第14話「これ好きだわ」




























 家に帰ってから、羞恥心にも似たむず痒さがじわじわ押し寄せてきた。


「うわぁー……まじで今日の私、最悪すぎた…」


 部屋に入ってすぐ、顔を覆い隠しながらその場にへたり込む。何度思い返しても、今日のデートは反省点しか浮かび上がってこない。

 初手の初手で、高良の容姿が輝きすぎてて自信を失うと同時に、どこかずっと頭の中がテンパってたせいだ。肝心の目的がすっぽり脳内から抜け落ちていた。

 だから今回のデートは付き合うとか、付き合わない以前の話で……そもそも恋愛経験が無さすぎて、判断基準すらちゃんとしてないってのに。こんなんじゃ、いつまで経っても答えが出せないまま終わってしまう。

 高良のためにも、あんまり待たせたら可哀想だから考えないと、なんだけど……


「疲れた…」


 ハードなスケジュールではなかったのにどっと疲れ果てて、ベッドに倒れるような形で体を預けた。

 しばらく何も考えないで、ただただ目を閉じて過ごす。眠いけど、脳がまだ興奮状態なのか寝られる気はしなかった。

 ……こうやって、落ち着いて思い出すと。

 改札を抜けてすぐ見えた、高良の姿が脳裏に浮かぶ。


「めっちゃ可愛かったな…」


 あの瞬間は対比で醜い自分の容姿に気を取られてそう思う余裕もなかったけど、改めて記憶を蘇らせたら心臓がソワソワするくらいには可愛かった。

 ああいうのを、人は可憐って呼ぶんだろうな……小柄で、華奢で、身長差的に自然と上目遣いになるから、余計に可愛く見えた。背が高くて得した気分になったの初めてかも。

 化粧してると、あざとさと大人っぽさも増して良かったし、シャツの襟が開いてたおかげで見えた鎖骨としっかり谷間のできてた胸元がえろかっ……


「いや待て。待って……今、なに考えた?」


 嘘だろ?って気持ちで、夢かどうか確認するためバッと起き上がって自分の顔をペタペタ触る。…夢じゃなさそう。


「え。私って高良のことそういう目で見てんの?」


 誰に言うわけでもなく……強いて言うなら内なる未熟な恋心を自分自身に確認するためひとり呟いた。

 途端に、次々と脳に浮かんできたのは、映画中に無自覚で横から眺めてた高良のストローでドリンクを飲む時の唇の感じとか、カフェで対面で座った時にちょいちょい見えてた薄い谷間とか、帰り際のうるうるした瞳とか……


 やばい。だいぶ下心ある目で見てたかも。


 高良にバレてないかな。やたらこいつ胸見てくんじゃんって引かれてたらどうしよう…いや、あいつはむしろ「もっと見ていいよ、むしろ見なさいよ」とか言ってくるタイプだから大丈夫か。

 ……なんなら、自分から見せてた説が浮上してきた。

 それにしても……高良って見た目がお人形さんみたいだから、なんか綺麗すぎて性的な目で見れないかもなんて心配が心のどこかにあったけど、全然平気そう。

 いよいよ懸念してた部分も解消されて、発言がいちいちウザくてたまに度の超えたメンヘラであるところ以外は何も問題ないような気さえしてくる。

 それも私のためを思って制御してくれたり、謙虚な一面もあるし……あれ。何も問題ないかも。むしろ、考えれば考えるほどいじらしいかも。愛しさ湧き上がってきてるかも。


「……うん。好きだ、多分これ恋だ」


 そうと決まれば話は早い。

 なんでデート中に自覚できなかったんだ、っていう鈍い自分への叱咤は後にして、さっそく次のデートで告白しようと心に決めた。

 まずはその前に……デートの約束はもうしてるから、また予定組まないと。


「えーっと……なんて送ろうかな…」


 スマホを鞄から取り出して、しばし悩む。


 結果、


『今日はありがとう、トッテモ楽しかった😚‼️

 高良チャンの私服ハジメテ見たけど、ちゃんと可愛かったヨ😉💥👍

 その場で言えなくて、ごめんネ😣💦

 ところで、次はいつ会えるカナ⁉️早く会いたいヨ🥰💕』


 照れ隠しが行きすぎて、ネタ全振りのおじさん構文を送りつけてしまった。


「何やってんだよ、私…!」


 恋愛下手とか、そういう話じゃない。空回りしすぎて大スベリしてる。分かってるのにやっちまった、よくよく考えたら普通に送るよりも恥ずかしいことしてんじゃん、バカかよ。

