第34話 機械仕掛けの迷宮
意識が覚醒した私の目に映ったのは、無機質な白い天井だった。
(ここは……ああ、あのクソ邪神に送られた迷宮か)
ベッドから起き上がり、周囲を見回す。
ベッド、机、椅子、クローゼットと必要最低限の家具が置かれている。
出入り口と思わしき扉の横にある扉を開けばユニットバスになっている。
さながら、1DKのアパートのような個室の中で私は壁に手をつく。無機質な、けれど僅かにある柔らかさを掌から感じとると目を細めた。
(……魔法文明、とは違うな。となると、魔導機文明期のものか?)
魔法文明は前世で言うところの中世風の文明。
魔動機文明は前世で言うところのSF風の文明。
魔法という規格は同じでも、その技術の方向性は異なり、また得意とすることもまた異なる。
建築物さえみれば、詳しい年代までは分からずとも、どちらの文明の遺跡であるかは判別できる。――『初級魔法教本』の文明に関するページに、そのような注釈が書かれていた。
そして、迷宮――特に、深淵の迷宮の構造において、『建物』と『時代』いうのは非常に重要な事柄でもある。
(深淵の迷宮は現実とは異なるルールで成り立っている。現実にはあり得ない地形、存在しえない建物があることは珍しくない。それでも現実に則したものであるとするなら、迷宮の核――『魔神』もまた、この世界の人間がベースだろう)
深淵の迷宮の核――異界として成立するための要石は『魔神』と呼ばれる存在が行う。
魔神とは『異世界の住人』であり、異なる本能、欲求を持ち合わせているだけの『生物』でしかない。そうした生物は、異物であり、また新たな深淵の迷宮を生み出す起爆点となりうるため、排除の対象となる。
そしてこれは、異世界に旅立った現実世界の人間にも該当する。
深淵の迷宮に取り込まれるなどして、肉体も、精神も、魂すら現実世界と異なるものに変質した者は、例え現実世界の人間だったとしても『魔神』と定義される。
深淵の迷宮が、現実の文明に則したものであるのなら。
深淵の迷宮を作り出した『魔神』は、現実世界の人間である可能性が高いのだ。
(魔動機文明の建物、ということは魔動機文明の人間である可能性が高い。それ以外は分からないが……まぁ、構わないか。相対すればわかることだ)
入口を塞ぐ扉へ手刀を振るい、破壊して部屋を出る。
部屋の外は通路となっており、白い無機質な壁と床が広がっている。天井に埋め込まれ光源に照らされながら通路を適当に突き進む。
「っと」
曲がり角を曲がろうとした瞬間、壁に穴があく。
即座に身を引き、壁を盾にし身を屈める。
次の瞬間、ガガガガガガガがガガガガッ!!と轟音とともに不可視の弾丸が壁も床も穴を作り出していく。
跳弾で飛んできた弾丸を指で受け止め、目を細める。
「魔力の弾丸か」
極小の魔力を超圧で圧縮し、専用の器具で射出する――前世における銃に近い、魔動機文明の技術。
魔力故に不可視、けれどその音と魔力であるが故に回避も防御も容易い。
音が止むと同時に壁の陰から飛び出す。曲がり角の先には三機のヘリのようなプロペラのついた円形の機械――バルバが宙に浮かび、その下部に取り付けられた銃口が私へ照準を向ける。
キュイイイイイン!!と機械内部で魔力を圧縮する音が聞こえた瞬間、私は床を蹴り、バルバへと迫る。
「遅い」
弾丸が射出するより速く、振り上げた拳をバルバへ振り下ろす。
拳はバルバの円柱形の機体を真ん中からへし折り、地面へと叩き落す。
同時に、残り二機のバルバの銃口がこちらに向く。最後の影から伸びる触手がバルバを貫き、弾丸は逸れて天井を撃ちつける。
着地と同時に触手がバルバから引き抜かれ、バルバが床に落ちた。
(手緩い。この程度で殺られてるならとうの昔に死んでいる)
床に落ちたバルバを手に取り、内部の配線を適当に引き抜く。
(バルバ。確か、魔動機文明時代の汎用魔動機だったか。警備システムは生きている、と見て良さそうだが……と)
残りのバルバを踏み潰し、即座に飛んでくる魔力の弾丸を裏拳で弾き飛ばす。
弾丸が壁に叩きつけられ、霧散する中、私は弾丸を撃った者に視線を向けた。
(……メイド?)
視線の先、通路に立っていたのは一人のメイドであった。
色白の肌に全身を覆う黒いインナー。
黒いワンピースと白いフリルのついたエプロンを着付け、清廉さを与えてくる。
真っ白な髪と相まって、作り物じみた美しい相貌は能面のような無表情であり、さながら彫刻のようにも感じる。
しかし、額に埋め込まれた赤い宝石と完全に調律された魔力の流れ、そして手にしたライフル型の魔動機銃に私は拳を握った。
「ホムンクルス、か」
ホムンクルス、それは、魔動機文明が産み出した人造人間の種族だ。
主な用途は労働力であり、ヒューム以上の身体能力と魔力生成能力を与えられている。
肉体的な体の何処かにある、埋め込まれた宝石は彼ら彼女らを見分ける箇所となる。
「……疑問。バジリスクの貴女は、この研究所にどのようなご要件でしょうか」
「私はただ、この迷宮の核を破壊しに来ただけだ。邪魔するようなら、退け」
「……了承」
メイドは手にしたライフルの銃口を私へと向けた。
「解答。貴女はこの研究所の敵です。……今すぐ引いて貰えると助かります」
「それはできない相談だ。元の世界に戻るためにも、通らせてもらう」
魔力を練り上げ、全身に巡らせながら私は笑う。
機械仕掛けの敵より、生身の人間。
向けられる敵意は心地よく、また魂を高揚できる。
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