第15話「二回目のデート」

























 二回目のデート。


 高良が希望した場所は、


「よーし、じゃあ泳ご〜!」

「ちょっと待って。その前に準備運動」


 プールである。


 本当は海が良かったらしいんだけど、今回は予算と距離的に遠くて泊まりじゃないと無理そうだったから諦めて、他に水着になれるところ……ということでプールになった。

 今回も学校の人と鉢合わせたらまずいと判断して、わざわざ電車で一時間ちょい。隣の隣の市が運営する、市民プールにやってきた。

 市営だから料金も比較的安いし、屋内だから日焼けもしないって理由で即決した。

 今は水着に替えてふたり、水で遊ぶことをナメてはいけないと入念な準備運動をしている。


「すごい意気込んでるけど、高良って泳げるの?」

「いや?まったく泳げない」

「なんでプールにしたんだ…」

「わたしのこのスタイルを見せつけて、伏見を脳殺しちゃおうって作戦だから。ほらさっそく見てよ、この水着。似合うでしょ?」

「いや、まぁ……似合ってますけど…」


 水色を基調としたフリルデザインの水着姿の高良を横目で見て、どこを見ても肌色面積が多かったからすぐに視線を逸らした。


「というか……水色、好きなんだね」

「?…なんで?」

「下着も同じ色だったから」

「……恥ずかしいから忘れて」

「あ、すみません…」


 開始早々、とんでもないセクハラをかましてしまって、居心地を悪くする。

 しばらく黙々とストレッチを続けて、全身がほぐれてきた頃にようやく、まずはプールサイドから足だけを浸けて座った。…ひんやりしてて気持ちいい。

 いきなり入るのもいいけど、泳げない高良のことを考えて時間をかけて入水することにした。


「伏見は泳げるの?」

「うん。小学生の頃、水泳習ってたから泳げる方だと思う」

「運動神経いいんだ?」

「どうだろ……習ってたわりに、って感じかな。そんなには良くないよ。普通」


 どの分野においても、人並み以上にはならない。

 分かっているから、別に今さら落ち込むこともなかった。むしろそれなりにこなせてるだけマシだと考えるようにしてる。


「ちなみにわたしは運動音痴」

「…そうなの?」

「うん、足とかめっちゃ遅い。災害あったら真っ先に死んじゃうタイプ」

「ははっ、もしそうなったら私が背負って走るから大丈夫だよ。これでも中学の時は陸上部だったから」

「え。頼もしい……好き。それもう命を懸けてでも守るよってプロポーズだよね?いいよ、結婚しよ」

「そのつもりは一ミリもなかったんですけど……勝手に妄想膨らますのやめてもらっていい?」

「今わたしの頭の中で五十年後のふたりまで浮かんでるから、ちょっと待って。集中したい。死ぬ時は一緒が良い、老衰で死にたい」

「未来を見すぎて完全に今現在の私が置いてかれてます。戻ってきてください高良さん」


 …なんか、デートなのに全然いい感じの雰囲気にならない。高良のバカが炸裂しすぎて。

 冗談を言い合うのも普通に楽しいし、なんならそれで笑ってる高良を見られるのは幸せだけど……このままだと、一生友達感覚が抜けない気がする。

 ここは私が頑張ってリードしようと、意を決してプールの底へと足を付けた。思ったより深くなくて、水の高さは胸の下辺りまでしかなかった。

 脈絡もなく水の中へ入った私を、高良は驚いてまん丸にした目で見下ろす。


「…おいで、高良」


 膝に乗せていた相手の手を取って、もう片方の手を軽く広げる。

 途端に赤らんだ顔を、下から見てもかわいいんだ…なんて少しの感動と共に見上げた。

 高良が片手で体を支えながら腰を浮かせたのを見て、変なとこは触らないように気を付けつつ背中の方へ手をやってプールへ入るサポートに回る。


「水……怖くない?」

「う、うん…」

「冷たいから、ゆっくり入って。心臓に負担かからないようにね」

