第19話 心の略奪
虐殺はものの数分で終わった。
最後の遺体から戦斧を引き抜き、軽く払って血脂を払う。周囲には神官たちが倒れ、事切れており動く者はいない。
恐怖と絶望、そして憎しみの目を向ける子供たちを鼻で笑い、背を向ける。
「虐殺というものは存外疲れるものだな」
「でも楽しかったろ?」
「全く。何一つとして面白くない」
ケラケラと笑う親父を睨みつけ、戦斧を投げ渡す。
(抵抗の無い弱者を殺したところで得るものは何も無い。出来る限り虐殺は行わないようにしよう)
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
背後から怒号のような声が聞こえ、振り返る。
子供たちの中からヒュームの少年が飛びだしてきた。
茶色の瞳から怒りの涙を流しながら、少年は一直線に私へと迫った。
「レイシェルっ!?」
少女の悲鳴と共に少年は両手に持ったナイフを槍のように突き出した。
「……甘いな」
突き出されたナイフの刃を右手で掴む。
刃に触れて血が流れ落ちる中で少年に笑みを向けた。
「残念だが、今の君の力で私の命を奪うことはできない。力も、知識も、何一つとして足りていない」
「殺してやる……!絶対に殺してやるぅ!!」
「いい殺意だ。……が、私の命には届かない」
右手に魔力を溜め込み、強く握りナイフの刃を砕く。拳を握り直し愕然と目を見開く少年へと裏拳を凪いだ。
拳は少年の頬を捉え、きりもみ回転して少年は地面に倒れた。
気絶した少年は魔族の大人たちに回収され、何処かに連れて行かれる。復讐という感情が消えて無くなる程の拷問が行われることになるだろう。
「もう少し縄をキツく縛るべきでは?」
影の中から取り出した戦斧を親父に投げ渡しながら、私の眉間に皺が寄る。
脅威では無いにしろ、命を狙われた事実に変わりはない。
「別にかまわねぇよ。逃げるようなやつなら殺すだけだし。そういうならテメェが縛り直せば良い」
「わかった」
影の中から荒縄を取り出すと子どもたちの両手を縛り直す。
顔見知りの友人が自分たちの目の前で叩き伏せられたのを見て戦意が喪失したらしく、抵抗はなかった。
「貴女は……何であの男に従っているの?」
跪き、縄を縛っている途中、エルフの少女に小さな声をかけられた。
赤茶色の髪を一つにまとめた少女の腫れぼったい目を見据え、首を傾げる。
「その方が今は有益だから。実の娘を本気で殺そうとしてくる父親だ、従っていた方が命を奪われるリスクが少ない。……生き残りたければ従っておけ」
「……神官様たちを殺したのに、生きる提案をするのですか?」
「私は無用な殺しは嫌いだ。必要な殺しは容認するが、無用な殺しは出来る限り行いたくない。神官たちは……まぁ、運が悪かった。コインの裏表のように、お前たちが殺される可能性もあった」
荒縄が食い込み、痛まないよう注意しながら巻きつける。
「……納得するとでも?」
「しないだろうし、しなくても構わない。そも、『もしも』なんてものは存在しないのだからな。だが言えるのは二つ、魔族を憎むのではなく私たちだけを憎め。そして、憎しみ以外の何かを掴み取れ」
荒縄を縛り終えると私は立ち上がる。
「無秩序な憎悪は余計な憎悪を買うことになる。そして、憎悪の源を断ったところで残るのは虚無だけだ。無論、復讐に意味が無いとは言わない。復讐者になる事は構わないが、今と未来も見据えろ」
「どの口が言うんですか……。パパを、ママを、殺したのに……私から大切な家族を奪ったくせに……」
「大切だから奪われる、それだけだ」
エルフの少女に背を向け、倒壊していない家屋へと向かう。
(大切な家族、ね。魔族として産まれ、生きている以上大切な者の命や尊厳が奪われても仕方ない……わけがないか)
家屋の中にあった本を手に取り、軽く流し読みながら思考を巡らせる。
両親に家族愛は無いが師弟愛はあるし、親友に対して友愛はある。
人族のように混同しないだけで、確かに愛情は存在する。
傷つけば怒り狂うし、奪われれば涙を流す。
やられたからやり返した、因果応報だ、と言われればそれまでだが果たして納得することはできるのか。
(まぁ、納得できるものではないな。何処まで残任で、残虐で、エゴイストな魔族でも結局は人間なのだからな)
魔族は決して理解できない狂人ではない。
文化、価値観、倫理観、種族特性、そして本能が異なるだけのただの人なのだ。
本を影の中に放り込むと家屋から出る。
略奪は終わらない。命を、生活を、尊厳を全て奪うまで略奪は終わらないのだ。
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