第27話 呪いの実践

 雨音と風の音が外から聞こえてくる。

 昼頃なのに暗いテントの中、私は魔法の本を読んでいた。


「ふうむ……」


 本の頁一枚一枚を噛み締めるように、書かれた内容を頭に叩き込みながら頁を捲る。


 母に呪詛魔法の指導をしてもらう事になって半年が経過した。

 雨が降らなければ外でネクスとコンビナートと共に喧嘩をしているが、今日は生憎の雨模様であり、やる事もないので本を読んでいる。


(親父は雨に乗じて人族の集落を襲っているし、母も母で薬の作成……退屈だな)


「ねぇアビーちゃん、暇だね〜」


 カーペットの上で寝転がり、難解な魔導書を読み進めるネクスが話しかけてくる。


 ネクスは言動は幼いものの地頭自体は良く、人族の言語は一通り読み書きできる言語能力とそれを理解するだけの頭はある。


「全くだ。それと、そこの本を取ってくれ」

「はいは〜い。コンビナートも来れば良いのにね」

「いや、アイツは本読むの嫌いだろ」


 ネクスから呪詛魔法に関連する本を受け取り、表紙に刻まれた『エインズの呪詛記録』という題名を指先でなぞる。


 呪詛魔法は属性魔法以上に魔法の知識や理論の組み立てが重要視される。

 魔法の才能に左右されることが少ない反面、兎に知識と実戦の量が必要になってくる。


(実際にやってみたくはあるが……気に入らない部分も無くはない)


 本を開き、頁を読み進める中で私は目を細める。


『エインズの呪詛記録』に書かれているのはエインズと呼ばれる人族の呪詛師が人族魔族関係なく行った、人体実験の記録だ。


 人の肉体を怪物に変える実験。


 人をこことは異なる異界へと送り込む実験。


 人の精神を壊して意図的な発狂を行う実験。


 百を越える人の道を外れた邪法の実験を事細かに、淡々と記録した本の頁は一枚一枚が重たい。


 呪詛魔法はその特性上、人の心や体を弄ぶことになる。それは時として他の魔法では得難い加虐性と支配欲が生まれ、人の尊厳を否定するようになる。

 そして、強い残虐性と人族基準で倫理観が欠落している魔族は呪詛魔法との相性が良い。略奪等の物理的な被害の他に、呪詛魔法による被害も少なからず出ている。


(人の尊厳を冒涜し、弄ぶ……悪趣味極まりない技術であるのは確かだ。恐ろしく、同時に面白い)


 呪詛魔法の本質は人間の醜い欲望そのもの。

 狂気の沙汰であり、だからこそ面白い。――面白いと断言できてしまうが故に、人族ならざる魔族なのだ。


「アビゲイル、いますか?」

「ん、いるよ」


 母の声が聞こえ、本に付箋を挟む。

 テントの入口から母親が入ってくる。体に水滴一つついておらず、立ち上がった私の前に歩いてくる。


「……仕事をしているのかと思ったが、違うのか」

「仕事の件で来たのです。……捕えた冒険者を覚えてますか?」

「捕えた冒険者……?」


 母の問いかけに私は首を傾ける。


(捕らえた冒険者……ああ、そういえばいたな)


 顎に手を当て思案し、考え込み、そして思い出す。


 虐殺の印象が強く、殆ど忘れていたが確かに数名の冒険者を捕らえていた。

 奴隷用のテントでは見かけておらず、適当な保存食に加工されたと自己判断をしていた。


「その口ぶりだと、まだ生きていたのか」

「はい。現在はコボルトたちの繁殖のため、母体として有効利用してます」

「……有効利用、ね」


 薄ら笑みを浮かべる母に対し、私の眉間に僅かながら筋が浮かんだ。


 コボルトは力が弱く、小柄。鈍足で魔力関連の能力も低く、寿命も50年ほどと短い。手先の器用さを除き戦闘能力は同じ奴隷種族のゴブリンにも劣る。

 そんな種族が弱肉強食の魔族社会でしぶとく生き残っているのは手先が器用なため、戦闘に関連する技能以外の雑務に対して、おおよそ適性があるからに他ならない。

 食事、服飾、その他様々な日常生活を支える能力や戦闘を下支えすることに関しては一級品といえる。

 そのため、多数を生かし過ぎず、殺し過ぎて全滅しないよう調整をしているのだ。


 母は私を見下ろし、


「はい。現在、コボルトの多くが斥候として消費され、その多くは死に絶えました。多くが死んだなら、産んで増やせば良い。そのため、捕えた人族の冒険者をコボルトの母体として利用しました。冒険者は強いですからね、その血を継いだ者は多少は使い物になるでしょう」

「……獲得形質は遺伝子しないが、まぁいいか。その母体に何かアクシデントでも?」

「はい。母体の一匹がコボルト数名を懐柔。脱走を計画しました」


 母は椅子に座り、長杖を抱えるように座った。

 私もまたカーペットの上に胡座をかく。


「懐柔されたコボルトたちは既に処刑。脱走しようとした母体も奴隷たちの手で捕縛されました」

「だろうな」


 この集落において、奴隷の逃亡及びその幇助は即処刑の罪。その処刑も残酷で、呪詛魔法を用いた苦痛しか残らない処刑が行われる。

 その代わり、それを事前に発見し、密告した者は待遇が良くなる。

 魔族の恐怖を骨髄まで侵された奴隷たちは逃げる奴隷を逃さず捕らえるのだ。


「母体の待遇に関してですが、ちょうど良いので呪詛魔法の一つ、【堕落浄土】を実際に行います。貴女には参加してもらいます」

「【堕落浄土】……」


 母の口から出た魔法の名を聞き、手にした本を広げた。


【堕落浄土】は魂に『穢れ』を生み出し、人族を魔族へと作り変える呪詛魔法。

 種族変化の呪詛魔法は数あれど、人族を魔族にするのは【堕落浄土】が一番簡単で自由度が高い。


(機会としては丁度いい、か)


 チラリ、とカーペットで寝転がりながら本を読むネクスに視線を向けた。


「……ネクスはどうする?」

「んー……私は良いかなぁ。種族変化の呪いより、呪具作成系や死霊操作系の方が面白そうだし」

「わかった。私が行こう」


 影を手の形に変えて伸ばし、呪詛魔法の書籍を回収する。


 呪いの実践、それを行うのなら本はあっても問題ないものだろう。


「……わかりました。では夜、私のテントに来てください」


 母は立ち上がり、テントから立ち去っていく。

 机に置かれた本は開かれ、内容に軽く目を通せば【堕落浄土】の理論について書かれている。


(とりあえずこれを暗記しろ、ということか?)


 私は本を手に取り、その内容に目を通していく。

 実践というものは確かな知識と技術によるものなのだ。






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