第9話「もっと知りたいのに」
別に触れたいとか、おっぱい見たいとか、そういうのは全然思わないけど。
もっと仲良くなりたいとは、思う。
「……高良」
だからつい、放課後のまだ人が帰らない時間帯に話しかけてしまった。
「なに」
昼間と変わらず冷たい態度が返ってきても、二度目ともなれば怯えることもない。この反応を覚悟で近付いたのもあって、心は平穏を保っていた。
「よかったら、一緒に帰らない?」
「……ふたりで?」
「うん。だめかな?」
私を見上げていた高良はフイと顔を逸らして、スマホをいじりだす。…お、さてはメッセージで伝えようとしてるな?
思惑に気が付いた私も、さりげない感じで自分の席に一旦戻ってスマホをポケットから取り出した。
『一緒に帰りたいけど、もうちょっと人が少なくなってからが良い』
予想通り、高良からメッセージが届く。
『わかった。でも、なんで?』
『無意識で腕に抱きついたりしちゃうかもだから。見られたら困っちゃうでしょ?』
『それは困る』
『あと、伏見はわたしのものですーってみんなの前でべろべろにキスしたくなっちゃう』
『まじで勘弁して。そして私はあなたのものではないです』
『早くわたしのものになりなさいよ、ばーかばーか』
『子供か』
『でもそういうことだから、あんまり学校では話しかけないでほしい』
最後に届いた文字を見て、僅かに心臓が鈍く痛んだ。
私のためとは分かっていても、こうもはっきり「話しかけないで」と拒絶されると、辛いものがある。
わかった、そう打つまでに少し時間がかかった。それを送ってしまったら、学校での高良との関わりが断たれてしまう気がして。
……人が完全にいなくなるまで、いつもけっこう待つ。
その間、話せないの嫌だな。
『私の家に帰る途中にコンビニあるんだけど、分かる?』
『十字路の、角のとこの?』
『そうそう。今度からそこで待ち合わせしようよ』
『別にいいけど……なに、もしかして少しでも長く一緒にいたいとか?さびしいんだ?かわいい〜、好き』
図星すぎて、もはやイライラすら湧かなかった。
『そうだよ』
正直に送ってみれば、高良はスマホを持ったままピタリと手を止めて固まっていた。…はは、分かりやすく動揺してるの面白い。
呑気に苦笑してたけど……耳が赤くなってることに気付いた時、心臓の動きがはちきれた。
だめだ…やっぱり、学校でも高良と過ごしたい。
「たか…」
「高良さん、ちょっといいかな?」
「なに」
「いや、話が……ここじゃなんだから、あっち行こう」
私が話しかけるよりも先に、クラスの男子が高良を連れ去ってしまった。
絶対に告白じゃん……いつも思うけど、高良はそれを分かっててなんで行く前に断らないんだろ。断るって決めてるなら、教室でも別に良くない?
……ワンチャン、付き合う可能性もあったりするのかな。だからちゃんと告白受けるとか?
モヤモヤするものの、高良レベルになると選り取りみどりなのも当然で、変に納得してしまった。より良い人がいるなら、そっちのが良いもんね、そりゃ。
『先にコンビニで待ってる』
それだけ送っておいて、教室を出た。
友達はみんな部活があるから、帰宅部の私だけがいつも帰りはひとりになる。部活に入らなかったのは、ただの怠惰だ。
…そういえば、高良も部活とか入ってないな。
ひとつ疑問に思えば、そこから芋づる形式で広がっていく。思い返したら、私は高良について全然知らないや。
聞いてみよう。それで、これから少しずつ知っていこう。
知って、どうするんだろう?
