16 幕間・“光”は精霊に選ばれた

 全壊した大聖堂。


「……あぁ、……どう、なった……?」


 地面に仰向けで倒れる赤髪の青年――ラスタが炎をまとった女に声をかけた。

 女――炎の精霊、サラマンダーは目の前で起きた、ありのままの光景を告げる。


「星剣の着弾地点に敵影は一切なし。星が認めた相手にしか振るえない……神であろうと消し飛ばせる一撃だ」


「……んじゃ、ルクスは――」


「――ああ、。現状出せる最高火力を受けてなお倒れないなんて……本当に人間かい? はたまた、邪神が渡した双蛇の片割れのおかげかな?」


 サラマンダーは軽い口調で話すが、内心の不機嫌さが隠しきれていなかった。

 そんな彼女の言葉を右から左へ流しながら、力を使い果たしたラスタは意識が消える前に必要なことを聞いていく。


「……なら、師匠は?」


「ん? 君の師匠は無事だよ。運が良いのか悪いのか、あの男が君にご執心で助かったね。あと、星剣の衝撃を上手く逸らした、ボクの絶妙な制御に感謝すると良い。

 ……まあ、ボクの炎がなければすぐにでも吹き飛ぶような命なんだけどね」


「――そうか、そう、かぁ。そりゃ、良かった。……ありがとな、サラ」


「礼はいらないさ。今のボクは君の加護。君の為に行動することは当たり前なんだから。

 ――それより、君は満足なのかい? あの男は君の故郷を滅ぼした主犯で、君の師匠を傷つけた張本人。あの程度の問答で取り逃がしてしまったわけだけど、なんかこう、あるだろう?」


 ――満足。

 “ルーク”とルクス・テラー。二人の同一人物。

 ドーピングを重ねて何とか張り合えた戦いの中で、ラスタは“ルーク”ルクスという存在への理解度が深まった。

 彼に宿る“光”と“闇”を垣間見た。


 それは、とても有意義なものであり、とても満足できた時間だった――――――

 


「……ハッ、満足であって、たまるか……」

 


 ――――――訳がない。


 何を目指して、城塞都市を襲撃したのか分からない。


 何を考えて、カレンを殺そうとしたのか分からない。


 ――何を、思って……、自分を鍛えていたのか、分からない。


 何も満ちていない。何も足りていない。

 もっと話したい。もっと戦いたい。もっと知りたい。……もっと、一緒にいたかった。


「そうだろう。悲しいだろう。寂しいだろう。腹が立っただろう。そして――憎んでいるだろう? あの男は君に何も語らなかった。でも、安心するといい! 次の機会は必ず訪れる。君の想いを果たす時は絶対に来るさ!」


 悲しみもある。寂しさもある。腹も立つ。

 故郷のことも、師匠のことも。客観的に見て、ラスタがルクスを憎む理由には十分すぎる。


「……違う……悪い、サラ。俺はまだ、アイツを倒さないといけない敵だと見れてない」

 

 それでも――ラスタ・エトワールはルクス・テラーを憎んではいない。


「……星剣を放つ時、アイツの顔を見て、迷子の子供を思い出したんだ。俺を見て目を輝かせて、笑いながら泣きそうになってる顔が、行く当てを知らない子供と重なった。

 ――アイツはたぶん、善にも悪にもなれる人間だ。誰かが、アイツを正しい道に引っ張れば……」


「甘いなぁ。善にも悪にもなれる? そんなのは誰でも同じだよ。どんな道を歩むかで人は決まる。あの男が選んだのは、他者を踏みにじって自らの理想を叶える“邪悪”の道。彼が潰してきた人々の夢は、もう二度と叶わない。君が彼の手を掴もうとしている今も、彼は誰かの夢を摘んでいく」


 サラマンダーが突きつけるのは、理想ではなく現実。

 かすむ視界、空を見ながらラスタは答える。


「ねぇ、ラスタ。君はあの男の為に、どれだけの犠牲を生みだすつもりかい」


「……分かんねーよ」


「おいおい、それは無責任がすぎるぜ?」


「アイツが、これまでにどれだけの人を傷つけて来たのかなんて分かんねー。……でも、ルクスにこれ以上傷つけさせる気はない。ルクスを止めて、一人でも多くの人を助ける」


「……どうして君は、あの男にそこまでするんだい」


 ラスタにとって、“ルーク”ルクスは友だった。

 空っぽだったラスタに、“光”を見せつけてくれた。

 特別な存在と言えるかもしれない。


「……俺は、アイツに救われた。アイツの言葉が、嬉しかったんだ。――なら、俺もアイツに何かを返したい。」

 

