第13話「初デート…失敗?」





























 お泊まりをした日、以降。

 デートをより盛り上げたいから、という高良からの要望があって、当日まで会うのをやめた。

 いうて一週間もないんだけど……その間、私は何回かバイトに出勤して、着実に仕事を覚えた。幸い、バイト先の人はみんないい人だったから、思っていたよりもストレスは無かった。

 それでも慣れない業務に疲れ果てて、家に帰ったら課題もせず寝て、休みの日も寝て……なんとも堕落しきった毎日を過ごすこと数日。


『今日たのしみだね!』


 いよいよ、デート当日がやってきた。


 待ち合わせは昼過ぎだというのに、朝五時過ぎに届いていたメッセージを見て、よほど楽しみだったんだろうことが伝わって、起きて早々苦笑してしまった。

 私も楽しみではあったから『うん』とだけ返して、さっそく身支度を始める。

 今は夏だし、暑いから半袖シャツにジーパンというシンプルな組み合わせの服装に着替えて、髪は邪魔になりそうだから後ろでひとつ結びにした。化粧は悩んだ末にやめておいた。


「お母さん、今日出かけてくるからお昼ご飯いらない」

「はーい、気を付けてね」

「……デート?」

「内緒」


 朝ご飯を食べた後に念のため家族に声をかけてから、肩掛けの鞄を持って家を出た。

 今日のデート先は、近所だと学校の子達に会うかもしれないからと隣町の映画館に設定してて、だからまずは駅前に向かう。


『家出たよ!』

『私も。気を付けて来てね』

『ありがとう〜!好き』


 歩きながらメッセージを返して、徒歩数分の駅についてからは電車が来るまでイヤホンをつけて音楽を流した。

 …そういえば、高良はどんな音楽聴くんだろ。

 せっかくだから会ったら聞いてみよう、そうぼんやりと考えてるうちに着いた電車に乗り込む。この時点ではそんなに、デートっていう認識は強くなかった。

 改めてこれがデートだと思い知ったのは、


「あっ、伏見!」


 集合場所の駅について、改札を出てすぐ私に向かって手を振った高良の姿を見た時だった。


「おはよ!」

「あ……おはよう、ございます…」


 真っ白なシャツワンピを身に纏った高良は、普通に破壊力がえぐかった。髪型も編み込みのハーフアップにしてて、化粧も相まってか普段よりもあざとく見える。

 それを見て私は、ドキドキするよりも……自信を失った。

 ⸺え、待って。今からこんなかわいい子とデートすんの?むりむり、メンタル死ぬって。

 いや分かってた。おしゃれしたところで無駄だってことは。だからしてこなかったんだもん。でも正直、ここまで顔面偏差値の差を実感するとは思ってなかった。こんなん公開処刑じゃん、もう今すぐ帰りたいんだけど。