「伏見〜!」
浮き上がった疑問は、手をブンブン振ってこっちに走ってくる高良の姿を見て、頭の奥へと沈んでいった。
「ごめんね、お待たせ!じゃ、家行こっか!」
「いやいや。なに当然のようにうち来ようとしてんの」
「え?放課後デートのお誘いじゃなかったの?……あ、でもごめん。今日の下着かわいくないかも…」
「大丈夫。見る機会なんて訪れないから余計な心配しなくて」
「こんな美少女のパンツ見たくないって言うの!?信じらんない!この間は見てくれたのに…!」
「声でかい!ばか!」
コンビニの前で、他に人もいるっていうのに声を荒げた高良の口元を咄嗟に手のひらで覆って……気付く。
唇めっちゃ柔らかい、この人。
え、同じ人間だよね?って思うくらい、ぷにぷにな感触のそれを、思わずまじまじ見つめた。高良は驚いたのか、少しだけ身を引いていた。
「な、なに…?もしかしてちゅーしようとしてる?ちゅーしたいの?」
「いやそれはありえないんだけど……柔らかすぎてびっくりした」
「唇で触ったらもっと柔らかいよ。触る?んー…」
「触りません。…はぁ、そのしつこくて図太い性格がなかったらかわいいんだけどな」
「は?この性格でもかわいいけど。失礼しちゃう」
「それはそれは…失礼しました」
いつもいつも、発言が自信に満ち溢れすぎててもう笑うしかない。どうやって生きたらそんなに自己肯定感高く居られるんだろう。
実際に顔は可愛いから悔しいところでもある。
「今日のお家デートは何する?なんでもいいよ。あ、えっちなことはもうちょっとしてからね。心の準備まだできてないから……いやでもやっぱり、伏見がしたいならいつでも…」
「ずっとひとりでなに言ってるの?あと勝手にお家デート確定させないでもらっていいですか」
「わたしと居られなくてさびしかったくせに〜」
冗談めかして肘で突かれて、実際にさびしかったから否定せずにいたらなぜか高良は怪訝な表情を浮かべて私を見上げた。
「え。いつものツッコミは?」
「いや……ほんとにさびしかったから。何も返せる言葉がないです」
「あ……え、そ、そっか…」
途端に赤らんだ頬と尋常じゃないくらいの瞬きを、そんな動揺する…?って気持ちでぼんやり眺める。
目を泳がせまくった高良は急にしおらしくなって、照れた仕草で顔を俯かせた。……なんかそういう反応されるとこっちまで照れる。
なんとも言えないやりづらさを感じながら、どうしようかと頭の後ろを掻いた。
「…やっぱりさ、学校でも話さない?」
「え、えぇー……それは、ちょっと…」
「ちゃんと高良と友達になりたい。だから他に人がいる時でも話したいんだけど…だめかな」
本音を包み隠さず伝えてみたら、
「嫉妬に狂って伏見の友達殺しちゃいそうだから、むり…」
普通に怖すぎてドン引きする言葉が返ってきた。
「は…?」
「だって伏見の友達、やたらベタベタ伏見に触るじゃん?目の前でそんなの見たら殺しちゃうって。耐えらんない」
「通報した方がいい?」
「ごめんなさいやめてください。……でも、学校で関わるようになったら、そういうのも間近で見る機会が増えるでしょ?辛くなっちゃうのは本当なの」
目の前の高良は自分の制服を強く握るくらい気持ちがこもってて、とても冗談を言ってるようには見えなかった。
「最初から関われないって思ってたら、我慢できるから……むしろそうじゃないと、もっとわがままになっちゃう。…自分で分かってるの、迷惑かけるって」
「そっ…か。私のために、そこまで…」
「うん。あとテンション上がりまくってるとこ見られてまた影で噂されるのまじめんどくさいから。それもある」
「高良、私の前だとキャラ崩壊すごいもんね…」
納得の理由に頷いたあたりで、そういえば…と思い出した。
「今日のこと、ごめん。告白の返事聞きに行って…からかう真似して」
一日ずっと引っかかってて、謝りたかったことを改めて反省して言えば、当の本人はあっけらかんと「いいよ、慣れてるから」と口にした。
高良からすれば話題に上がるのは当たり前のことかもしれないけど……でも、もし私が同じことをされたら耐えられない。普通に傷付くと思う。
こういう時のメンタルの強さは、素直に尊敬する。
「もう言わないように気を付けるから。今度から周りの子が話してても、私は乗らない。…ほんとにごめんね」
「ふふ。そういうとこも大好き。伏見ってほんと優しいよね、結婚したい」
「結婚はしないし、優しくもないよ。他の子と同じで、今まで影で高良の噂話しちゃってたし」
「…わたしがいないとこでも考えてくれるの、うれしいよ。伏見ならね」
「良い話題じゃなくても?」
「うん。……嫌な噂聞いてもこうして関わってくれるだけで…それだけでうれしい」
好きな相手に対してはとことん甘くて健気な高良に、本当に私なんかのどこがいいんだろうと疑問に思う。
高良が思ってるほど、私はいい人間じゃない。それを知ってもなお好きでいる理由が、自分では分からなかった。やっぱりB専なのかな。
「とりあえずここじゃキスもできないから家に行ってもいい?」
「どこに行ってもキスはしないよ。…今日はちゃんとすんなり帰ってね」
「がんばる」
小さくガッツポーズを作った高良はその日……案の定、帰り際になってまた毛布に隠れて動かなくなるという愚行を犯した。
「帰るって約束だったでしょ!布団から出てきなさい、こら!」
「やだ!明日はお休みだもん!次の日お休みだったら泊まっていいって、この間言ってた!」
「前言撤回、今すぐ帰れ!」
「お義母さんにも許可貰ったし、ママにももう連絡しちゃったもんね〜!だから泊まっていきます〜、決定事項です〜、残念でしたぁ〜」
「い、いつの間に…」
まじでこいつ……図々しいにも程がある。
好きかも?と思いかけた気持ちは、このやり取りで一気に消失した。積み上がっていた好感度はゼロ超えて見事にマイナスである。
今のとこ友達止まりが最適解だな…と、心底思った。
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