第20話 魔族の宴

「それじゃあ戦勝を記念しまして……カンパーイ!!」

「「「カンパーイ!!」」」


 夜。広場の中心に四角く組まれた焚き火の煙が煙たく曇らせる。

 親父が酒を満たしたジョッキを掲げると他の大人たちもまたジョッキを掲げた。


 戦勝の宴は盗賊として大規模な成果を挙げた時に行われるものであり、また親父たちが戦闘の次に楽しむものだ。

 コボルトたちが忙しなく動き回り食事を提供し、大人たちはそれを貪り食らっていく。ゲラゲラと笑いながら酒を飲み干し、酔っていく。

 親父たちの様子を広場から多少離れたところから私は見つめていた。


(端から見ればただの宴だろうが……実情はより悍ましいものだな)


「しょ、食事を持ってきました!!」

「お、待ってたぜぇ!!」


 コボルトが料理を盛り付けた皿を持ってきて、大人たちはその料理に手を出して腹を満たしてく。

 コボルトが持ってくる食事が盛られた皿、その中央には人の髑髏が飾りとして乗せられていた。


 昼間、襲撃して虐殺した人族の死体の多くは回収された。

 そして、人族の死体は集落で肉に加工された。

 その多くは不味い保存食に、残った保存に適さないものは今、振る舞われてるのだ。

 カニバリズム。人が人肉を喰らう悍ましき行為。

 弱い者が肉となり強い者がそれを食らうのだ。


(悍ましい。悍ましいが……ある種合理的なのか?食料確保の面からすると獣も人も大差ないのだから食らうのも問題ない……訳無いな。単に食料の確保の問題か)


 魔族は人族から食料を略奪する他、魔物や幻獣を相手に狩りをして食料を得ている。

 しかし、狩りは常に同じ成果が得られる訳では無い。短期的に見れば農耕をするより手早く得れるが、長期的に見れば安定性に欠ける。

 そのため、食料になりそうな物は何でも食べる。両生類は勿論、人間もまた食料になる。


(魔族は『穢れ』の影響で病気になりにくいからな。多少腐っていても食べようと思えば食べれるし、毒物も不味いが食える。悪食、なのだろうな)


 私は親父に持たされ木のジョッキに並々と注がれたワインを飲む。

 葡萄の香りと喉を焼くようなアルコールの味が喉を通る。

 悪食でも美味い不味いはわかるもので、ワインの味は癖になるような味がする。


「あれ、アビーちゃんはグランドールの伯父様たちに混ざらないの?」

「人肉を喰らう趣味はない」


 コボルトから奪ってきた食料を食べるネクスがしゃがみ込んでいる私を見下ろす。

 切った指を油で揚げた軽食をバリバリと音を立て咀嚼するネクスは私の隣に座る。


「相変わらずの人肉嫌い、いや偏食なのかな?好き嫌いしちゃいけないよ?」

「余程の極限状態にならない限り、人肉は食うつもりはない。そういうお前は食うのだな」

「うん、美味しいからね」


 指の骨を噛み砕き、飲み込むネクスの齢より幾分か幼い笑みに肩を竦める。


「親父たちもそうだが、人肉を喰らい続けば人を『敵』ではなく『食材』にしか見れなくなる」

「えー、でも食べれれば良いじゃん」

「そういう話ではない」


 ジョッキのワインを飲み干し、ネクスへ視線を向ける。


「人を殺す以上敵でなければならない。敵が食材になると戦闘は単なる狩りになる。……親父たちは既にそうなっているがな」

「んー……難しいなぁ」


 ケラケラと笑うネクスが私にもたれかかる。


「ねぇアビーちゃん。集落を滅ぼされた人族はどうすると思う?」

「気づき、然るべき準備をし、この集落を滅ぼす」


 想定ではなく、確定。

 飲んで騒ぐ親父たちを見つめ、私は脳内で確約された結末を脳裏に焼き付ける。


「あれほどの規模だ、連絡が途絶えれば必ず違和感に気づく」


 略奪の最中、商人と思わしき人族の死体が何人も散見した。

 複数の商人が行き来している以上、それら商人からの連絡が無くなればそれは違和感になる。


「移動の痕跡を雑にしか消しているから確実にここが露呈する」


 大規模な移動は痕跡を残しやすく、また隠しにくい。

 隠せなかった痕跡は山ほどあり、人族が魔族の仕業だと考えるには十分な情報がある。


「何より、人族の多くは魔族と違って不利な戦いを好まない。そのため戦力を充足させ、必ず滅ぼせる状況を整える」


 前世のヒュームが築いた歴史において、多くの戦いがあった。

 その中でもヒュームたちは戦いを挑むときは勝てると算段をつけ、戦いを挑む。それで負ける時は油断や慢心、無茶や無謀な作戦だったときだ。

 前世と現世でヒュームに違いはない以上、人族が襲うのは勝てる算段があるときのみ。そして、人族の集落を滅ぼした以上決して油断も慢心もしない。


(詰みだな。勝ち目0。親父たちは強者であるが無敵でない以上、負ける。何より人族に負けるわけがないという自信が多くの大人たちにあるから負ける)


「逃げるなら逃げとけ。地獄の特等席で待っていてやる」


 私は罪人。裁かれることを拒絶しない。

 けれど、ネクスはまだ罪人ではない。罪人ではない以上裁かれなくても良い。


「うーん……アビーちゃんが逃げないなら私も逃げないかな」


 ネクスは立ち上がり、焚き火に背を向ける。

 眩いほどに元気な笑みを浮かべ、大きく手を広げる。


「私は私らしく人生を歩みたい。そのためには、アビーちゃんが必要なの。例え明日死ぬことになっても、私はアビーちゃんから離れない」

「……そうか」


 真剣な面立ちで語るネクスに私は立ち上がり、背を向ける。

 曇天の空から雫が降り始める中、私はテントに戻るのだった。





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