第5話「家に来る」























「高良さん、いる?」


 昼休みになると、たまに別クラスの人間が高良を求めてやってくる。

 呼びに来るのは全員が男で、「話がある」の話の内容はお察しである。クラスにいる全員が「告白か…」と気付いていて、何も言わず男に連れられて教室を出る高良の後ろ姿を見送った。


「今回は成功するかな〜」

「どうだろ。あの人イケメンじゃないから、ほぼ無理じゃない?」

「確かに、パっとしない感じだったね〜。…明楽はどう思う?」

「なんで私?……付き合わないんじゃないかな」


 興味津々で盛り上がる友達は知らない。高良が、私を好きだという信じられないような事実を。

 ……そういえば、周りに誰かいる時に口説かれたことない。

 前に言ってたように“迷惑かけるから”って理由で気遣ってくれてるんだろうけど、それにしてもそばに寄りたい素振りすら見せないのは謎だ。普段あんなに素直で感情を隠せるタイプでもないのに。

 実は、からかってるだけとか?そんな発想が頭をよぎって、すぐに否定する。ただのイジりであの態度は無理でしょ。


「高良さんみたいな子って、どんな人と付き合うんだろうね」

「さぁ……でも本人の顔がいいから、理想は高そう」

「意外とB専かもよ?ね、明楽はどう思う?」

「だからなんで私?…知らないよ、そんなの」


 私を好きな時点でB寄り……とか思っちゃうけど、顔は関係ないって言ってたっけ。


「あっ、戻ってきた」


 友人の声につられて扉の方を見てみれば、まるで感情のない静かな顔をした高良がちょうど入ってきたところで、彼女はみんなの視線を気にも留めず自分の席についた。

 座ってすぐ、スマホを取り出してなにやら文字を打ちはじめたのをしばらく眺める。言葉を交わさなくても不機嫌なのが伝わってきた。

 そこでピロン、と通知音が鳴り響いて……これは嫌な予感がする。

 慌てて通知の音量をゼロまで下げて画面を開いてみれば、案の定あいつから連絡が来ていた。


『今日、家行きたい』

『嫌なことあったから慰めてほしい』

『あ、変な意味の慰めじゃないよ』

『いやでも、変な意味でもいいかも』

『むしろ全然アリ』

『もう抱いてくれない?抱かれたいです』

『落ち着け、バカクソビッチ』


 だいぶ血迷ったメッセージを送ってきた高良には悪態を返して、頭を抱えたくなった気持ちは人前だからグッと堪えた。


『ビッチってなに?このわたしが触らせてあげるって言ってるんだから、むしろ喜んでよね』

『すみません迷惑メール止まらないんでブロックしますね』

『ごめんなさい待ってください落ち着きます、おちつきました』


 まったく、ほんとにこいつは……頭痛してきた。

 気が付かれない程度にため息を吐いて、今回の告白は相当イライラしたんだろうなって察したから、仕方なく『家来てもいいよ』と送っておいた。

 画面を見ていた高良が分かりやすくニヤニヤしたのを、他の子たちも気が付いてザワつきはじめる。


「え、もしかして告白成功したのかな?」

「どう思う、明楽」

「私に聞かないでよ…」


 その後は高良のことで話題は持ち切りになって、勘弁してくれ…と参った気持ちで適当に相槌を打った。

 隠す気があるのか、ないのか。あんなにも顔に出したらいつかバレるんじゃないかってヒヤヒヤする。学校中にレズの噂が広まるのだけは避けたい。

 放課後、家に来たら文句と注意のひとつでも言ってやろ……そう、思ってたけど。


「付き合えなくてもいいから、一発ヤラせて……って。ほんとありえない。わたしのこと甘く見すぎじゃない?腹立つ」


 帰り道から、家に着くまで。いや着いてからも、高良の愚痴が止まることはなくて、完全に言うタイミングを失ってしまった。


「一発の重みが分かってない、相手はこのわたしだよ?簡単にヤレると思ってる脳みその神経どうかしてんじゃないの。てか、付き合えないくらい興味もない相手に触らせるわけないじゃない」

「…って、本人にも言っちゃって無事に性悪女のレッテルを貼られた、と」

「うん。でも何も間違ったこと言ってないもん。それで性格悪いって言われても…ねぇ?困っちゃう」

「それは……その通りだと思う」


 美人も大変なんだなぁ、と完全に他人事で同情しながら淹れてきたお茶を手渡す。

 初めて来たというのにすっかりリラックスした様子でベッドを背もたれにして座っていた高良はそれを受け取って、熱いお茶をすすり飲んでひと息ついていた。


「ふぅ……それにしても、伏見の部屋シンプルでいいね」

「あんまり置くものもないからね」

「趣味とかないの?…あ、漫画ある」


 テーブルの上にお茶を置いて、本棚へと四つん這いで向かった高良の……無防備すぎてパンツが見えかかってる、いやもう見えちゃってる腰元に視線が行って、気まずい思いで額に手を当てた。


「高良、見えてるよ」

「ん?なにが…」

「水色」

「は?みず…」


 一瞬、なんのことか思考を巡らせた後で、発言の意図に気が付いた彼女はバッと慌ててスカートを押さえる。

 あ、意外……てっきりノリノリで「見ていいよ」なんていうかと思ってたのに。そこの恥じらいはちゃんとあるんだ。


「ち、ちょっと…もっと良い教え方あったでしょ」

「いやぁ……水色なんだ〜って思って、つい」

「や…やだ、ちゃっかりしっかり見ないでよ!うぅう〜…もっと大人っぽいの履いてくればよかった…

…恥ずかしいから忘れて」

 

