第35話 『シン』
メイドが引き金を引こうとした瞬間、私は駆け出す。
ドンッ!!と鈍い音が聞こえるより速く、横に跳び弾丸を躱し空中で体勢を変え、壁に着地する。
(メイドとの距離は8メトラ。まずは銃を殺す!!)
メイドが銃の照準を合わせた瞬間、壁を蹴り飛翔した。
次発の弾丸を天井を蹴り躱し、床に着地すると同時にメイドとの距離を拳の射程に収めた。
「シッ!!」
「ッ!!」
短い呼気と共にハイキックを繰り出す。
メイドは即座に銃を持たない左手で足を受け止め、蹴りを受け流す。
続けざまに軸足を変え、回し蹴りを繰り出すがメイドの蹴りと衝突する。
「いけ!!」
私の呼びかけと同時に、メイドの背後に回り込んだ影から刃が突き出る。
メイドは即座に床を蹴り、背面跳びをして躱し、刃が床に突き刺さる。
(流石に反応するか……!!)
着地と同時に向けられた銃口から火が吹く。
地面を蹴り跳躍すると同時に、先程まで立っていた床がチーズのように穴だらけとなる。
「散弾か」
弾丸を分析し、続けざまに放たれる弾丸を三次元的な軌道で躱し肉薄する。
握った拳と魔動機銃がぶつかりあう。
即座に銃口を向けるメイドに対し、身を屈め銃口から避けると同時に影を右手に纏わせる。
「【黒刀】」
逆袈裟に抜き放つ漆黒の刃がメイドの胸を切り裂く。
服を裂き、造られた肉体から血を溢れさせる中、キスが出来るほど体を密着させる。
「【魔力――!?」
魔力を籠めた拳を打とうとした瞬間、すぐ側から気配が出現する。
本能が警報を鳴らし、咄嗟に身を捻り横に飛ぶ。
その瞬間、先程まで立っていたところに赤肉の拳が振り下ろされた。
(な、ん……!?)
攻撃は掠りもせず、しかしその拳は地面に蜘蛛の巣状の罅を作った。
魔力は一切感じず、純粋な腕力のみの一撃は十全に致命傷足り得る一撃だった。
威圧的な空気感が満ちる中、魔力を練り上げながら奇襲してきた者へと視線を向けた。
奇襲してきた者――否、怪物は人の形をしていた。
全身を赤茶色の肉が覆い、足に届くほど長い腕は無気力に揺らめく。
本来顔があるべき部分に顔はなく、眼球のような二つの穴と口を思わせる一つの穴が黒い深淵を覗かせている。
人間を粘土で模した怪物――そんな言葉が脳裏を過り、人ならざる者へ敵意を向けた。
「化け物か。メイド、何か知ってるか?」
「否定。私は研究所の維持管理のため設計されたホムンクルスです。研究所の詳しい研究までは知りません」
「そうか。詳しくは、ということは多少は知っているな?」
「肯定。しかし、敵である事に変わりありません。提案。異常事態打開のため、協力を提案します」
「勝手にしろ。私は私の好きなようにやらせてもらうからなっ!!」
怪物が腕を鞭のように振るう。
私とメイドは後ろに跳び、腕の鞭打を躱し着地と同時に魔力を高ぶらせた。
床に伸びた影が生まれる刃が怪物の体を刺し貫き、背後から聞こえる銃声と共に頭と思わしき箇所が破裂した。
「――――――――」
頭を失った怪物の体から影の刃を引き抜くと、その体は床に倒れこむ。
赤い体液を床に広げる姿に私は目を細め、ナイフを手に取る。
「頭部を破壊される事で活動を停止するか。怪物とはいえ、生物であることには変わりないとみていいか?」
「肯定。……疑問。何故敵意を解いているのですか?」
怪物の亡骸を前にしゃがみ込み、ナイフで解体していると、メイドが疑問を呈する。
私は立ち上がり、赤く塗れたナイフをメイドへ向けて笑みを浮かべた。
「戦う必要があるなら殺し合うが、そうではないのだろ?それに、この射程なら私の方が速く殺せる」
「……理解。……疑問、貴女の名前はなんて言うのですか?」
「私の名か。私の名前はアビゲイル・セイラムという。お前はなんて言う」
「解答。ガラテア、とお呼びください、アビゲイル様」
「あー、様なんてつけるな。堅苦しい」
スカートの裾を摘み、慇懃に頭を下げるガラテアに対し、鬱陶しげに手を振る。
「……それで、この怪物はなんだ」
「解答。怪物の名前は『シン』。マスターが研究していた、異界の法より変質した人間です」
「異界の法則により、か。それは私やお前に影響はないのか?」
影響が出る場合、迷宮の攻略はより手早く済ませなければならない。
「無問題。シンの素材となるのは、シンとシンの元となる『肉の巨星』に殺害された者のみ。生きている限り、問題はありません」
「なるほどな。おおよそ、お前のマスターはシンと肉の巨星と呼ばれる怪物の研究者と言ったところか。……それで、そいつは何処にいる、いや生きているか?」
「……否定。マスターは、肉の巨星に取り込まれ……自我を星に奪われ、研究所の中にいる者を見境なく、攻撃を始めました」
感情の薄い顔に皺が生まれ、ガラテアは俯く。暫くすると、ガラテアは私の顔を見上げる。
「依頼。マスターを殺してください。マスターにこれ以上の罪を重ねる事はできず、かといって私自身の力は弱く、できない。そんなとき、貴女様に出会いました」
ガラテアは頭を深々と下げる。
「お願いです、マスターを、殺してください。そのためでしたら、この身、この心、この魂、その全てを貴女に差し出します」
「重い重い。依頼なんてされなくても、マスターは始末するから気にするな」
ガラテアの話、そしてシンの成り立ち。
話を合算した結果、シンを生み出す存在を抹殺しなければ、迷宮から抜け出せないと私は帰結を出した。
(そうなると、ガラテアは研究所で造られたホムンクルスと言ったところか。そこら辺も詳しく聞きたいが……)
異質な空気と共に、光源が点滅する
通路に出来た隙間、壁に出来たシミが広がり、肉の塊が湧き出てくる。
塊の中から、さながら卵から鳥の雛が生まれてくるようにシンが這い出し、地面に落下する。
「数は5体か。まぁ、話は後だ。とりあえずはここを切り抜けよう」
「否定。現状、殺したところで無限に湧きますので、安全地帯に逃げた方が早いです」
「……わかった」
辿々しい足取りで迫るシンへナイフを投げつけると背を向け、ガラテアの後を追うように駆け出した。
無限に湧き出る相手に対し、こちらの戦力は有限。
無駄を省き、体力を残存させ、最小の戦闘回数で最奥に辿り着く必要があるのだ。
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