第23話「いよいよ明日か…」
家族が、父親の地元へ帰省する前日。
普段あんまり家でも会わない父親が、せっかくの休みだから外食でもしようと言い出した。
「えー……いいよ。お母さんの作ったご飯のがうまいし」
「……めんどくさい」
「何言ってるんだ、行くぞ。お母さんも、たまには飯作らないで休みたいだろ?」
「いや、別に……明楽達が行きたくないなら家で食べさせるけど」
「いいから支度しろ」
「はいはい、わかりました。…ほら、明楽たちも」
「はぁ……わかったよ」
強引な父親に連れられて、家族総出で近所のファミレスへと向かった。
席に案内されてすぐ「なんでもいいから頼め」と無愛想に命令された。……こういうとこ、少し苦手だ。高圧的で、息が詰まる。
彼なりに娘達との交流を図ろうとしているようで、注文を済ませて料理を待つ間はほとんど一方的な話題を出された。
「明楽は最近、どうなんだ」
「どう……って?」
「学校とかだよ。勉強はちゃんとしてるのか?夏休みだからって怠けちゃいけないぞ。宿題終わらなかったらお小遣い減らすからな」
「あ、はい……分かりました、やります…」
「静歌はどうだ、宿題やってるか?」
「……もう終わった」
「凄いな!明楽と違ってしっかり者だな!」
本人は、それで褒めてるつもりなんだろうな……正直、すでに帰りたくなるくらいには気分が悪い。
いつもそうだ。出来のいい妹を褒めて、私を貶す。
慣れたこととはいえ、自尊心はじわじわと蝕まれるように傷付いた。いやまぁ、勉強してない自分が悪いのは分かってるんだけど。
……帰りたい。
というか、父親と同じ空間に居たくない。早く帰って部屋にこもりたい。
「……お姉ちゃんも、しっかり者…」
隣からは、不満げな幼い声が聞こえた。雑音に紛れて父親には聞こえてなかったみたいだ、彼は何も気にせず届いた料理を食べようとカトラリーを手に取っていた。
物静かな顔でストローに口をつけて、なにやら文句ありげな妹の頭を、慰めるためにそっと撫でる。
「静歌は優しくて良い子に育ったね」
「……教育のたまもの」
「お父さんも誇らしいぞ、ほら食え。遠慮するな」
「お姉ちゃんのおかげ…」
「ボソボソ喋るな。腹から声出せ、そんなんじゃ友達できないぞ?」
悪気のない失言のおかげで地獄みたいな空気感が出来上がったのに、当の本人だけは気付いていなかった。
別に、父親が嫌いとかじゃない。
生活費とか、学費とか……自分たちのために働いてるんだろうと頭で理解していても、苦手だ。
口癖みたいに散々「出してやってる、稼いできてやってる」って本人からも言われてるから、お金の面では嫌でも感謝せざるを得ない。
一緒に過ごしていると、何を話さなくても威圧を感じるし、いつどこで怒るか分からないから萎縮してしまう。幼い頃から、ずっとそうだ。
それもあって、ほんの少しだけ男の人が苦手だ。父親同様、どう関わればいいのか分からなくて怖いから。
無事に自己肯定感を下げた状態で家族の食事を終えて、帰宅して早々私は自室へとこもった。
「そういえば、もう明日か…」
映画でも見ようとタブレットを開いて、その時に表示された日付を見て高良のことを思い出す。
一週間くらい、会ってない。
出会ってからこれまで、なんだかんだ毎日のように顔を合わせてたから、こんなにも会わない期間が続くのは初めてだ。
正直、バイトで疲れ果てて、家に居る時のほとんどが寝潰す毎日だったおかげで寂しさを感じる暇もなかった。
だけどこうして相手の存在を意識してしまうと、途端に心は物足りないような気持ちになってくる。
『明日 彼女 会う』
照れ隠しとふざけ半分で、くだらない内容の文を送りつけてみたら、
『もしかして:会いたい』
こちらの意図を汲んでノッてくれた。
「ははっ……ほんとノリいいな」
父親のことで落ち込んでいた心は、あっさりと救われる。笑顔にさせてくれたことが、今は特にありがたい。
『いよいよ明日ですよ、高良さん』
『楽しみすぎて今すぐ家に行きたいです、いいですか?ありがとうございます、向かいますね』
『通信障害?なんか勝手に話が進んでる…』
『わたし達の間に障害なんてないから安心して?』
『なんか、カップルは障害があった方が燃えるって聞いたことある。ロミジュリ効果?とかなんとか』
『今からわたしの家から伏見の家までの道に100m感覚でハードル設置してくる』
『物理的な意味の障害じゃないし、それだと体育祭はじまっちゃう』
『夜の大運動会、楽しみだね!きっと伏見は手先が器用だから上手なんだろうな〜』
『ハードルを上げるのも置くのもやめてよ……』
久しぶりにゆっくり連絡が取れて嬉しいのか、高良の返信はいつにも増してテンションが高くて絶好調だった。
メッセージでもテンポよく進む会話は楽しくて、ついつい時間を忘れてのめり込む。
映画も未再生のまま、そっちのけでやり取りを続けていたら、控えめなノックの音が耳に届いた。
「はーい」
「……お姉ちゃん」
扉が僅かに開いて、すき間から視線を送ってくる妹の姿を見て笑顔を返す。
「ははっ、どうしたの」
「明日、ほんとに来ないの?」
いきなり本題に入られて面食らった。静歌はほとんど無駄話をしなくて、いつも簡潔に話を終わらせる癖がある。
「うん。お留守番してるよ」
「……彼女?」
「お母さん達には内緒ね」
「わかった」
相変わらず察しのいい彼女は小さく頷いて、いつもならそこで自分の部屋に戻ることが多いんだけど……今日はしばらくその場に留まっていた。
……何か嫌なことでもあった?
