第24話「一旦ちょける」


























 朝に家族を見送ってから、なんとなくリビングのテレビで映画を再生した。

 高良が来るまでの間、ずっと心が浮ついたままの状態で過ごして、おかげで映画の内容の大半は頭に入らず無駄に流しただけで終わった。

 いつ来るんだろう……待ち遠しいような私の気持ちとは裏腹に、こういう時にかぎって9時を過ぎた辺りで『ごめんなさい、寝坊しました』と高良からの連絡が入った。


 結局、彼女が家に到着したのは映画を二本も消費した後だった。


「ほんっとうに、ごめん!」

「……いいよ、べつに」


 私は早く会いたくて仕方なかったのに、寝坊なんて……同じ気持ちじゃなかったのかな?

 内心かなり沈んだことは悟られないようにして、来て早々に顔の前で手を合わせた高良を快く許して招き入れた。


「まじでごめんなさい、ほんとに。すみませんでした」

「いいって。……なんか飲む?」

「そんなそんな……今のわたしに水分を取るなんて贅沢、許されてないです…」

「水分補給は贅沢なことじゃないよ。むしろ夏は何より不可欠なものだよ。…だから嫌でも飲ませてやる」

「慈悲深きお言葉……感謝いたします」

「さっきからその謙虚さやりづらいから勘弁して。いつもの傲慢な高良はどこ行っちゃったの?」

「うぅ、だってぇ…」


 いつもならここで切り替えて「じゃあ水持ってきて、はやく」とかいうツッコミ待ちのノリの良い返しを言いそうなもんなのに、その日の高良は自分の顔を覆い隠して肩を落とした。

