第7話「まんまと揺れ動く」
あんまり夜遅くなりすぎると親御さんも心配すると思って早めに帰そうと思ってたのに、何がなんでも帰りたくない高良が駄々こねて毛布に潜って動かなくなってしまった。
どうしようかと数分悩んで、まぁ腹減ったらそのうち帰るでしょと高良を置いて部屋を出たのが数十分前。
完全放置でお風呂の癒やし時間を満喫して、水でも飲もうとリビングへ行ったら、
「へぇ〜、クォーターなの!だからそんなにかわいいのねぇ…」
「えへへー…そうなんですぅ」
いつの間にか毛布から抜け出していたバカが、母親と仲良く雑談を交わしていた。
「今日、急遽来ることになったから……すみません何も持ってきてなくて」
「いいのいいの、そんなの!まりんちゃん、よかったら夜ご飯食べていきなさい」
「いいんですか!うれしい…!」
「ご両親には連絡しておいてね?」
「もちろんです!」
「まてまてまて、待って。…なに普通に過ごしてんの」
「あ、おかえりなさい。伏見」
「ちょっと来いバカ」
にっこり笑顔で出迎えてくれたそいつの腕を引っ張って、一旦リビングを出る。
「なんで勝手に部屋出てんの、おとなしくしといてよ」
出てすぐ壁際に追いこんで、母親には聞こえないよう小声で詰めたら、高良は拗ねた顔で唇を尖らせた。
「だってさびしかったんだもん…」
「だからって好き勝手されると困るんだけど」
「あとお義母さんと仲良くなって今のうちに外堀埋めとこうかなって」
「サラッと怖いこと言うのやめてもらっていい?」
なんでバカなのにそういうところばっか機転利くんだよ、と言葉には出さなかったものの、額に手を当てて勘弁してくれと暗に態度で伝えておいた。
当の本人はまるで分かってなくて、小首を傾げて見上げてきたから無意味だったっぽい。
とにかく母親と仲良くするのは別にいいけど、外堀を埋められるのは困る。今すぐにでも帰そう。
そう判断して、リビングにいる母親には「友達送ってく、帰るからこいつの分のご飯いらない」とだけ告げて荷物を取りに部屋へ向かった。
「ほら、自分の荷物まとめて」
「やだ」
「分かった、私がまとめるから…」
「やーだー!帰りたくない、まだ伏見といたい、むり、死んじゃう、ひとりで寝れないー…!」
「赤ちゃんじゃないんだから!帰るよ、高良」
「やだやだ、まりん今日はここで寝る!」
枕を抱きしめてベッドの上に座った高良は本当の子供みたいで……一周回って笑えてきた。その行動が似合う容姿、強すぎんだろ。
「どんだけ私と離れたくないの」
「片時も離れたくないに決まってるでしょ。大好きだもん。てかそもそも、このわたしにさびしい思いさせるとかありえない。伏見のばか」
「……高良」
正直めちゃくちゃ厄介で頭痛がするけど……落ち着け私。
感情的になっても意味がない。
それにここ数日で、いやなんなら今日の数時間で私はひとつ学んだことがある。
「今すぐ帰ってくれたら…好きになるかも」
「し、仕方ないから帰ってあげる!」
そう、この女……高良はビックリするほどの単純バカである。
「ちゃんと帰るから、好きになるって約束してよね!絶対だからね!」
「約束はできないけど、考えとく」
「ほんと?」
「ほんと」
「ふ、ふん。早くわたしの魅力に気付きなさいよ。いつまででも待ってあげるから」
「じゃあ一生待ってて」
「別にいいけど……たとえ死んでも、地獄の果てまで追いかけるよ?」
「……生きてる内に気付けるよう善処します」
笑ってたけど目がガチだった。怖すぎ…
思わず身震いしそうなくらいの執着心を受け止めて、とりあえずさっさと帰そうとまずは枕を奪い取る。
そこで、ふと。
いつの間に乱れたのか、第二ボタンまで外れて胸元がだいぶ無防備になってる事に気がついた。…あれ、この家に来た時はちゃんと上まで閉めてたし、リボンもそんな緩くなかったような?
