第10話「初めてのお泊まり」


























 今日の夕飯はカレーか……それにサラダ。我が家は謎に味噌汁も出てくる。カレーと味噌汁は合わないでしょと思うけど、これが意外と美味しかったりする。

 いつも通りの食卓について、自分の定位置で手を合わせて「いただきます」と呟いた私の隣で、


「ん!このサラダおいしい〜!」


 すっかり我が家の食事に馴染んだ高良が、満面の笑みを浮かべていた。

 見慣れない光景に違和感を覚えるものの、今さら文句を言ったって仕方ないから黙々と食べ進める。カレーうまい。

 私を通さず、直接親と交渉したことで初のお泊まりを確定させた高良の機嫌は過去最高に良くて、一口食べるたびに「おいしい!」と舞い上がっては母を喜ばせた。

 騙されるなお母さん、こいつヤバイ女だから。…とは言えるわけもなく、ふたりの会話を黙って聞くことにした。

 内容のほとんどは母親が話して、高良はニコニコで相槌を打っては、適度に質問を返していた。学校での塩対応が嘘みたいに、コミュ力の高さを発揮している。


「ほんと、こんなかわいい子が友達なんて信じられない!明楽、まりんちゃんにもっと感謝しなさいよ」

「そんなそんな、感謝だなんて。むしろわたしの方が感謝してます、仲良くしてくれて」


 ナルシストな性格も、親の前だと謙遜するただの良い子に早変わりだ。


「……感謝してよね、とか言わないの?」


 意地悪で、隣に座る高良の顔を覗き込む形でそう聞いてみたら、彼女の眉が下がって困った笑顔を向けられた。


「やだな、いつものは冗談だよ?本当は感謝してるし……お義母さんの前で、恥ずかしいな…?」


 そう言って僅かに首を傾けた彼女は、どっからどう見ても印象の良い美少女だった。普段からずっとこうならいいのに……なんかめっちゃ悔しい。

 あとさり気なくずっと“お義母さん”呼びしてることも気になったけど、ここでは言わないでおいた。良い子ぶってるのにわざわざそれを崩そうとするのは、さすがに性格悪すぎるかなとか思って。


「ごめんねぇ、うちの明楽が。この子ひねくれてるから」

「いやいや全然……そういうとこも含めて愛…友達ですから!」


 たまに、こいついつかボロ出そうだな…って発言をしつつも、なんとか平和に母親との会話を高良なりに乗り切っていた。

 ちなみに妹の静歌は、まるで我関せずといった感じで一度も会話に混ざることなく食事を終えたらさっさと部屋に戻ってしまった。これはいつものことだから、高良が変に気にしないようにちゃんと伝えておいた。