 ラスタ・エトワールは、誰かに与えられてばかりだ。

 

『聖騎士』アダムス・フレイに、命を救われた。


 師匠であるカレンに、剣を教わった。


 ルクス・テラーに、理想“光”を見せられた。


 炎の精霊サラマンダーに、加護と武器を渡された。


 ――だからこれは、今まで受けてきた恩を返す為の最初の一歩。


「……単なる、俺のわがままだ。俺が目指したのは、俺みたいな人間を救う“光”になること――」


 それならば。


「――目指すべき道を見失った迷子ルクスにも、俺は手を伸ばす。アイツの憧れが間違っていたと、教えてやる。俺を通したじゃない、俺自身を焼き付けてやる。……その為に、もっと強くならないと、な」


「……やっぱり、人間は理解できないなぁ……。なんで故郷を滅ぼし、師匠を傷つけ、自分を倒した大量殺人犯を救おうとするのか。一時的には友だったから? でも、故郷の家族や友人の方が時間的には長いはずだ。それが自分の夢だから? うーん、でも君は似たような人間がいれば、同じように助けようとするだろうし……」


「ハハッ」


「……なんだい?」


「サラ、お前じゃ分かんねーよ。なにせ、んだから。こういうのは理屈じゃないんだよ。救いたいから、救う。それだけだ」


「……なるほど。ボクじゃ一生理解できなさそうだね……」


 段々と、ラスタの意識が遠くなっていく。

 星剣を振るってから、気合いで耐えていたが、限界が近づいて来ている。


「――そうだ、あともう一つだけ。どうしてお前はルクスを殺そうとするんだ? 星剣の切り札、俺はルクスを倒せるとだけ……そうだ、は聞いてなかった。最後の一撃、マジでルクスを殺そうとしてたな」


「それを感じ取ってなお、剣を振るった君も大概だと思うけど……星の剣の特効対象は、世界を滅ぼしうる存在だ。なら、世界の為に殺すべきだろう?」


「……それだけか? お前、明らかにルクスのこと嫌ってただろ」


「あんなクズ、好きな人間の方が異常だと思うけど?」


「それは……そうかもだけど……お前の言葉は嘘くさいんだよ。さっきの『潰された人々の夢〜』も本心じゃないだろ。お前がそうなのか、精霊みんながそうなのか知らねーけど、人間なんてどうでも良いって感情が見え透いてるぞ」


 それは、ラスタがサラマンダーとの短い会話の中で感じたこと。


「俺と同じ心があるのかも不明なお前が、明確に嫌悪感を示したのはルクスだけ。気になるなって方が無理があるし、星云々だけのせいとは思えない」


「それは心外だなぁ……ボクだって、花を愛でる感情くらいあるよ。でも、うん。ボクはあの男に、極めて個人的な恨みがある」


 炎の精霊サラマンダー。

 彼女は星剣の管理者であり、担い手の選定者。彼女には、星の訴えが星剣を通じて伝えられる。

 世界が、ルクス・テラーに向ける嫌悪感が、ルクス・テラーを倒せという願いが、彼女にはある。


 それ故に、サラマンダーはルクス・テラーに、星と同じような嫌悪感を向けている――――

 

「ボクは星の剣の管理者。ボクの住処は人里離れた場所でね。綺麗な湖に、美しい花々、木陰で癒される魔獣たち。星剣の管理で動けないボクの心が休まる、唯一の楽園――だった。ある男が現れるまでは、ね」


 ――――訳ではない。


「その男は星剣の保管場所まで一直線に、あらゆる試練を力技で突破してきた。担い手の選定者であるボクは直感したんだ。『コイツに星の剣を渡してはダメだ』って」


 それは、とあるバカがやった邪悪なる行い。


「ボクは全霊をかけて星剣を隠し通し、男はしばらくして去って行った。残ったのは見るも無惨に殺された魔獣たち、踏み荒らされた花々、魔獣の血で赤く染まった湖。ボクの楽園は、たった数刻で再起不能にされた」

