13 イカれた“光”とイカれた“闇”は激突する

 “ルクス・テラー”は、原作において決して“強い”キャラではなかった。

 

『聖騎士』アダムス・フレイのような、神に愛された肉体も聖槍ブリューナクというチート武器も無く。

『原作主人公』ラスタ・エトワールのような、怪物じみた才能もも無く。


 その身には特別な才も、その手には特別な武器も無かった。

 どんな道を選ぼうとも、凡庸ぼんようの域をでない男――それが『邪神教団の“最弱”幹部』“ルクス・テラー”という存在だった。


 そんな彼は、己が非才の身だと知りながら“闇”に生きる道を選んだ。

 

 ――他人よりも才能が足りてないのなら、り好みをせずに、多くを己のかてにしよう。

 ――たった一つの武を極めても、そのいただきには決して至れないのなら、この手が取れる全てを己の武器としよう。


 自分の手の届く範囲。その全てを貪欲どんよくに取り込み続けた“ルクス・テラー”は、無数の手札を持つようになった。

 確かに一つ一つは凡人の技だ。されど、ちりも積もれば山となる。


 剣で勝てぬなら、槍を使おう。槍で勝てぬなら弓を。ソレも無理なら、新たな策をろう。


 王道と呼ばれる技も、外道とさげすまれる策略も、全てを用いた数多の手札で相手を倒す。


 掛け算で進化していく周囲の強者に、足し算で対抗しようとした“ルクス・テラー”。


 原作にて、彼がきたえ続けた無才むすう鈍器てふだは、格上の強者をほふれるだけの、彼だけが持つ専用武器たり得た。


 ――では、この世界におけるルクス・テラーはどうしたのか?


 


「……ッ禍々まがまがしい剣ですね! あなたにピッタリです!」


「そうめるな。照れるだろ」


 俺の斬撃をいなしながら、「褒めてませんよ、イカれ外道!」と叫ぶ女騎士カレン

 適当な会話をしている間にも、彼女はちゃんと水晶を飛ばしてきている。

 

 手に持つ黒剣で水晶を斬り、距離を詰めて彼女も斬る。

 彼女は水晶生成の出力をうまく調整し、水晶壁を生み出したり、自分ごと水晶で飛ばしながら俺の攻撃から逃げ続ける。


 ――それでもその体には、俺の黒剣による切り傷が確実に積み重なっていく。


「……どうした騎士殿。俺を殺すのでは無かったのか? まだ、俺は傷一つついていないぞ」


「うるさいですね。ちょっとかすり傷を負わしただけで強者づらですか。私はまだまだ戦えますよ」


「減らず口だな」


「そもそも、どうせ邪神教団あなたたちの目的は神器でしょう? 他でもないルクス・テラーあなたが真っ先に大聖堂ここに来たのが証拠です。あなたはこれから私を倒して、神器を奪って、フレイ様を乗り越えて、聖都から逃げる必要がある。

 ――私はあなたを引き留めるだけで良い。それだけで、あなた達の目的は達成できない」


「……俺の斬撃を完璧に防ぐこともできず、オールレンジの神器を持っていながら、簡単に俺の接近を許す。その様でよく言えるな」


「どうとでも言いなさい。私が神器の警備を任されたのは――からなんですよ?」


 “宝剣アイオライト”は扱いづらい神器だ。

 水晶の生成という基本能力は、出来ることが多すぎる。

 使い手次第でにも、にもなり得る武器。


 その神器から生み出された水晶は非常に硬く、の性能では分厚く生成された水晶壁などは斬りきれない。


 それを彼女も理解しているのだろう。

 攻撃手だけでなく、防御手タンクにもなれるのが女騎士カレンの特徴。

 向かってくれば水晶壁で耐久戦を、背を向けて逃げれば氷柱つらら水晶で追撃戦を。

 ――そして俺がすきを見せれば容赦ようしゃなく殺しに来る。


 どう転んでも彼女の目的は成される――ソレ故の大口ビックマウス


「【いくらでもグロース付き合ってスプリットあげますよファイアッ!】」


 その選択は正しい――彼女の持つ情報から導き出された中では。


 主人公君が逃げなければ、俺もカレンの策に乗っていたかもしれない。

 なにせカレンもヒロインの一人だ。とまでは呼べないが、最初期に出会う師匠ポジの女騎士――彼女の性格も相まって、高い人気を誇っていた。


 ここが戦いの場でなければ、彼女と話を出来るだけで俺は喜び楽しんだはずだ。


 でも――


「――悪いな。あいつに逃げられた時点で、俺の中でお前の優先順位は……地に堕ちた」


 ――主人公とヒロイン、俺は迷わず“主人公”ラスタを取る。

 

