15 透き通るような邪悪は叫ぶ
俺の目の前に、黄金の剣を持ち、燃えたぎる炎をまとった青年がいる。
「(ラスタ、ラスタ、ラスタ、ラスタァッ! やはり、お前はッ主人公だッ!)」
『ブレイブソード・サーガ』。
ラスタ・エトワールを主人公とした、王道のファンタジーストーリー。
この物語において、邪神教団編は最序盤に位置付けられる。
世界を守る為――“星”を存続させる為に生み出された星剣。
ソレを管理する“星”の観測者――四大精霊、炎の精霊の加護。
世界を滅ぼしうる要因を排除するという使命を持った剣と、その使命を支える精霊の炎。
二つの力に認められた主人公が世界を巡り、努力と仲間によって邪悪な敵に打ち勝ち、世界を救う物語。
……そうだ。
物語の一番初め、邪神教団編で主人公は、邪悪なる神を倒す為の力――星の剣と精霊の加護を得る。
その力は、主人公が倒そうとしている邪神への最適解であり、その問題を解決した後に進むべき道を示す為のモノ。
いわば、邪神教団編はラスタ・エトワールという存在が、世界を救う旅に出る為のプロローグ。
――そしてどのルートであろうとも、プロローグを進んだ先、ラスタ・エトワールとルクス・テラーが共に旅をする光景を見ることはできない。
『ブレイブソード・サーガ』は星の剣をラスタが手に入れなければ始まらず。
ラスタが星の剣を手にしたのは邪神に対抗する為であり。
彼の故郷を襲った邪神教団がいなければ、ラスタと邪神の因縁は生まれず。
「(ああ、長かった……!)」
原作よりも早いスピードで集まる邪神完全復活の
教団に入り、気付けば邪神の『使徒』などと呼ばれるようになった自分自身。
加速する教団の邪悪さと、イレギュラーの数々。
――俺の目的は“光堕ち”。
邪神に殺されず、生きたまま邪神教団編の先に行くこと。
そして、ラスタ・エトワールの仲間となり、共に世界を旅すること。
その為に強くなった。使えそうな神器も集めた。教団の活動もしてきた。
全盛期の力を取り戻す前の邪神なら、俺一人でも倒せる可能性がある。
問題は星の剣。
ソレがなければ、物語は真の意味で始まらない。
星剣の
それでも、俺は星の剣のもとに辿り着くことができなかった。
原因は不明。精霊か、あるいは星に拒絶されたのか。
これにより、原作が致命的に破綻した時、俺がラスタに星の剣を直接渡すということが出来なくなった。
原作から外れすぎないように、ラスタと星の剣が偶然出会うように。
これまで考えてきた、原作通りにラスタ・エトワールが星剣を手に入れる為の方法。
「(これまでやってきたこと、これから先のこと、全て無駄になったが構わないッ。お前が星剣を手に入れた事には、それ以上の価値がある!
――そして、何よりッ!)」
「シッ……ッ!」
「動きが良くなってるな。精霊の加護に慣れてきたのかッ」
「お前が、本気出さないからだぞッ!」
夢にまで見た、専用武器を持った主人公との一対一の戦闘。
「(嬉しい。喜ばないはずがない)」
「まだ、手解きの最中とでも思ってるのか!?」
ラスタの振るう星剣をかわす。
叫びながら、さりとて冷静に攻撃してくる彼と、沈黙し、彼の炎に姿を隠しながら熱を飛ばしてくる精霊。
ラスタ・エトワールの星剣獲得。
彼が持ってきた予想外の一手は、俺に幸運と不運の両方を与えてきた。
幸運はラスタとの戦闘。
不運は――
「(……マズイな。星剣に斬られた腕の痛みが消えない。それどころか、体全体に痛みが広がっている)」
――星剣の持つ異能。
俺は初めから強かったわけではない。強くなる過程で死にかけたこともある。
もちろん、痛みに対する耐性は得ている。
そんな俺でも、顔を
ラスタの攻撃を喰らったのは、先ほどの一度だけ。
そのたった一度の傷が響いている。
精密な斬撃で装備品を壊して、相手を戦闘不能にする剣技も。
狙った場所を大雑把に切り刻み、相手を倒す剣技も。
この痛みに
俺の弱点。ルクス・テラーは、ラスタ・エトワールを
「(……いや、それもこれも、全て星剣のもつ対邪悪特性のせいだ……! なんで俺が邪神に匹敵するレベルで邪悪認定されているッ! 星剣は邪神や魔神のような、世界を滅ぼしうる巨悪に対抗する為のモノなのだろう!?
