第18話「告白する」























 夏祭り当日。


 高良は浴衣を着てくれるらしいから、どうせなら私も合わせようかな、なんて企んだけど……恥ずかしいからやっぱりやめた。

 あんまり女の子らしい格好は得意じゃない。顔と身長に似合わないから。

 だけどせめて少しでもオシャレはしていこうと、髪は前髪を真ん中分けでかき分ける感じにして、服とかもシンプルになり過ぎないようにアクセサリーを身に付けた。…化粧もしてみた。

 メイクすると目つきの悪さが強調されてガラ悪くなるんだけど……うん、大丈夫。高良なら喜んでくれるはず。


「今日帰り遅くなるから、夜ご飯いらない」

「はーい、いってらっしゃい」

「……デート?」

「大正解」

「おぉ……お姉ちゃん、ついに認めた…」


 あまり感情を出さない淡泊な静歌が驚いた声を出したのを聞いて、照れ笑いながらそそくさと家を出た。

 都内までは、電車でけっこうかかる。

 広い駅構内で待ち合わせるのは難しいし、待ってる間に高良がナンパされたり、危険な目に会うのは嫌だから向かう途中の駅でわざわざ降りて合流することにした。

 最寄りの駅での合流は、地元の人に見られる可能性があるから避けた。

 待ち合わせの駅について、まだ到着してない高良を待つ。


「あっ、ふし……伏見?ん、伏見だよね…伏見だ」

「何回言うの、私の名前」

「いや……なんかやたら目つき悪いヤンキーいると思って、びっくりしちゃって…」

「……化粧すると大体そう言われる。落としてこようかな」

「ごめんなさい。…ちゃんとかっこいいよ?」

「せめて美人って言って」

「キツネ美人」

「おい。誰がキツネだ、ぶん殴るぞ」

「やん、殴られたい」

「さらに上を行くのやめて……あとそんなに目も細くないし…キツネじゃないし…」


 会って早々、いつもの調子で会話を交わして、最終的に頬に手を当てて顔を赤らめたまんざらでもない様子の高良に呆れ果てて、もうすでに疲れた。

 いやでも、今日はデート……今日はデート…何度も言い聞かせて、デートらしい雰囲気作りを頑張ろうと試みる。


「あ…あー、高良は、今日……浴衣が似合ってて、かわいいと、思いました」

「…小学生の読書感想文?」

「あ、いや、冗談。…か、可愛いです、とても」


 極力ふざけないように気を付けつつ、しっかり高良の浴衣姿を目に焼き付けておく。やっぱり水色が好きなのか、今日も今日とて水色を基調とした柄だった。


「てか……今日は、メイクかなり控えめなんだね」

「えへ、気付いた?外暑いから、汗かいて落ちちゃうかな?って思って」

「なるほど。…そういうの全然考えてなかったな。参考になります」

「いえいえ。そんなそんなお礼なんて……もっと感謝してください」

「“図々しい”と“謙虚”って両立するんだ…」


 私が頑張っても、天然なのかわざとなのか高良がボケをかましてくるから、なかなかいい感じの雰囲気にならない。

 それはそれで楽しいから受け入れるとして、最終的に告白まで持ち込めるくらいのドキドキは維持させとこう…と様子を窺う。

 とりあえず都内に向かうため電車に乗り込んで、まだ明るい時間だったけど休日だったせいか車内は人がいっぱいで座ることはできなかった。

 せめて寄りかかれるようにと、ドア付近のスペースを確保して高良の前に、ドアと挟む形で立った。

 私は履き慣れたブーツだからいいけど……高良は大丈夫かな。慣れない靴で。


「……しんどかったら、腰支えるから」


 少しでも楽にさせたくて伝えたら、見下ろしていた可愛い顔が分かりやすく照れる。


「あの、伏見…今日って……どこまで、くっついていい、感じ?」


 そしてぽつりと質問された。


「…高良のしたいところまで」


 こう返せばきっと「キスもセックスもいいの?」なんて言われるかもしれないけど、今日はその覚悟で来てるから動じないでいられる……はず。自信はない。


「じゃあ…手、繋いでいい?」

「う、うん。もちろん」


 思いのほかささやかだった願いを受け入れて、高良の手を取った。

 何気に手を繋ぐのは初めてで、触れた柔らかさにさっそく動揺する。動じないなんて最初から不可能だった。


「…手汗やばい、伏見。洪水」

「洪水言うな。高良だって汗かいてるじゃん」

「濡れてるのは汗だけじゃないよ、下も大洪水」

「……そのおふざけ、今は逆効果だよ」


 照れ隠しなんだろう、いつまでも軽口が止まらない高良の手を握って、もう片方の手を腰に置いた。