もしかしたら、私が居ない間に父親にまた余計なことを言われたのかもしれないと心配になって、スマホを置いて歩み寄る。
「怒られた?」
聞けば、何も言わずに首を横に振った。
「今日、一緒に寝る」
「あぁ……いいよ」
なんだ、ただ寂しかっただけか。
実は甘えん坊な静歌の気持ちを察して、部屋に招き入れた。
本音を言えば、この後高良に通話のお誘いでもしようと企んでたんだけど、こればっかりは仕方ない。かわいい妹の願いを無下にするほど、私は意地悪な姉ではない……と思う。
無言の時間が続いても、慣れたことだから気にしなかった。
「明日はみんな何時に家出るんだっけ」
「……わかんない。6時には起きてって言われた」
「けっこう早いね」
そういえば、高良との待ち合わせの時間を決めてない。
家族がそんなに朝早く家を出るなら、何時に来ても問題ないかな……あとで静歌が寝てから確認してみよう。
数日間会えなくなる妹との時間を優先させて、口数が少ない中でも楽しんだ後は寝る準備を進めてふたり、同じベッドで横になった。
「おやすみ」
「……うん」
寝つきのいい静歌は、すんなりと穏やかな寝息を聞かせてくれた。
完全に眠りに落ちたことを確認して、スマホを手に取る。
『起きてる?』
なんとなく真面目に話したい気分だったから、私にしては珍しく面白みのない文を送ったら、一分も経たず既読がついた。
『おきてる』
相手も同じ気分だったのか、あるいは雰囲気で察してくれたのか、シンプルな一言が返ってきた。
たまに思う。私達は、会話の相性というか……フィーリングが合うんじゃないかって。そのくらいには、何かとノリが被る。
高良が気を使ってくれてるだけかもしれないけど、そういう些細なことひとつ、嬉しく思った。
『明日、何時にうち来る?』
『何時でもへいきだけど……合わせるよ』
『家族は多分、7時とか8時には家出るっぽい』
『じゃあ、9時とか?』
『そんなに早く来てくれるの?もうちょっとゆっくり寝ててもいいんだよ』
『少しでも長く一緒にいたいもん』
ふざけない高良からのメッセージは可愛くて、変に胸の辺りがむず痒くなる。……落ち着かない。
なんだか未だに、友達と恋人の狭間を行き来してる気がする。
……興奮よりも、笑いが勝ったらどうしよう。
そうなったら、最後までいけるのか不安だ。ふたりして照れ屋だから、ここぞって時にふざけ倒しそうなのが想像ついて自信を失くす。
他のカップルって、どんな感じなのかな。
きっともっとラブラブで、好き好き言い合ったりしてるはず。少なくとも、ボケとツッコミの連続で会話を成り立たせることはなさそう。
『好きだよ』
試しにカップルらしいやり取りをしてみようと送ってみたら、
『わたしも、お慕い申しております』
やけに堅苦しい言い回しの言葉が返ってきた。…絶対照れたな、これ。
『私は推したいと思っております』
『推されたい、押し倒されたい』
『それは明日のお楽しみ』
自分で送っといて、急に恥ずかしくなった。
相手も同じだったらしく、そこで返信は途絶えた。だから余計に、何を送っていいか分からなくなってしまった。
『明日に備えて、寝ます』
数分して、高良から一言だけそう送られてきた。
『おやすみ』
すぐに返信した後で、枕に顔を沈める。なんか意識しちゃって、途端に眠気が吹き飛んだ。
眠れないからスマホで暇潰しでもするか……と、ネットを開いた時、ふと「そういえば、女同士ってどうやってするんだろう」なんて今さらすぎる疑問が頭をよぎった。
一度気になりだしたら止まらなくて、ついつい指先は文字を打つ。
……今のうちに予習しとけば、明日の本番でテンパらなくて済むもんね。どんな流れなのかくらいは把握しておこう。
やる気満々で『女同士 セックス』と入力して…
「お…っと」
だけど検索してるうちに、女性の生々しい素肌画像に辿り着いてしまって、そっと画面を閉じた。これは刺激が強すぎる。
画面越しに裸を見ることすら罪悪感というか、心が竦むような恥ずかしさがあって直視できないのに、とてもじゃないけど生の裸体を触れる気がしない。
「うわぁ……どうしよう…」
とりあえず落ち着かない心を、隣で眠る静歌を抱きしめることでなんとか落ち着けてみようと試みた。
「お姉ちゃんむりだ、静歌…お姉ちゃんむりだよ、どうしたらいいの?うんうんそっかそうだよね、頑張るしかないよね」
「……んー…うるさい…」
不機嫌な声を出して顔を押されたのも構わずくっついていたら、翌日の朝。
「もう一緒に寝ない」
けっこう本気で、そう怒られてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます