第92話 商談
夜。半月の月明かりが照らす夜。
地下に張り巡らされた上下水道、その暗闇の中をメルテナと私、そして私の護衛として着いてきたベランが歩く。
「……何故ベラン様がいらっしゃるのでしょうか」
「護衛や護衛。そう言ったやろ」
「……私としてはどうでも良いがな」
暗闇をランプの光で照らす中、体に感じ取る不快感に目を細める。
(【聖盾の結界】の範囲内に入ったか)
久方ぶりの不快感に目を細め、鼻を鳴らす。
「しかし、上下水道にしては随分と匂いが無い」
汚物が生み出す悪臭、死骸から生まれたガスが作る劇臭。
そうした匂いを感じない事に違和感を感じていると隣を歩いていたベランが顔を近づける。
「そりゃ単純や。魔動機時代の魔動機が今も動いているんや。んだから、匂いがない」
「なるほど。……が、治安は悪いようだな」
「せやなぁ!!」
曲刀を引き抜き、魔力の刃を飛ばす。
同時に曲がり角から顔を出した男の顔を輪切りに裂いた。
「う、うわぁ!?」
「クソっ!!」
曲がり角から出てくる二人組の男に拳銃型魔動機銃を突きつけ、引金を引く。
パンッ!パンッ!という音と共に男の頭は撃ち抜かれ、そのまま骸に変わった。
「相変わらずええ腕やなぁ。そんでもって本業は殴り合いなんやろ?」
「拳銃は返り血を浴びなくて済む。……効率的だが、趣味ではない」
「せやろなぁ」
男たちの亡骸を影の中に沈め、メルテナの後ろをついていく。
「影を操る魔法。見たことがない、未知の魔法。……生得魔法の使い手なのですね」
「まあな。……と、そろそろついたようだな」
メルテナは足を止め、煉瓦造りの壁に手を置く。
そして軽く魔力を流すと壁は左右に分かれ、扉が開いた。
「この奥にご主人様がお待ちになっております。私めは、ご主人様の息子の夜伽に向かわせてもらいます」
「態々すまんな」
頭を下げ、立ち去るメルテナを見送り、私とベランは扉の奥に足を進める。
「……ゲスティ、アイツ妻が居たのか」
「貴族同士の政略結婚やけどな。しかし、息子の教育に手籠めの女を与えるなんて悪趣味極まりないなぁ」
「そういうお前は女がいるのか?」
「いんや?でも、リリシェーラ嬢はエエ感じや。オレ、ああ言う危険な女が好きなんや」
「……辞めとけよ?あいつ、呪咀魔法のためなら人を人と思わない類の狂人だからな」
通路を歩き、最奥の扉を開ける。
扉の先はクラシカルな、人の心を落ち着かせる部屋であった。
木製の壁に茶色いカーペット。
天井から吊るされたランプが柔らかい光を溢し、飾られた壺や絵画と言った骨董品の品々を照らす。
そして、部屋の中央に置かれたソファにはゲスティが座っていた。
「ようこそお越し下さいました、ティテュバ様。ベラン様もご同様でしょうか」
「ちゃうちゃう。コイツの護衛や。ま、護衛なんぞいらねぇとは思ってたけどな」
「夜分に済まないな、ゲスティ」
私はゲスティの対面に座り、ベランは部屋の隅で壁に背を預ける。
ゲスティが指を弾き、扉から出てきた全裸の少女が紅茶を差し出す。
顔を真っ赤に染めて震える少女を見つめ、首に取り付けられた鉄の首輪に目を細める。
「随分と悪趣味なメイドだな」
「いやはや、彼女は調教中でございまして。他国の貴族の生まれで教養はあるのですが、如何せん気位が強く反抗的なものですから、扱いやすいよう低俗で下品な姿で私めの奉仕をさせているのですよ」
「服とは、己の身を守るために発明されたもの。それが無いというだけで不安感が生まれる。……私の前に出すな。上手い茶も不味くなる」
「おや、低俗はお嫌いで?」
「……嫌いでは、ない。尊厳を踏み躙る甘美は得難いものではあるのだろうからな。が、相談の場に出すのは不適格と言える。個人で楽しむ分には構わないが、押し付ける行為は良いとは言えないな」
尊厳を踏み躙る事を楽しむ魔族は一定数いる。
私はそうではないとしても、そうした魔族たちを否定するつもりは無い。
「ぐふふっ、やはり貴女様は話が分かるお方だ。……それでは、話し合いといきましょうか」
ゲスティの醜く膨れた顔から笑みを落とし、真剣な眼差しを向ける。
相手を値踏みし、己との価値を金勘定する眼に私は口角をつり上げた。
「伺った話によりますと、経理の補佐役が必要なのだとか」
「そうだ。今のところは問題無いにしても、組織拡大に伴い書類が増えれば処理が難しくなる部分が大きくなる。後回しで良いものを分別しようにも、書類が多すぎてそれも難しい。処理の効率化のためにも、優秀な文官が欲しいところだ」
かつての文明には前世のコンピュータ並みの計算機があったが、その作成技術は勿論、計算方法までもが『大決壊』に伴い失伝した。
故に、処理を手早く済ませるなら人手を増やすのが手っ取り早い。
「ふむ、そうなりますと、どの程度を求めますか?」
「少なくとも交易共通語の読み書きと四則計算は前提で出来て貰わないと困る。あと、私は命を狙われている身だ、何かしらの戦闘技能が欲しいところだ」
「なるほどなるほど。年齢や性別、種族、性格の方はどうしますか?」
「そこは貴様に任せる。ああ、でも。女の方が良いな。確か、男より女の方が取り揃えが良いのだろう?」
読み込んだ資料の中によれば、収容している奴隷の比率は男女で4対6。男の品揃えは悪くないが、やはり女の方が安定してニーズがある。
「ぐふふっ、ええ、ええ。その通りでございます。でしたら少々お待ちを。良き奴隷をお持ちまします」
ゲスティは立ち上がり、慇懃に頭を下げると重そうな体で部屋を出ていく。
私とベランが残された部屋の中、紅茶の味を確かる。
「……美味いな」
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