第18話 ありふれた悲劇

 親父たちの戦いは親父たちの完勝に終わった。

 広場には死体が山として積まれ、その脇に女子供が縄で縛られて集められている。


(人数として半分近くは子供だな。後は女と老人か。後は……降伏した者や冒険者か)


 集団で身を縮める幼い子供とそれらを守るように囲う私と歳の近い子供、宗教色の強い服を着た女性や牧歌的な服を着た女性に年寄りたち。

 一般的に弱者と呼ばれる者たちが生き残り、抗った強者はより強い強者の手で蹂躙された。


「ん、おお。生きてたか」


 集落の人族たちを眺めていると、親父が戦斧を担いでやってくる。

 傷一つない、返り血で赤く濡れた親父は笑みを浮かべ、私の頭に手を伸ばす。

 赤く濡れた手を身を引いて躱し、隣に立つ。


「そちらもな。……それで、何人くらいいるんだ?」

「大体4、50人くらいじゃねぇか?まぁ使いものにならない連中は始末するからその時は手伝え」


 ケタケタと、邪悪な笑みを浮かべる親父に私は肩を竦めた。


 生きることは万人の権利である。

 本来誰かが定め、誰かが取り決め、誰かが奪うものではない。

 しかし、それは親父は理解していないし理解しようともしない。弱肉強食の魔族の掟に則るなら、弱者であることが罪なのだから。


(しかし……虐殺もまた必要か。集落を滅ぼしたんだ、その罪を最後まで背負わないとな)


 人族の集落を滅ぼした魔族の罪。私もまたその一つである以上、逃げることは出来ない。


(全く、不自由なものだな)


「……わかった」


 親父から離れ、人族たちに近づく。


「ひっ……」

「魔族め……」

「あんな子供まで……」


 人族の反応は様々だ。

 警戒、恐怖、困惑――おおよそ負の感情ばかりが私に注がれる。

 その一切を無視し、私は聖職者と聖職者が守る子どもたちに視線を向けた。

 全員が首に麦穂の聖印を掛けており、中には握り締めて必死に祈りを捧げる者もいる。


(神官か。麦穂の聖印ということは農母神ティアミネスか。……不愉快だが、学んでおいて良かった)


 この世界には様々な神と信仰が存在し、それぞれに独自の聖印を持つ。

 そのため、信仰に関連した知識を体得する際に見分けるために、まず聖印の識別ができる事が求められる。

 忌々しい邪神の事も相まって神には関わりたくなかったが、信仰に密接に関連する信仰魔法について学ぶ際必要に迫られ、結果的に覚えた知識が役に立ったのだ。


(ちっ、嫌なことを思い出した。どのみちある程度の人数は殺すんだ、神官たちも何人か殺されるだろう)


 神官たちに背を向け、私は大人たちが持ってきた木箱の上に座る。


 暫くして、大人たちが人族の前に立つとそれぞれが得物を持ち、人族を殺し始める。


「キャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」

「や、やめてくれ!やめてくれぇ!!」

「助けてくれぇ!!」


 悲鳴が、懇願が、命乞いが響き渡り一人、また一人と命が貪られていく。

 その上で親父たちはただ殺すだけでは飽き足らない。


 足を砕き、腕を折り、爪を丁寧に捲り、目をくり抜き、鼻や耳を削ぎ、婦女を凌辱した上で魔法で内側から焼き殺す――苦痛を与え、人間としての尊厳を奪うように殺してく。


 それら一切は理不尽であり、人族社会では到底受け入れられない悪虐に他ならない。

 しかし、理不尽に抗う力を持たない弱者が理不尽に殺される――そんなありふれた悲劇でしかない。


(……ありふれた悲劇か。悲劇を生み出す側に生まれた以上この罪は消せないし無くならない)


 人族の社会の法において、人族に味方し人族の社会を受け入れた魔族を『名誉人族』と呼称している。

 しかし、人族に甚大な被害を与えている種族は人族に捕まれば処刑が確約されている。

 魔族の『貴種』はその極地であり、個人の思想がどうであれ悪の烙印が押される。生きる事こそバジリスクの罪なのだ。


「お嬢、グランドールがお呼びです」

「……わかった」


 私を呼びに来たダグラスの横を通り、親父の下に向かう。

 親父はより一層赤い血で体を濡らし、赤く濡れた戦斧を地面に置いていた。


「何のようだ」

「ああ。このガキ共は連れて行くが神官は邪魔だ、殺せ」


 親父は神官たちを睥睨し、嘲笑うように交易共通語で告げる。

 神官たちの顔は蒼白になり、子供たちは泣き喚く。そうした様子を見据えながら私は親父の戦斧を手に取る。

 ダグラスから借りた戦斧より重く、それでいて何人も殺してと鋭利さを失わない刃に目を細める。


「おいおい、俺のやつを使うのか?別に構わねぇけど使い終わったら返せよ」


 親父の言葉を背に、神官の前に立つ。 

 聖職者の数は十人以上おり、農母神ティアミネスを信仰している。


「この、悪魔め!!」


 一番前にいた神官の男が私を糾弾する。

 蓄えた白髭と剥げた頭、皺だらけの体は歳を重ねた人物であることが見て取れた。


「悪魔、か。随分と的確な事を言う」


 一閃。

 戦斧を両手に持ち、横薙ぎに振るい神官の男の首を刎ねる。断面から血が吹き出し私たちを濡らし、悲鳴と絶叫がより一層強くなる。


「そうだ、私は人族にとっての悪魔だ。罪も悪も、全て私のものだ。贖罪も清算も不要、恨むなら恨むが良い」


 近くにいた神官を戦斧を振り上げ切り飛ばすと担ぎ直し、子供たちを見据えた。


「恨め、憎め、そして恐れろ。魔族という恐怖を、敗北という苦痛を、私という悪魔の脅威をその頭に刻み込め」


 首のない神官の遺体を子供たちへと投げる。少し前まで生きていた者の死を直視し、発狂したような絶叫を響かせる。

 神官を虐殺し、子供たちは生かす。

 従ってもらわないと殺されてしまう以上、徹底的に魔族への恐怖を刻み込まなければならない。


(そうした意味ではこの虐殺には意味があるのか)


 間引きと同時に極大の恐怖を与えて従わせる。

 趣味8割の部分はあるだろうが、合理的な意味を見いだせる。


(さて、と。残りの神官を殺すか)


 子供たちを守る者、その一切を殺すことで恐怖と絶望を与える。

 私は悲鳴と絶叫、そして涙の声を聞きながら戦斧を神官に振るうのだった。




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