第30話 僅かな隙
春は過ぎ去り、夏に近づく頃。晴天の空の下、金属音が広場に響き渡る。
手にした戦斧を振り抜き、迫るコンビナートを弾き飛ばす。
「ッ!!はああっ!!」
着地と同時に地を蹴り、再び間合いへと入り込む。その速さは同年代の同族よりずっと速く、また、手にしたサーベルが振り抜かれる。
「ふっ!!」
戦斧を振り下ろし、サーベルと衝突する。続けざまに振るわれるサーベルを躱し、戦斧と足技で打ち落していく。
「チッ……!!」
二振りのサーベルによる連撃が、少しずつ体を裂いていく。完全に捌ききる事が出来ておらず、体にいらない傷だけが出来ていく。
それでも、魔法を使いたがる本能を理性で律し、傷つく体で戦斧を振るう。
『武器と体術だけでコンビナートと戦う』――そういう訓練故に、魔法や徒手空拳を使うことを禁じている。
本来、魔法と組み合わせる形での体術をベースとする私にとって、武器対武器の戦闘は想定していない。想定していないがために、武器術全般得意としていない。
しかし、借りたまま返していない戦斧がある以上、最低限扱えるようになりたいと思い、こうしてコンビナートと戦っている。
(しかしまぁ、やはり武器の扱いとなるとコンビナートが数枚上手か)
振り下す戦斧を片手のサーベルで受け流され、傾いた体勢から変則的な蹴りが腹部へと突き刺さる。
崩される体勢の中、戦斧を振り上げコンビナートと距離を作る。
すかさず体勢を立て直し、サーベルの一突きを戦斧で地面に打ち付け体を宙を浮かせて躱す。
「フッ!!」
短い呼気と共に、戦斧の柄を軸に体を捻り、踵を振り下ろす。
コンビナートが横に跳ぶと同時に地面に着地し、柄を握りしめると迫るコンビナートへ振り抜く。
戦斧の一閃が二振りのサーベルに衝突し、コンビナートの体が宙を浮く。
「ぐうっ!?」
薙ぎ払い、コンビナートは吹き飛ばされる。地面にサーベルを突き刺すと同時に私は地を蹴り、戦斧を振りかぶる。
(勝った――!!)
振り下ろす戦斧がサーベルに受け止められ、地面へと流される。地面に戦斧が激突し、体勢を崩す中、視界の端に横に回り込んだコンビナートがもう片方のサーベルを振り下ろす。
(っと、見せかけて――!!)
戦斧から右手を離し、裏拳でサーベルの腹を叩き弾く。体が開き、大きくなった隙に残った左手で戦斧を持ち上げ、体を捻り戦斧を振り下ろす。
「ガッ!?」
戦斧はコンビナートの毛皮を袈裟斬りにし、傷をつける。両手からサーベルが離れ、臀部から地面に尻もちをつく。
汗を垂らし、上気する拍動をゆっくりと抑え込み、戦斧を突きつける。
「これで一勝、だな」
「ああ。……てか、裏拳は反則だろ」
地面に座り込み、コンビナートは抗議の視線を私に向ける。
コンビナートに手を向け、影の糸で傷を縫合しながら、
「魔法を使ってないからノーカンだ。しかし、勝ちを確信したタイミング時ほど危ないな」
「全くだ」
縫合を終えると手にした戦斧を肩に担ぎ、コンビナートもまたサーベルを納める。
勝ちを確信した瞬間、意識に僅かな隙ができる。
その隙が致命的であり、同時に反撃の一手を打つ最後のタイミングとなる。
(実際、それで負けているからな)
コンビナートとの戦績は40戦1勝39敗。
魔法を使えば別だが、近接戦の能力だけなら私以上であり、同じ土俵では勝つことが難しい。
その中でも数回、勝ちを獲れる瞬間があった。
その度に勝利を確信した僅かな隙を突かれ、押し返され、敗北している。
「確かにな。それじゃあ、またやるか」
「ああ……!?」
距離を取り、戦斧を構え直す。その瞬間、コンビナートが肉薄していた。
(速っ……!?)
戦斧で防御の体勢を取った瞬間、二振りの斬撃が胸を裂いた。
「なっ……!?」
裂かれた傷口から血が噴き出す中、私の横を通り過ぎたコンビナートに視線を向ける。
「流石に【残影】は予測していなかったな」
「……確かに、な」
再度肉薄したコンビナートへ戦斧を振り抜く。コンビナートが躱すと同時に突き出すサーベルを尾で弾き、続けざまに回し蹴る。
コンビナートは右から左へと受け流し、サーベルを振り下ろす。サーベルを戦斧の柄で受け、すかさず足に魔力を籠める。
「【魔力撃】」
踵を返し、突き出すように前蹴り放つ。コンビナートは大きく飛び退き躱し、着地と同時に【残影】で肉薄する。
振り下ろす戦斧を身軽に回転して躱し、続けざまのふりあげをサーベルをクロスさせ受け止める。
「あ、アビーちゃん、いたいた」
「ん、ネクスか」
拮抗の最中、ネクスの明るい声が聞こえ、意識が逸れる。その瞬間、コンビナートが戦斧を弾き飛ばす。
大きく開いた腹に、サーベルの一閃が光る。傷が生まれ、出血しコンビナートに返り血を振りかける。
「ハァッ!!」
痛みの中、戦斧を軸に地を蹴り飛び上がり、魔力を籠めた足裏で顔面を蹴り飛ばす。
「【魔力撃】」
着地と同時にコンビナートの体は吹き飛び、地面に倒れこむ。鼻骨が折れ、鼻血を出しなから気絶するコンビナートを見下ろし、戦斧を影に放り込む。
訓練以上にネクスが持ってきた事柄を対処することを優先しただけに過ぎず、戦闘を求める本能を理性で律する。
(勝ちを確信したタイミングが一番の隙になる。肉を切らせて骨を断つ、とまではいかないが、ダメージコントロールは必須だな)
ドクドクと赤い血が出る腹の傷に手を当て、影の糸で縫合する。
近接戦を挑む以上、攻撃に当たることは想定しなけらばならない。
想定が出来ている以上、その方向性を意識できる範囲でコントロールする事もまた、必要になってくる。
「終わった?」
「ああ。それで、何のようだ」
縫合を終え、ネクスの方に顔を向け、顔を顰める。
「……随分と汚れたな」
「えへへ。でも、返り血だよ〜」
ニコニコと12歳にもなってなお幼い笑みを浮かべるネクスに私も肩を竦める。
赤い血で両手の鱗を濡らし、顔や革製の鎧に血化粧に染める姿は、戦いから帰ってきたばかりのようにも思える。
事実、親父に連れられコボルトの集落を襲ってきた帰りであるのだからそこは仕方ない事だろう。
「あとで体を洗ってこい……で、他に何のようだ」
「コボルトたちの母体なんだけど……言う事聞かなくて……」
「……またか」
申し訳無さそうに見上げてくるネクスに私も口をへの字に曲げてしまう。
コボルトの母体、即ち二ヶ月に母の手でサキュバスに変質させられた女ことだ。
「……とりあえず、向かおう。ネクスは体と服を洗っておけ。ついでに、コンビナートも連れて行け」
「はいはーい」
指で円を作り、倒れているコンビナートを抱き上げて立ち去るネクスを見送ると、私は体をコボルトたちのテントに向ける。
(面倒だが、見に行くか……)
戦闘で高揚した心臓を落ち着かせながら、足を進めるのだった。
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