――どうして俺みたいな人間を、星が殺そうとするんだッ!)」
――心当たりが一切無い。
確かに邪神の加護は得ている。
それでも、世界を邪悪で包もうとした邪神との最終決戦時レベルで殺しにこられる理由が思いつかない。
少なくとも俺は、星を滅ぼすつもりなんてない。むしろ、星の存続を願う側の存在のつもりだ。
「俺が本気を出していない? ……俺はいつでも、本気で生きているつもりだ」
邪剣でラスタの攻撃を弾き、体勢を崩した彼を蹴り飛ばす。
――傷が痛む。しかし、この時間を少しでも長く楽しみたい。
「星剣、強力な武器だ。精霊の加護、強力な力だ。
――今のお前には、過ぎたモノのようだがな」
精霊の炎で傷を癒やし、屈さずに俺へと向かって来る彼を殴り飛ばす。
――何度でも立ち上がれ。そして、ルクス・テラーという存在を理解してくれ。
「どんな天才であろうとも、手にしたばかりの力を十全に扱えるわけがない。あぁ、こんな事も語った気がするな。強さは才能と努力と執念で決まる。今のお前にあるのは才能だけだ」
「……分かって、るさ。そんな事ッ」
「本当に? 加護により上がった身体能力、俺を打倒できる武器。やり方次第では、お前は俺を殺せるんだぞ。
――それとも、怖いのか? 当たりどころによっては俺を殺せてしまうことが」
ラスタが歯を食いしばりながら、コチラを睨みつけてくる。
「クク、もしかして図星か? お前の故郷を襲った教団の幹部は俺だ。お前の師匠を打ち倒したのも俺だ。お前が語った“光”を目指すという夢、お前が助けたいと願った人々を傷つけるのも――俺だ」
――ラスタ。お前は今、何を考え、何を思っている?
“ルクス”との初
親しくなった相手の裏切りに対する悲しみか。
――はたまた、憎むべき敵への殺意か。
「ルクス・テラーはラスタ・エトワールにとって、許されざる敵だ。なぁ、お前は一体、何に
教えてくれよ、ラスタ・エトワール。そして、俺を理解してくれ。
――お前なら、“ラスタ・エトワール”なら、こんな俺でも、“光”に堕としてくれるだろ?
「分かんねーよ。言いたい事も、聞きたい事も、たくさんある。多すぎて頭がごっちゃになって、何を話せば良いのか決まらない。どうして俺を鍛えたのか気になる。どうして俺を全力で殺しにこないのか気になる。でも、んなこと話してたら日が暮れるぜ。だから、一つだけ教えてくれよ。
――俺が城塞都市の生き残りだって話した時、お前は内心、どう思ったんだ?」
彼が語るのは、“ルーク”とラスタが初めて出会った日の話。
それと、ラスタ・エトワールが剣を取って、誓った日の話。
「あの日、俺はリンリーっていう頭のイカれた女と出会った。アイツは人を傷つけて、笑ってた。お前には、あの女から感じた狂気だとか、邪悪さだとか、そういったヤなモンが無かったんだよ。
――だから、信じた。お前が教団の幹部だと分かった今も、まだ、……信じてる」
ラスタの話を聞いてどう思ったのか。
重、と思った。それでも前に進もうとする彼に安心した。
だが、ラスタが聞きたいのはそういう事では無いのだろう。
「事情があったのか? 邪神とやらに従わされてるのか? 教えてくれ。俺には、お前が笑いながらあの惨状を生み出すような、邪悪な人間には見えなかったんだよッ」
彼の話を聞いて、被害の大きさに驚いた。
だが、それ以外の事は――――
「――何も思わなかったな」
ラスタが守ろうとした子供たちは死んだ。
彼の家族や友人は死んだ。
彼が親しかった人間の全てが死んだ。
「お前が悲しんでいるのも分かる。教団の、俺の行いは邪悪そのものだという事も分かる。でも、あの襲撃は俺の夢の為に、必要な事だった」
「お前は、あれだけ真っ直ぐに夢を追いかけて……」