 ベッドの上で羞恥に悶えて頭を抱えていたら、高良からは『www』とだけ先に返信が来た。…よかった、笑ってくれて。


『一瞬、誰からと思った!』

『パパの前で笑っちゃったじゃん!』

『あ。パパ活じゃない方のパパね、本物の方ね』


 すぐに連投で送られてきて、スベらなかったことの安心感とノリのいい高良へのありがたさで頬が緩む。


『伏見のこういう面白いとこ、ほんと好き』

『よかった…引かれたら死ぬとこだった』

『引かない、引かない!わたしもたまに友達にやるから、むしろ送りたくなっちゃう気持ち分かるよ』


 え。

 初めて高良から“友達”という単語が出てきて、驚いて文字を打とうとしていた手を止めた。


『高良って友達いるの?』

『ちょっと、わたしをなんだと思ってるの?いるに決まってるじゃない、失礼な』

『まじか。え、イマジナリーフレンドとかじゃなく?』

『さすがに傷付く』

『ごめん』


 つい送ってしまった失言には即謝罪したものの…衝撃的すぎて頭の中は真っ白に染まった。てっきり、学校でひとりだからそれ以外もぼっちかと思ってた。

 高良の友達…どんな人なんだろ。

 思えば、交友関係とか何も知らない。普段どんな生活を送ってるのか、想像もできないくらいに。

 聞いちゃおうかな……と、スマホに視線を戻したタイミングで、高良からの着信が入った。

 もちろん出ない理由もないから、通話に応じてスマホを耳に当てる。


「…もしもし、どうしたの」

『やり取りしてたら声聞きたくなっちゃった。ついでにデートの予定も決めない?』

「あー……うん。でもその前に」


 ノリノリな高良によって話が進んでしまう前に、


「友達って……ほんとにいるの?」


 今一番気になって仕方ない話題を口に出した。


『なんで疑うの、わたしにだって友達くらいいるから』

「ほんとにいるんだ……どんな人?」

『えー、どんな…?仲良くしてる子は何人かいるけど、一番仲良いのは幼馴染かな。小学校からの付き合いなの』

「男?」

『んーん、女の子。…なに、嫉妬しちゃった?んもう、大丈夫だよ。わたしが愛してるのは伏見だけなんだから』

「いや、高良に友達なんているんだって思っただけだよ。嫉妬は微塵もしてない」

『っ…ちょっとくらいしてくれたっていいじゃない!そんなこと言ってると他の子とデートしちゃうもんね〜、今日みたいなかわいい格好でお出かけしちゃうから』

「……それは、嫌かも」

『へ…?』


 ポロリと漏れた本音を拾った高良は、相手からしたら思わぬ言葉だったようで、裏返った声を出していた。


『わ、わたしが他の子とデートしちゃうの、いやなの…?なんで?』

「え……なんで、って…」


 好きだから?

 …あれ。こ、これは告白できる流れかも。

 突然やってきたチャンスに体温が上がって、全身から汗が吹き出した。緊張して乾いた喉を潤そうと、体が勝手にツバを飲みこむ。


「あ、あのさ」

『な、なに?』

「き…今日、帰ってから色々、考えてみたんだけど」


 勇気を出して、自分でも無意識のうちに正座して膝の上で拳を握りながら、意を決して告白しようと口を開いて……ふと。

 …電話で言うとか、良くないかな?

 心配性と臆病な心が、その先の行動を制限した。唇も続きを言わないようにキュッと閉じる。


『……考えてみたんだけど、なに?』


 やけに静かな口調に怯えて、さらに言い出せなくなってしまった。

 ど、どうしよう。告白するのめっちゃ怖い。

 高良に限ってないだろうけど、もしも、万が一にも「電話で告白とか最低」なんて言われちゃったらもう立ち直れない。

 いつだったか、真中たちも言ってた。「告白はやっぱり直接してほしいよね」って。…私も女だからなんとなく分かる。多分、大多数の乙女はその瞬間を夢見てる。知らんけど。

 一世一代の告白を、電話でしちゃう?できる?いや…できない、私には無理だ。


「……谷間見えてたから、ああいう露出の高い格好で友達と出かけるのはちょっと…相手が目のやり場に困りそうだなって思いました」


 結局、振り絞って出したのは告白をごまかすための言葉だった。


『…わたしが本当に、友達の前で谷間見せるような女だと思ってるの?』


 やばい、怒らせたかも。

 聞いたこともないような不機嫌な声にビビり散らかして、見えてもないのに背筋を伸ばす。


「い、いや……そういうわけじゃ…」

『伏見の前でしか、あんな格好しない。さっきのはただ嫉妬してほしくて言っただけ、真に受けないでよね』

「あ…はい。わかりました」

『それに…見えてたんじゃなくて、見せてたの。おっぱいに気を取られてあわよくばムラムラしてくれたらいいな〜って思って』


 うわ、くそ……狙い通りだったの悔しい。まんまとハメられた。


「あれは見ちゃうよ、誰でも…」

『ふふん、伏見が意外とむっつりで良かった。ま、わたしの美貌の前では誰もが目を奪われるもん、当然の結果よね』


 うわぁ、今…絶対に髪かき上げてドヤ顔してるよ。もう声だけで分かる。なんなら足も組んでるだろうな。

 ……でも実際に高良って顔は良いしスタイルも細身で、胸も巨乳ではないもののそこそこにあるから、本人の言う通り魅力的ではある。だからこそ腹立たしい。


『あ、そうだ。谷間で思い出したんだけど…』

「谷間で思い出す話ってなに?」

『次のデート先、わたしの希望叶えてくれるんだよね?』

「あー……うん。それと谷間、何が関係あるの?…まさか、ラブホとか言わないよね?」 

『それも考えたけど、年齢的にまだ入れないから現実的に無理かなって』

「考えたんだ…」

『当たり前じゃない。せっかくなら声とか気にしないでいきたいもん。…あ。いくっていうのはえっちな方の意味ね』

「あ、説明いらないです。聞いてないです」

『そのうち聞かせてあげるね?……で、ラブホは無理だからその代わりに…』


 高良の指定した場所を聞いて、


「なるほど。それは谷間だわ」


 私は思わず、反論の余地もなく頷いてしまった。






















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