 そそくさと体勢を整えて、スカートの裾は掴んだまま股の間を隠した高良に睨まれても、肩を竦ませただけで返した。見せてきたのはそっちなのに怒られても。

 よほど恥ずかしいのか真っ赤に染まった顔を、テーブルに肘をついた状態で眺める。

 女の私に見られてそんな反応されるのはなんとも不思議な感覚になるけど、そっか。好きな人にパンツ見られたってなったら、そりゃ恥ずかしいよね。


「ずるい」

「ん?」

「わたしだけ、ずるい……伏見のも見せてよ」

「あぁ、いいよ。見る?」


 私は別になんとも思わないから、膝立ちになってスカートを捲くろうとしたら、これ以上ないくらい慌てた仕草で腕を掴まれた。


「っな、なに考えてんの!ほんとに見せる人いないでしょ!」

「別に減るもんでもないし」

「わたしの心がすり減るから!やめて、ほんと。ドキドキしすぎて死んじゃう」

「そんなに?」


 自分の胸ぐらを掴んで深呼吸する高良を、本当に私のこと好きなんだな…とどこか他人事のように見下ろした。

 というか、こんな美人でもちゃんと性欲あるんだ。そっちに驚く。

 見た目が綺麗なせいか、そういうことしてる想像がつかない。なんとなく、私の中でセックスとかって淫らで若干汚いイメージがあるから、余計に。


 高良が、セックス……


「芸能人のハメ撮り…」

「は!?い、いきなり何?」

「いや、芸能人のハメ撮りってたまに流出して話題になるじゃん。私そういうの見れないタイプなんだよね。見ちゃいけないもの見る罪悪感すごくて…」

「え、あ……そ、そう、なの?」

「高良は見れる?」


 脳死で思いついたことを喋ったら、あわあわと動揺した口元をきつく結んで、高良はコクンと小さく頷いた。…見れるんだ。


「エロいのとか見るんだ…」

「そ、そりゃ……わたしも、人間ですから…」

「高良みたいなかわいい子でも、興味あるの?」

「さっきからなんなの!恥ずかしい質問ばっかりやめてよ、変態!」

「気になっちゃって…ごめんごめん」


 からかうつもりはなかったんだけど、単なる興味本位で無遠慮に聞いちゃったことを反省する。

 でも、こんなにも気持ち悪い会話をしたらさすがの高良もドン引きして私のこと嫌いになったかな?頼む嫌いになっててくれ……僅かな期待を持って彼女の方に視線を向けたら、


「ふ、伏見も、そういうの……興味ある、感じ?」


 嫌うどころか、相手も興味津々な様子で、恥じらいを持って聞いてきた。


「伏見が、興味ある…なら、その……さ、触らせてあげても、いいよ」


 さらに、体を許す発言までされてしまった。

 さっきまで「このわたしに気安く触れると思わないでよね」なんて言っていた勝ち気な少女はどこへやら。

 好きな人に対しては、とことん甘くなっちゃうらしい高良が、少し心配になった。そんな簡単に体を許すのは女相手でも良くない気がする。

 …思えば、都合よく扱われちゃいそうなダメ女の片鱗はちょいちょいあったかもしれない。


「高良ってさ……きっと好きになったら最悪、ハメ撮りどころか生中出しまで許しちゃうタイプだよね」

「なまな……っゆ、許すわけないでしょ!そこまでバカじゃないから!」

「じゃあさ、私がハメ撮りさせてってお願いしたら…どうする?」


 驚いて目を見開いた後で、唸るくらい葛藤した高良は、


「い、いいよ」

「許してんじゃねえか」


 思ってた数倍あっさりと、受け入れてしまった。


 これはさすがにやばすぎると、咄嗟に相手の肩を掴んで、羞恥心からか潤んだ瞳と目を合わせる。


「絶対にだめです、落ち着いてバカ」

「落ち着いてる。…伏見にお願いされたら、聞くに決まってるでしょ」

「待って。ほんとよくない。良くないよ、高良さん。まじでだめ」

「好きな人の願望を叶えたいと思うことの何が悪いの?」

「強いて言うなら悪いのは頭です。そんなことお願いするやつ、ろくでもないに決まってるんだから…やめときなって」

「伏見はろくでもなくない」

「それはそう。私はまともです」

「じゃあ問題ないじゃない」

「問題大アリ。まともじゃないのは高良の方だよ。なんで許しちゃうかなぁ…」


 勉強だけじゃなくて、他のところでも頭が悪そうな高良に、出てくるのはため息だけだった。

 これ、私以外の人を好きになってたらどうなっちゃってたんだろう……想像するのもおぞましい。都合のいいように使われて、最悪ポイかも。

 いやいや…そんなの怖すぎる。高良は確かにムカつくうざい女の子だけど、酷い目にあっていいとまでは思えない。

 他の男に泣かされるくらいなら、おとなしく私が付き合って幸せにした方がいいんじゃ…?謎の正義感で、脳みそ破壊されてきた。


「……前向きに考えます…平和のために…」

「ハメ撮り?」

「んなわけあるか。そもそも付き合ってないのにヤろうとしちゃだめだよ。分かった?」

「わ、分かった。付き合ってからいっぱいする、伏見と」

「うん、良し。……いや良くない、私とセックスする前提で話が進むのは良くない」

「チッ…」

「お前いま舌打ちしたな?」


 こんな時でもあわよくばを狙ってくる高良を睨んだら、彼女は自覚があるであろう可愛らしい笑顔を浮かべて、全力でごまかしていた。




















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