第17話 戦闘――幼き戦乙女 2

「【空砲】」


 マリアが左手を突き出し、円球状の砲撃を放つ。

 地面を抉る空間の砲撃を影の刃で切り裂き、背後に回り込んだマリアの一閃を身を屈めて躱す。

 影を腕に纏い、立ち上がりざまに手刀を振り抜く。翼を羽ばたかせたマリアは後ろに飛び退き手刀を躱すと再び姿が消える。


(空間を砲撃のように撃ち出したりテレポートのような技を使ったり……厄介極まりない)


「【地槍】」


 マリアの出現地点に岩の槍を突き出す。

 その瞬間、岩の槍は歪み見当外れな方向に伸びてしまう。


「【空歪】――私に普通の攻撃が通じるとは思わない事です」

「だろうな」


 岩の槍を駆け抜け、マリアに向けて影を纏わせた拳を振り下ろす。マリアの盾が拳を防ぎ、切り返す刃を横に跳んで躱すと目を細める。


(空間を跳ぶことができるんだ、空間を歪ませることも可能だろう)


 影を纏わせた連打と盾がぶつかりあい、盾ごとマリアを蹴飛ばす。

 吹き飛ばされたマリアは翼を羽ばたかせ飛翔し、急降下しながら魔力を纏わせた剣を振り下ろす。

 私は影を纏わせた足を回して振るい、剣にぶつける。

 剣と足は拮抗し、マリアは再び飛翔し距離を取る。


(親父たちとマリアが交戦すれば確実に親父たちは敗北する。彼女をここで仕留めなければならない)


 断続的に空間跳躍を繰り返し、また空間を歪ませて攻撃の軌道を逸らせるマリアに攻撃を当てることは至難の技だ。

 魔法越しに攻撃を当てるには、同じように空間に直接干渉するしかない。

 そして、親父たちはそのような攻撃手段を持っていない。攻撃が当たらない以上、親父たちが負ける。


「だが、相手が悪かったな」


 再度放たれる不可視の砲撃を影を纏わせた手刀で切り裂く。


 影の中は異空間であり、生物以外の物質を取り込むことができる。

 結果として空間への干渉する力を持つため、影を用いた攻撃なら空間魔法に対応できる。


(影を用いてようやく戦闘の土俵に立てれるだけなのだが――!!)


 建物も家も呑み込み、縦横無尽に駆け回り迫る不可視の球体を影の刃で切り裂き冷や汗を垂らす。


 空間魔法の脅威は防御ではなく殺傷力。

 対策がない場合、当たれば防御能力の一切を無視して空間ごと抉られ、切り裂かれる。

 これは単純な火力ではない。条件を満たさなければ致命傷になりうる殺傷力が空間魔法にあるのだ。


(防御無視の攻撃と絶対防御の守り。攻防一体とはこのことか)


 球体を手刀で切り払い、身を引いて空間を跳んで迫る刺突を躱す。直後に振るわれた横薙ぎの一閃を腕を盾にして受け止める。


「ここまで凌がれるなんて初めてです……!!」

「私も全力を両親と親友以外だよ、ここまで戦える相手はな……!!」


 剣撃を両腕で捌き、放つ蹴りが交差する。

 目の前から消えると同時に伸ばす影の触手は切り裂かれ、不可視の斬撃を影で軌道を逸らす。


「【影糸】」


 地面に手をつき、手のひらと地面との間にできた影から蜘蛛の巣上の影が伸びる。

 影が伸びた地点は切り裂かれ、マリアは即座に地を蹴り飛翔する。


「【ホーリースピア】!!」


 剣を突きつけ、光の槍を放つ。

 光の槍は私へと迫り、そして目の前から消えて無くなる。


「っと!!」


 直後、光の槍が真上から落ちてくる。地面蹴り真横に跳んで躱すと突き出される剣を手の甲で受け止める。


「【破障】!!」


 瞬間、世界がひび割れた。


「おおっ!?」


 空間に罅が入り込み、生み出された衝撃で吹き飛ばされる。

 全身を引き裂かれるような痛みと共に裂傷で漏れ出す血が宙を舞う。

 意識が飛びそうな痛みに耐え、地面に手をつきながら衝撃を殺すと真上から家が落ちてくる。


「うぐあっ!?」


 咄嗟に影を纏い、そして押し潰される。

 衝撃と重さで地面に押し付けられ、口から身を吐き出す。


(自身だけでなく魔法や物をテレポートさせたのか……!転移による質量攻撃はそれだけで厄介だしな……!!)