 

 そのバカの名前を――――

 

 

「――ちなみに、楽園を破壊したその男は、巷では邪神の『使徒』と呼ばれていたよ」

 


 ――――ルクス・テラー。

 

 原作開始前に星剣の在処を確認しに行った結果、彼は炎の精霊から多大なヘイトを向けられることになった。

 原作において、サラマンダーの人嫌いはであったが、彼の行いによってサラマンダーの人嫌い――特にルクス嫌いが加速したのだ。


「あぁ、思い出すだけでイライラしてくる。あの男は絶対に殺すべきだろ!? 変わり映えのしない星剣の管理、その唯一の楽しみをボクから奪いやがって! ボクはサラマンダーなんだよ!? “炎”の精霊! 土弄りが得意なノームでも、水やりが趣味のウンディーネでもないんだ。血で染められた土地を復元する力はないっていうのに――」


 サラマンダーはこれまで、誰にも向けることの出来なかった不満をこぼす。

 美しい楽園を知っていたが故に、荒れ果てた姿は彼女の心を傷つけ続けた。


 一度始まれば、愚痴が止まることはなく。思いつく限り、一通りの罵倒を叫んだ後、彼女は話し相手であるラスタの様子に気付く。


「――おや、眠ってしまったのかい? まあ、仕方ないか。手にしてすぐに星剣の解放を行ったんだ。むしろ、ここまで意識を保っていたことを褒めるべきだね」


 ラスタ・エトワール。

 炎の精霊、サラマンダーが選んだ今代の星剣の担い手。

 

 星を滅ぼしうる要因を排除するという使命を背負った、勇敢なる者に与えられる星造武器の保持者。


 ――世界を存続させる為の理の一つ、星の剣に選ばれた者。


 地面で眠る彼の頭を撫でながら、彼女はラスタと出会った時のことを思い返していた。


 

「……さて、あの男のことは忘れて、今は静かに休むと良い。……星の剣を受け止めた上で、聖王国最強から逃げようとしている男のことなんか忘れて、ね」

 


 ――奇跡的で、運命的な出会いのことを。





 



 


 


*――*――*


 時刻は、カレンが宝剣アイオライトにより、弟子であるラスタ・エトワールをぶっ飛ばしてすぐ。

 


「――――はあぁぁぁぁああああ!?」


 

 ルクスが呆気に取られ、反応できなかったほどのスピードで射出された彼は、空の旅を楽しんでいた。

 既に上昇から落下に移り変わり、どんどん地面が迫って来て――――


「――ハァ……ッ! ……イテェ、普通、弟子ごと吹き飛ばすか?」


 ――ラスタは受け身を取りながら、何とか着地した。


「ハァハァ……痛がってる場合じゃない、早くフレイに……ッ」


 カレンから頼まれたのは、『聖騎士』を呼んでくること。

 邪神教団の最高幹部、ルクス・テラーを彼女が抑えている間に、聖王国の最強を連れてくること。


 教団の襲撃を受けている聖都で、たった一人の騎士を見つける。

 その為に、急がなければならないのに――


「……ッ!」


 ――足が動かない。


 ラスタの中に、様々な考えが浮かんでくる。


 ――本当に、フレイに救援を頼むのが正しいのか?


 ――フレイを呼んでくる間に、師匠は倒されるのではないか?


 ――何も考えず、進むべき?


 ――師匠のもとに戻って、共に戦うべき?


 どの選択を、ラスタ・エトワールは取るべきなのか。


「考えてる暇はないんだよ……ッ。今も、師匠は戦ってる!」


 ――だから、動け。ルクスのことも、“ルーク”のことも、全て後回しでいい。今、足を止める時間はない。

 

 ――動け。動け。動け。動け……。


「動いて……くれ……ッ。俺はもう、何も失いたくないんだよッ!」


 膝をつき、動かなくなった足を叩きながら、ラスタは叫ぶ。

 

 そして、そんな彼に――

 


