第20話「やっぱりふざけちゃう」























 恋人になって初めての朝。


「…お、おはようございます」

「あ……お、おはよう、ございます」


 私達は布団の中で、目を合わせることもなく挨拶を交わした。


「よ、よく眠れましたか……高良さん」

「全然です…」

「二度寝します…?」

「昨日ヤッてないはずなのに雰囲気が事後の翌日みたいで恥ずかしくて眠れそうにないです…」

「朝からやめてよ、生々しい」


 気まずかったのは起きてすぐの数分だけで、それが過ぎたら後はもういつも通り。

 歯を磨いて顔を洗って、朝ごはんを食べて、部屋に戻って、映画を見るだけ。……友達の頃と、何も変わらない。

 ベッドの上で、うつ伏せになって横並びでスマホを眺めながら、まるでいやらしい雰囲気にもならない、ドキドキもしない空気感に寂しさを覚えた。


「そういえば……次のデート、どうする?」


 映画も終盤に差し掛かった頃、高良の方から話題を出してくれた。


「んー……お盆までは、けっこうバイト入れちゃったからなぁ…時間取れないかも」

「え。バイトってなに」

「…言ってなかったっけ」

「聞いてない、言ってない、信じられない。今すぐ辞めてきて」

「え、えぇ…?」


 急なメンヘラ発言に驚いて隣を見たら、怒ってるのか拗ねてるのか分からない表情をした高良に睨まれる。

 そ、そんな目を向けられましても……バイトはさすがにやめられない。そもそも、ふたりのためを思って始めたことだし、私の勝手なんだから、怒られる謂れもない。


「わたしとの時間減っちゃうじゃん」

「そうは言っても……すぐには辞められないよ。それにお金は大事だから…」

「バイトとわたし、どっちが大事なの」

「それリアルに言う人いるんだ……バイトです」

「ひどい!ばか!せめてちょっとは悩みなさいよ!学校一の美少女と付き合っておいて放置するとかありえないから!」

「だってお金ないと一緒に遊べないんだから。仕方ないじゃんか」


 枕でぶっ叩かれたけど、こればっかりは譲れない。

 想像以上の束縛に困惑しつつも、なんとか宥めて枕は置いてもらった。


「バイト先でモテちゃったらどうするの。伏見みたいな人、他の女が放っておくわけない…」

「それはない。まじでないよ。大丈夫、モテないから。見て、この顔面を」

「んん、そのヤンキー顔、わたし大好きだもん……きっとみんなもキツネに似てるって、そう思ってる。かわいいからモテちゃう」

「なんでだろう、あんまり嬉しくない」


 過大評価を真に受けるほど自己肯定感のない私は、顔の良い高良に褒められても複雑や思いを抱えるだけだった。

 ……私の方が、心配なんだけどな。

 口を尖らせて拗ねる可愛い顔を視界に捉えて、他の奴に取られたくない独占欲と嫉妬心を疼かせた。

 高良が自分でも言うように、こんな美少女を彼女にしておいて放置できるわけがない。バイトはお金のためと割り切ってるから、離れていても我慢できるだけだ。

 本当は私だって、四六時中そばに置いておきたい。


「…お盆休み、みんなで帰省する予定なんだよね」

「じゃあずっと会えないじゃん」

「いやいや、そうじゃなくて。……私だけ残ろうかなって、思ってて」


 せめて許される限りは独り占めしたくて、遠回しのお誘いをするため言ってみたら、相手の瞳に期待が宿った。


「家、誰もいなくなるから……その。ふたりで、過ごせるよ」

「……一緒に住もうってこと?」

「違います、連日お泊まりしませんかって意味です」

「わかった。住所移すね」

「おい人の話を聞け、そして気が早い」


 勝手に住む気満々な高良にため息をついて、ひとりだけエロばっか期待しちゃってたことを恥ずかしく思う。

 家族がいないうちに、何もかも気にせずイチャイチャしようと思ってたんだけどな……この感じだと、高良またふざけちゃいそう。

 そうなったらそうなったで楽しめるから良いとはいえ、やっぱり触れ合いたい年頃なもんで。


「と、泊まってくれたら……その時は、その…」


 熱を持ちすぎて、自分で見えなくても赤いと分かる顔を隠すため、腕で隠しながらベッドシーツに額を預けた。


「それまでに、心の準備……しといて」


 下心まみれで、キモいと思われてないかな。

 不安になるけど、それ以上に羞恥心が勝って顔を上げられなかった。

 隣ではモゾモゾと、どうやら高良が私の体に抱きついてきたようで、二の腕の辺りに柔らかな感触が当たる。それだけで、心拍数が上がった。


「好き」


 耳元で、照れた囁きが聞こえて。


「…私も」


 自然な流れでいけたキスは、ドキドキして照れたものの、昨日みたいに照れ隠しでふざける感じはまったくなかった。