「この部屋……暑かった?」
「え?別に。なんで?」
「いや……ボタン外れてるから」
「あー、これ?さっき毛布かぶってる時あつくて」
「あ、なんだ。そういう…」
「伏見の匂いして興奮したから、それで熱くなっちゃって……つい」
「は?」
少し照れた顔で頭の後ろをかいた高良を見下ろして、言われた内容の処理が追いつくと同時に、
「人のベッドでオナニーしたってこと!?」
とんでもない答えに辿り着いてしまった。
「いやいや、さすがにそこまでは……わたしも弁えてるから。ちょっと匂い嗅いで興奮してただけ」
「どこが弁えてんの?信じられないです、今すぐクリーニング出さないと」
「ひどい!普通こんな美少女がハスハスしてたら喜ぶところでしょ!」
「ハスハス言うな!お前の普通どうなってんだよ、喜ぶどころか嫌がらせだよ!今すぐ退いて、洗濯するから!」
「やだ!わたしの匂い大量につけてマーキングして帰るって決めたんだから!洗濯しないで!」
「勝手にマーキングして帰るな!お前は犬か!」
毛布を守るように抱き締めた高良から容赦なく取り上げて、ついでに軽く蹴飛ばしてベッドから落としたら「暴力反対!」と叫ばれた。いやこれは私悪くない。
「正当防衛だよ!命の危機だよ、ゾッとしたわ」
「それを言うなら貞操の危機じゃない?」
「やかましいわ!さっさと帰れ!」
首根っこ掴んで部屋から追い出して勢いよく扉を閉める。
廊下では騒げないという常識は備わってたのか、高良はそっと扉を開けてこちらの様子を覗き込んできた。
「怒ってる…?」
「ドン引いてる」
「ごめんなさい……もうしないから、お部屋入れてほしい…」
こういう時の弱々しい態度に私が強く当たれないことを知ってか知らずか、困り眉の上目遣いで人の顔色を窺う姿を見て、捨てられた子犬を連想させて可哀想に思ったバカな私は根負けしてしまった。
まじで良くないって分かってるのに、結果的に甘やかすようなことをする私もどうかしてる。
「でも今日はほんと、おとなしく帰ろう?高良。明日も学校だから」
「うん……わかった…」
「今度さ、休みの日に泊まりおいでよ。変なことしたら秒で追い出すけど」
「いいの?」
「いいよ。……なんだかんだ、楽しかったし」
「んん…好き。ちゅーしていい?」
「出禁」
「わかった!帰ればいいんでしょ、帰れば!」
不満の文字を貼り付けて、それでも鞄片手に高良は部屋を出て行った。その後ろをついていく。
外はもう暗くなってたから、念のため家の前まで徒歩で送ってあげて、その時に意外と家が近いことを知った。と言っても十五分は歩くけど。
「…伏見、帰り大丈夫?心配だから送ってくよ?」
「何往復かさせる気?それじゃ送った意味ないじゃん。…大丈夫だよ、走って帰るから」
「えー……帰っちゃうの、さびしいな…」
「明日また学校で会えるよ」
「そうだけど……もう一緒に住まない?」
「ははっ、どんだけ寂しいの。寝る前とか連絡しておいで、起きてたら返すから」
「起きてなくても返してほしい」
「寝ながら文字は打てません。アホか」
しおらしい素振りで図々しいにも程がある高良に、今度こそ本当に別れを告げて帰路に着いた。
走って帰ったら十分もかからなくて、思ったより早く帰れたから外に出て汗もかいたし……さっき入ったけどもう一回シャワーだけ浴びようと脱衣所へ真っ先に向かった。
そこにはすでに先客がいて、私そっくりな顔をした四歳下の妹⸺静歌がちょうど服を脱ぐところだった。
「……覗き?」
「んなわけあるか。私も一緒に入っていい?シャワー軽く浴びるだけだから」
「いいよ」
了承を得られたから私も着ていた服を脱いで、