『――フフ、違うよ。君が動けないのは、失いたくないから……そう、自分の選択自分のせいで失いたくないから、だろう?』



 ――声がかけられた。



『君は怖いんだ。、自分のした選択のせいで、身近な人が死んでしまうのではないか……』



 ――鈴を転がすような、綺麗な声だった。



『……それならば、何も選びたくない。何も選ばなければ、少なくとも自分の選択だけの責任にはならないから。だから、君は動け……いいや、


 ――声の主は誰なのか、そんなことは気にならなかった。


 ラスタの胸に突き刺さる、頭に響く言葉達。

 それらは、彼が理解しようとしなかった本心を暴き出すようで。


『うん。君は何も間違っていない。だって、君が城塞都市で得た一番のトラウマは、、なんだから』


 城塞都市襲撃で、ラスタ・エトワールは死の恐怖を味わった。

 

 あの日、彼は『不死人』リンリーに殺されそうになった。

 その時の恐怖は、“ルーク”との訓練の中で、なんとか克服した。


 自身の死への恐怖に打ち勝てたなら、残る恐怖は他人の死への恐怖。

 

『ナイフをもって襲いかかる襲撃者を前にして、君は自身をおとりにすることを選んだ。子供達を、騎士に守られて安全な領主城に逃がした』


 それは本来であれば、襲撃者に立ち向かった勇敢な青年と、彼に守られて襲撃を乗り越えることのできた子供達という感動の場面を描くはずの選択。

 

 ――現実は、生き残ったのは命をかけて子供を守ろうとした青年で、逃がされた子供たちは一人残らず首を切られて命を落としたという選択になったが。


『分かる、分かるよ。あの場面では絶対に正しいと思えた選択は、君が一番望んでいなかった未来を引き連れて来た。恐怖で足が動かなくなるのも分かる。――君は、自分の選択で人が死ぬのが怖いんだよ』


 ――そうだ。ラスタ・エトワールは恐れている。

 今、動けないでいる時間こそが、最も無駄だと理解してなお、立ち上がれずにいる。


「――ぁあ……、分かってる……ッ! 俺は、どこまでもダメな人間なんだよッ!」


 あふれる。これまで、彼が抑え込んできた感情が溢れ出す。


「まだ、頭の中にこびりついて離れないッ! あの日、あの時、俺が子供たちアイツらを逃していなかったら、俺が、アイツらを守る選択肢をとっていればッ、フレイは間に合って、皆んな生きていたかもしれないッ!」


 ――それは、どこまでも彼を縛り付ける鎖。

 

「フレイがもっと速く来ていれば死ななかった? 違うだろッ! 俺の、命をかけて襲撃者に立ち向かおうとした勇気が、蛮勇がアイツらを殺したんじゃ無いかって思いが消せないッ!」


 ――その後悔は、日を重ねるほどに。自分の無力を実感するほどに。どんどん膨れ上がっていく。


 ――“ルーク”との会話で、自分の足りてなさを見せつけられた。


 ――師匠から逃がされて、自分の無力を悟った。


 ――進むことの出来ない自分の、これ以上ない愚かさを知ってしまった。


「俺が何を選んだところでッ、行き着く先はバッドエンドだ……ッ! それなら……もう、何もしない方が……」

 

『――だから、立ち上がれない……って? 優しいお姉さんが教えてあげよう。君の勇気で死ぬ人間もいるかもしれない。だけどね、君の勇気の無さで死ぬ人間も同じようにいるだろう』


 声の主は、嘆くラスタに言葉を投げる。

 

『人生は選択の連続さ。選ぶという選択も、選ばないという選択も、みな等しく与えられている。選択の結果なんて、神にすら分からない。

 ――それ故に、後悔の少ない選択をしなさい。後悔の無い人生なんて存在しない。でも、後悔を少なく、後悔を減らしていく人生は送れる』


「俺は……」


『君はどうしたい? 選ぶという恐怖で、ここで立ち止まるかい? それとも、助けを呼びにいくかい?

