第8話「塩対応と特別感」




























 ただボーッと黒板を眺めるだけのあいつは、何を考えてるんだろう。

 たまに自分の横髪をいじる細い指先や、ツンとしていて可愛い鼻先、少し尖った上唇から顎までの横顔のラインを、視線でなぞる。

 相変わらず休み時間にはひとりで過ごしてる高良は、私の方を見向きもしない。口説いてくる時とは同一人物か疑うくらい違くて、一言も発さない物静かな彼女は間違いなく美少女だった。


「……なーに見てんの、明楽」

「んー?…クラスのマドンナ観察してる」

「高良さん?」

「そう。なに考えてんのかなーって」


 話しかけてきた相手には目もくれず返事をした私に、友達の真中まなかは後ろから抱きしめる形で腕を回して、人の頭の上に顎を乗せた。


「もしかして、この間の告白どうなったか気になってるんでしょー」

「あぁ……うん。まぁそんなとこ」


 本当は知ってるけど、言えるわけもなく話を合わせる。そういえばあの日からしばらく、その話題で盛り上がってた。

 クラス中の注目の的。誰もが興味津々なマドンナが、こんな目立たない……それも同性の私を好きだと知ったら、みんなどう思うんだろう。

 確実に言われるのは「釣り合わない」や「見る目ない」とかその辺かな。自分でもそう思う。

 付き合ったところで、そのうち飽きて捨てられるだけかもしれない。彼女にはそれだけ他の選択肢がたくさんあるから。


「そんなにガン見するくらい気になるなら、本人に聞いたら?」

「確かに。その方が早いか」

「えー……やめときなって。どうすんの、ブスが話しかけんなとか言われたら」

「おい、今さらっと私のことブス扱いしたな?」

「違う違う、高良さんがそう言いそうだなって思っただけ」


 そばにいて会話に入ってきたもうひとりの友達、橋本の方を向いたら真中は何を思ったのか人の顎を掴んで上へ持ち上げた。


「別に明楽ブスじゃないじゃんね」

「いいよ、お世辞は」

「ほんとほんと。鼻高いの良くない?」

「真中は中学の頃から好きだよね、明楽の顔」

「そうなの〜、このほぼ一重な奥二重が最高なの」

「ほぼ一重な奥二重って言うな、気にしてんだから」

「目つき悪いのが良いんだよね〜。人殺しそう」

「虫も殺さないくらい優しいですけど?明日の新聞記事に発見死体として掲載されたい?」

「ふは、殺害予告されちゃった」


 なぜか楽しそうに笑ってパッと顎から手を離されたおかげで、ようやく前を向ける。

 また高良観察でも始めるため視線を移したら、こっちを見ていたらしい高良とバッチリ目が合った。だけど咄嗟な仕草ですぐに逸らされてしまった。


「…高良さんこっち見てたね」

「見てたね〜」

「ちょっと明楽、話しかけに行ってよ」

「なんで私…」

「いいから。ついでに告白の返事どうしたかも聞いてきて」

「はぁ……はいはい。行ってきます」


 あんまり気乗りはしないものの、人前で堂々と話しかけに行ける機会もそうそうないからしぶしぶ立ち上がった。

 …そういえば、私から話しかけるの初めてかも。

 いつもいつも相手からきてくれてたことに気が付いて、なんとなく気恥ずかしく思う。


「あー……高良、さん」


 斜め後ろくらいに歩み寄って声をかけたら、高良は静かな動作で振り向いて私を見上げた。


「…なに」


 他人行儀な対応の結果か、それとも機嫌が悪いのか。ものすごく低い声を出されてビビる。……これが普通の反応なら愛想悪すぎる。


「用がないなら話しかけないで」


 どう話を切り出そうか悩んでいたら、冷たく言い放たれて体の向きも私から外されてしまった。心折れそう。

 クラスメイトに対する態度、いつもこうなのかな。素の明るさを知らなかったら、今頃ビビり散らかして退散してるところだった。こりゃみんな仲良くなれないって。


「怒って…ます?」

「は?何もないのに怒りませんけど。…話があるならさっさと話してもらえる?」

「あ、はい。すみません…」


 めっちゃ怖い。え?普段こんな感じなの?

