第3話「噂と違う」
学校にいる時の高良は、物静かだ。
授業中はもちろん、休み時間中も誰かと話してるところを見たことがない。いつもひとりで、スマホや髪をいじるか退屈そうにボーッと黒板の方を見ている。
クラスメイト達は最初こそ話しかけに行っていたものの、フラレた男たちが流した“性悪”という噂を鵜呑みにしたり、実際に揉めちゃったりして……次第に距離を置くようになっていった。
高良自身はたいして気にしていないのか、はたまたプライドが邪魔をするのか、自分から積極的に友達を作ろうとはしていなかった。
だから基本的にはひとりで行動してる。人に話しかけに行ってるのを、そういえば見たことがない。
それは私に対してもあまり変わらず、私のことを好きというわりに、他に人がいる時はまったく……寄り付こうともしない。
不思議だな〜…と思って、放課後になって誰もいなくなると嬉々として私の元にやってくる高良にどうしてなのか聞いてみたら、
「友達と楽しくしてるのに邪魔したくないから」
意外にも、彼女なりの親切心であることを知った。
「それに……嫉妬しちゃうから。目の前で他の子と話してるの見たくない」
予想以上に嫉妬深いことも、ついでに判明した。
「ほんとは独り占めしたいけど……迷惑になっちゃうでしょ?だから我慢してるの。健気なわたしを褒めてよね、感謝しなさい」
「それはそれは…ありがたいことです」
なんで私がお礼言ってんの?ってツッコミは、面倒になりそうだから言わなかった。
「こんなにイイ女、他にいないよ。どう?惚れてくれた?」
「メンヘラだめなんです」
「どこがメンヘラなの。他の女と同じ空気吸ってるのも嫌だけど我慢してあげてるわたしのどこが」
「その発想がもうすでに。重いです」
「愛が深いって言ってくれる?」
「業が深いです」
「可愛すぎて罪深いってこと?褒めないでよ、照れちゃう」
「褒めてないです、不快です。…あ。浅い深いの方じゃなくて、不愉快の方の不快ね」
「ひどい。そこまで言う?」
うまいこと言いたかっただけなんだけど、真に受けて落ち込んだ高良が面白くてケラケラ笑ったら、目を細くして睨まれた。さすがの彼女も、今のは性格悪いと思ったらしい。
「あんまり意地悪なことばっか言ってると、きらいになっちゃうかもよ?」
拗ねて口の先を尖らせた顔で、挑発も含めて言ってきた。
正直、嫌われても今の私に困ることなんてないんだけど……それに気付いてなさそうなとこも、また面白い。高良って天然バカなのかな。
「むしろ嫌われたいんですけど……どうしたら私のこと嫌いになります?」
「っ……なれないに決まってるでしょ、大好きなんだから!あぁもう、くやしい!」
「はは、ほんとに好きなんだね」
「うん。だから結婚してよ」
「要求が悪化してない?」
「バレちゃった。今ならノリと勢いでイケるかな?って思ったのに」
「恐ろしい子…」
常にあわよくばを狙ってくる相手に警戒心を強めて、聞きたいことも聞けたし早めに退散しとこう…と鞄を持って立ち上がる。
「…帰るの?」
「うん」
「わたしも一緒に帰っていい?」
「え、だめ」
「ありがとう、ちょっと待ってね」
「突発性難聴?」
自分の鞄を取りに席へと戻っていった、言語が通じてない様子の高良に困惑したものの、おとなしく待つことにした。
なんだかんだ、高良と過ごす時間は楽しいことに気付いてしまったからだ。
思いのほか冗談が通じるところとか、無駄なポジティブさとか、話してて不快にならない。……私のことが好きだから対応がマイルドなだけかな。
噂によると、告白してフラレたやつら含め関わった人がこぞって「人格否定された」と騒ぐくらいには口も性格も悪いらしいんだけど……
「ほら、帰ろ?手繋いであげる」
「遠慮します」
「…ケチ」
今のところ、そこまで言われるほどの人だとは思えない。
いや確かに、やたら上から目線で鼻につく感じはあるけど、それだけだ。それも、この美貌なら仕方ないよねって不思議と思えちゃうような魅力が、彼女にはあった。
でも、私がこう思うだけで他の人は違うのかな。妬みとか嫉みとかが持つのかもしれない。
……生きてるだけで僻まれんの、大変そう。
美人には美人の苦労があるんだろうことを知る。平凡な私とは見える世界も違いそうだ。
