第25話 連携
晴天の空に火の粉が舞う。それは、花の花弁のようだった。
【フレイムクロス】――体に炎を纏わせる魔法をネクスは発動し、地を蹴り私へと迫る。
振り抜かれる足を後ろに跳んで躱し、背後から飛来する炎のダガーを影を纏わせた手で切り裂き、帯を思わせる炎を尾を振るい切り裂く。
「シッ!!」
短い呼気と共に迫るコンビナートの剣閃を左腕で受け流し、迫るネクスの蹴りを右腕で受け止める。
(二人の動きは悪くない。悪くないが……)
後ろに跳び、距離を取る。
それと同時にネクスは私に手を向け、その射線へとコンビナートが入り込んだ。
「コンビナート、邪魔!!【フレイムランス】!!」
間髪入れず、手の先から放たれる炎の槍。
コンビナートは真横に跳んで躱し、私もまた真横に跳んで躱す。
続けざまに距離を詰めるコンビナートの前に炎の矢が落ち、コンビナートは身を翻して躱す。
「ネクス!!魔法を撃つなら撃つと言え!!躱すに躱せねぇ――ゲフッ!?」
コンビナートがネクスへと顔を向けた瞬間、脇腹を殴打する。
すかさず地を蹴りネクスへと肉薄し、腹を拳で打ち付ける。
「ぐふっ!?」
溝尾にめり込んだ拳を放すとネクスは腹を抱え、地面に膝をつく。その姿に私は顎に手を当てる。
(……そういえば、連携の訓練なんてしたことが無いな)
魔族は基本的に連携を取らない。
多かれ少なかれエゴイストである魔族にとって、他人に合わせることは己の欲望を満たすために他ならない。
そのため、戦闘において連携の概念はなく、個の力量や数の暴力を用いる。連携の技術を磨くより、遥かに楽なのだ。
「……連携を取ってくるかと思ったら足の引っ張り合いか」
「むぅ……連携を取ったことなんてないもん」
「親父たちが出来るし、俺らも出来ると思ったが……かなり難しい」
頬を膨らませ胡座をかくネクスにサーベルを鞘に収めて不満げに目を細めるコンビナート。
互いに互いを睨み合う中、私は二人を牽制しながら腕を組む。
「ねぇアビーちゃん。アビーちゃんはどうやったら連携を上手く取れると思う?」
「ん?いや、私に聞かれても困るのだが……」
見上げるネクスの視線に私も頭を傾ける。
一対多、或いは一対一の戦闘経験はあれど、二対一のような味方がいる場合の戦いはしたことが無い。
(その点で言えばネクスやコンビナートと立ち位置は同じと言えるか。だがまぁ、戦った経験はあるな)
一年前、水辺にいた私を襲った冒険者たち。
個々の能力は低くても、補え合えば強くなれることの具現化した者たち。
彼らは殺したものの、その時の経験は今も焼き付いている。
「……経験則だが、最低限仲間の動きを理解することが大切だろうな。それと、行動を合わせるという意思が必要だろう」
「動きの理解?行動を合わせる意思?」
「何だ、それは」
ネクスとコンビナートは首を傾げ、頭上に疑問符を浮かべる。
「仲間の動きを理解しなければ攻撃が仲間に当たる。自分勝手に動いては仲間に躊躇いが生まれる。互いの能力を最大限に発揮させること。個人では決して勝てない相手でも仲間と力を合わせれば勝てる。……まぁ、それが難しいのだが」
弱肉強食の魔族社会、集団の連携力より個体ごとの戦闘能力が重視される。
『貴種』を初めとする戦闘に長けた種族や一発芸を極めた種族が多く、戦闘能力以外の絶対的な基準が存在しないためだ。
「んー……考えるのはやっぱり苦手。やってみた方がいいか」
「またやっても同じ結果になると思うが……っと」
立ち上がりざまに振り抜かれるサーベルを躱す。
その瞬間、足元から炎が吹き出す。影を纏い体を防ぐと同時に炎の中に二振りのサーベルが振り下ろされる。
「ッ!?」
後ろに跳び退き、サーベルを触れるギリギリで躱す。
「【フレイムランス】」
コンビナートの体が傾いた瞬間、その真上を炎の槍が通る。
一直線に飛来する槍へと影を纏わせた腕を振るい、切り裂くと同時に肉薄したコンビナートが突き出したサーベルが腹を抉る。
「グッ!?」
鮮血を散らし、踵を返しコンビナートを蹴り飛ばす。同時にネクスが炎の槍を手にし、振り下ろす。
「【黒刀『乱刃』】!!」
刹那、生み出した斬撃の結界と炎の槍が衝突する。炎を剪断し、即座に身を翻してサーベルを躱すと投擲される炎のダガーを影で受け止める。
(こいつら、この一瞬で……!!)
私の助言を聞き、僅かな時間で互いの呼吸を合わせる。
普通ならあり得ない、けれど実際に起きているのだから比定しようがない。
五月蝿く拍動する胸を鎮め、額から垂れる汗を拭い、ネクスとコンビナートに最大の警戒を向ける。
二人の実力は高い。それらを組み合わせれば、私に勝ち越すだけの技量と才能を持ち合わせている。警戒をするに足る理由を、二人は持っていると判断した。
「アハッ。連携、成程こういう感覚なんだね」
「存外悪くない」
ケラケラと満面の笑みを浮かべるネクスは拳を構え、コンビナートもまたサーベルを構える。
(……いや、考えてみればネクスは才能がある部類だし、それとタイマンを張れるコンビナートも同類なのだろうな。波長が合うのだろう)
拳を握り、剣を構える二人に私もまた笑みを浮かべる。
卓越した個同士が連携を取る――それは十二分に脅威であり、個対個とは違う戦いの楽しみを見いだした。
魔族として生まれ、戦いの中で生きてきたが故に、この戦いを楽しむ事を本能が肯定しているのだ。
「少し、本気を出す。本気を出さないと呑み込まれそうだからな。……耐えてくれよ?」
「「当然っ!!」」
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