「ふむ。夢というものは、自らの力で勝ち取るモノだ。そして、何かに勝つという事は、誰かを負かすという事。弱肉強食、それがこの世の
――そういう意味では、ありがとう、とも言えるかもな」
城塞都市襲撃。それは、物語開始の合図。光堕ちへの第一歩。
絶対に避けられない運命だった犠牲に、感謝しているのは事実だ。
「想像以上の被害を聞いて、申し訳なく思ったが……仕方のない事だった。時間を巻き戻したとしても、俺は何度でもあの襲撃を行うだろう。つまり、俺もリンリーも同じ穴の
俺が目指すのは“光堕ち”。俺が今立っている場所は、これ以上ない邪悪であり、“闇”に違いない。
血塗れになりながら相手を切り刻むリンリーも、高笑いで敵を粉砕するレグも、――彼女らをまとめる俺自身も、同じ邪悪な人間だ。
「――あぁ、そういうことか。違ったんだな、俺の認識が。悲しかったさ、お前の行いは邪悪だよ、でも……」
そうだ。“ルーク”のように、夢の為に一途になれる姿は
全部だ。ルクス・テラーの全てを受け止めて、それでようやくラスタ・エトワールは“光”から手を伸ばすことが出来る。
――お前が“ラスタ・エトワール”なら、それが出来るに決まっているはずだ。
「(もっと、お前の感情を見せてくれッ。“ラスタ・エトワール”は、俺を知って、どう受け止める!? お前は本物の主人公だ。お前だけが、ルクス・テラーの“光”になれるッ!)」
俺の回答を受けて、俯いていたラスタが口を開く。
そして、俺の耳に飛び込んできたのは――
「……お前は、純粋なんだな。夢を叶える為なら、自分も他人も躊躇なく斬り捨てられる人間。なんとなく、分かってきた。言動は邪悪なのに、その性根は笑って人を傷つけるようなモノではない。チグハグなんだよ」
――何を……?
「夢のために、自分の全てを捧げられる人間が悪いのか? 願いを叶える為に努力できる人間は邪悪なのか? 違う。そんなこと言ったら、俺も邪悪な悪党だ」
「俺は……!」
「――お前は邪悪だ。それは違いないぜ? でも、その根幹はお前が目指そうとしている夢そのものなんだよ。ルクス・テラーは願いを叶える為ならどこまでも努力できる人間性の持ち主で、お前の夢が人を救うようなモノだったら問題は起こらなかったんだろうな」
――違う。
「俺にはそこまでのめり込める願いの正体は分からない。でもな、躊躇いなく人の未来を踏み潰す必要がある夢が、マトモなモノだとは思えない」
――そんなはずは無い。
「お前は何を見たかった? 何を叶えたかった? どんな景色に辿り着きたかった?
――お前は、何に憧れたんだ?」
俺の憧れは――――
「ハハ、そうか。俺も誰かさんに憧れたから分かる。お前は俺を通して憧れたナニカを見てるんだろ? ……あぁ、これから俺は、酷い事を言うぜ。
――ルクスは、追うべきモノを間違えたんだよ」
「――そんなはずが無いだろうッ」
俺の夢が間違っている? 俺の願いは叶えるべきでない?
世界中全ての人間が賞賛するモノでは無いなんて、そんな事は分かっている。
だが、それでも――
「(――お前が、ソレを言っては……ッ!)」
――それだけは、ダメだろうッ。
「違うさ。ラスタ、お前は勘違いしている。ルクス・テラーは邪悪だ。俺が叶えようとしている夢が邪悪なんじゃない。俺が邪悪なんだ。全ての悲劇は、俺が邪悪という“闇”にいるせいだ」
「合ってるよ。少なくとも、ラスタ・エトワールから見たルクス・テラーは
「違うッ! 俺は邪悪の権化、邪神の『使徒』! お前が怒りをもって剣を振るうべき敵だッ! 決して、お前の語るような人間ではないしッ、決して、お前が否定するような憧れではないッ。決してッ――――」
――――お前が憐れみの目を向けるような存在じゃないッ!
