第5話 危機

Side:リリアンヌ・エングレイ


「お嬢様、絶対に馬車の扉は開けてはいけません」


 メイドのアイラからそう警告されました。

 私はエングレイ伯爵家の長女リリアンヌ15歳です。

 いま魔法家庭科学園に入学するために領地から王都への旅の途中です。

 オークの大軍に囲まれて、身動きが取れなくなりました。


 馬車の窓から見えるオークの顔はとても恐ろしいです。

 兵士の護衛は10人ほどおりますが、皆さんの表情を見る限り、戦況は良くないようです。

 オークの数はどれぐらいいるのか分かりません。


 私のスキル危機察知がうるさく警報を鳴らします。


「千里眼、ああ味方は間に合いそうにありませんわ」


 なんでもっと早く千里眼スキルを発動しなかったのでしょう。

 そうすればオークの大軍がいると分かったのに。


 危機察知もそうです。

 もっと前に使っていれば。


 ですが、たらればを言っても仕方ありませんわ。


 私が持っている魔法増幅スキルでいざという時は戦うしかありませんね。


 ひと際大きなオークが目に入りました。

 兵士の2倍はあるでしょうか。

 上位種が発生しているなんて、この街道を管理する貴族は何をやっているのでょう。


「プギィィィ!」


 オークの上位種が吠えました。

 私達を囲むオークの包囲が狭まりました。


 兵士のひとりが剣から光の刃を伸ばして薙ぎました。

 オークが10体ほどが両断されました。

 目を背けたいですが、この戦いから目を背けたら、貴族として不甲斐ないと思うのです。


 兵士が咆哮を上げます。

 オーク達が彫像のように動かなくなりました。

 次々に討ち取られるオーク。


「プギィィィ!」


 オークの上位種がまたも吠えました。

 動きの止まったオーク達が再び動き始めます。


 逆に兵士の半数の動きが止まりました。

 光の剣の兵士が再び光の剣を伸ばします。

 そして上位種に打ち掛かりました。

 上位種は光の剣を素手で掴むと砕きます。

 いざという時に私の魔法はあの上位種に効果があるのでしょうか。


 兵士が上位種に光る拳を打ち込みます。

 ザコオークが盾になりますが、光る拳はそれらを蹴散らして、上位種に向かいました。

 ですが、拳はいとも簡単に止められました。


「どうやらオークキングのようです」


 アイラの言葉を聞いて愕然としました。

 単体ではAランクモンスターではないですか。

 群れですとSランクです。

 都市が落とされる脅威となります。


 ああ、光る拳の兵士がオークキングに殴られて毛糸の玉が飛ぶように飛ばされました。

 ガードしたであろう両腕の骨は折れたようです。

 すぐさま別の兵士が駆け寄りポーションを飲ませます。

 時間が経っていくほど不利になるのでは。

 ザコオークの数は今も増え続けます。

 手に汗を握って戦いを見守ります。

 頑張って下さいまし。

 お願い神様。


 いまのところ戦闘不能になった兵士はいません。

 ザコオークはCランク。

 護衛の兵士は精鋭のようでザコオークとは戦えています。


 オークキングの咆哮が厄介です。

 あれを食らうとしばらく戦力が落ちます。

 その間に負傷者がたくさんでてポーションが消費されていきます。

 戦いにうとい私にも時間の問題だなと思います。


「ポーションありません!」


 ポーション係の兵士が叫びました。

 ついにこの時がきてしまった。

 ここからは怪我をしても回復スキル以外には回復できない。

 兵士の魔力も尽きそうです。


 オークの声と兵士の呻き声しか聞こえなくなりました。

 負けてしまった。

 オークは人間の女性を性的にもてあそぶ時もあると聞きます。

 辱められる前に潔く死にましょう。

 その前に一矢報いたい。


「魔法増幅【イグニッション】」

「ぷぎぃ」


 点火の魔法が私の魔法増幅で何十倍もになってザコオークを火だるまにします。


「さあ、近づけるものなら近づいてごらんなさい」


「プギッ?」


 オークキングは考えているような素振りを見せています。

 魔法が怖いならお逃げなさいな。


 オークキングが私の攻撃圏内に入ってきました。


「魔法増幅【イグニッション】、やりましたわ」


 オークキングは炎に包まれそして炎が消え、何事もないような感じで炎のゲップをしました。

 オークキングは私の魔法を吸い込んだようです。

 なんて化け物なの。


 ふんふんと鼻で匂いを嗅いでいます。

 そしてニタっと嫌らしい笑みを浮かべました。

 もうお終いなの。

 私は懐に忍ばせている短剣を抜きました。


 オークキングに馬車の扉がはぎ取られたその時、戦闘音がしました。


「千里眼」


 馬車から見えないのでスキルを使いました。

 そこには鉄の杭を持って戦う男性の姿が。

 大きな人です。

 護衛の兵士の誰よりも大きい。


 涼やかなお顔立ち。

 日に焼けてないところから察するに屋外であまり活動しない人なのでしょう。

 もしかして貴族の子息なのですか。


 オークキングは煩わしそうにそちらを見ると、馬車から離れました。

 どうやらもうしばらく大丈夫のようです。


 子息様、頑張れ。


「お嬢様、いよいよの時は私もお供します」

「子息様が戦っておられますわ。あの方が倒れないうちは希望は失いません。あの方に命を預けます」


 アイラが何か微笑ましいものを見る目で私を見ています。

 こんな時に、なんですか。

 真剣にやって下さいまし。

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