第24話 ライカンスロープの青年
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
母の話が終わり、テントを出ると獣の雄叫びと狂気的な笑い声が聞こえてきた。
広場に駆けつけてみれば、そこでは暴力的な攻防が繰り広げられていた。
炎の矢が降り注ぎ、その間を縫うように黒い影が疾走し手にしたサーベルを振るう。
炎を纏うバジリスク――ネクスはサーベルの剣閃を容易く躱し、炎を纏う足を振るい、炎の斬撃を飛ばす。
黒い影――ライカンスロープの青年は炎の斬撃を切り払い、再びネクスと衝突した。衝撃と熱波が周囲に響き渡り、顔を腕で隠して熱で肌を焼かれないよう注意する。
燃える炎を纏う緋色の蛇と黒い毛並みの狼の攻防は一進一退であり、またその技量は拮抗している。
焦げ付くワンピースの匂いを嗅ぎながら、私は僅かばかり口角をつりあげた。
(へぇ……ネクスと渡り合うか。予想していた以上に強いな)
私は青年の身のこなしを見つめ、僅かに目を見開いた。
ネクスは同年代では私と対等に強い。そのネクスに攻撃を当てることは勿論、一進一退の攻防を繰り広げることができるのは私以外にはいなかった。
(……が、少々度が過ぎるな。暴れ過ぎだ)
流れ弾が他の魔族に当たり、躱した斬撃が他の魔族を切り裂く。
二人の戦いの周囲に人はおらず、ただその傷が増えないよう距離を取るものしかいない。
その光景の中、私は地を蹴った。
刹那の内に二人の間に割り込み、その顔に両手を向けた。
「えっ、アビーちゃん!?」
「ッ!?」
ネクスは驚きの声をあげ、青年も目を見開く。
しかし、拳とサーベルの動きは止めることができず、私へと迫ってくる。
「【黒刀『乱刃』】」
瞬間、幾本もの影の斬撃が生まれる。
瞬間的に生まれた斬撃の結界はネクスと青年の体を容易く、しかし薄く切り裂いた。
「うわっ!?」
「ガッ……!?」
血を吹き出しながらネクスは地面に衝撃を流し、青年は口から血を吐き出しながら地面に倒れた。
(【黒刀】の改造、上手くいったようだな)
【黒刀】は鋭利な影の斬撃を飛ばす、ただそれだけの魔法。単純故に汎用性が高く、その威力は高く速度も速い。
しかし、一回の魔法で一つの斬撃では縦横無尽に動く相手に当てることが難しいという欠点があった。
『初級魔法教本』等に書かれていた魔法理論を応用して取り入れることで、【黒刀】の応用といえる魔法を編み出したのだ。
(『乱刃』は合計八つの斬撃を体の周囲に同時に発生させる魔法。一つの威力や射程はノーマルな【黒刀】に比べて低いし短いが、それでも切れ味は変わってないようだ)
鱗を切り裂き血を流すネクスと青年に手を向け、影の糸を伸ばして切り傷などを縫合していく。
「イテテ……今の魔法は初めて見た……」
「それは初めて使ったからな。ほら、縫ったから立て」
「はーい……」
ネクスはゆっくりと立ち上がり、その横を黒い影が横切った。
手にしたサーベルを突き出すと同時に手の甲で受け止め、続けざまに振り下ろされるもう片方のサーベルを大きく後ろに跳んで躱す。
着地と同時に迫る青年のサーベルを襟にできた影から触手を伸ばして弾く。
「【魔力撃】」
「【残影】」
私が魔力を籠めた拳を突き出すと同時に青年の姿が視界から消える。
【残影】は瞬間的に魔力を足に籠め、蹴り出す技。魔力を用いる技術ではあるが、瞬間的な加速や跳躍など、【魔力撃】と似て非なる技術でもある。
(背後――いや、上か!!)
振り下ろされる斬撃を両手をクロスし受け止める。
二筋の刃が鱗を切り裂き血を垂らす。
降り注ぐ血が青年の体につき、赤い煙をあげ始める中青年はサーベルを振り抜き私の肩を切り裂いた。
(なるほど、ネクスとタイマンを張れるだけの力があるか)
続けざまの剣閃を両肘で防ぎ、影の中から戦斧を引き抜く。引き抜きざまの戦斧で青年を弾き飛ばし、戦斧へと魔力を籠める。
「【魔力撃】」
上から下へ。
戦斧を垂直に振り落とし、青年を地面へとめり込ませる。戦斧は青年に直撃しない。しかし、青年の体には魔力の衝撃が伸し掛かる。
「ごふっ!?」
青年の全身から血が吹き出す。そんな青年を押しつぶさんと、力を籠める。
「うぐっ……おおっ!!」
口から血を吐き出し、青年の体を作る筋肉が隆起する。
二つのサーベルで戦斧を押し上げ、そして戦斧をかち上げる。
「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」
雄叫びと共に放たれる二つの斬撃を戦斧で受け、手放して後ろに跳び、サーベルの一突きを躱す。
(やはり、単純な筋力や速さではライカンスロープに負けるか)
着地と同時に体を捻り、迫る青年へと尾を薙いだ。
「ゴッ!?」
尾の一閃は青年の腹を打ち、真横に吹き飛ばす。
地面を何度もバウンドして転がり、それでも起き上がろうとする青年の四肢に影が絡みつく。
「ぐうっ!?」
青年は絡みつく影を振り払わんとする。しかし、影に引き寄せられ、地面へと額を擦り付ける。
地面に落ちた戦斧を拾い上げ、肩に担ぐとゆっくりと青年へと足を進める。
「……筋力、敏捷力、この二つに関しては私より上だ。それは覆しようがない事実だ」
魔族の『貴種』だからといって、全てが万能に高い訳では無い。
全体的に高水準ではあるが、一つないし二つは普通の魔族でも迫ったり凌駕したりしている部分がある。
ライカンスロープも然りで、純粋な膂力や素早さにおいてはバジリスクを凌駕する。
(純粋に一番と言えるのは魔力操作能力くらいかな?存外、そこらへんは平等だな)
技術と能力次第では格上にも勝てる。
魔族も人である以上、
「それでも私に負けるのは、技量の差と使える手数の差だ」
「なら、そこに私が加わるとどうなるかな?」
瞬間、背後から熱を感じるとる。
咄嗟に戦斧を振るい、熱を切り払うと同時に私の横をネクスが横切る。
「コンビナート、立てる?」
「無論だ。しかし、アビゲイル・セイラム……成程、お前が言った通り、強者だな」
「でしょでしょ〜!」
楽しげに笑いながらネクスが拳を構え、ライカンスロープの青年――コンビナートもサーベルを構える。
「アビーちゃんもたまにはこういうのもいいでしょ?」
「……そうだな、それも悪くない」
後ろに跳んで距離を取ると戦斧を影の中に放り込み、拳を握った。
二対一、それも双方実力は並ではない。
(最近は知識の貯蔵に務めていたからな、戦闘の感覚を戻すのには最適だ)
魔力を練り上げ、影を引き伸ばす。
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