 ――もしくは、助けに戻るかい?』


 ここまで、ずっと溜め込んでいた想いを叫んで、少しずつラスタの頭が晴れていく。

 自分が、本当に取るべき選択――本当に、取りたい選択は何か。


 ラスタ・エトワールの戦闘経験は少ない。それはフレイも、カレンも、“ルーク”も指摘したこと。

 それでも、彼の師匠であるカレンと、ここ数日の間、彼と戦い続けた“ルーク”のことなら分かる。

 

 才能の怪物と呼ばれるラスタから見た、二人の力量差。


 ラスタが聖都で戦っているはずの『聖騎士』アダムス・フレイを見つけ出し、カレンの援助に間に合う可能性。


 ――師匠では、“ルーク”を止められない。ラスタ・エトワールは、間に合わない。

 

「……俺が行っても、何が出来るか分からない。師匠の邪魔になるかもしれない」

 

『そうだね』

 

「師匠は怒る。フレイも、後で知ったらきっとキレる」

 

『かもね』


 フレイを呼びに行くという選択は分かりやすい。彼がいれば、全てが丸く収まるのは自明であり、カレンもそう考えたに違いない。

 ここで立ち止まらなければ、きっとラスタも同じ選択をした。

 誰もが正しいと思える選択をしたはず。


 それでも――

 

「――でも、ここで逃げて、師匠が死んで、アイツのことも分かんないままなんて、そんなお先真っ暗な未来を、俺は望んでない」


 ――ラスタ・エトワールは、誰もが正しいと言わない、イカれた選択をした。

 彼の師匠では勝てないと信じる、矛盾ともとれる賭けをする。

 

『それが、あの日と同じ蛮勇だとしてもかい?』

 

「だとしても、だ。ここで逃げたら、あの日の選択が、無駄だったことになる。あの日の誓いが、嘘になる。

 ――だから、俺は進むぞ。例え、その蛮勇が許されざるモノでも……ッ」

 

『フフっ、……ハハハハ! これで、君に蛮勇を真なる勇気に変える実力が伴っていれば様になったのにね! 今の君じゃ、逆立ちしたって彼には勝てない! ああ、そんな怖い顔をしないでよ、カッコいい顔が台無しだぜ? 別に、君を貶してる訳じゃないんだから。ただ、嗤っただけさ』


 どこからか聞こえる声は笑いだす。

 良い加減、ラスタも気になってきた。


 ――この声は何なのか。

 

『……さて、そんな君に提案がある。君の蛮勇を叶える為の提案が、ね』


「……そもそも、お前は誰だ」

 

『フフ。ああ、今更ながら名乗っておこうか』


 瞬間、ラスタの体が燃え上がる。

 慌てて火を消そうとした彼は、その炎に熱さがない事に気がついた。


 その炎の発火源は、彼の服のポケットの中。


 そこに入れていたのは、『いいですか、ラスタ。私の合図で走りなさい。そして、フレイ様を呼んでくるのです。ついでに“コレ”も渡しといてください』と、カレンが吹き飛ばす前に渡してきたモノ。


 ラスタはポケットから、カレンに渡されたモノ――円形のコンパクトを取り出した。


『君はボクのことを幻聴か、あるいは可憐な妖精のイタズラか、そんな存在だと思ってるみたいだけどね、違う違う。そんなちっぽけなモノじゃあ断じて無い』


 コンパクトがひとりでに開き出す。その内側に備わっているのは

 

「――ボクは、サラマンダー。偉大なる四大精霊の一人。炎を司る星の観測者。『星の剣』の管理者にして、その担い手の選定者」


 その鏡は、かつて聖神が作り出した聖なる鏡。

 

「愚かで、矮小な人の子よ。誇ると良い。君は選ばれたんだ。どんな逆境でも立ち上がろうとする、どんな“闇”の中でも“光”を陰らせないとする君の蛮勇は――世界を担うにたる勇気に至るだろうと認められた」


 使用者の望む物を引き寄せるとされる、聖槍に並ぶほどの想いが込められた聖なる神器。

 

「剣を取れ、ラスタ・エトワール。君の目の前には、悲劇を喜劇に変える、物語だったらデタラメと蔑まされるような第三の選択肢がある。それに、今ならボクのような心優しいお姉さんも付いてくるよ。そうだ、サラお姉さんと呼んでくれるかい?」


 ――ラスタ・エトワールの願いに呼応した、奇跡のカラクリ。


 かくして、炎の精霊と星の剣は、本来のルートとは違う方法で彼の手元に集まり――――






 

