第11話「デートしよう?」




























 家族じゃない誰かの体温がそばにあると、なんとなく気を張るのか……意識が深く落ちることはなかった。

 だから寝てるのか寝てないのか、よく分からない状態のまま朝を迎えた。人に抱きついて眠っていた高良は、それはそれはぐっすり熟睡できたみたいだ。


「ん、ふふー…朝から会えるなんて幸せ」


 私は寝不足でしんどいっていうのに、可愛らしく笑ってスリスリ腕に頬を寄せてきた高良を、眠すぎて構うのもだるかったから放置して目を閉じる。


「寝起きの伏見かわいい〜、好き。……ねぇ、今それ目、開いてる?」

「開いてない……閉じてる…目だけはまじでイジんのやめて」

「ごめんごめん。お詫びにぎゅーしてあげるから許して?」

「お詫びになってない、重い…」


 無遠慮に乗っかかってきた高良に顔を見られたくなくて、腕で目元を隠した。寝起きだともっと目付き悪くなるから、ほんとに嫌だ。

 あんまり構われないから暇なのか、高良は人の鎖骨の辺りに頬を乗せて、クリクリと指先で肩をつついてくる。

 眠すぎて反応もできなくて無視していたら、今度は何やら文字みたいなものを書き始めた。何を書いてるのか、そこまで考えられるほど頭回ってなかったから好き勝手させておく。


「……昨日思ったけど、伏見って面倒見いいよね」


 少しして、ぽつりと呟く声が聞こえた。


「ほんと、すごい優しいと思う…伏見みたいな人、他にいない」

「妹で慣れてるだけだよ…優しくない。褒めすぎ」

「謙虚なとこも好き」

「ただネガティブなだけだって……絶対それフィルターかかってるよ。惚れてるからそう思うだけでしょ」

「そんなことない。…性格も顔も。惚れる前から良いなって思ってたもん」


 普段聞かない、静かで落ち着いた口調だったのが気になって、今どんな顔してるんだろ……と腕を少し浮かしてチラリと見てみたら、寝起きとは思えないパッチリ二重の瞳と目が合った。

