第94話 奴隷倉庫
ゲスティ曰く、奴隷たちは六つの基準で価格が決められる。
一つ目は種族。ヒュームなどのどこにでもいる種族は安く、希少な種族は高い。
二つ目は実力。弱い者は捕らえるリソース安く、強い者は捕らえるリソースが高い。リソース分の金は売らなければならない。
三つ目は容姿。顔や体つきは用途に見合った形状や性質をしている方が高い値段でも売れる。
四つ目は性格。暴力的な者や反抗的な者は売れにくく、その逆は売れやすい。
五つ目は改造。買い手のニーズによって投薬や暗示、呪咀魔法で脳や体、精神を弄くる。そのための材料費が奴隷の値段に加算される。
そして六つ目は能力。知識のある者、魔法を使える者、読み書きができる者と何かしらの能力がある者は買い手が競い高値をつける。
狭い牢屋に押し込められた老若男女を扉越しに見つめ、視線を外して扉が均等に並ぶ通路を歩いていく。
(……ひどい匂いだな)
鉄錆の匂いと血鉄の匂い、そして交尾の匂いに満ちた空間に僅かに顔を顰める。
奴隷倉庫は三つの階層で分けられている。
一つは奴隷たちの居住空間であり、連なる扉の奥には多くの奴隷たちが収容されている。
「先程の奴隷……フランメは非常に従順で能力もそこそこありましてね。ただ、何かを崇拝している節がありましてね。性格面や容姿が悪いといいますか……値段も安くなるといいますか」
「なるほど。少し聞きたいが、ここでは戦闘技能を教えているか?」
「いえ。反乱されても困りますので」
「そうか。……確か、下は改造区画だったな」
下に続く階段を見下ろし私は目を細めた。
改造区画。肉体も精神もグチャグチャに破壊し、人の欲望と業によって作り変えるための工房。
地獄の蓋が開かれており、意を決して階段を降りていく。
「やめてぇ!!もうお薬打たないでぇ!!」
「やめろぉ!やめてくれぇ!!」
「私は良いから娘だけでも助けてぇ!!」
改造区画は酷いものだった。
扉から聞こえてくる絶叫と悲鳴。扉越しに見える個室内では、薬物を打たれて白目を剥く者や魔法で発狂し始めている者、体に焼印を押される者……様々な、陰惨な光景が広がっている。
それらから一切目を背ける事無く見つめていると、ゲスティが口角を歪めた。
「こちらの区画は奴隷たちをお客様のニーズに合わせて処置をしている区画でございます。あ、処置の値段表はこちらに」
ゲスティが部下からボードに挟まれた羊皮紙を私に差し出す。
差し出された羊皮紙を受け取るとその内容に目を通す。
(『性別の反転』1万ガメル。
『精神の改造』3万ガメル。
『種族の変化』8万ガメル。
『刻印の付与』10万ガメル。
『肉体改造』要相談。……肉体改造系なら妥当か)
生物の肉体を弄くる肉体改造の呪咀魔法は生命の尊厳を否定する魔法。人族社会では『禁術』として如何なる条件でも使用を禁じられている。
しかし、禁じられていると言うことは一定の需要がある事と同義。高い値段をふっかけても、求める人がいる限り金にはなる。
羊皮紙をゲスティの部下に返し、処置室の隣にある収容室に視線を向ける。
「いやはや、改造とは人を作り変えること。人の尊厳を冒涜し、踏み躙る行為。なんて、痛烈で愉快なことでしょうか」
「……それで、私の条件に合った奴隷は何処にいる」
「おお、そうでしたそうでした」
ゲスティは愉快げに笑い、併設された個室の鍵を開ける。
薄暗く、血生臭い匂いが滞留する。
壁に掛けられたナイフ、鋸、針、金槌――拷問器具は一切の錆が無く照らす光を反射する。
「うっ……ぐっ……」
そこ部屋の中央には一糸まとわぬ女が鎖で縛り付けられていた。
種族はケンタウロス。床にまで伸びた緑髪と茶色い毛並みに覆われた馬の下半身を持つ。
身の丈は高く、上半身の体躯は本来の姿の私とそう変わらない。
大きな乳房は呼吸と共に動き、髪の間から見える黒白目の金眼は私に向けられていた。
「彼女の名前はステーク。神聖ウルクルル帝国で名を馳せた女騎士でございます。戦闘力、容姿、能力は言わずもがな。性格は……多少気位が強いところを除けば、器量も悪くありません」
「よくそんな相手を捕縛できたな」
「帝国はこの地方全土の支配を目論んでおります故、都市国家へ密偵を放っております。彼女はそうした密偵の護衛隊長を任せられておりました」
「そうか。私は彼女と少し話をしたい。お前は出ていてくれ」
「畏まりました」
ゲスティは下がり、部屋から出ていく。
扉が閉じられると置かれていた木の椅子に座り女騎士を見据える。
「……私は、貴君らに従わない。私が忠誠を捧げたのは、皇帝陛下であり、帝国なのだ……!!」
「気位が高い、か。なるほど、ケンタウロスらしい忠義だ」
魔族ケンタウロス。
魔族の中ではラミアやミノタウロスと同等の立ち位置いる種族。
種族としての性格は騎士そのもの。己の信じた主のために戦う事を好むとされている。
(魔族らしからぬ種族だが、その忠義が困る種族でもある)
彼ら彼女らは忠義を第一とする種族だ。
忠義故に己の行いが悪だとしても、悪を成す種族でもある。
故に、人族との和解は出来ない。悪を悪と認識しながら悪事に手を染める事で心を痛めない彼ら彼女らは、悪を悪として忌避する人族とは交わる事を困難極める。
「もっとも、私からすればどうでも良いことだ。私に仕えずとも良い」
「……解放する、などと言うわけではないな?」
「まさか。騎士としてのプライドがある者ならそれで構わない。……だが、私の眼鏡には叶わない」
この手の忠誠心を持つ者は如何なる条件を提示しても靡かない。
故に、私の手元に置くことが出来ない。
「が、不遜の代償は支払う事になる」
席を立ち、女に背を向ける。
決して奴隷とならない、忠義の徒。
個人としては好感を持てるものの、その身柄はゲスティが預かっている。私がその身柄を解放することは筋違いでしかないのだ。
(解放する手は無くはないが……それを私が提示する訳にはいかない)
扉を開け外に出ると、待機していたゲスティが愛想笑いを浮かべていた。
「ゲスティ。彼女は駄目だ」
「そうですか。奴隷としてはそれなりに価値があると思ったのですが……残念です」
「忠誠心が強すぎてどうしようもない。……売り手は決まっているのか?」
「ええ。帝国貴族が彼女を買いたいと。今はその値段交渉中でございますね」
「そうか。次の奴隷に案内しろ」
「畏まりました」
ゲスティの案内で、再び地下を歩く。
彼女の今後の末路、それを知ることは二度と無いだろう。
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