 軽く抱き寄せれば、相手の体は硬直して動かなくなる。心臓はバクバクだし、汗はやばいし、余裕なんて無いに等しかったけど悟られないように気を張った。

 ちょうど顎のそばにある髪からは女の子らしい香りが漂っていて、嗅ぐたびに胸を締め付けられては、荒れそうになる呼吸を静かに整える。

 ……熱い。

 布越しに触れる体温が高くて、高良の感情を伝えてくれてるみたいで勝手に嬉しくなった。


「…着いたら、なに食べる?出店どこ行きたい?」


 ずっと黙ってるのもなんだから話題を提供したのに、高良からの返事はなかった。


「無視ですか、高良さん」


 耳元に近付いて声をかければ、反応した肩が上がって縮こまった。

 なんか、グイグイ来られないとやりずらいな……可愛いけど、扱いに困る。

 結局、電車の中ではたいした会話もできなくて、高良はひたすら私の服を引っ張っては鎖骨の辺りに顔をうずめてじっとしていた。

 たまに小さな握り拳が緊張からかふるふる震えていて、それが可愛くていじらしく思った。


「わ、やっぱり混んでる。人だらけだ」


 目的の駅に到着して電車を降りた後は、歩行者天国になってる道を進んでで店が並ぶ場所までやってきた。

 移動してる間も手は繋いで、外に出てから緊張が解れたのか口数も増えてきた高良を連れ歩く。


「お腹すいてる?」

「…ちょっと」

「なに食べよっか」

「輪投げ」

「すみません、輪投げの輪を食べる怪物とはお付き合いできません…」

「じ、冗談!……焼きそば食べたい」

「うん。じゃ、並ぼ」


 まだまだ照れ隠しの冗談が抜けないけど、それでも高良なりに意識してくれてるみたいで、その辺りから徐々に軽口は減っていった。

 隣をしおらしく歩く彼女は、普段とはまるで違って…清純派アイドルみたいに可愛くて、たまに見えるうなじは綺麗で、やけにドキドキした。…大人しいと、これはこれで調子狂うな。


 いつ告白しようか、迷いつつも。


 勇気が出なくて……人混みの中、それぞれ食べたいものを買うため並んで、食料を調達できた後は道の片隅に避難して小腹を満たす。


「焼きそばおいしい?」

「ん、おいしい…」

「たこ焼きも食べる?」

「……あーんして」


 両手が塞がってるからか、それとも単に甘えたかっただけか。

 心臓に悪い可愛さで言われて、ドギマギしながらも箸でたこ焼きのひとつをつまみ上げた。


「は、はい、どうぞ…」


 相手の口へそれを献上すれば、満足げに頬を膨らまして咀嚼していて、ちょっとハムスターみたいで可愛いなって微笑ましく眺める。

 食べ終わってからは手を繋ぎながらしばらく散策してたけど、祭りの楽しみ方がよく分かってなくて最後には歩くだけで何もなく、早めに帰ることにした。…花火がある祭りとかの方が良かったかな。

 退屈じゃなかったかな、大丈夫かな。…そういちいち不安になりながら、人が多すぎて吐き気がするほどの満員電車に乗り込んだ。


 てか……どうしよう、告白するタイミングを完全に逃してしまった。何やってんだ、私。


「……この後、どうする?」


 頭を抱えたい気持ちは今は置いといて、行きと同じくドアと私の間に挟んで聞いたら、高良の顔がゆっくり上がる。


「家、行きたい…」


 服を弱く引っ張られる感覚がして、控えめなおねだりを聞かないわけもなくて……電車の中では今にもはちきれんばかりの想いを抱えたまま過ごした。

 最寄りの駅に着いてからは、ふたりの関係がバレないように気を遣ってくれた高良がちょっと離れたところを先に歩いた。

 さっきまでの手を繋げる距離感じゃなくなってしまったことを、寂しく思う。

 でもここでそばに駆け寄れるほどの意気地はなかった。


「……ただいま」

「お邪魔します…」


 母親に見つかったら面倒そうだから、静かに家に入って、忍び足で自分の部屋へ向かう。高良も察して、なるべく物音を立てないようにしてくれた。

 結局、友達をやめようって話したあの日と同じ自分の部屋で告白することになっちゃって……それならあの時に言ってても変わらなかったなって、高良には無駄に待たせて悪いことしたと反省した。


「…足とか疲れてない?」

「うん、へいき」

「飲み物取ってくるよ、待ってて」


 部屋に着いてすぐベッド脇に座らせて、自分は早々に出ていこうと踵を返したら、


「…やだ」


 拗ねた声と一緒に、手を捕まえられた。


 心臓が一気に跳ね上がって、激しくなる動悸に苦しくなって胸ぐらを掴む。

 ……こ、これ、告白チャンスなのでは…?