 そんなに反省してるの珍しい……本当に申し訳ないって思ってくれてるんだ。

 単純な私はそれだけで気分を良くして、すっかり遅刻されたことで沈んでいた心をご機嫌に戻した。


「大丈夫だよ、もう怒ってないから」

「でも……早く会いたかったのに…ほんとやらかした、わたしのバカ」

「…なんだ、高良も同じ気持ちだったんだ」


 彼女の発した言葉に安堵して、さらに微笑む。


「それにしても、楽しみにしてくれてたのに寝坊するって…昨日あんまり寝れなかった?寝不足とか、大丈夫?」

「うん、大丈夫……なんだかんだやってたら、全然眠れなかっただけ…」

「?……なんかやってたの?」

「予習という名のオ■ニー」

「おいふざけんな、私の優しさ返せ」


 人の心配を全て無に返した高良は、頭の後ろを掻いて「てへ」とおちゃらけた顔で笑った。

 さっきまでの反省モードから一変して開き直った相手を細目で睨んで、苦情の気持ちを眼差しで表す。さすがの高良も、真面目な感じで「すみませんでした」と謝った。


「もちろん冗談だよ?……変に緊張しちゃって、落ち着かなくて寝れなかったの」

「分かる分かる。私も昨日は思わぬところで女の人の裸体見てびっくりしちゃって寝れなかったもん」

「……ちょっとその話、もっと詳しく」


 てっきり嫉妬に狂って怒られるか、冗談だと伝わって笑われるか、どちらかだと思ってたのに、予想に反して高良は顎のそばで手を組んで真剣な眼差しを向けてきた。

 その反応、逆に怖い。ガチギレかもって思うと、変なこと言えなくて言葉に詰まった。


「具体的に、どのような状況で裸体を?」

「や、その……女同士、セックスで調べたら画像が出てきちゃって、それで見ただけ…です」

「なるほど。つまり、わたしを抱くための調べものの途中でたまたま見てしまった…と。そういうことですね?」

「あ、はい……そうです」

「有罪です」

「なんでだよ。あとそのノリなんなんだ」


 まったく怒ってないらしい高良は、望んでいたツッコミだったのか嬉しそうに口元を緩ませた。


「ふは、ごめんごめん。昨日の夜に寝れないから見てた映画の影響で、つい…やりたくなっちゃって」

「あ、分かる。影響されちゃう時あるよね。…見てた映画はなんてやつ?」

「んーとね、なんだっけ……スマホに履歴残ってるかな…」


 ちょっと待ってね、そう言ってスマホを開いて、わざわざ確認してくれるみたいだった。なんの映画か気になるから、おとなしく待つ。

 チラリと横目で見えた画面には、サブスクか何かで見たんだろう、私もよく知ってるホーム画面が表示されていた。


「ん……これこれ。知ってる?」


 何度かタップした後で、高良はスマホをこちらに向けてくれた。その動きにつられて、顔を寄せて画面を覗き込む。


「どれ……あぁ!知ってるよ。私めっちゃ好きなやつだ、何回も見返してる」

「ほんと?」

「うん。ギャグ要素もあって面白いよ…ね」


 高良も同じやつ見てて嬉しいなぁ、なんて純粋な気持ちで顔を上げたら、思いのほか近くに可愛い顔があってビビった。純粋さは一瞬で消え去る。

 咄嗟に息を止めた私を、高良は隠しきれない期待を滲ませた瞳で見つめた。

 体は自然と、相手の期待に答えるように動く。


「……今日、ふたりきりだよ」


 引き寄せられるように重なった唇が離れてすぐ、高良がそう呟いて、照れた表情を視界に入れた。


「そ、そうだね。…ふたりきり、だね」


 テンパりすぎて相手の言葉をオウム返しするしかできなくて、そんな私を見て高良の鼻から「ふふ」と可愛らしい声が漏れる。

 綺麗な形をした唇が、薄く開く。

 何を言うんだろう……と、期待半分怯え半分で次の言葉を待った。

 