*――*――*


「君の師匠が預けた神器により、ボクは君と出会うことができた。……ま、実は君のことは出会う前から知っていたんだけどね。あの男を倒す為の情報集め、その最中に君のことを見つけた」


 炎の精霊、サラマンダーがラスタ・エトワールに加護を与え、星剣の担い手に選んだのは、彼のことを気に入ったから。

 あれだけの悲劇を、“闇”を知って尚、前に進もうともがいていた彼について、もっと知りたいと思ったから。

 

 彼が出す“答え“光””を、観てみたかったから。


 それらの想いは本心だと言えるし、彼であればルクス・テラー……否、星を滅ぼしうる存在を打倒しうると、彼女は考えた。


 それに加えて、ラスタを選んだ最大の決定打――――


「――神器、聖なる鏡が発動した……それだけで、彼に賭ける価値がある」


 聖なる神器には数多の逸話がある。


 ――自身の望む物を引き寄せる神器。


 ――聖神が失せ探しのために生み出した神器。


 ――起動すれば、すぐに願いが叶う神器。


「聖なる鏡は望むモノを引き寄せる。それは正しい」


 かの鏡は望みを叶える聖なる神器。

 であれば、なぜ聖神の眷属はその鏡を使わないのか?

 恐れ多い……という訳ではない。

 王国でも、一部の人間のみしか知らない、聖なる鏡の致命的な“欠陥”。


「あの鏡の本質は“過程の省略”。未来で得るはずのモノを強引に持ってくる、“世界の理”の抜け穴をついた神器」


 サラマンダーは、聖神がこの神器を作り出した時のことを知っている。

 星の観測者としての立場を利用して、覗き見たが故に。


 ――聖神が作り上げ、たった一度利用して諦めた理由も、神が見つけようとしていた失せモノも知っている。……そこに込められた想いは、本物であると知っていた。


「例えば、百の未来が存在したとして。九十九の未来では、望む物を手に入れていたとしても、たった一つの未来で手に入れていなければ、あの神器は発動しない」


 聖なる鏡は無数に存在する未来にて、どの未来でも確定で手に入れているモノを、過程を省略して使用者に与えるというルールのもと、作られている。


 ――そして、この世でを保証することの難しさを、この世に生きるあらゆる生命は理解している。


「ボクは最初、どんな未来でも、どんな過程を経ても、ラスタ・エトワールが星剣に選ばれるから、鏡は発動したんだと思った」


 ――でも、よくよく考えればおかしいんだよね、とサラマンダーは続ける。


「君が星剣を得る前に死ぬ可能性は? ボクが、他の人間を選ぶ可能性は? 聖なる鏡は絶対の未来と、不確定の未来を保証する神器でもある。ボクが思いつく程度の可能性が、未来では絶対に起こらないなんて……それこそ絶対にない」


 ――だから、考えに考えて、一つだけ思いついた。


「もし――ラスタ・エトワールが星の剣を手に入れなかったとして。その時点で星の破滅が確定するのなら。

 ――聖なる鏡は、どのような判定を下すのか?」


 ラスタ・エトワールが星の剣を手に入れるという未来は確定じゃなくなる。

 しかし、星の破滅が確定するのなら、ラスタ・エトワールが星の剣を手に入れなかったという世界における未来は存在していないことになるのでは。

 であれば、そもそも彼が星剣を手に入れなかったという未来せかいは初めから存在しないと言ったほうが良いのではないか。


 ――聖なる鏡のパラドックス。星が滅ぶ……未来の無くなった世界を、神器はどのように認識しているのか。


「……うーん。ボクじゃ、分からないかなぁ。第一、彼以外が星剣を手に入れたら世界が滅ぶなんて……その方が信じられないし。やっぱり、どんな未来でも彼は聖剣に選ばれるってのが真実かな?」


 ――ともかく。


「――ま、ボクがラスタを選んだという事実は変わらない。星も、認めていない相手に剣が振るわれることを許容するとも思えないし……フフ、あぁラスタ。君はどんな道を進むんだろうね」

 

 炎の精霊サラマンダー――とある世界で『性悪ポンコツ精霊』の愛称で呼ばれていた存在は、炎の裡で静かに笑った。



 


 これは、“光”を目指す男の物語。

 精霊は“光”を選んだ。その選択の行き着く先は――

 



 

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