第15話 祝福の戦乙女

 戦斧を振るい、人族を切り飛ばす。

 人族が宙を飛び、そして落下し地面に叩きつけられたのを確認する血油を袖で拭う。


(これで一段落はついた、か)


 背後から聞こえてくる戦いの喧騒を除き、周囲から人の気配は消え去った。

 抗った人族たちは血を流し地に伏し、或いは土から突き出た岩の槍に貫かれ息を絶やした。


 逃げた人族たちがどうなったか分からないし興味もないが、それでも今も時折悲鳴が聞こえてくるため悲惨な結末だけが想起できた。

 例えこの先、親父たちが負けて私が死んだとしても人族たちは大いに魔族を恐れる事だろう。


(恐怖は見えない傷になる。そこから憎しみになるか、恐れになるかは個人差があるだろうがな)


 戦斧の刃に付着した血煙をある程度拭い終えると手綱を握り直す。


(とりあえず、村を見て回りながら隠れてる人族を探していこう)


 馬の腹を蹴り、ゆっくりと死体を踏まないよう注意しながら歩き出す。

 そうして歩いていると、自然と村の惨状が目に入ってくる。


(……酷いな)


 凄惨。


 言葉にすればたった二文字、しかし現実に見れば人によっては目を背けたくなるような悲劇だった。


 人族の死体はそこら中に転がっている。

 逃げ惑い、恐怖に歪んだ顔で息絶えた者も少なくなく、その多くは背や腰に致命傷を刻まれ足などを切られても必死に逃げようとした跡が見えた。

 そうした惨状から一切目を背けることなく私はその景色を焼き付けていく。


(これが私が齎した一つの悲劇か)


 適当なところで馬を降り、家の中に足を踏み入れる。

 家の中は荒れに荒れ、壊れていないものはない。

 かつては簡素ながら愛のある家庭だっただろう、二人の男女が互いを庇うように倒れ、血を流している。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 その瞬間、倒れた机の陰から少年が飛び出してくる。

 青年の手には包丁が握られ、私の頭を刺そうと槍のように突き出す。


(……素人が)


 戦斧を振り上げ、青年の手を切り飛ばす。

 体勢を崩すと同時に戦斧をバトンのように体を軸として回し、槍のように持ち直すと青年へと突き出した。


「ガッ――!?」


 一撃は青年の首を捉え、先端に取り付けられた小さな穂先が少年の首を貫く。

 口から血を吐き出し、しかし私を憎む目で睨みつける少年に冷たい視線を向けながら穂先を引き抜いた。


(飛び出さなければ見逃していたのに、不運としか言えないな。……と)


 身を焼き焦がすような殺意を直感的に感じ、身を屈める。

 瞬間、頭のほぼ真上を光の刃が通り抜け建物の上半分が下半分と分離した。


 続けざまに放たれる光の刃を家の壁と落ちてくる上半分を蹴り躱しながら建物から脱出し、空中に躍り出る。


「やああっ!!」


 その真上から、声が聞こえた。

 見上げると太陽を背に一人の少女が剣を振り下ろしていた。


 咄嗟に少女の体で作られた影を用いて剣を防ぎ、影を足場に空中で体を捻り、少女の体を切断せんと斧を振り抜く。

 不意打ちの一撃を止めた上、完全に予想できないタイミングでの一撃。

 しかし、その一撃は空を切った。


「ちいっ!!」


 思考が止まる間もなく放たれた光の槍を左腕で防ぎ、衝撃で地面へと落下する。

 即座に戦斧を地面に投げ突き刺すと袖口から出した触手を戦斧の柄に伸ばし巻きつける。

 触手を引き、体を引き寄せながら空中で体勢を整え着地し、即座に戦斧を握り振り向きざまに振り抜く。


「……!!」


 ガキイッン!!と。


 金属音が響くと同時に戦斧と剣がぶつかり合う。二度、三度、四度と戦斧と剣は衝突を繰り返し、私は少女の腹を蹴り飛ばし、後ろに大きく跳ぶ。


「【ホーリースピア】!!」

「【黒刀】」


 瞬間、少女の剣先から放たれた光の槍と前を蹴り振るい放つ影の刃が衝突する。

 光の槍と影の刃は拮抗し、互いに軌道を逸しながら互いの背後の建物を切り裂き、或いは貫く。


(【黒刀】を容易く軌道を逸らすか)


