第21話 戦乙女の誓い(マリア視点)

 雨音が耳朶を打つ。

 冷えた体に熱が戻り、私は体を起こした。


(ここは……うっ……)


 状況を確認するよりも早く、胃から込み上げてくるものがある。口を開き、伏していた地面へと吐き出す。

 吐き出した黒い血の塊、そして建物の残骸に私の意識は覚醒を始め、同時に現実を認識していく。


(村は……滅んだのですね)


 渦巻く悲しみと怒りに私は唇を噛み締め、涙が溢れ始める。


 私たちの村――セレイク村は、魔族によって滅ぼされた。


 平穏で、ゆっくりと時間の流れる村だったセレイク村に、魔族たちは何処からともなく襲いかかってきた。

 逃げる子どもを切り裂き、子を守ろうとした父と母を斬り捨てる。呆れてしまうほど簡単に命を散らしながら、魔族たちの口に笑みが浮かんでいた。

 惨忍で、人殺しを愉しむ魔族と生活を守りたい人族。

 村は戦場に変わった――その中で私は剣を手に取り、抗おうとした。


(……それでも、無理でした)


 襲ってきた魔族たちを無力化させていく中、友人のルークを殺した魔族と相対した。

 それは、私と同い年くらいの少女だった。

 細身ながら背の高い――170セルチはある体躯に黒いワンピースを身に纏い、さながら令嬢を思わせた。

 艶のある黒い髪を一つに結いで下ろし、何処となく清涼感を与えてくる。

 四肢を滑らかな黒い鱗で覆い、蛇の尻尾を生やし、その両目を目隠しで隠していた。

 同い年とは思えないほど美しい顔は赤い返り血で濡らしながら、獰猛に笑っていた。

 脳裏から離れないバジリスクの美しさに私は手を頭に置いた。


(バジリスクのアビゲイル・セイラム……彼女に私は負けたのですね)


 ズキズキと痛みを発する腹に手を置く。


 彼女は高い格闘能力と魔法の才能に溢れた、魔族の怪物だった。

 私以外で初めて相対した生得魔法の使い手で、けれど魔法だけに頼らず、自分の武器を最大限に使って戦いを挑んできた。

 私は彼女と戦い、そして負けた。生き残れたのは生得魔法である空間魔法で死を回避したからに他ならない。


(空間魔法【空蝉】……土壇場で使えて良かった……)


 体内の空間を百分割し、受けた衝撃を百分の一に減衰させる。

 百分割しても衝撃が致命傷なら意味はないけれど、そうでなかった。そうではなかったから、生きている。


(もし、空間魔法が使えなかったら……死んでいた)


 確かな死の恐怖と確かな生の実感。

 涙を拭いゆっくりと立ち上がり、地面に足をつく。


 棒のように感覚のない足を引きずり、壊れた村の中を歩き出す。

 村の中は悲惨そのもので、倒れた家屋は少なくない。

 整備が進められていた道には顔の知った人たち死体が転がっていて、固まった赤黒い血が雨水を弾いている。


「あぁ……」


 星のない雨天の空、私以外の生命が一切ない広場を前に立ち尽くす。


 赤黒く染まった大地と残った顔見知りたちの亡骸の残骸。

 その中にある、首を刎ねられた両親の――アベル・ベツレヘムとネメリア・ベツレヘムの亡骸があった。

 苦しみと苦痛に歪みきった顔は、虚ろな瞳は私を見あげていた。


(……私が気絶している間に、村のみんなは……両親は……殺されたのですね)


 痛みを発する腹を擦り、歯を噛み締めた。

 何も出来なかった怒り、両親の死に立ち会えなかった悲しみ、その全ての激情が腹の中で渦巻く。


「……でも、それが現実なのですね」


 怒りを呑み干し、悲しみを受け入れる。

 両親の亡骸を前に跪き、瞼を閉じ、手を合わせる。


「始祖神ラスティエス様、我が父、我が母が貴方様の御下に旅立ちました。かの神々の楽土にて健やかなる時間を過ごされることを祈ります」


 父と母、かつて冒険者であった二人が信仰する神へと祈りを捧げる。

 暫くの祈りの後、二人の亡骸を抱きしめる。熱の消え、雨に濡れた冷たい肉の感触が肌に伝わってくる。


「……そして、私は誓います。悪しき魔族から罪のない人々を守れるように、強くなります」


 悪しき魔族たちは多くの罪なき人々を殺す。

 悪しき魔族たちは血を浴び、無秩序に混乱を拡大させる。

 それを止める。止めれるだけの力を得て、一人でも多くの罪なき人々を救う。

 それが私が生得魔法を持ち、生き残った理由なのだ。


「おーい、誰かいないかー!?」


 両親たちの亡骸を埋葬しようと立ち上がったとき、暗闇の中から交易共通語の声が聞こえてきた。

 腕に取り付けた盾を媒体に光を灯すと、声がした方から光が灯り、次第に近づいてくる。

 近づいてきたのは年若いヒュームの青年であり、後ろから何人もの男たちがやってくる。

 戦うための訓練を受けた匂いのしない、人を傷つけることの意味を知らない素人たちに私は首を傾け、


「隣村の人たち……ですか?」

「ああ、そうだ」


 セレイク村は開拓村から発展した村だ。その周囲には開拓村が点在している。


(こうして来ている、ということは逃げ出せた人がいるのですね)


 魔族たちは一人ひとりの能力は高かった。けど、数は村より少なかった。

 一人か二人、戦闘の混乱に乗じて逃げ出せた人がいたのだ。


「そう、ですか……それは、良かった……」


 生存者がいることに対する安堵と戦いの疲れに傷、そして冷たい雨に打たれ続けた事による体力の低下。

 それら全てが重なり合い、私は青年の胸の内側に倒れるのだった。

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