「ハッ、お前、本当は何が悪いのか分かってねーだろ。お前の言う邪悪ってのは、『周りの人間が邪悪だと言ってくる、だからこの行いは邪悪なのだろう』ってことだ。さっきから、ズレてるんだよ。
――何度でも言ってやる。お前は憧れるべき存在を間違えた常人だ。夢の為に、どこまでもひたむきに努力できる人間だ」
「違う、違う、違うッ」
「俺のやるべき事は決まったぜ。お前を倒して、お前の夢を、憧れを否定してやる。お前の間違いを正して、お前を夢から醒ましてやる」
「クク、どうやって!? お前じゃ、俺を倒せない! いや、俺の憧れは、お前に倒された程度で否定されるモノではないッ!」
今のラスタ・エトワールに、俺を倒せる実力はない。
精霊に、俺を殺せる力はない。
唯一、邪神を滅ぼした星剣という武器はあるが、当たらなければ意味がない。
「んなこと分かってる。やっぱり、お前を倒すには俺の実力が足りてなさすぎる。でもなあ、俺が何も策がないのに、わざわざ師匠の言葉を無視して戻ってくると思うか?」
――やはり星剣か? ラスタも、精霊も、俺が星の剣の切り札を知らないと考えているはず。
「サラ」
「――あ、話は終わったのかい? いやぁ、話している最中に、いつぶち込んでやろうかソワソワしていたよ」
「準備は?」
「いつでも。まったく、君は精霊遣いが荒いなぁ」
――俺を倒せる切り札は、星の剣で確定。
ソレならば、避ければ――――
「なあ、ルクス。この切り札を使えば、俺は倒れる。全身全霊の一撃らしいからな。別に、避けても良いぜ。たぶん、お前なら簡単に避けられる。
――でも、お前の憧れが正しいと謳うなら、逃げないでくれ」
目が合った。
光り輝く黄金の剣を掲げるラスタの視線が、俺を射抜く。
その瞳は『あの日の俺と同じように、お前も楽な方に逃げるのか』と告げているようで。
「――それは世界を滅ぼしうる致命的な要因を排除する為に、星が生み出した“
精霊の声が辺りに響く。
星剣が輝きを増し、剣とラスタを渦巻くように紅い炎が昇っていく。
「(逃げるべきだ。アレは、邪神に致命傷を負わした、邪神を滅ぼした必殺技。断じて、俺のような人間に向けるべきモノじゃない)」
でも、ここで逃げれば――――
「【さて、拘束限定解除――構えなよ、ラスタ】」
「(――俺の憧れを、俺が憧れた
ソレだけは。ソレだけはダメだ。
他の誰でもない、ラスタ・エトワールには否定されてはダメなんだ。
「【そして神よ、人よ、
星剣の光が天へと伸びる。
離れている俺のもとにも、ヒリヒリと焼き付けるような痛みが届いている。
――逃げは、しない。
「……悪いな、もう一仕事だ」
俺の呟きに、手元の黒剣が震えて答えた。
「【さあ、四大精霊が一人――炎の精霊、サラマンダーの名の下に、星に
――“第三機構”解放許可申請……承認完了】」
「【万象喰らいし、飢える蛇よ。対価は既に払われた】」
「いくよ、ラスタ」
「ああッ」
星剣の輝きが極点に達し、その光に混ざるように精霊の炎が駆け上がる。
――そして俺の声に合わせて、邪剣が俺の周囲を黒く染めていく。その空間全てが、自らの
「【――“闇”を切り拓け、『
「【この領域全てを食い尽くせ。
――『
俺へと振り下ろされる極光に向けて、全力全速で邪剣を振るう。
――痛い。
星剣から放たれた
――熱い。
邪剣の
――これは……ッ!
やがて、俺の視界は
これは、光に憧れた男の物語。
文字通り、“光”に焦がされた気分はどうですか?
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