第22話「女の子の部屋」
ご飯を食べた後は、三人で軽く談笑してから高良の自室へと向かった。
初めて入る高良の部屋は想像を遥かに上回って乙女らしい感じで、カーテンなんかは基本的にピンク色で揃えられていた。棚やテーブルは白かった。
ベッドの上には大小様々なぬいぐるみ達が定位置なんだろう場所に丁寧に置かれていて、子供っぽさが垣間見える。
あと入ってすぐ感じたのは、とにかく甘くていい匂いがするってことだった。
「この部屋なんか……えろいな」
「ちなみに、照明もピンクにできるよ」
「なんだそれ、エロ全振りじゃん」
「あと防音だよ」
「あ……そうか。なるほど、ここってラブホだったんだ。だから設備が整ってるんだな…」
「ショートタイム五百円……ワンコインでどうですか」
「払う払う。現金でいいですか?」
「ふふ、そんなに気に入ってくれたの?」
「それはもうとんでもなく」
私の反応を見て、高良は照れたように笑っていた。
どうして防音なのかは、「ピアノ習ってたから」と教えてくれて、置いてあった電子ピアノでも察した。意外にも、コンクールで入賞するくらいには、それなりに得意らしい。
知らなかった一面を知れて嬉しい気持ちと、恋人の部屋っていう慣れない環境になんだかソワソワした。
「伏見こっち来て、ぎゅーして」
「あ、はい」
ベッドの上に腰かけて両腕を広げた高良の元へそそくさと移動して、願望を叶えるため華奢な体を包み込む。
私の胸元に頬をすり寄せてきたから、頭の後ろを支え持ちながら撫で回した。
「んん……好き。さびしかった」
「ごめんね、バイトで構ってあげられなくて」
「ほんとだよ〜、まったく。あんまりさびしいと、こうやって拗ねちゃうんだから」
「いいよ、いっぱい甘えて。あとお盆中は連休取ったから、ずっと一緒にいられるよ」
「んふふ、うれしい……わたしのためにお休み取ってくれてありがと」
「その代わり明日と明後日と……ごめん。しばらくはバイト入ってて会えないし、連絡もあんまできないかも」
「……謝らないでへいき。さびしいけど、仕方ないって分かってるし……あんまりわがまま言って困らせたくないし…親しき仲にも礼儀ありだし…」
母親に怒られたことはしっかり効いてるらしく、わがままな自分を反省してしょんぼりしてる高良を抱き包む。
「…家族みたいなもんなんでしょ?私に対しては何も気にしなくていいよ」
「じゃあ今すぐバイト辞めて、他の女の連絡先も全部消して、もう誰とも関われないように監禁されてくれる?」
「やっぱり赤の他人でした、無責任なこと言ってすみませんでした、私ひとりで抱えるには愛と荷が重いです」
「首輪と鎖、用意しとくね」
「監禁前提で話進めるのやめてください、ほんと怖いんで。……てか高良って、意外と嫉妬深いよね。自分に自信あるのに取られる心配するの、なんで?不思議」
「……ぶっちゃけ、他の女に負ける気はしないんだけどさ」
自信満々なことを、言葉に似合わず儚げに呟いた高良は、不安な心のうちを現すみたいに背中に当てていた手で服を握った。
「伏見、優しいから……相手のこと放っておけなくて、そのままずるずる体の関係持っちゃったら、とか…根負けしてワンナイトしちゃったりしたら、嫌だなって…」
「……しないよ」
「うそ。する。だって、わたしの時がそうだったから」
「体の関係持ったこともワンナイトで終わったこともないんだけど?」
「ちがくて。……ゴリ押ししたら、女のわたしでもいけちゃったから、誰にでもそうだったらどうしようって心配で…」
「そんな、人のことちょろい女みたいな……高良じゃないんだから大丈夫だよ」
それに、いつもそうだけど高良が思うような優しい人間じゃないんだけどな。……当たり前に、聖人でも何でもない。
今日もバイト中、嫌な客に対して「店出た後、車に轢かれて死ぬか足の小指ぶつけてくんないかな」とか平気で思ってたし、バイト先の人と世知辛い愚痴も話した。
高良のわがままを許せるのだって、心のどこかで「顔が良くなかったらムリだな」とか見た目込みの評価で、100%の親切心と善意でいるわけじゃない。