 放課後にしか話さないから知らなかった。他の人がいる時の高良って塩対応なんだ…

 正直もう友達のところに戻って泣きつきたいところだけど、せめて告白の返事どうしたのか聞いとかないと。戻った後に質問攻め食らうのは目に見えてるから。


「この間、告白されてた……じゃない、ですか」

「だから何?あんたに関係ある?」

「い、いやぁー…無いんだけど、気になって。なんて返事したのかなって」

「それを聞いてどうするの?友達と面白おかしく話すためのネタにしようって?わたし、そんなことのために存在してないんだけど。くだらないことで盛り上がってバカみたい」

「はい、うん。まじでその通り、ほんとごめん」


 塩対応どころじゃない、もはや毒だ。

 いやでも、言ってることは間違えてないんだよなぁ…言い方がキツすぎるだけで、ネタにされたら気分が悪いのは当然の反応だと思う。誰だって、噂のネタにされるために生きてない。

 軽率に聞きに来たことを、もしかして傷付けたかな?ってその場で反省して、戻る前にもう一回だけ「本当にごめん」と謝った。高良からの返事はなかった。


「どうだった?」

「……や、ごめん。高良が嫌がるかもだから何も言わないでおく」


 自分の席についたら橋本が真っ先に聞いてきたけど、高良の気持ちを考えてやんわり断った。

 さっきので嫌われたかな……そう思ったらけっこう凹んで、机に突っ伏したタイミングでスマホが音を鳴らす。

 誰だろう…と見てみれば、


『ごめん、言いすぎちゃった』


 無表情でスマホをいじるマドンナ、高良からだった。


『私もごめん、変なこと聞いて』

『慣れてるから平気。それより嫌いになってない?わたしのことまだ好き?わたしはだいすき。あいしてる、ちゅき』


 いつものうざさに、今は安心する。

 普段通りあしらっていいのか悩んだものの、ここで変に気を使っても逆に良くないかと考えて変わらず接することにした。


『まだも何も最初から好きじゃないです』

『好きって言ってよ。付き合ってあげるから』

『きらい』

『ちょっと死んでくるね』

『まてまてまて。待ってください、生きてください、ごめんなさい』

『一緒に生きてくれる?』

『さり気なくプロポーズするのやめてくれる?』

『結婚してください』

『いや、さり気なくじゃなかったら良いって意味じゃないんよ。プロポーズをやめてください』

『そのツッコミ待ってた。好き』


 すっかりふたりの調子を取り戻せたことに安堵して、ここで連絡を取り続けてると画面を覗かれた時に困ると思ってその辺りでスマホを閉じた。

 

「……誰と連絡してたの?」

「あー…ちょっとね」

「もしかして彼氏か〜?」

「違う違う。んなわけないって」


 真中に両頬を挟まれながらもなんとか否定する。彼女はスキンシップが多いタイプの女の子だから、高良に見られてたらヤバいかも…と少しヒヤヒヤした。

 チラリと横目で様子を窺ってみれば、高良はスマホの画面に視線を落としたままじっとしていた。

 …話したいな。

 さっき、人のいる教室で初めてまともに高良と会話したせいで欲が湧いた。知らない一面を見れたことも相まって、もっと知りたいと心は欲深くなる。


「今日の明楽、やけに高良さんのこと見るじゃん」

「……いつもひとりだなって」

「同情してんの?やめときなよ、性格悪いって有名なんだから。嫌な思いしちゃうよ」

「そんな、悪い子じゃないよ。…たぶん」


 確かにさっきはビビったけど、あれはあくまでも人前用の対応であることを私は知ってる。

 この教室で、クラスメイト達の中で、私だけが本当の高良を……


「あーーー…ヤバいな…」


 特別感という名の優越感が、心を満たす。


 不覚にもニヤけそうになった口元を、悟られたくない心ごと静かに覆い隠した。


 やっぱり私、好きになりかけてるかも。


















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