「?……どうしたの、伏見」


 高良に背を向ける形で振り向いて口元を押さえて、この場に来たことを後悔したところへ、追い打ちをかけるようにかわいい顔が覗き込んできて目の前に現れた。


「てか、やっぱりスタイルいいね!そんなシンプルな格好なのに似合うのすごい。さすがわたしの彼女。身長高くてかっこいい…好き」

「……まだ付き合ってないです…」


 今後も付き合える気がしないです。

 純粋な気持ちで褒めてくれる相手に対して、私の心に宿ったのはどうしようもない劣等感と惨めさだった。


「あれ、なんか元気ないね。何かあった?…あ、もしかして、あんまり好みじゃなかった?こういう服」

「いや……ごめん。あまりに可愛すぎて自信喪失してただけ。似合ってると思う」

「ん、ふふ。うれしい……伏見も似合ってるよ?大丈夫、自信持って!すっごくかっこいい」

「かっこいいはあんまり嬉しくない…」

「このわたしが褒めてるんだから、それだけで充分でしょ?」

「あ…はい。すみません……かわいくなくて」

「もう。これからデートって時に病まないでよ。慰めてあげようか?えっちする?」

「……帰ろうかな」

「ごめんって。行こ?映画はじまっちゃう」


 悩む暇も与えられず、明るい高良の後に続いて歩き出した。

 なんかもうデートを楽しむ心の余裕をなくすくらいには落ち込んでたけど、変わらず接してくれる高良のおかげで切り替えようって気持ちになれた。我ながら単純である。

 しかし、初手から申し訳ないことしたな……めんどくさい拗ね方しちゃった。気を付けよ。これ以上は幻滅されそうだ。


「…今日、私がお金出すよ。お小遣い減らされて大変だと思うから」

「いいよいいよ。なんだかんだ、パパに貰えたから。ママには内緒で」

「そうなの?」

「うん。てか、いつもそう。ママがだめ!って言っても結局最後にはパパが買ってくれたりする」

「甘いなぁ…」

「こんなかわいい娘がいたら、そりゃ甘やかしたくもなるでしょ。そういうこと」

「なるほどね。じゃあ割り勘でもいい?」

「もちろん!なんならわたしが多く出してもいいよ」

「遠慮しとく」


 映画館に着いてチケットを買ってから、上演開始までの間にドリンクなんかを買いに行ったりして暇を潰した。

 スマホ片手に「まだかな」なんて話していたら、そのうち聞こえてきた開始を知らせるアナウンスに反応して、スクリーンへ続く通路へと進む。

 私なりのこだわりがあって選んだ席について、スマホの電源を落としたりドリンクを置いたりしてたら始まった予告を、会話もなくふたりとも静かに眺めた。

 たまに横目でチラリと見れば、相手は私の視線にすぐ気が付いて、こちらへ向かって微笑みかけてくれる。


 何も言葉を発さない高良は、ただの美少女だった。


 そんな子が隣に座っているという事実だけで心臓が落ち着かなくなって、映画にもあまり集中できなかった。

 本格的に物語が始まって映像が流れると、私と違って彼女は夢中で画面を見上げていた。どこか幼さの残るくりくりとした瞳が、やけに印象的に映った。

 一度もこちらを向いてくれなくて、私ばかり見てるのも癪だから……拗ねた気持ちで、途中からは映画を楽しむことにした。

 途中、高良のことだから手でも繋いでくるかな…なんて期待してたけど、よほどハマッたのか私のことはそっちの気で涙まで流すくらいのめり込んでいた。

 まさか号泣するタイプだなんて思ってなかったから、終わった後もどう反応してあげたらいいか分からなかった。


「……お化粧直ししてくる」

「うん。待ってる」


 ハンカチで顔を隠してそそくさとトイレへ向かった後ろ姿を見送って、さっき見た映画の感想でも見ようとスマホを開く。

 評価はまちまちで、だけど全体的に感動したって声が目立った。…感動しきれなかった私が、ひねくれてるのかもしれない。


「はぁー……泣いたらお腹すいちゃった。なんか食べに行かない?」

「あ……うん、行こっか」


 トイレから戻ってきた高良の提案に乗って、ひとまず食事を済ませることにした私達は映画館を出て駅前のフード店が集まるスポットへと向かった。

 食べたいものはなかったから高良に任せることにして……お腹がすいたというわりに少食な彼女はこじんまりしたカフェを選んだ。

 店員の案内に従って、窓際のテーブル席に座る。

 私はそんなに空腹でもなかったからカフェオレと、サンドイッチのセットにした。高良も同じものを頼んでいた。


「……映画、どうだった?伏見」


 料理が届くまでの間、相手から話題が提供された。


「うーん……映像は綺麗だったけど、物語全体の流れと設定がところどころ不自然で入り込めなかったかな」