「ごちそうさまでした!おいしかったです」

「お口に合ってよかった。ふたりともお風呂済ませてきちゃいなさい」

「はーい……行こ、高良」


 夕飯の後はお風呂に入ろうってなったから、服を取りに私の部屋へ向かった。


「高良、着替えどうする?持ってきてないでしょ」

「どうせベッドで脱ぐと思うから別に……なくていいかも」

「言っとくけど、ないよ?脱ぐ機会なんて絶対に無いからね?安心して服着て」

「ちぇー……伏見のパンツならなんでもいいよ」

「ノーパンでいっか」

「それはそれでえっちじゃない?」

「詰んだわ。……はぁ、私の貸すか」


 どう転んでも八方塞がりでため息をついて、適当に選んだ部屋着を高良に手渡した。ブラだけは、サイズが合わないらしいからノーブラで過ごしてもらうことにした。


「先に入ってきていいよ」

「……一緒に入らないの?」

「ゆっくり体あっためておいで」

「えー、さびしい」

「お風呂上がったら、アイス食べよ。ふたりで」

「わかった…それならいいよ」


 トボトボ歩いて部屋を出た後ろ姿を見送って、おとなしく言うことを聞いてくれたことにホッと胸を撫で下ろす。

 だんだんと、少しずつ扱い方が分かってきた。

 高良は本当に単純で、優しくすればするほど素直に従う。逆に遠ざけようとすれば、もっと近付こうと反抗してくる。けっこう面倒くさい。

 面倒だけど……嫌ではない。冗談なのか本気なのか分からない会話を言い合ってる時は楽しいから、それがずっと続くのも悪くはないかなって思える。

 でもこういう時間も、いつか終わりが来るのかな。

 どっちかが他の誰かを好きになったり……両思いになれて、付き合えたりしたら、逆に気まずくなりそう。


「……映画でも見るか…」


 思考を遮断させて、高良が風呂に入ってる間は自分の趣味を満喫することにした。

 勉強机の上でタブレットを起動させて、サブスクで契約してるアプリを開く。……お、シリーズの新作出てる。

 目についた画像をタップすれば、画面が切り替わって映画が始まった。


「…なに観てるの?」


 しばらく没入していたら、聞こえてきた高良の声によって集中が途切れた。…時間経つの早いな。


「洋画。パニックホラー系の」

「ふぅん……映画好きなの?」

「うん。暇があったら見ちゃうんだよね」

「そうなんだ…わたしも見たい」


 言いながらタブレットを覗きこんだ高良から、ふわりとうちのシャンプーの香りが漂った。なんか、慣れないことでソワソワする。


「あ……わ、私もお風呂行ってくるから、これ見てていいよ」

「んー……待ってる。アイス食べながら一緒に観よ?」

「う、うん。わかった」


 心が落ち着かなくなったから、逃げるように高良を置いて部屋を出た。

 

