を覗く時、伏見もまたわたしを覗いている…」

「名言風に言うな。諦めて見せてよ、ほら」

「っや……ん、ま、待って。ふ、伏見……目隠しとかしてくれない?いやでも、そうなると好きな目元が見れなくなっちゃう…見られながら犯されてみたいけど、そうするとわたしの顔が伏見に見られ……くそぅ、ジレンマ。セ■クスってジレンマの連続じゃん……究極の選択多くて悩んじゃう…」

「高良、いい加減にしないとそろそろさすがの私も萎えるよ」

「ごめんなさい」


 やっぱりたまにふざけちゃいつつも、その度にキスをして気分を盛り上げていくうちに、気が付けば体の表面を撫でていただけで最後まで■していた。

 途中、頭が真っ白な中でも感じた高良の上に跨がって触ってた時の、横を向いて腕で顔を隠していた仕草とか、汗ばんで浮き出た首筋の感じとか、余裕のなくなっていく吐息感とか。


「ん、ぅう…明楽……っ」


 あとなにより、私の名前を呼んだ時の最高に切ない声とか。

 多分、これから先何度ふたりの体を重ねても忘れることはないんだろうなって。

 どこか感慨深く思ってた私と違って、高良はどこまでも羞恥心が上回ったみたいで、事をすべて終えた後で、


「……観自在菩薩…行深般若波羅蜜多時…」

「ちょっと待て。ピロートークの初手がお経とか怖すぎるんだけど…」


 うつ伏せのまま枕を頭に覆い被せて、いったいどこで覚えたのか……狂ったように流暢なお経を唱えていた。


「ごめん、わたし恥ずかしいのがいきすぎるとお坊さんになっちゃうの…」

「なんだその設定。…よかった、最中さいちゅうに変身しなくて。ほら、お経やめてこっちおいで」

「うぅ〜、ううう……なんで伏見はそんなに冷静でいられるの」

「いや全然…心臓まだバックンバックンですけど」


 アホな高良の行動のおかげで、いくばくか興奮は冷めたものの、それでも心拍数は狂ったように激しいままだ。

 とりあえず濡れた手は綺麗に拭き取って、ため息をつきたくなった気持ちは静かに堪える。


「……高良」


 お経はやめてくれたけど、こっちを向いてくれそうもない高良の丸まった背中に手を当てたら、じっとりとかいた汗で服が濡れていた。

 ただでさえ真夏のクソ暑くて蒸れる部屋の中、さっきまで体温が上がることしてたから当たり前とはいえ、さすがに汗をかきすぎてて心配になった。

 服、脱がせてあげた方がよかったかな……僅かばかり後悔する。


「……シャワー浴びる?」

「滝修行…ってこと?」

「違うわ。汗冷えたら風邪ひいちゃうから」


 説得ついでにさり気なく抱きついて、枕をめくりながら様子を窺う。髪も、汗で濡れていた。


「お風呂行こうよ、一緒に」

「……ふたりで入るの?」

「うん。せっかくだし」

「こんな明るいうちから?」

「うん。がっつり裸も見たいし」

「……み、見せてあげたいけど、その、まだ恥じらいが…」

「さっきちょっと見たじゃん。少なくとも胸は全部……乳首に至ってはガン見しましたけど」

「言わないで。まじで。心臓止まります、死にます」

「ごめん」


 謝りながらさらに距離を縮めて引っついたら、濡れた髪から甘いような……なんとも言えない女の子特有の強い香りがして、自分の意志とは反してムラついてしまった。

 …もう一回、触りたいな。

 でもさすがに……こんな早く二回目お願いするとか、引かれるかな。負担になるかな…とか、色々考えすぎて誘うに誘えなかった。


「…めっちゃ汗の匂いする、高良」

「え。うそ。やだ。離れて」


 代わりに、かまちょな気持ちで声をかけたら、バッと勢いよく起き上がった高良が私から距離を取って毛布で体を隠す。


「く、くさくなかった…?」

「興奮した」

「伏見が変態でよかった…」


 即答した私にホッと胸を撫で下ろした姿を見て、なんだか面白くなって苦笑を浮かべた。


「汗やばいから、シャワー浴びようよ」

「そうする…」


 ようやく乗り気になってくれた高良を連れて、部屋を出る。


「……お、お互いあんまり見ないようにしよ?」

「わかった」


 入る前に約束をして、今はまだ昼過ぎだから眩しいくらいに明るい浴室で高良は頑なにタオルを巻いたままシャワーを浴びた。私もなんとなく、タオルで隠す。

 裸を見せてもらえなかったことにちょっとだけ落ち込みつつ、そんなに嫌なら……となるべく見ないように天井の隅を見つめながら同じ空間でしばらく過ごした。

 軽くシャワーを浴びてからは服も部屋着に着替えてリビングへ移動して、お腹も空いてたから適当に冷凍パスタでも温めて食べることにした。


「はぁ〜、やば。■ッた後に食べるご飯おいしすぎる…」

「……お食事中です、奥さま」

「これはこれは……失礼いたしました、わたしったら。…でもほんと、体力使ってお腹すいてたから最高においしい」

「…体しんどくなってない?疲れとか」

「この疲労感もまた……良いってもんですよ」

「それならよかった。食べ終わったらデザートにアイスでも食べながら映画見よ。……あ。それか、他にしたいことある?」


 何気なく投げかけた私の質問に、テーブルを挟んで向かい側に座ってる高良の頬が赤らんで、口元はモゴモゴと動いてニマついた。

 照れた顔でフォークの先を唇で軽く挟み込んで視線を斜め下に動かした彼女を、不思議に思って首を傾げる。


「……おかわり、したい」


 なんで言い淀んでるのか、理由が分かって納得した。

 普段かなりの少食な彼女からは想像もつかなかったお願いに、きっと“大食いだと思われそうで恥ずかしかった”とかそんな感じだろうと勝手に結論づける。

 まだパスタも最後まで食べてないのに、これは相当お腹空いてたんだな…とさっそく立ち上がった。


「何が食べたい?カップ麺とか……お母さんが材料買っといてくれたから、野菜炒めとか簡単なものなら作れるけど…」

「あ……いや。そ、そうじゃ、なくて…ですね」

「?」


 高良が何を考えてるのか検討もつかなくて、言いにくそうな話をちゃんと聞こうと椅子に座り直す。


「どうしたの、高良」

「……ふ、伏見のおかわり」

「え?どういう…」

「も、もう一回戦、しませんか」


 咥えていたフォークを顔の前で立てながら真剣と冗談を入り混ぜた表情で言ってきた言葉を、数秒固まった後で理解して、


「あ、は…はい。何回戦でも受けて立ちます」


 咄嗟に、冗談で色気のない強気な返し方をしてしまった。


















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