「……高良、安心して聞いてほしい」
相手の肩に手を置いて、腰を曲げて目線を合わせる。
「実は私、とんでもない面食いなんだ」
今思い浮かぶ限りでは最大級の安心材料を伝えたら、彼女はキョトンとして首を傾けていた。
「だからいくら迫られたって、顔が好みじゃなかったら揺らがないよ」
「好みだったら……揺らぐの?」
「うん、ちょっとだけね」
「そこは嘘でも揺らがないよって言いなさいよ、ばか」
「ごめんごめん。…でも、高良以上に可愛い子なんて、そうそういないでしょ?」
「うん。いない」
「ね、ほら……だから大丈夫だよ。自分の顔を信じて」
「……確かに。何も心配することなかったかも」
安心してへらりと笑った高良が、気の抜けた顔のまま私のことを見上げた。
「伏見だいすき。ありがと、自信ついた」
「…うん。だから監禁はやめてね」
「わかった。軟禁にしとく」
「恋人を犯罪者にしたくないんで、そろそろこの辺でお
「やだ……だめ。逃さないよ?このままわたしの腕に閉じ込めちゃうんだから」
「ははっ。かわいいけど……ほんとに帰るよ。明日は朝からバイトだし、あんまり夜遅くなると怒られちゃう」
「むぅう〜……あとちょっと。五分延長で」
頬を膨らませて拗ねた高良のお願いを叶えるため、おとなしく抱きつかれることにした。帰りたくない本心がそうさせたのもある。
だけど五分も経たないうちに、向こうからそっと体を離された。
もしかして気を遣って帰してくれるのかな?そう憶測を立てた私の頭は、
「…ご、ご褒美のおっぱい、まだだよ」
その一言で、見事に真っ白く染まった。
「お、おっぱいがどうしたの。なに急に」
「……家入る時、言ったじゃん」
あ……あれか。
確かに言ってた……けど、ただの冗談だと思ってた。もしかして、本気だったの?い、いいの?
「さ、触らせて、あげる…」
どうやら嘘じゃないみたいで、胸元に手を当てて深呼吸した高良を眼下に、動揺する気持ちから何度も落ち着きなく瞬きを繰り返した。
帰らなきゃ……と僅かばかりの理性は機能するのに、期待しまくった脳が勝手に体を動かして手を伸ばしてしまう。
勇気が足りないせいでいきなり胸に触ることはできなくて、その上の鎖骨の辺りに、指の腹を当てた。
「ま、まじで……触るよ?」
「う……うん。でも明るくて恥ずかしいから、服の上からね…?」
「わ、わかった」
ふざける余裕もなく頷いて、なぞるように膨らみの始まりへと指先を移動させる。
着ていた服が薄い生地だったからか、布越しでも…思ってたより感触や温度が伝わって驚いた。
「う…わ、けっこう……柔らかい…ね」
「そう…かな?普通だと、思う…」
「いや、これはなかなか……えろい、です」
「……もっと下も、触っていいよ」
手首を弱く掴まれて、遠慮がちだった手をさらに大きく膨らんだ場所まで持っていかれる。……こっちはブラが邪魔をして、表面の感触が伝わってこなかった。
だけど、この触れてる布の奥にさっきの柔らかさがあるんだ……と思うと、それだけで興奮する材料へと変わる。
私の手の大きさで全体を包み込めるちょうどいいサイズ感も楽しみながら、つい欲張って頂点はどこだろう…と探した。
「もどかしい……直接は、だめ?」
「……い、いいよ。けど…服脱ぐなら、電気消してほしい…」
「それだと、本格的に始まっちゃうかも」
「か、帰らないで、泊まっていけばいいじゃん」
「そうしたいのは山々なんだけど…バイトあるし、着替えは無いし……今日は帰らないと」
「…帰ってほしく、ない」
なにを考えてるのか。
私の腕を持って裾をたくし上げた高良は、ためらうことなく自分の服の中へと人の手を閉じ込めた。
さっきまでは布二枚だったのが今度は一枚になって、いつの間にかブラのホックを自分で外していたらしく、最終的に隔たるものは何もなくなる。
浮いた布の隙間に差し込むように手を誘導されて、触れた体温の高さと汗ばんで湿った肌感に心拍が跳ね上がった。
「え……え、な…なに、してんすか」
「っか、帰ってほしくないから、体で釣ってる」