 地面に張った影の糸から刃を伸ばして壊れた家の残骸を切り裂き、立ち上がる。体に刺さった破片を引き抜き、地面に放り捨てる。


(しかし、防御が間に合ってなければ死んでいたな)


 影を纏うことで衝撃と重量の一部を影の方に押し付け、ダメージを分散した。

 本来なら落下による衝撃と重量で内臓と骨が完全に潰れており、死んでいた。


「ごふっ!!」


 吐き気と共に口から血塊を瓦礫に吐き出す。

 衝撃と重力の分散はした。それでも駄目なときは駄目で、分散した分でも致命傷になるときはなるものだ。


(次の一撃で仕留めなければ必ず死ぬな)


 腰を下ろし、左手を前に出して右手に影を纏わせる。


「これも耐えますか――!!」


 私を見据え、マリアは目を見開いて飛翔する。

 最短距離を最速で飛翔しながら手にした剣を空へと伸ばし、私へと勢いよく振り下ろす。

 呼応するように声を張り上げ、右手の手刀を突き出す。


「【黒刀】!!」

「【殻割】!!」


 影を纏う貫手と界を断つ斬撃が衝突する。

 刃と指先は触れ合わず、異なる空間が重なり、空間が歪んでいく。

 力と力、空間と空間のぶつかりあいで私は歯を食いしり、右手の手刀を弾かれたように引いた。


「えっ……!?」


 もたれかかっていたものが消えれば体勢が崩れるように、影という力場が消えたことでマリアの体は前に倒れ込む。


 可能性を認知していれば警戒したであろう小さな策。けれど、あまりにも突然であり、意識に僅かな空白が生まれる。


 僅かな、けれど致命的な隙。


 私は私が作った急所へと食らいつく。


「――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 咆哮と共に前に踏み出し、魔力を籠めた左手の拳を腹に打ち付ける。


「【魔力撃】!!」


 ドンッ!!と。

 巨大な物に叩きつけられたような衝撃と音がマリアの体から響く。


「ガッ――!?」


 口から血を吐き出したマリアは白目を向き、そのまま地面へと倒れ込んだ。

 鎧越しに相手の内臓を破裂させるだけの威力がある一撃を受け、マリアはピクリとも動かない。


「……勝てた、か」


 地面を這う影を元に戻し、地面に座り込む。


「流石に疲れたな……」


 体から流れ落ちる血を見下ろし、影の糸で傷を縫合しながら呼吸を整える。


 ワルキューレという種族。


 剣術の才能。


 空間を操る破格の魔法。


 素養と種族が噛み合い、相乗的に力を増すというものの脅威を身に沁みて理解できた。


(何より、これだけやっても殺したという確証がない)


 空間魔法と影魔法の性質は似ている。

 そのため、別の空間に打撃の衝撃を分散させる魔法があったとしても、何一つ不思議ではない。


(脅威は排除すべき、か?)


 立ち上がり、残った魔力で影を操り右腕に纏わせる。

 ゆっくりと右腕を振り上げる、マリアの首に照準を合わせる。


(……これで本当に良いのか?)


 振り下ろそうとした直前、腕が止まった。

 良心――否、心の奥底にある強い本能が腕を止めたのだ。

 それはマリアを殺さんとする理性を押し留め、私の意思を揺らがせる。


(……本当に、マリアを殺していいのか?)


 理性は『脅威の排除』と回答した。

 本能は『好敵手の生存』と回答した。

 理性は魔族の戦士としてのあり方を求め、本能は人としてのあり方を求めている。

 両者は間違っており、どちらも間違いではない。だからこれを選ぶのは私の意思であり、私の背負う罪でもある。

 

(……まぁ、別段殺さなくても良いか)


 考え込み、そして影を解いて腕をおろした。


 私は戦いが好きだ。けれど、殺すことに執着はない。

 戦いを生き残り、生きている実感を得ることに戦いの意味を見出し、その中で殺すことを是とした。

 それ以上を求めず、戦いが終わった後で殺せばそれは修羅ではなくただの畜生にほかならない。


(戦闘は楽しむ。戦いが終わった以上、殺しをする理由がないから、戦い、生き残った者は殺さない)


 私はマリアに背を向ける。

 

 足をゆっくりと進め、広場へと向かう。

 広場の方から戦いの音は無く、歓喜の声と悲鳴の絶叫が聞こえてきていた。


「……ま、これは私の自由だ。殺したければ殺しに来い」 


 いつかの再戦を考え、私の口角はつり上がった。

 それはとても落ち着いた、戦闘後とは思えないほど穏やかなものであった。




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