第22話 芽吹き

 晴天の空の下に戦闘の音が響く。

 木にもたれかかり、のんびりとした青い空を見上げながら私は音を聞いていた。


(あー……平穏だ)


 人族の村への襲撃から三ヶ月が経過し、その間は比較的穏やかな日々が流れている。

 それは大規模な略奪だったため毎日外に出向く必要がなく、また捕えた人族を奴隷として隷属下に置くための拷問と改造が行われているためだ。


(奴隷たちの改造と拷問に時間が割かれているから母も私に手を割く時間がない。親父たちは他の魔族の集落を吸収合併しに行っている。……ある意味、こうした時間は有効活用しないとな)


 影を操り、中から積まれた書籍を取り出す。


 全てが交易共通語で書かれたものであり、全て三ヶ月前に襲った人族の集落から奪ったものだ。

 集落における略奪品の扱いは基本的に一度集められる。金品や魔法具、食料は共有で扱われ、武器や書籍は奪った本人がどうするかを決める権利を持つ。

 そうして得た本や必要ないとされた本を回収し、この三ヶ月は内容の理解と知識の貯蔵に務めている。


(実際、かなり人族に対する理解は無知だったからな。特に、この世界の歴史はこの三ヶ月でおおよそは理解できた)


 この世界の歴史は三つの大きな文明の発展と崩壊によって成り立っている。


 人族最初の統一された文明である『神代文明』。

 魔法技術の開発と発展を極めた『魔法文明』。

 魔法を用いた機械『魔導機』の発達により最大の栄華を極めた『魔導機文明』。

 そして、それらの文明の崩壊である三度の『大決壊』と呼ばれる大厄災。

 最後の文明である魔導機文明の崩壊から約400年が経過しており、少しずつ文明の灯火がついてきているのが現代だ。


(細かい部分には粗があるが、まぁ定期的に学習すれば問題ないだろう。問題は魔法だな)


 本の山、その一番上に積まれた本を手に取る。

 本の題名は『カナン魔法教府出版∶初級魔法教本』。

 カナンと呼ばれる魔法の学び舎にして国家が正式に出版した魔法の教本で、一般的な魔法から魔法に至るまでの肉体的、精神的なプロセスが事細かに記載されている。


(魔法の実技は問題ないにしても、理論はなぁ……基本、感覚でやっていたから理論立てて行うのは難しい)


 愛用している影魔法は理論や理屈以上に魔力操作の感覚と天性の認識能力が必要になってくる。

 属性魔法に至っては影魔法で得た魔力操作技術の流用と転用、そして幼児期に学んだ最低限の魔法知識を合わせた半ば我流のようなもの。

 正しい理論から生まれた正統な魔法とは違う、異端の魔法。それ故に、理論的に行うより感覚的に魔法を行使する癖が出来てしまっている。


(いや、この際だ。魔法の理論を学ぶことも悪くないな……っと)


 飛んでくる火の槍を木の影から生み出した影の盾で防ぐ。その刹那、横から飛来してくる蹴りを腕で防いだ。

 ミシミシと骨から音が出るなか、私に向けて足を突き出したネクスは首を傾げた。


「アビーちゃん、何してるの?」

「挨拶代わりに魔法を飛ばしてくるな。……で、そっちは何をしている。奴隷たちの監視はどうした」

「退屈だったから遊びに来た。それとおばさんが呼んでたよー」

「……母さんの前でおばさんなんて言うなよ?」


 ニコニコと笑みを浮かべるネクスの足を弾き、書籍類を影の中に戻しながら立ち上がる。


(……しかし、考えてみるとネクスとの戦いもマンネリ化してきたな)


 殴り合い、魔法を撃ち合い、どちらかか両方倒れる。

 相手の手の内は大体理解した上での戦いだから戦いは長引く。長引き続けてくると、途中でダレる。


(この際、二つ巴ではなく三つ巴にしたいところだが……残念な事に、同年代にネクス以上に卓越した実力者はいないんだよな)


 魔法だけが高くても駄目。

 近接戦の能力だけが高くても駄目。

 魔法と近接戦、そのどちらもが高水準でなければ私たちの戦いに巻き込まれて死ぬ。

 誤って殺さないよう注意している私と違い、手加減の一切ないネクスは問答無用で殺してくるため、近づこうとしてくる同年代は少ない。


(少なくとも、私達――魔族の『貴種』を相手にするには物足りない連中が多い……と)


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 駆け抜ける黒い影が一対の剣を振り下ろす。

 私とネクスは互いに左右に跳び剣の一撃を躱し、刃が空を切る。

 横払いの一閃を影を纏わせた腕で受けとめ、同時にネクスが襲撃者を拳の射程に収める。


「アハッ、【魔力撃】」


 狂気的な笑みと共に突き出した拳が襲撃者の腹を打ち抜く。打撃と魔力の衝突と共に襲撃者は吹き飛び、それでいて空中で回転し衝撃を受け流し着地する。

 黒い体毛が全身を覆い、狼の頭部を持った人猫――総称ライカンスロープの青年は鎖で繋がれた一対のサーベルを逆手に持ち身を低く構える。


「ちいっ……やっぱり化け物のアンタらに一刀入れれねぇか」

「……誰だ?」

「さあ?ただの歳下じゃないかな?」


 私が首を傾けている中、戦闘態勢をとったネクスは楽しげに笑みを浮かべる。

 魔族の集落で大人になれる者はそう多くない。そのため、同い年は既にその多くが殺され、その代わりとして新しい子供が訓練に参加する。

 そして、個人差はあれど技量が一定の水準に達すると死ななくなる。今の私達に敵対するのは蛮勇の無謀と言わざるをえない。


(動き自体は悪くない。……が、ネクスに剣を向けたのは悪手だな)


 ネクスは既に戦闘の空気に当てられ興奮し、青年もまたネクスと私を敵と見ている。


(このまま私が参加すれば確実に青年は死ぬ。ここは下がるべきだな)


「ネクス、死なない程度に叩き潰せるか」

「いいよー。何処か行くの?」

「捕らえた人族を見に行って来る」


 私は青年に背を向け、ネクスは前に出る。

 背後から響く金属と金属のぶつかり合う音と炎の熱を感じながら私は奴隷たちのテントへと避難のため向かうのだった。








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