「高良はさ」
「うん、なに?」
「友達とか、作らないの?」
そんな美人な高良の目には、他人はどう映ってるんだろうって気になって聞いてみれば、
「んー……いらない」
さっぱりとした答えが返ってきた。
「どうして?」
「だってあいつら……うざいじゃん」
足元にあった小さな石の欠片を蹴飛ばして、高良は俯き加減に口を開いた。
“あいつら”が誰を指してるのかは、おそらく入学してすぐの頃に話しかけていた子達だろうと勝手に察した。それ以外に交友関係があるとは思えなかったから。
「どこら辺がうざいと思うの?」
「だって、可愛い〜!…とか言って褒めたかと思えば、わたしが自分で自分の可愛さを認めればドン引きしたり、嫌味?なんて言ってきたり。そんなん付き合ってらんないって」
吐き捨てるような言い方が自分にも言われてるようで、やけに胸に刺さった。
「周りも認めるほどの可愛さを本人も自覚して何が悪いんだか。あんたらが自分で言ったんでしょ、かわいいって。数秒前に自分が言ったことすら忘れちゃう鳥頭なの?わたしはありがたく受け止めて認めただけ。悪い?…そう返せば、“性格が悪い”って。ほんと笑っちゃうよね」
屈託ない笑顔を向けられたら、さすがの私も罪悪感に似た何かで心抉られた。
「それに、“言い方考えて”だって。……ハッ、笑わせないでほしいわ。それをしたところで、わたしがかわいい事実は変わんないっていうのに」
フン、と鼻を鳴らして髪を後ろへ流した姿を見せつけられて、それがあまりに似合った仕草だったから余計に居心地悪い気持ちが湧いた。
私も周りの子と同じで、うわナルシストだーとか思っちゃうタイプだし、現に今も「気が強いな…」と少しばかり引いてしまった。…自信があるのは悪いことじゃないんだけど、ここまで自信家だとそばにいる自分が臆してしまう。
「仮に言い方直して懇切丁寧に説明したとしても、理解しようとすらしないくせに。可愛いとかそういう褒め言葉、他人が言うのは良くて自分で言うのはだめなんて……意味分かんなくない?」
「それはほんと……その通りです。すみません…」
「なんで伏見が謝るの?あんたはそういうこと言わないじゃない」
「いやぁー、言わないかなぁ…?言っちゃってる気がする」
「……伏見もわたしのこと、性格悪いって思う?」
不安げに顔を覗きこまれて、咄嗟に首を横に振った。
「今のとこは……思ってないよ。言ってることその通りだと思うし」
「よかった。そういうとこも好き」
どういう…とこ?
高良の好きになる基準がよく分からなかったけど、余計なことは聞かないでおいた。
代わりに、次々湧いてくる愚痴のようなものはおとなしく聞くことにした。美人なりに、鬱憤が溜まってるみたいだったから。
「だから、友達は別にいらない。他にも色々……作らない理由はあるけど、面倒ってのが一番大きいかも」
「他にもあるんだ」
「うん。いっぱいある。美人なわたしと一緒にいるだけで自分まで可愛くなったって勘違いして、周りの子をブスって見下したり。可愛いのはあんたじゃなくて、わたし。仮に顔が良くても人の容姿蔑んで笑うなんてありえないから」
一から十まで反論の余地もないくらいの正論に思えちゃって、つい「うんうん」と声には出さないで何度も首を縦に動かした。
意外と相手のこと「ブス」とか言うタイプではないんだと知って、内心少し驚いた。もっと性格悪いと思ってたのに。
高良って性格悪いようで実は見た目と話し方で誤解されがちなだけで……ほんとはめちゃくちゃ良い子なのかも。いや、良い子だ。ここまで来たら良い子であってほしい。
「あー……なんか思い出したらムカついてきた。今から家行って語り明かしていい?」
「勘弁してください、嫌です」
「なんでよぉ……おねがい、家行きたい!一回…いやもう足先だけでもいいから踏み入れさせて」
「ちょっと見返しかけた私の気持ちを返してほしい」
「え!見返してくれたの?どこら辺で?詳しく教えて、伏見の家で」
「隙あらば家に来ようとするのやめてもらっていいですか?必死すぎて怖いんで…」
やっぱりヤバいやつかも、と抱いた好印象はマイナスまで戻しておいた。
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