 嘘をつくことでもないから、正直な感想を述べる。今回の映画に関して、私はけっこう厳しい評価を下してるかもしれない。

 デートには不適切かな?とか、ちょっと心配になった。


「すごい……そういうの考えながら見てたんだ…」


 どうしてか感心した声を出して、高良はそのぱっちりしていて可愛い目元を何度か開け閉めする。


「確かに、言われてみればけっこう無理やりな展開だったかも…?見てる時は全然気付かなかった、伏見ってすごいね!」

「え、いや……ごめん」

「なんで謝るの?むしろもっと聞かせて?聞きたい!」


 前のめりになってまで興味を示してくれたことが嬉しくなると同時に、未だ涙の跡が残る顔を見て、やっぱり感動した人を前に酷評するの良くなかったな…と反省した。


「良かったなってところもたくさんあるよ。告白シーンのセリフはすごい感動した、俳優さんもかっこよかったし」

「わかる!わたしもあそこはめっちゃ泣いた」

「ははっ、ずっと泣いてたね。高良は意外と涙もろいんだね」

「まさか初デートで泣くなんて、自分でも思わなかったよ、もう……おかげでメイク崩れちゃった」

「あれ、でもさっき直してきたんでしょ?」


 何気なく言った一言が、彼女の琴線に触れたらしい。途端に表情が暗くなって、視線も下を向いた。

 あ、これ……なんか地雷踏んだ?

 目の前で急激に落ち込んだ姿に、どうしようと頭の中は焦りで埋まる。


「…さっき、メイク軽く落としてきた。だから今はほとんどすっぴんだよ」

「え。あ……そ、そうなんだ」

「……お化粧しても、あんまり意味なかったから。褒めてくれるどころか、見てもくれなかったでしょ?」


 そこでようやく、今日会ってから今までずっと、自分のことでいっぱいいっぱいすぎて、高良に意識が向いていなかったことに気が付いてハッとした。


「ま、でもいいの。こうやってデートしてくれただけで嬉しいから。めんどくさいこと言ってごめんね?」


 切り替えの早い高良はそう言って笑ったけど、私は笑顔を返せなかった。

 本来の目的は、ちゃんと相手をよく知ることだったのに。少なくとも、高良にこんな切ない笑顔をさせるためにしたかったわけじゃないのに。


「……ごめん」


 失態を取り返そうとしたわけじゃ、ないけど。


「もう一回、今度はもっとちゃんとしたデートさせてくれないかな」


 これで終わるのはどうしても嫌でお願いしたら、高良の瞳が大きく開いて揺れ動いた。


「次は、高良の行きたいとこにしよう?それで、高良の好きなものとか、事とか……教えてほしい」

「いい…の?」

「う、うん。…今日はごめん、デートなのにマイナスなことばっか言って。お化粧とかも……気付けなくて」


 優しい彼女は「謝らないで」と言ってくれたけど、それがまた罪悪感を抉る。

 ほんと、こんなやつのどこがいいんだろう。

 本人がいつも言ってるみたいに、知れば知るほど高良は顔も良くて性格も良い。普段のキャラが嘘みたいに、驚くほど謙虚だ。


「さすが、わたしが惚れた相手。まじ優しい、好き。そろそろ結婚しない?子供は三人が良い」


 いや…やっぱり謙虚ではないかも。


「女同士なんで、子供作れないです…」

「そっかぁ……まぁぶっちゃけ伏見だけいればいいから問題ないよ。結婚式いつにする?新婚旅行はパリがいいな」

「勝手に計画建てないでください…」

「だって初デートそろそろ終わるのに、いつまで経っても暗い顔で、告白してくれないんだもん。わたしからプロポーズした方が早いかなって。こんな美少女からアプローチかけられてるんだから、もっと喜びなさいよ」

「……それはごめん。だけどプロポーズは気が早すぎるよ、日本じゃ無理だし…高校生には荷が重すぎますって、高良さん…」

「…重いのは荷じゃなくて、愛だから。そこんとこ間違えないで」

「あ、うん。すみません…」


 お構いなしにグイグイくるこの感じが、今は落ち着く。私は真面目に、重たく考えすぎてたのかな。

 心が軽くなって、その後はくだらないやり取りを何回か続けて、サンドイッチを食べ終わる頃にはすっかりいつものふたりに戻っていた。


「じゃあ、また……気を付けて帰って」

「……次のデートは、どうする?いつ会える?」

「今度、ふたりでゆっくり決めようよ。夏休み始まったばっかりで、まだまだ時間はたくさんあるからさ」

「うん……わかった」


 こうして、良かったんだか悪かったんだか微妙な初デートは、あっという間に幕を閉じた。















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