第95話 高貴なる占い師
ゲスティの案内で地下三階に降りる。
その瞬間、石煉瓦が飛んできた。
「いけませんねぇ」
ヒュン、と。
ゲスティが容姿に見合わない速度で細剣を引き抜き、石煉瓦をバターのように十字に裂いた。
飛んできた方向に目を向ければ、にこやかな笑顔で牢屋に縛り付けられたバジリスクの男がいた。
「……報告で聞いてはいたが、なるほど。確かに上の階に置くわけにはいかないな」
地下三階。高級奴隷。
能力や容姿に優れ、恵まれた種族の奴隷たちの巣窟。逆に言えば、抵抗する力が強い者たちの集まり。
強く、珍しいという意味ではバジリスクもまた奴隷としての価値があるのだ。
「随分と悪びれた態度を取るな、男。そも、貴様ならこの程度の檻破壊できるだろ?」
「ハッ!人族なんぞに何が分かるってんだ。……ま、壊せるんだけどなぁ!!」
バジリスクが鎖を引きちぎり、檻を紙のように手刀で裂いた。
続けざまに振り下ろされる手刀を躱し、飛んできた見張りの直剣がバジリスクの蹴りと交錯した。
「成る程、確かに危険だな」
「ええ。危険ですとも。ではでは、奴隷の下に案内しましょうか」
蹴撃と直剣が交錯する中、細剣を鞘に収めたゲスティが戦いに背を向けた。
(ふむ……)
種族は様々。
見目麗しい者から力のある者まで。
ただ一つ言える事は、その眼には上階で見た諦めが無く、また強烈なまでの威圧感のある目で見られていた。
「こちらの奴隷たちは多少の融通を利かせておりまして。ほら、あそこ」
ゲスティが指を指し、そちらに顔を向ける。
檻の中でエルフが書籍を読み、その周囲には幾つもの本が積まれていた。
「暴れられると抑え込むのが難しい奴隷もそれなりにおりますので、書籍の購入など、融通の利くようにしているのです」
「なるほどな。……それで、私に紹介したい奴隷は――」
「それは
ゲスティの言葉を遮るように、涼やかな声が響いた。
その直後、瞬間的に地下空間に魔力が満たされゲスティは地面に倒れることとなった。
(これは――!!)
肌に感じる魔力。
その内側に隠された魔法式に見覚えがあった。
「【
「
淡々と、しかし何処かこちらの様子を伺う声をあげたのは一人の『
一房に纏められた新緑の髪。
赤と青の瞳は知性を讃え、同時に私を値踏みする。
エルフより長く尖った耳は僅かに赤い。
前世の『キトン』を思わせる布を纏う白磁の如き肌には植物を思わせる文様が浮かび、拍動と共に光を発する。
女王を思わせる麗しき相貌は柔らかな笑みを浮かべ、頭を垂れた。
「申し遅れました。
「占い師?そんな訳ないだろ、
そんな彼女に臨戦態勢を取り、私は冷や汗を垂らす。
ノーブルエルフは魔法文明を創り上げた王の種族だ。
外見的特徴はエルフと大差なく、しかしエルフより尖った耳と体に植物を思わせる文様を刻まれている事で識別できる。
魔法文明の崩壊と共にその数を大きく減らし、生きている者は僅かであり、滅多に見かける種族ではない――少なくとも、書籍にはそう書かれていた。
「ええ、ええ。しかし、占い師は間違いではないのです。まじない、占い、人の未来を観測し言の葉に紡ぐ、それが
「そうか。……それで、この空間内の生物を眠らせて何の目的だ」
「何れ来たる大災に抗うため。……私の全てはこのためにあるのです」
女の体から魔力が立ち昇る。
肌感で感じ取れる魔力生成量は私以上であり、私もまた魔力を向けた。
「いずれ来たる大災を乗り越えるために、貴女様と出会う必要があったのです」
エルシャと名乗ったノーブルエルフが牢屋に触れる。瞬間、格子に魔力が張り巡らされひとりでに動き出す。
「……生得魔法か」
「神経魔法、と呼ばれた魔法でございます。魔力で繋いだ物体・現象を自在に操る魔法。属性魔法の隆盛により廃れた古い魔法の形の一つでございます」
指を向けた瞬間、格子が私に向かう。
同時に指先から伸びた影の糸を振るい格子を裂いた。
「出会う必要があった、というのは?」
「私の右目は最悪の未来を観測し、左目は未来を回避するための行動を読み解きます。その未来を回避するために、貴女様が必要なのです」
「『未来視』か」
女が向ける赤と青の瞳を見据え、私は目を細めた。
未来視とは文字通り、未来を観る目。
本来なら安定しない未来を観る程度の代物だが、彼女はそれを信じて下にここに辿り着いたのだ。
「信じ難い、が……」
顎に手を当て、脳を回す。
(ノーブルエルフ、かつ未来視と生得魔法の使い手。売るより手元に置いておく方が安心、か?)
ノーブルエルフは強い。魔法文明という最も魔法を発展させた文明の覇者たる種族が、弱い訳が無い。
なおかつ、彼女はその両目に未来を観る目を持ち、脳には生得魔法を有している。戦闘能力も抜群だ。
(売れば巨万の富を得れるかもしれないが、それ以上に彼女の目的が気になる)
何れ来たる大災。
彼女が述べた事が『外宇宙』の神の顕現であるならば、私としては手を取り合いたい。
「一つ、聞こう」
「はい」
「貴様は……事務仕事はできるか?」
「はい。組織運営は王族の必須科目でございますので」
「なら雇おう。給料は後で相談するとして、この豚を起こしてくれないか?」
私は隣で眠るゲスティの腹を蹴飛ばす。
「ブヒィ!?」
蹴り飛ばした衝撃で、間抜けた呼吸音を響かせる。
侮蔑した眼差しで見下ろすと牢屋の鎖を引き千切ったエルシャが私に近づいてくる。
そして、エルシャが伸ばし魔力を制御した魔力で打ち落とした。
「……殺した方がよろしいのではないでしょうか?」
「利用価値はあるから駄目だ。殺すなら価値を無くした時にしろ」
血気盛んというのは厄介極まりない。
そう思いながら、私は額に手を当てるのだった。
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