第96話 協力
翌朝。ゲスティに二人の身代金と簡単な相談をし、共に屋敷に戻って来る。
「アビゲイルちゃああああああああああああああああああああああああん!!」
「うおっ!?」
屋敷の扉を閉じたと同時に、フランメが私の体に抱きついてきた。
涙と鼻水を垂らし、感極まったといった様子で私の腹で涙を流すフランメの頭を撫でる。
「アビ……ゲイル……?」
「せやで。ティテュバの姿は別人の体の偽物。本物はあの中にあるんやで。……て、オレも彼女の事が気になるんやが」
泣きじゃくるフランメの態度に首を傾げている私にベランがケタケタと笑みを向けてきた。
「私が生まれ育った魔族の集落、そこで馬の世話をさせられていた……人間だよ。一年前、集落が滅んだ後からは行方知れずとなっていた」
「へぇ、そうかいそうかい。……で、頭はどうするんや?」
「私個人としては解放しても良いのだが……」
「やだ!!」
顔を上げたフランメは涙目を向ける。
宿る色は恐怖。誰かとの別離を嫌がり怖がる事に他ならない。
「やだやだやだ!!アビゲイルちゃんから離れたくない!もう痛いのも男の人と体を重ねるのもやだ!!」
「……たく」
潤む赤目に私は目を細め、その顔を抱き寄せた。
(……経験してきた事は推察する事しかできない。が、彼女が私の下から離れたくないのなら、私がとやかく言うことではないな)
来る者拒まず去る者追わず。
自由に生きる以上、来た者に対しては善であれ悪であれ、受け入れる。
「……【睡眠】」
涙をひとしきり流し終えたと同時に、少女の頭に置いていた手のひらに魔力を流し込む。
黒い霧が少女を包み込むと、そのまま少女は瞼を落とした。
「ガラテア」
「参上」
玄関に飾っていたシャンデリア。そこから飛び降り音もなく床に降り立った。
「説明。申し遅れました。私の名前はガラテア、マスターに仕える下僕でございます」
「下僕じゃなくて懐刀だろ」
ガラテアはエルシャに頭を下げると、私に向き直る。
抱き上げていたフランメをガラテアに渡すとガラテアは客室へと運んでいった。
「さて、と。とりあえず玄関で話すべき内容ではないな」
幻を解き、仮面を外す。
「黒髪のバジリスク――!!」
その瞬間、周囲の大気が刃に変わった。
エルシャの眼に憎悪の火が宿ると同時に、斬撃が降り注いだ。
「――随分と手荒い真似だな」
空気の斬撃は私を傷つけない。
空間に干渉した魔力が空気の刃を縫い留め、引き留めた。
(魔力を流し、媒介を通して現実へ干渉する――属性魔法の基本中の基本。神経魔法はその雛形と呼ぶべきか。だが――)
些か、生物的過ぎる。
「だが、どうでも良い。何故攻撃した」
「ッ――!!ハッ!!申し訳、ございません!」
我に返ったエルシャが勢い良く頭を下げる。
先程まであった憎悪の火は一切感じれず、私はエルシャの肩に手を置いた。
「……ベラン、彼女の首を断たなくて良い」
「りょーかい」
彼女の首筋に置いていた刃に指を置くと、ベランは鞘に曲刀を収めた。
「……私の命を取らないのですか?」
「反省しているようだし、別に構わない。何より、買ってすぐクビでは金の払い損だ。だがまぁ、罰として給料一月分減給だな」
エルシャの肩から手を離すとベランに視線を向ける。
「とりあえず、業務内容と給料の説明だけはしておこう。ベラン、お前はどうする」
「んじゃ、オレは本業に戻らせてもらいやす」
ベランは大振りに頭を下げ、屋敷から出ていく。
バタン、と扉が閉じた音が響くと私は黒い前髪に手櫛を入れて上げる。
「それじゃあ改めて。私の名前はアビゲイル・セイラム。ティテュバ・ワイズマンというエルフの女は仮初の姿に他ならない」
「そう、でしたか。でしたら
エルシャは口角をつり上げ、服の裾を摘み上げた。
「
「魔法文明の生き残り――少なくとも3000歳か」
魔法文明の終焉、二度目の『大決壊』が起こったのが約3000年前。
そして、ノーブルエルフの体は生まれつき寿命の概念が無い。それ故に、頑張れば魔法文明時代を経由して現在まで生きること自体は可能だ。
(可能だとしても、よく自我が持つものだ)
寿命が無く、肉体や魂に問題が無くても、精神の劣化は存在する。
感情が平坦化し、執着が限りなく薄くなり、欲望も欠落する。
最後に至るのは自然の一体化であり、人が立ち入らない秘境であり無限の瞑想につく。――それこそ、無限の寿命を持つ者の『安らぎ』になる。
そうした民話、伝承は呪咀魔法の教本や属性魔法関連の書籍に書かれていた。
「あらあら、女性の年齢を類推するのは宜しく無いことですよ?」
「ん、そうか。だが、三千年もよく生きてこれたな」
「全ては何れ来たる大災から世界を救うために。そのために私は生き続けています」
「その大災と私に何の関係がある」
私の生きる目的は自由に生きること。
『外宇宙』の存在を許さない事や『スペースマン』をぶん殴りたい事の根底には、この自由がある。
「単純な話です。――大災が来れば、この星は全て無かった事になる。その大災の予兆に気づいているのが、貴女様方のみなのです」
「――『外宇宙』か」
私。ガラテア。リリシェーラ。
ベランは知らないが私に関わっている以上、何れ知る事になる世界に浸出しようとする厄災。
私たちの共通項であり、今はまだ世界に秘された真実でもある。
「はい。『外宇宙』――魔法文明時代観測された『禁足域』に住まう邪神と怪物たち。彼らの一柱でもこの星に顕現すれば、この命溢れる星は死に絶え、終末を迎えます。――そのような終末を私は認めない」
エルシャの眼に宿るのは使命。
不屈にして不動、狂気にも似た使命感。
眼球から読み取れる静かな炎は憎悪に似ていて、けれど憎悪ではない清廉さがあった。
(……実に良いな)
清廉な人間は嫌いじゃない。
マリア然り、親父然り――己の命を賭して何かを成そうとしている人間は嫌いになれない。
それが例え、いつか殺し合う仲になったとしても、私は嫌いになる事はない。
「そうか。――私は世界がどうなろうが興味はない。が、『外宇宙』の連中が関わっているのなら話は別だ。お互いに使い潰す勢いでやっていこう」
「ええ」
差し出した手をエルシャが握り返す。
手のひらから伝わる柔らかい皮膚と肉の感触に、私たちは笑みを浮かべた。
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