「色んな意味で心臓に悪い時はどうしたらいい?水に入る前にドキドキして死にそうなんだけど」


 こんな時でも軽口をやめられないまま、そっと入水した高良を追い込むために、プールサイドに両手をつけた。


「今日はデートだから。…それで正解だよ」


 情けないことに羞恥で声が震える。

 だけどそんなの関係なく高良には刺さってくれたようで、動揺した瞳が泳ぎまくった後でまつ毛によって隠された。

 きっと私も今、目の前にいる高良と同じくらい真っ赤な顔をしてるって思うと恥ずかしくて仕方ない。

 余裕がないくせに慣れないことはするもんじゃないな…って、プールの水じゃなくて大量に吹き出した汗で体を濡らしながら後悔した。


「…き、急にそういうの、ずるい」


 僅かに震えた拳が胸元で握られるのを、強調された谷間ごと視界に入れちゃって、邪な想いを刺激される。

 少し前まではなんとも思ってなかった肌の色や、照れて下唇を弱く噛んだ表情が、今はこんなにもえろい。変な感覚。


「……高良」


 至ってノーマルだった私を、こんなにも変態に変えてくれた相手の肩にやんわり手を乗せたら、それだけで過剰なくらいにビクリと跳ねた。

 可愛らしい顔が、私を見上げる。

 世の中のカップルが全員、きっとこういう時にキスしたくなるんだということを知った。

 …いや、さすがに人前だからしないんだけど。


「き、今日……水着も、私服も、めっちゃ可愛い…です」


 代わりに、一回目のデートでの失敗を繰り返さないための本心を口にしてみた。


「め…メイク控えめなのも、チョベリグ」

「いや古っ!……んっ、ふ…っ、ちょっと待って、笑っちゃう、ごめんむりだってそんなの反則!」


 あまりに照れくさかった雰囲気に耐えきれずふざけた私の発言に、高良も耐えきれずに吹き出して笑う。

 しばらくふたりでバカ笑いして、笑いすぎて涙目になった高良に何度も肩を叩かれながら、それもまたちょっと痛いのがなんでかおかしくなって笑ってしまった。

 変なツボに入って、周りから見たらプールの隅で爆笑してる様子のおかしな学生になってることを気にする暇もなかった。


「あぁ〜、最悪。ドキドキ吹き飛んじゃったじゃない、伏見のバカ」

「まじでごめん。私にかっこつけるなんて無理だった」

「でもそういうとこも好き」


 散々笑ったのに、ここに来てもまた……今度は毛色の違う笑顔を見せた高良に、不覚にも心奪われる。


「…ふざけちゃったけど、か…かわいいって思ったのは、本当だよ」

「ん、ふふっ……チョベリグね、うん。ありがと」

「やめてよ、人が勇気出して言ったのに」

「ごめんごめん。…うれしかった、ほんと」


 照れてるのもかわいい…と、私が思う前に高良は鼻を鳴らして髪を後ろへと流した。


「でもまぁ、わたしってば可愛いから?こんなえっちな水着姿見せつけられたら褒めたくもなっちゃうよね。むしろもっと褒めなさいよ、足りない」

「台無しだよ。…性格はほんとかわいくねえなって思ってます、褒めたことも後悔しそうです」

「え?性格もかわいいけど……どこを見て言ってるの?」

「谷間?」

「なんでおっぱい見られた上に性格悪いって言われなきゃなんないのよ。ばか、変態、好き」

「ははっ、ばかで変態なのに好きなの?」

「当たり前じゃない。分かりきったこと聞かないで」


 ツンとした態度でそっぽを向いた高良を見下ろして、苦笑する。惚れた弱みなのか、こうして見ると素直じゃない性格もかわいく見えてくる。

 ……よし、もう本格的に高良への自分の気持ちも確認できたし、怖気づくのやめよう。

 さすがにここで言うのは、人に聞かれたらまずいから…今日の帰りにでも、私も好きだって伝えよう。


 そう心に決めた矢先に、ちょっぴり自信を失う出来事が起こった。


 

 



















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