「……お姉ちゃん、彼女できたの?」
その途中で、いきなり静歌が聞いてきた。
「は?できてないけど…」
「かわいい女の子来てた」
「あー……あれはストーカー寄りの友達」
「ふぅん。ストーカー家に上げない方がいいよ」
「それはそう」
聞いたら満足したのかそれ以上は何も聞かれなくて、ひと安心で服を脱ぎ捨てる。
特に会話もなくシャワーを済ませて、ご飯を食べにリビングに行ったら、
「明楽……今日の子、もしかして彼女?」
母親にも、同じことを聞かれた。
「違うけど…」
「そっか。ずいぶん仲良さそうだったから。まぁお母さんはいいよ?」
「いいよ、って……なに」
「さっきまりんちゃんが言ってたの。同性愛?とか言うんでしょ、そういうの。10人にひとりはいるんだって!意外と多いのねぇ〜…だから普通なのかな?って」
「あ、うん……そうなんだ…」
あいつ…変なこと吹き込みやがったな。
どうやらうちの家族は、ありがたいことに同性愛に寛容らしい。…いやまだ付き合ってないけども。
正直、家族に反対されたりするのもだるいな〜とか思ってたから、これは嬉しい誤算だった。後は父親だけなんだけど……あんまり会うこともないし、報告しなくても大丈夫かな。
…って、待って。
私、今……付き合う気満々で考えてなかった?
「やば…」
毒されてる自分に気が付いて、言葉を失う。
「どうしたの、明楽。ご飯食べるわよ」
「あ……うん」
考えたくなさすぎて真っ白になった頭で夜ご飯を食べて、早々に歯を磨いて、ベッドの毛布に潜り込んで、追い打ちをかけるように高良の匂いに包まれた時……そこでようやく、思考が再開した。
……私これ、もしかして好きになり始めてる?
いやいやいや、待てまてまて。ない、それは断じてない。ないはず。
入学してもうニヶ月。毎日のように猛アタックという名の洗脳を受けて脳が混乱してるだけ。流されるな、私。気を強く持つんだ。
高良は確かに顔かわいいし、あんな可愛い女の子から好き好き言われ続けてたら気分良いし自惚れちゃうけど、奴は顔だけ。性格はわがまま、メンヘラ、自分勝手と最悪の三拍子。おまけにバカ。
ぶっちゃけ友達として接してる今は楽しくて仕方がないけど、恋人ってなると自信喪失したり、疲れちゃいそうだから……もうちょっとよく考えたい。
ぐるぐる回る、頭の中。
「くそぅー……めっちゃ良い匂いする…」
思考をさらに鈍らせるような、高良の残した香りが鼻の奥に届くたび、私は悔しさを募らせた。
もうここまで来たら、惚れる一歩手前であると…認めざるを得なかったからだ。これを狙ってやったんだとしたら、大成功である。
悔しいから、本人には黙っておこう。
その日の夜。
『さびしいです』
『なんで隣にいないの?』
『寝てるんですか、起きてください』
『すみませーん!おきてー!おきてよぉ』
『ひとりしりとりします。伏見、魅了、美しいわたし』
『あれ……ごめん、もしかしたら伏見の家に忘れ物したかも』
私が「連絡していい」なんて言っちゃったばっかりに、高良から大量のメッセージが届いた。
『忘れ物ってなに?必要なら明日、学校に持って行くけど』
『わたしの好きな人。置いてきちゃった』
『おやすみなさい』
相変わらず変なことしか言わないから、通知を切って無視を決め込んだ。
やっぱり好きじゃない。勘違いでよかった。
そう安堵して、高良の相手で疲れてたのも相まって私はその日、過去最高の熟睡をして気分良く目が覚めて朝を迎えた。
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