 軽く当てるだけで終わったことに、もどかしさを募らせたのは私だけじゃなかったらしくて、向こうからまた顔を寄せられる。

 応じて受け入れながら体勢を横向きにして抱き止めれば、高良も私の首に腕を回してくれた。


「……なんか、恋人っぽいね」

「そりゃ、付き合ってますから…」

「ん…ふふ。はずかしい……隠れちゃお」


 照れ笑って人の胸元に顔をうずめた高良は、ちゃんと乙女してて反応に困った。

 あれ、なんか……普通にかわいい。

 昨日のおふざけ全開な女の子はどこに行っちゃったんだろう。人をAI扱いしてた子は、いずこへ…?


「おかしいな……こんな王道に可愛い子と付き合った記憶ないんだけど…探しに行った方がいいかな」

「探さなくてもここにいますけど。視力失った?」

「どこ?」

「ここ。よく見て?誰が見ても整ったこのかわいいかわいいお顔を」

「ごめん近すぎて逆に見えないです」


 鼻先同士をすり合わせて微笑む顔を触って、そのままついでに唇も合わせる。


「ん……伏見、すぐちゅーするじゃん…」

「癖になる美味しさで……つい」

「味分かんないでしょ」

「食感を楽しむタイプなんだよ。あと香り」

「わたしのこと食べ物だと思ってる?」

「新鮮で活きがいい女だな…と思ってます」

「粋な女ってこと?ありがと」

「食べ物じゃないってツッコミ待ちだったんだけどな……でもまぁ、その通りすぎて何も言えない」

「ふふ、だいすき」


 そんな風に軽口とキスを交互に繰り返して、次第に昂ぶってきた体温で脳みそが溶けかかった頃。


「……舌、入れてみてもいい?」


 欲望のその先へ、足を一歩踏み入れた。


「まだ、だめ…」


 だけど、あっさりと拒絶されてしまった。

 …さすがに早すぎたかな。

 気持ちが急いで先走ったことを反省しつつ、理由と顔色を窺う。


「…なんで?」

「今でさえ、ドキドキしちゃって苦しいから……ほんとに死んじゃうかも。いやでも、ここで死ぬのも本望…」

「うん、わかった。続けるね」

「殺す気?」

「私のために死んでくれる?」

「……うん」

「だめだよ。……なんで言うこと聞いちゃうかな」

「そのくらい好きだもん」


 素直に頷いちゃった、心配になるくらい愛が深い高良が、今はどうしょうもなくいじらしくて。

 何度か浅いキスを交わしてから、そっと顎に指を置いた。


「…口、開けれる?」


 素直にうっすらと開かれた唇を、熱でのぼせた頭でじっと見つめて、赤い口内に吸い込まれるように自分の舌を差し出した。

 初めてすぎて、どう動かしたらいいかも分からないまま、火傷しそうなくらいの湿った温度を体感する。


 うまくできてるかな、とか。

 息、荒くなるから止めないと、とか。

 なんかめっちゃいい匂いする…とか。


 そういうの、全部。

 肌の上にまとわりついた特大の興奮にかき消された。


「っ……ぅう〜…」


 高良の体が何かに支配されてぶるり、と震えた辺りで、名残惜しくも顔を離す。途端に、ふたりの間で咽るくらい熱い吐息が混ざった。


「はぁ……っ、やば…」


 目を開けて真っ先に見えたのが、あまりにもとろけきった相手の瞳で……見てるだけなのにゾクゾクした刺激が脳に送られてくる。


「すんごいえろい顔してる」

「や、やだ……言わないでよ、ばか…」


 思わず口をついて出た失言に、咄嗟な仕草で顔を隠されてしまった。


「なんか、これえろすぎてテレビだったら放送禁止かも……こんなのもうAVじゃん…」

「人の顔見てAVって。しかもこんなかわいい子のキス顔見て…普通言う?信じらんない、変態、アホ、大好き。ばか」

「今なに言われても興奮する自信あります」

「…お義母さん主演の不倫モノAV、大好評発売中」

「激萎えしたわ……親は反則…“何言ってもいい”の次元軽く超えてきた…」

「これで萎えなかったらどうしようかと思った」

「いやそもそも萎えさせないでよ。せっかくいい感じのムラつきだったのに」

「まだ心の準備できてないもん。萎えるくらいでちょうどいいでしょ?」

「新たな焦らしプレイでも開発しようとしてる?」

「か、開発はするより、されたい派だから…」

「聞いてねえ…」


 雰囲気ぶち壊しな高良にも、もう慣れた。…いや今回は先に仕掛けたの私だから、これは私が悪い。

 もう一回しよう、って気分には不思議とならなくて、やけにスッキリした表情の高良は、その後もご機嫌で映画の続きを見ていた。

 




















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