「餌が魅力的すぎて逆に魚逃げるよ……てか、そんなことのために触らせちゃだめだって」
「もっと一緒にいたいんだもん。そ、そのためならなんだってする」
「そんなんでえっちできたって、嬉しくないよ…」
引き止めるための手段だと知って、だいぶ気分は沈んだ。心配が強すぎてえろかった気持ちも消え去ってしまった。
「高良、あのね」
しゃがみ込んで目線を相手より落として、俯いていた高良と目を合わせる。
胸元に当てられていた手も服の中から抜いて、相手の手をそっと握った。
「そうやって体を差し出さなくても、そばにいられる時はちゃんといるから大丈夫」
ムッとした表情に変わったから、宥めようと穏やかに手の甲を何度も柔く撫でた。
「逆にこんなことしても…無理な時は無理だから。寂しい思いさせてるのは悪いけど、我慢するところはちゃんと我慢してほしい」
「……迷惑?」
「かなり。バイトに関しては、特に。……ごめん。叶えてあげたい気持ちはあるんだけど、あんまりわがまま言われると、どうしたらいいか分かんない。困っちゃう」
傷付けるかもしれないと分かっていて、あえて厳しい言葉をぶつけてみたら、途端に眉が垂れて泣くのを我慢するみたいな顔をする。
伝わってくれたかな?って、ちょっと不安に思ったけど、
「ごめん…なさい」
まるで幼い子供と変わらない口調で謝ってもらえて、安堵で体の力と吐息が抜けていった。
「暴走しちゃうくらい、寂しかったんだね」
「うん…」
「ふは、かわいい。……おいで。キスさせて」
「ん」
コクンと小さく首を動かして、私の腕の中へ自ら入ってくれた高良を抱き止めて軽い口づけを交わす。
少しだけ離れて視線を絡ませた後で、もう一度…二回目は当てるだけじゃない、相手の唇を挟んで食べるようなキスをした。
「あー……ごめん。もっとしていい?」
「う、うん……むしろしてくれなきゃ、やだ」
可愛いことを言われて、もはやほとんど押し倒す形で唇を奪った。
ベッドシーツの上に晒された手に手を重ねる。
余裕なく舌をねじ込ませれば、簡単に受け入れた高良の体が鳥肌をまとうように震えた。
無我夢中で貪って、真っ暗闇の視界とは反対に頭は白一色で埋まった。思考なんて、ほぼしてないも同然だった。
「ぅう、は…っ……息、できな…」
「ご、ごめん、苦しかった?」
「…死ぬかと思った。でもこれで死ねるなら本望」
「あぶねえ、危うく恋人を窒息死させるところだった」
切り替えの早さはふたりとも同じで、冗談めかした会話でえろい雰囲気をぶち壊してから体を起こした。
「じゃ、帰るね」
「うん……またね」
「……あの、高良さん。それじゃ帰れないです」
言ってることと行動が正反対の高良は、はたして本当に帰らせる気があるのか……私の体にしっかりと抱きついた。
「帰りなよ。かわいいかわいい恋人のわたしを置いて帰れるなら帰ればいいじゃない」
「お言葉に甘えて置いて帰るんで離してください」
「ううぅ〜……ばか!ばーかばーか!だいすき!さっさと帰んなさいよ……んん、まだいてほしい…くっ、はやく帰って!今のうちに!ここはわたしが押さえてるから!」
「やばい、この人あまりに寂しすぎて情緒おかしくなってる。悪魔に体乗っ取られそうになってる」
「むしろなんで伏見はへいきなの!」
「平気じゃないよ。キスした時の高良をおかずにオナりたいから早く帰りたいだけだよ」
「そういうことなら……気を付けて帰ってね。引き止めてごめんね」
「どこで納得してんだよ…」
冗談で言ったのに、こういう時ばかりは理解のある彼女によってようやく解放された。もちろん高良に言ったことは嘘で、帰ったら風呂入ってすぐ寝るつもりだ。
お盆まであと一週間以上はある。…それまで、大丈夫かな。
私の心配は杞憂に終わって、その翌日からは連絡こそ来るものの、バイト先には来なかったり会いたいと言わないようにしてくれたりと……意外にも、平和に時は過ぎた。
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