 …なんでこんなに、かわいいんだろう。

 羨ましさと、少しばかりの嫉妬心が湧く。容姿に恵まれた人間を前にして、自尊心は簡単に下がって勝手に傷付いた。


「やっと起きてくれた。…おはよ!」

「……顔良いの腹立つ」

「ふふ、でしょ?…伏見もかわいいよ。目つき悪いの、ゾクゾクしちゃう。きゃ」

「朝から興奮するのやめてもらっていいっすか」

「興奮してない、ムラムラしてる」

「それを人は興奮してると言います。…そろそろ重いから退いて」

「ちゅーしてくれたら、どいてあげる」

「……そうかそうか、そんなに出禁になりたいか」

「ごめんなさい」

「いいよ?全然乗っかってて。もうここに来ることもないんだから。今のうちに楽しんでおきな?」

「やだぁ、ごめんなさい!降りるから!お願いだからその対応やめて、優しいの逆に怖い…」


 笑顔で頭を撫でたのに、怯えきった様子で私の上から退いてしまった。それが狙いだったからいいんだけど…あまりに思い通り行きすぎて拍子抜けだ。

 まぁでも、扱いやすい子でよかった。体の上から重みが無くなったから、ちょうどいいやと起き上がる。

 話してたおかげですっかり目も覚めて、歯磨きやら着替えやらを済ませるため部屋を後にした。高良も当たり前のようについてきた。


「……おはよ」


 洗面所に着いたら、先に起きていた静歌も顔を洗ってたところだったみたいで、タオル片手に挨拶してきたから「おはよう」とだけ返す。


「おはよう〜、静歌ちゃん?だっけ……伏見に似てかわいいね。よろしくね」

「おはようございます…」


 気さくな感じで握手を求められてたけど、人見知りな静歌は私の腕にひっつく形で隠れてしまった。

 それがまた高良の中の母性本能か何かを刺激したらしく、興奮した様子で「かわいい〜」と声に出していた。意外と子供好きなのかもしれない。


「お姉ちゃん……家に美人がいる…」

「びっくりするよね、分かる。私もまだ慣れてない」

「ふふふ、美人だなんて!もっと褒めて?」

「…だけどこの通り、中身はアレだから大丈夫だよ、静歌」

「ちょっと。妹さんに変なこと吹き込まないでよ。わたしの印象悪くなったらどうするの?責任取って結婚して」

「察した」

「さすが。私の妹は察しが良いな」


 誇らしい気持ちで頭を撫でたら、悔しそうに高良の顔が歪む。


「ずるい、わたしも撫でられたい」

「……やっぱり彼女だったんだ」

「高良、妹の前ではやめて。まじで。変な誤解だけはされたくない。ストーカーってことで通してんだから」

「こんなにかわいいストーカー、むしろ喜ぶべきと思うんだけど。ねぇ?静歌ちゃん」

「え、え…」

「こら。困らせるのは本当にやめなさい」

「ごめんなさい、調子乗りました…気を付けます」


 母親の時とは違って、静歌の前では全開な高良は怒られてようやくシュンとなって歯磨きを始めた。静歌には私からも謝っておいた。

 今日は母親はパートがあるから不在で、用意された朝ご飯をリビングで三人集まって食べた後は静歌だけ自室へと戻っていった。

 私達はやる事もなくて暇だったから……いや本当はテスト勉強しなきゃなんだけど、現実逃避も兼ねてせっかくだからリビングにある大画面のテレビで映画を見ることにした。


「いつも伏見はどんなやつ見るの?」

「んー、まじで色々……ジャンル問わず見るかな。洋画も邦画もアニメも…」

「好きなのは?」

「ヒューマンドラマと、アクションかなぁ。ホラーも好きだよ。高良は見たいのある?」

「うーん……特には。オススメあればそれ見たい」

「ホラー平気?日本のホラーはけっこう面白いの多いからオススメだよ」

「へいき。基本なんでも見れる」

「おっけー、選ぶからちょっと待っててね」


 リモコンを操作してる間、高良は甘えた仕草で腕に抱きついて待っていた。


「…なんでくっついてくんの」

「ホラー怖いから」

「まだ映画始まってませんけど」

「細かいことは気にしないで?怖がるついでに合法的に触りたい放題できるの今だけなんだから」

「全然細かくないし、今まったく怖がってもないですよね。離れてくれません?」

「あ、ほら映画もうはじまったよ。集中して」

「おい、無視すんな。…でもこれ、冗談抜きでけっこう怖いよ。油断してられるのも今のうちだよ」

「大丈夫。わたしは伏見だけ見てるから」

「私じゃなくて映画を見てください」


 相手の顎を掴んで半ば無理やり前を向かせて、私もテレビ画面に目を向けた。

 映像が流れ出すと、高良は意外にも真面目に鑑賞をはじめた。腕にはひっついたままで。

 …こういうスキンシップ許しちゃうの、良くないかな。

 期待させちゃうし、付き合ってもないのに……結果的に傷付けることにならない?それに、相手に対して無責任な気もする。

 悶々としつつ、映画に集中するため一旦は頭の隅に追いやった。

 何回も見たことがあるやつだから、正直どこで脅かしてくるかまで把握してるんだけど……それでも、分かっていてもビビりな私は驚いてしまう。


「うわっ!……はぁー…クソ、いつもここでびっくりする…」

「んふふ、かわいい。ビクッてすんのえろいね」

「うるさいな。…高良は怖くないの?」

「めっちゃ怖いよ?でもヤバそうな時は画面見ないで伏見のこと見てるからへいき」

「…それ映画見てる意味なくない?」

「いいのいいの。楽しみ方は人それぞれだから」

「そうだけど……なんか腑に落ちないな…」


 そんな感じで映画鑑賞は進んで、すっかり密着した体温にも慣れた頃に終わった。


「……あのー。いつまでくっついてるんですかね、高良さん」

「いつまでも。もう離れられなくなっちゃった」


 人の腕をギュッと抱き締めて微笑んだ高良は普通に可愛くて、これ他の人にやったらモテるどころじゃないんだろうな…とか思って、ふと。


「そういえば告白……断ったの?」


 昨日の放課後、呼び出されてたことを思い出した。

 高良の記憶には残ってなかったみたいで、キョトンとして小首を傾げていた。

 日常茶飯事すぎて、そんなにもすぐ忘れちゃうくらいなんだ…と、少し驚いた。彼女からすれば、何でもない出来事のひとつなんだろう。


「ほら、呼び出されてたじゃん。昨日…」

「あぁー…!断ったよ、もちろん」


 それが当然みたいな感じで返されて、心に安堵を宿してしまった。…付き合わなくてよかった、なんて。どうかしてる。

 ずっと残っていたモヤモヤが晴れると、途端に気が抜けて、ソファの背もたれに体を預けた。


「……心配しなくても、伏見以外と付き合うつもりないから大丈夫だよ?安心してね」


 私の心を見透かしたように言った高良を横目で見て、自然と吐息が抜ける。

 こんなにも好きでいてくれてるのに、今のままでいいのかな…って、疑問に思った。

 それだけじゃない。

 多分、私も私で少しずつ……まだ恋かは分かってないけど、好意を抱きはじめてるのは間違いないから。


「高良、あのさ」


 ここまで来たら、あしらわずに向き合おう。


「一回……デートしない?」


 そのための第一歩を踏み出したら、予想外の言葉に彼女は驚きすぎて言葉を失ってるようだった。

 どうして急にこんなお誘いをしたのか、混乱させないように説明しておこうと、言葉を続ける。


「高良はすぐキスしたいとか言うけど……そういうのはもっとちゃんと段階踏んでさ、お互いもっと知っていって好きになって、付き合ってからにしようよ。あと、相手が責任取ってくれるかも分からない状態で許しちゃうのは…良くないと思う」

「…そう、だね。ごめんなさい」


 真剣な言葉が心に響いたのか、スッと体が離れた。


「伏見のそういう真面目なとこも…だいすき」


 照れて伏せられたまつ毛の動きに、心臓は小さく跳ねる。


「テスト終わったら、デートしよう?高良」


 改めてもう一度、まっすぐに見つめて伝えたら、


「うん!」


 彼女は今までに見たことがないくらい、嬉しそうに笑った。













「その前に、赤点取らないように勉強しよっか」

「……はい…がんばります…」















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