第36話 迷宮の真相
ガラテアの案内で研究所を駆け抜ける。
拍動する心臓を鎮め、荒ぶる呼吸を静めながら走り、ガラテアが開けた扉の中に転がり込んだ。
「ふぅ……ふぅ………。大丈夫ですか、アビゲイル様」
「アビーで構わん。それと、私のことより自分の息を整えろ」
汗を流し、息も絶え絶えな様子のガラテアを見据え、他者より自分の事を見つめ返す事を促す。
ヒュームより高い能力を与えられたホムンクルスでも、毎日のように戦い続けてきたわけでは無い。
また、いくらホムンクルスといえどその能力自体はバジリスクやライカンスロープと比べ、劣るものでしかない。
(しかしまぁ、ここらへんは経験の差だな)
薄暗い部屋の中、ガラテアが壁に手をつく。すると、天井から冷たい空気が流れ出し部屋の温度を下げていく。
「それで、この部屋はなんだ」
「解答。この部屋は
汗を拭ったガラテアが、壁に嵌め込まれた液晶画面をタッチする。
天井に埋め込まれた光源が光を生み出し部屋を照らし、眩しさに目を細める。
部屋は壁と天井、そして床ケーブルとチューブに覆われた場所で、中央には十基ほどの円柱状の培養槽が伸びている。
その中には男女関係なく、黒い全身タイツを着込んだホムンクルスな青白い薬液の中を浮いていた。
「
「……なるほど、発電設備のようなものか。だが、これは……」
培養槽のガラスに手をつき、薬液の中のホムンクルスを見上げながら、あまりの悍ましさに嫌悪感を露にする。
骨髄と心臓にケーブルを、鼻腔・肛門・尿道にカテーテルが繋がれており、薬液内で呼吸するためのマスクが取り付けられている。
肌を締め付ける拘束具はホムンクルスの行動を縛り、意識のない瞳はただ虚ろな目をしながらこちらを見下ろしている。
意識はなく、自由に動くこともなく、言葉を発することもない。
その命、その生涯を『部品』として使い潰されることが確約された生物が、そこにはいた。
(これなら魔族の奴隷たちの方が数倍マシだ)
私の目には、人族の際限ない欲望は魔族に勝るほど醜悪に見えた。
「このホムンクルスたちは外に出れるのか?」
「不可。
「そうか」
私は発魔装置に背を預け、座り込む。
「ガラテア、お前はこの施設の事をどれだけ知っている」
「無知。私は使用人型の技術を流用し戦闘型として造られたホムンクルスですので、研究所の詳しい研究内容についてはあまり知りません。しかし、現在いる階が三階であることと職員の居住階であることは理解してます」
「地理は理解できているか。それじゃあここの説明と経緯を教えてくれ」
「了承」
慇懃に頭を下げたガラテアは研究所の説明を始めた。
「説明。この研究所は元々、深淵の迷宮を軍事転用するために設立されました。主な研究は迷宮の発生を転用した空間転移技術の確立でしたが、副次的に異界に住む生物をこちらに召喚し、生態の研究を行っていました」
「……それ、メリット以上に危険では?」
異界は私たちが住む世界とは根本の法則から違う。
完全な制御は難しく、ひとたび異常事態が発生すれば、その解決には時間も犠牲も増えていく。
迷宮の発生を用いた空間転移も、マリアのようなデメリットがほぼないものと違い、異界経由のためにその肉体や精神に必ず影響が出てくる。
魔動機術や迷宮に関する知識は素人に毛が生えた程度ではあるが、それでも無視できない危うさがあるように私は感じた。
それはガラテアも同様で、頭を縦に振った。
「肯定。実際、小規模な暴走は毎日ありました。――そのような研究環境故に、肉の巨星が暴走したのでしょう」
「……気になっていたが、その肉の巨星というのは一体なんだ?」
「不明。マスターが所属していた研究チームが召喚した異界の怪物としかわかりません。……肉の巨星が暴走した際、数多くの研究者が殺され、生き残った研究者が外部に溢れ出る前に施設ごと世界から切除し、迷宮化させました」
「そういう経緯か……そうなると、少し厄介な事になっているかもしれないな」
顎に手を当て、思案し、一つの最悪の想定に帰結する。
「その肉の巨星、活性化し始めてないか?」
「……肯定。異界送りにしたものの、暴走した肉の巨星は止まらず、万策が尽きた研究者たちは己の身に魔法を刻み、取り込ませることで沈静化させていました。暴走する度にそうした沈静化を行い、そして、最後の一人であったマスターも身を捧げたのです」
(あのクソ邪神が言っていた
沈静化させ続けていた供物が無くなり、肉の巨星の暴走が再開。
迷宮が現実へと干渉し、際限なく溢れ始めればねずみ算で人間が殺され、シンに変り果てる。
生命息吹く星は死の星に変り果て、その末路をスペースマンは面白くないと判断したのだ。
「……だが、それならお前も供物になればよかったのでは?」
「……不可。供物用の魔法式は魂に刻むことで始めて成立します。ホムンクルスの魂は人造の魂で、魔法式に合致しません。また、私の手では肉の巨星本体に近づくことは出来ても、殺すことが出来ませんでした」
「そういうことか」
魂に干渉する呪詛魔法はその人の魂の性質によって、大きく左右される。
殺人衝動を植えつける呪いでも、対象が元から殺人鬼だったら効果が薄いように、呪詛魔法は呪いと相手との相性を考慮しなければならない。
「しかし、そうなると早急に対処しないとな。……傷の方は大丈夫か?」
「肯定。迷宮に来た冒険者が残したポーションがありますので、傷は塞げます」
「その冒険者は……まぁ、聞くまでもないか」
ガラテアは服を脱ぎ、肌を晒すと手にしていた小瓶の蓋を開ける。
中を満たしていた薬液を傷口へとかけると、傷が塞がり癒えていく。
「それじゃあさっさと行くか」
「了承」
新しいメイド服に着替え直したガラテアと共に、部屋を出る。
最奥にいる禍津星を殺す、馬鹿でも分かる単純明快な答えを得た以上、どうとでもなるのだ。
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