 地面に着地し、少女と私は対峙する。


「……ルーク、死んじゃったのですか」


 嘆くような、或いは悲しむような声を響かせる少女は『天使』であった。

 纏う衣は純白で飾り気のなく、しかし赤い血が塗料のように散りばめられている。

 長い白髪を二つに結われており、その華奢で小柄な体躯と相まって外見的な『幼さ』を引き立てる。

 穢れを知らない白い肌には赤い鮮血が濡れ、童顔ながら綺麗な顔立ちと赤い瞳は怒りと悲しみが混ざりあった感情を称えている。

 何より、少女の背部からは真っ白な翼が生えており、人が想像する天上の使徒を思わせる。


「純白の翼。……となると、ワルキューレか。珍しい種族がいたものだ」


 脳内で少女の種族を類推し、答えを出す。


 ワルキューレは普通の生殖行為では産まれない。

 人族の突然変異によって生まれ落ちる、謂わば特異個体だ。

 体の何処かに白い翼を生やし、その魂には一切の『穢れ』を有さず、また溜まらない。

 その特異さの中に人族は神秘を見出し、神の御使いとして崇め信仰する者もいるという。


「貴女はバジリスク、ですよね。特異な眼を持つ、魔族の『貴族』……ずっと気になっていたのですが、どのようにしてこちらを見ているのですか?」

「ん?ああ、お前が言うように特異な眼が理由だよ」


 魔眼は共通してある程度の透視能力を有している。

 木の壁を見透すことは出来ないが、薄い布なら簡単に見透せる。

 目隠しをしても視界が確保されているのはそうした眼によるものだ。


「成程、そうだったのですね。……貴方がルークを殺したのですか?」

「そうだ……!!」


 その刹那、少女の持つ剣先が輝く。

 踏み込み、振るわれた剣から光の刃が放たれ、私は影から刃を伸ばし光の刃を防ぐ。

 それと同時に高速で背後に回り込んだ少女へ視線を向け、手にした戦斧で一撃を防ぐ。


「……戦乙女という割には随分と卑怯な手を使うものだ」

「私だってこんな卑怯な真似は嫌いです。それでも……守りたい人たちがいるんです!!」


 続けざまに少女は剣を振るい、光の軌跡を作る。

 私は戦斧で捌きながら冷や汗を垂らし、少しずつ後退していく。


(……強いな。今日戦ってきた者たちより十二分に強い)


 一撃一撃は然程重くなく、しかし私の急所を的確に狙い続けている。更に厄介なのはブラフを交え、隙を作ろうとしてくる。


 激情を正しく制御する理性に剣士として確かな才能と技術。

 それらが合わさり、今日始めて私にとって脅威を見出す。


 振り下ろす戦斧と振り下ろされた剣が衝突し、火花が散る。額と額をぶつけ合い、目隠し越しに私を見据える少女に笑みを向ける。


「少女、名前は?」

「私の名前は……マリア。マリア・ベツレヘム……!!アベル・ベツレヘムとネメリア・ベツレヘムの娘……!!」

「そうか、マリアか。私の名はアビゲイル・セイラム。グランドール・セイラムとエレイナ・セイラムの娘だ」


 マリアを切り払い、距離を作ると影の中に戦斧を放り込む。


 戦斧では剣速に追いつけず、また技量もマリアには至らない。それなら拳と魔法で相対した方が遥かに勝率は高い。


「――勝負と行こうか、マリア」

「はい。……貴女は、ここで倒さなければなりませんから。ルークの仇です」


 私は拳を握り、マリアは剣を構えた。





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