 もう今しかない、そう確信して真っ先に、鞄の中からある物を取り出した。


「た、た…高良さん」


 バッと勢いよく振り返って、握りしめた拳を前に突き出す。


「っこ、これ、どうぞ!受け取ってください」


 驚いて固まった高良の手首を持って、手の中にそれを握らせる。受け取った後で、彼女はおそるおそる手を開いて確認した。


「あ……え…?これ…」

「さ、サイズ合ってるか分かんないけど…その、よかったら、あげる」

「めっちゃうれしい……嵌めていい?」


 渡したのは、指輪で。

 いきなり重くないか、とか引かれない?って心配だったけど、予想以上に喜んで瞳を潤ませた高良はさっそく指に嵌めてくれた。


「ふは…っ、見て。ゆるゆる」


 そしてこういう時にも締まらない私のセンスは、見事にサイズを間違っていたようで……満面の笑みで指に嵌まった緩い指輪を見せられて落ち込んだ。


「……ほんとだ、ごめん。そんなに指細いと思わなかった」

「うれしいよ。…でも、すぐ外れちゃいそうで怖いかも。失くしちゃったらやだな…」

「そしたら…今度チェーンも買ってくるよ。ネックレスにしよ」

「うん!ありがとう…伏見」


 そんなにも可愛い顔で笑いかけられたら……照れすぎて告白の言葉が吹き飛ぶ。

 と、とりあえず立ってるのもあれだから、高良の隣に腰を落ち着けて、しばらくお互い見つめ合った。

 ……なんて、言おう。

 言い出すタイミングを掴めなくて焦る私に、彼女は身を前に乗り出す形で距離を詰めてきた。…よく見たら、汗かいてる。

 相手の緊張が伝わると、こっちまでさらに緊張しちゃう。


「い、言いたいこと……あるんじゃないの」


 向こうから切り出してくれてホッとするものの、気恥ずかしさから顔を背けた。


「や……あのぅ、えっと…」

「焦らされすぎて、そろそろしんどいんだけど。早く言って」

「す、すみません。言います、ちゃんと言いますから」

「付き合って」

「おい先に言うな…よ」


 てっきりお決まりの冗談かと思って、つい反射的にツッコむ口調で返しちゃったんだけど……高良の方を向いて、違うと気付いた。

 真っ赤に染まりきった顔は少し怯えた目をしていて、唇も不安な気持ちを隠すように浅く噛まれて、頬から顎に滴る汗が、ポタリと落ちた。


「つ、付き合いなさいよ」


 弱気な表情に似合わない、強気な口調がどうしようもなく愛しくて、


「あ……はい。もう結婚してください…」


 自然と動いた体が指輪を嵌めた右手を持って、さらに上回る言葉が口をついて出た。


「こ…子供は十一人ね」

「サッカーチームでも作る気か。ごめんだけど、チームも子供も作れません」

「じ、冗談に決まってるでしょ。…伏見がいれば、それだけでいいんだから」

「……ほんとに、私でいいの?」


 ここに来て自信のない質問を投げかけたら、目を細めて睨まれた。


「伏見がいいの。何回も言わせないで」

「すみません……根がネガティブなもんで」

「ギガネガティブの間違いでしょ」

「ウルトラギガかもしれない」

「いや……ウルトラエクストラバージンオイルかもよ?」

「それ途中からただのオリーブオイルじゃねえか」

「健康志向でいかないとね。伏見には、長生きしてもらわなくっちゃだもん」

「あれ……なんの話してたんだっけ」


 おかしいな、付き合ったはずなのに全然お互い軽口合戦が止まらない。

 まぁ、そんなもんか。人はそう簡単には変わらないよね。

 この後、今後について軽く話し合って、ここぞという時にはできるだけふざけずにいようってルールだけはふたりの中で決めておいて、普段はこれまで通り楽しく話そうってところで落ち着いた。

 

 



 

 















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