第93話 予想せぬ再会

 ゲスティが部屋を出て20分ほどが過ぎた頃。

 待つ時間を呪咀魔法の関連本を読んで待っていると扉の奥が騒がしくなる。


「お頭……」

「分かっている」


 ベランが曲刀に手をかけ、私が魔力を練り上げる。

 刹那で臨戦態勢を整えると扉が開き、ゲスティがやって来る。成金趣味の服は焼け焦げ、肥えた体は黒く変色している箇所がある。

 見た目にそぐわない細剣は血で濡れ、脂汗の滲む額をハンカチで拭きながら部屋に入ってくる。


「いやはや、待たせてしまって申し訳ございません。少々、奴隷が逃げ出そうと抵抗したものですから取り押さえるのに時間がかかりまして。ああでも、取り押さえることには成功しておりますので安心して下さい」

「おいおい大丈夫なんか?つか、肥え太った豚みてぇな腹でよくよく取り押さえる事が出来たもんやな」

「奴隷商が奴隷より弱いなぞ許される事ではありませんのでね、犬頭」

「クハハッ!犬頭たぁ良く言われるもんや」

「……だから私めは貴方が苦手なんですよ」


 ケタケタと笑いながらベランは曲刀から手を離し、ゲスティはソファに腰を下ろす。


「奴隷たちの反乱か。鎮圧出来たのなら構わないが、後で被害の報告、及び修復の見積もりを出すように」

「分かっております。……さて、お騒がせしましたが奴隷を入れましょうか」


 ゲスティは紅茶を飲み干し、指を弾く。

 すると扉を開き複数の屈強な男と鎖で繋がれた少女が部屋に入ってくる。


(……ん?)


 三つ編みの焦げ茶色の髪。

 150セルチ程の低身長な体には各所に部族的な文様が刻まれている。

 童顔気味の顔は顔の片側を覆うように爛れて血に汚れ、簡素な服には血が滲む。

 かつて屈託ない笑みを浮かべていた顔には明瞭な衰弱と猿轡、そして目隠しが施されていた。


「さあ、こちらが此度の商品、フランメという少女でございます」

「……そうか」


 私は席を立ち、少女に視線を向ける。

 体に繋がれた鎖を引き千切らんと抵抗をする少女へ足を向け、近づく。


(フランメ、フランメか)


 その名を持ち、焦げ茶の髪を持つのは私の内にただ一人。

 あの集落で、馬たちの世話をしていた人族の少女に他ならない。


「ボス、彼女はまだ抵抗する危険性がある奴隷でございます。危険ですので離れた方がよろしいかと」

「いざとなれば私が殺す。……彼女の拘束を外せ」

「しかし危険かと」

「外せ、と言った筈だ」


 男たちは渋々といった様子で手にしていた鎖から手を離し、少女の拘束を外す。

 その瞬間、少女は焦げ茶色の瞳を見開き、私に向けて手を伸ばし掴みかかる。

 その手を掴み、少女の額に顔を当てる、


「……随分と手荒い真似をするようになったな、フランメ」

「えっ……」


 魔族語を口から語ると少女の目は見開かれる。


「アビー、ちゃん?」

「そうだ。……偶然とは恐ろしいものだな」


 少女の腕から力が抜け、膝から崩れ落ちる。

 歓喜。そして崇敬。

 二つの感情宿る瞳に涙が満ち、頬を通じて落ちていく。

 異様な光景に様子を伺っていたゲスティは首を傾げ、


「お知り合いで?」

「私が生まれ育った集落、そこで馬の世話をしていた友人だよ。集落が滅んだ後、行方知れずとなっていたが……このような場所で、このような形で出会うとは思いもしなかった」


 記憶の中にあるフランメは、交易共通語の読み書きは出来たが、少なくとも戦う能力を有しているとは言えなかった。

 しかし、それを隠していたとしたら合点がいく。


「それはそれは。運命的な奇跡というやつですかな?」

「そういうことになるな」


 手刀を振るいフランメの拘束具を切り裂き壊す。

 体に染み込む呪い、その影響から外すとゲスティに視線を向ける。


「フランメは私が買う。が……彼女はあくまで候補なのだろ?お前ほどの商人だ、何人か候補がいるのだろ?」

「ええ、まぁそうですな。彼女はボスの提示した条件に当て嵌まる最安値、かつ健康面で良い個体、5000ガメルの奴隷ですので」

「候補は何人居る」

「ひーふーみー、少なくとも三名ほどは。掘り出し物でしたら、もう少し増えるかと」

「わかった。一通り見たい。フランメはここで待機していてくれ」

「はい……!!」


 歓喜に嗚咽し、涙を溢すフランメに目を細める。


(……この一年で何があった)


 記憶の限り、一年前のフランメの目に崇敬の感情は無かった。

 記憶の限り、一年前のフランメには戦う力を持ち合わせていなかった。

 そんな彼女が、この僅か一年の内に狂気を宿した。


(理由くらいは気になるが、今は仕事が優先だ)


「ベラン、お前もここで待機だ」

「了解っと。お頭も気を付けてな」

「わかっている。ゲスティ、奥を見させてもらうが構わないな?」

「ええ、勿論勿論でございます。品質、価格、共に自信あり、でございます」


 立ち上がったゲスティの案内で私は扉の奥に足を踏み入れる。

 個人的な興味が半分、何より人族の奴隷というのがどのようなものか見たい部分がある。







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