「伏見が、言ったんだよ」

「え……なに…」

「心の準備してきて…って」


 確かにそう伝えた記憶はある。


「え、あ……それ、って…」


 脳内で発言の意図を理解した瞬間、心臓が活動を過激化させて体温が急上昇した。


「ちゃんと、準備してきた。…心も体も」


 膝に手をついて、前のめりになって距離を詰めてきた高良を、自分でも訳が分からないくらい動揺して眺める。

 そうしてる内に唇を奪われて、汗で湿った手を簡単に捕まえられた。


「……どうする?」

「ど、ど……どう、って…」

「わたしのこと、どうしたい?」


 照れ隠しが無い高良は、とにかく小悪魔だった。


「ちょ……い、一旦、ふざけてもいいっすか」

「あ〜、さては人に言っといて、自分は準備できてないな?」

「し、してきたつもりだったんすけど……思ってたよりも、心臓に悪くて…」

「ふふん、仕方ないよ。こんなに色気あるわたしに迫られたら、そんな反応にもなっちゃうよね。思う存分ふざけてどうぞ」

「あ、いいんだ…」


 動揺のあまり雰囲気をぶち壊しにかかった私を怒ることなく、むしろ喜んで受け入れてくれた高良を見て、気を引き締める。


「ごめん。……ちゃんとする」

「あれ…もういいの?」

「うん。心の準備できた」

「早いね、わたしなんか一週間もかかったのに」

「そんなに?」

「…会えない間ずっと、今日のことだけ考えてた」


 史上最高の殺し文句な…気がする。

 離れてる時も自分のことで頭をいっぱいにしてくれてたことがむず痒いくらい嬉しくて、目の前にいる愛しい存在を抱き寄せた。

 髪に鼻先を当てたら、ふわりとシャンプーの匂いが香った。


「…お風呂、入ってきたの?」

「う、うん……だから、準備万端だよ」

「やけに来るの遅いと思ったら……なるほど。それなら遅刻も仕方ないか」

「ほんとごめん…」

「平気。…むしろなんか、えろい…です。とても」

「ん、ふふ。このスケベギツネ」

「うわぁ、腹立つけどその通りです。だからもう襲っちゃいます」


 冗談めかしながらもキスを交わして、自然と深くなっていくキスも欲も受け入れてくれた高良の背中が床についた辺りで、やんわりと肩を押された。

 ムード無さすぎたかな…?って不安になったけど、


「初めては、ベッドがいいな…」


 小さく呟かれた願望を受けて、期待感で胸は膨れ上がった。


「部屋、行こっか」

「……うん」


 相手の手を取って起き上がって、自分の部屋に向かうまでの間は会話もなく進んだ。だけどそのせいで、より緊張感が増してしまった。

 部屋に着いたら真っ先にウエットティッシュを取りに向かった。高良はそれを、小首を傾げて眺めた。


「なにしてるの?」

「あ……い、いや。その、デリケートな部分に触るから、除菌を…」

「そ、そっか……ありがとう、ございます…」

「いえいえ…し、少々お待ちください」


 落ち着きなくゴシゴシと手を拭いて、ついでに爪の長さも確認しておいた。……よし、昨日の夜に切ったから大丈夫そう。

 待ってる間に、高良はベッド脇に腰を下ろしていた。


「お、お待たせしました」

「ん…ふふ。お待ちしてました。…伏見って、ほんと優しいね」

「え?そ…そうかな」

「うん。えっちの前にアルコール消毒する人、多分そんな居ないと思う」

「ご、ごめん……せっかくのいい雰囲気だったのに…」

「…うれしいよ。なんか余計に恥ずかしくなっちゃったけど」

「あ……まじすみません…」

「んーん。こっち来て?ぎゅーしよ」


 手を広げた彼女を抱き締める形でベッドの上で座って、何度か軽く唇を重ねた。高良はずっと、どこかねだるように私の服を掴んでいた。

 それにもいちいち心やられて、鼓動が激しくなりすぎてズクズク痛む心臓に怖くなる。

 ……こ、この後、どうしたらいいんだろ。

 知識はそれなりにあるはずなのに、行動に移せない。


「ふ、服とか……脱ぎます?」

「……ぬ、脱ぎません」

「え……な、なんで」

「いや、はずかしい…から」


 心の準備をしてきたと言うわりに、土壇場になって羞恥心が勝つのはいつもの高良で、ちょっと安心した。

 やっぱりそうなるよね……今はありがたい。

 今度は私から勇気を出そうと、高良の胸元にそっと手を伸ばした。


「その、見たい…です。裸」

「い、いやです…」

「じ…じゃあ、服の上から、触っていい?」

「っ……だ、だめです…」

「えぇ…」


 小悪魔な高良はどこに行ったのか、俯き加減で人の腕を柔く掴んだ彼女に困惑する。室内の高い温度も相まってか、綺麗な輪郭の顎先から、ポタリと汗が滴っていた。

 汗にまみれるくらいの緊張が私にも伝わってきて、途端に怖気づく。

 触りたいけど……こんなに恥ずかしいと思ってなくて、ここまでくると先に進めるか分からない。


「か、軽く話しながらにしない?改めて言われると、その……なんか、このままだと意識しすぎちゃって、わたしムリそう…」

「あ……うん。もちろん、いいよ」


 正直、私も同じ気持ちだったから助かる。

 結局なんだかんだ、ふたりして心の準備なんて出来てなくて、


「高良が脱がないのはいいけど、初めてが着衣ってどうなんだろ。全裸のがえろくない?」

「さ、さぁ…?逆にエ■い説はある」

「たしかに。……そうだ、初めては今日しかないから、プ■イ内容決めようよ。せっかくだし」

「……亀■縛り低温■ウソク鞭打ちプ■イ」

「初心者にはハードすぎます…道具も無いし」

「じゃあドS言葉■めア■ルフ■ック」

「うん、ノーマルが一番だよね、やっぱ。初めての思い出がア■ルは嫌です」

「よかった、いいよって言われちゃったらどうしようかと……いやまぁ、伏見がしたいならどっちの処■も差し出すけど」

「差し出すな。まったくもう…」


 なるべく普段通りの雰囲気で会話することで、自分達の心を慣らしていった。


















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