「はぁ、心臓に悪い…」


 ただでさえ顔が良いのに、ふざけたこと言ってくれないと普通に美少女すぎてどう接していいか分からなくなる。

 扱いが分かってきたとはいえ、それはそれで素直になられると困るというジレンマを抱えたまま、とりあえずシャワーの冷水で頭を冷やした。

 その後は湯船に浸かって体をしっかり温めて、これならすぐ寝れそう……と、眠気でぼやけた思考回路で、約束のアイスを持って部屋に戻った。

 今日の泊まり色々と大丈夫かな…なんて心配は、


「んん……はぁ、いいにおい…やば、まじ脳みそ溶ける」

「おい何してんだ変態」


 扉を開けてすぐ見えた、人のベッドの上で枕に顔をうずめる高良の姿によって、さらに強まった。

 思わずベッドのそばまで行って、脊髄反射的に蹴飛ばしてしまった。


「いたい!ひどい…なんてことするの!」

「いや私のセリフです。人のベットでなんてことしてんの」

「ちょっと匂い嗅いで興奮してただけじゃない!」

「それがアウトなんです!」

「まあまあ。いいからいいから。一緒に寝よ?」

「こんな変態と寝られるか!枕返せ!帰れ!」

「あぁ…っわたしの枕が!」

「私のだよ!」


 アイスを置いて枕を没収したら、どうしてか不満げに頬を膨らませて睨まれた。なんで高良が怒ってんの。


「まったく……そんなことばっかしてると、もう泊まらせないよ」

「うぅ、仕方ないじゃん……好きな人の匂いに反応しない女の子なんていないだから。大目に見なさいよ」

「反応の仕方が最悪なんだよ……ちょっとは自制してよ、気まずいから…」

「ちゃんと我慢してイかないようにしてるもん!触ってないもん!」

「そういう問題じゃない、アホ!」


 枕を顔に押し付けて、ベッド脇に座り込んでバニラアイスの蓋を開ける。こうなったら、嫌がらせに目の前でひとりで全部食ってやる。

 私の枕をゲットできて満足したらしい高良は、それを抱き締めながら隣へ移動してきた。


「わたしにも食べさせて。あーん…」

「高良の分はないよ」

「二個あるじゃん」

「ひとりで食べるから。あげないよ」

「わかった。じゃあわたしは伏見が食べてる間にオナニーする」

「……こちらどうぞ、お食べください…」


 本当にやりかねないから、持ってきていたうちの棒のついたバニラアイスを差し出したら、高良は満足げに受け取って包装を破り開けた。


「あ。そういえば……お義母さんが布団持ってきてくれたよ」

「あぁ、うん。あとで敷いとくよ。ベッドと布団どっちがいい?」

「伏見の隣がいい」

「二択以外の答え出してくんのやめて?……布団だと床固くて体痛めちゃうかもだから、ベッドで寝ていいよ」

「優しい……ありがとう、好き。どっちみちベッドの方が伏見の匂い濃いだろうからそっちにしようと思ってたけどね」

「やっぱり廊下で寝る?」

「ごめんなさい息止めて寝るから許して、せめてお部屋で寝させて」

「息は止めなくていいよ、変なことしなければほんとそれでいいから…」


 もういちいちツッコむのも疲れてきて、息抜きでもしようとスマホを開いた。


「なにか見るの?」

「んー……うん。さっきの映画の続き。こっちでも見れるからさ」

「わたしも見たい」

「いいよ」


 膝の上にスマホを置いて、ふたりで画面を見下ろす。

 私はカップのアイスを木のスプーンで救い取って食べながら、高良は棒を持って先っぽを咥え込む形で口に含みながら観ていた。

 何かを味わいながら見るには少しグロテスクなゾンビ達の姿を、慣れたことだから脳死で眺める。

 物語も白熱してきて、気が付けばふたりしてアイスを食べる手を止めて熱中しはじめていた。


「ひゃ……つめた…」


 だけどそれも、溶け切ったアイスが水滴となって高良の無防備な太ももに落ちたところで、意識が逸れた。

 そこでようやく、私の貸した服のうちオーバーサイズのTシャツしか着てなくて、下はズボンを履いてない事に気付く。なんつー格好してんだ…


「ごめん、布団に落ちてないかな…?大丈夫かな」

「汚れちゃってても拭けばいいから大丈夫だよ。ウェットティッシュ持ってくるから、その間に食べちゃいな」

 

 映画は一時停止させて、棚に置かれた目的の物を取りに歩いた。


「ほんとにごめんね、夢中で見ててアイスの存在忘れてた…」

「はは、そういう時あるよね。拭いたら続き見よ」

「ありがとう…」

「いーえ。あぁー…けっこう汚れちゃったね」


 ベッド脇に座る高良の前にしゃがみこんで、持ってきたウェットティッシュを取り出す。そのまま、つい妹にやる時と同じ感覚でアイスを拭こうと太ももの上に手を当ててしまった。

 無自覚でやらかした私の行動に、高良も驚いて言葉を無くしていた。


「あ……ご、ごめん。触っちゃって…」

「へ、へいき……そのまま拭いてくれると、助かるかも。今、手ベタベタで…」

「わ、わかった。……あ、これで先に軽く拭いておきなよ。あとでちゃんと洗いに行こうね」


 ウェットティッシュを何枚か渡して、食べ終わったアイスの棒は受け取ってゴミ箱に捨てておいた。

 高良が自分で自分の手を拭いてる間に、服の裾にもついてしまったアイスをトントン叩く感じで拭き取って、また太ももの方に手を移動させた。


「ん…っ」

「ごめん、くすぐったい?」

「いやめっちゃ気持ちいい…濡れる」

「心配して損した。はぁ、私の優しさを返せ」

「うそうそ。続けて?」

「残念、もう拭き終わりました。…手、洗いに行くよ。私もついでに歯磨きするから一緒に行こ」


 気まずさをごまかしたくて、さっさと高良を連れて一階の洗面所へ向かう。


「……寝る時はおとなしくベッドで寝てね。私のとこ来たらまじで出禁にするから」

「はーい…」


 歯磨きと手洗いを済ませた後で、念のため釘を刺しておいたら意外にも素直に応じてくれて、実際に部屋へ戻ってからも彼女はベッドに潜り込んでわがままも言わずに寝たけど、


「…うん、まぁこうなるよね」


 深夜、うっすら目が覚めて時に私の隣ですやすや眠る高良を見て、もはや呆れ果てて別々で寝ることは諦めた。

 


 


 













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