「【成長せグローっ! んッ……、これ……はッ」


 俺と適度な距離をとりながら、水晶を飛ばしてきていたカレンが痛みに耐えるような声を上げる。


 苦痛の震源を確認しようとした彼女が見たのは――黒く染まった切り傷。


「クク……そんな熱心ににらんできてどうした。かすり傷ぐらいつばでもつけておけば治るのではないか?」


「お前……何をッしたんです!?」


何もしていない。ただまあ、俺の寝坊助ねぼすけでな。起きろと呼んでも、すぐに起きてくれないんだ」


「何を、言って……ッそれは」


 俺を睨みつけていた彼女は、俺の手元にあるが視界に入り、目を見張った。

 

 そこにあったのは俺がいつも持っている黒い剣。

 そう。俺の発言に抗議するかのように、黒い瘴気しょうきみたいなオーラを周囲に撒き散らしながら震える黒剣――否、“邪剣ウロボロス”。


 邪神教団の最弱幹部“ルクス・テラー”のではない、ルクス・テラーの神器。


 数打ちの量産品を持って戦いに行き、いつも無手で帰ってくる俺の姿を見た邪神ちゃんが『おぬし、一日に何本の剣をダメにする気じゃ!? 拠点アヴァロンは鍛冶屋じゃないぞ! がなくともがあるとかバカなことを考えるなーっ!』と、俺を叱りながら投げつけてきた


『それは、我が昔使っていた剣じゃ。自由気まま、マイペースなじゃが、おぬしなら何とかなるじゃろう。

 ――ただ、あまりすきを見せるでないぞ? 一度でも格下だと認識されれば、その邪剣のあぎとは担い手に向けられて、喰い殺されるからな』


 さやから抜いた邪剣を眺める俺を、『うむ、そう考えるとは似たどうしじゃな!』と笑っていた邪神ちゃん曰く。


 この神器“邪剣ウロボロス”の能力は――


「俺の相棒は斬った相手を喰らう、自らの尾を喰らうほどに飢えた蛇の名を冠した、邪剣ならぬ剣」


 切り傷から自身の肉体を喰われるという、これまでに体験したことのないだろう痛み。

 そんな痛みに犯されながら、未だその戦意を失っていないカレンに近づく。


「【来るなッグロース!】」


 その手にも傷があるが、彼女は神器を決して手放さない。

 彼女の詠唱叫びから生み出されるのは、今日一番の厚みを持つ特大水晶壁。


「――この剣は相手を斬るほど、相手を喰らうほど、その性能が上がり続ける。邪悪なる神の神器に相応しい、相手を侵食しんしょくして強くなる剣」


 ――彼女を喰らった邪剣は、何の抵抗力もなく水晶壁を斬り刻んだ。


「お前がかすり傷と笑っていた時には、既にお前は詰んでいたのだ」


 彼女が渾身こんしんの力を込めて生み出した障壁は、呆気あっけなく崩れる。

 水晶壁の奥で座り込み、俺を見上げるカレンと目が合う。

 ラスタを逃す時も、俺と戦っている時も、毅然きぜんとした振る舞いをしていた彼女の眼差まなざしに、今日初めての感情が混ざる。


「【ふざけ……グロースるなぁっファイア!】」


「逃げても無駄だ。この聖堂内全て、俺の剣の間合い口の中になっている」


 自身への水晶の射出による高速移動。

 それも、全身の傷から生じる痛みに乱された彼女にならすぐに追いつける。


「騎士カレン。俺がお前を攻めあぐねていた理由は、その水晶の硬さが全てだ。その障害がなくなった今、――お前は敵にもなり得ない」


「【どうしてグロースッ!】」


 俺は地面を蹴り、あっという間に彼女に並ぶ。

 

 ――逃げても無駄だと悟った彼女は、宝剣を構えて俺と向き合った。


「なぜ、それだけの力を持っていながらっ、お前は“そっち”側に立っているんですか!?」


 斬りかかってくる彼女の神器宝剣を、俺の神器邪剣で受け止める。


嬉々ききとして人を傷つけて、笑いながら命をもてあそんでっ!」


 剣戟けんげきの合間に飛んでくる水晶を斬る。


天才ラスタの剣を知ったからこそ――無才お前の剣がよく分かるっ……お前のソレはっ、常軌じょうきいっした修練をしなければ辿り着けないはずでしょう!?」


 原作にて“ルクス・テラー”が選んだのは、自身に足りないモノを貪欲どんよくに外から足していく事。

 どんな技術であろうと、彼は取り込んだ。

 その技術を磨いたところで、その技術の頂点に届かないだろうと分かっていても、彼は止まらなかった。


「凡人が限界まで努力をして、ようやく至れる剣技……ラスタが真似するのも分かりますよっ。お前の剣には、固有のクセがない! 少しでも才能のある人間なら、自分が扱いやすいように剣の型をいじって、その剣技には特有のクセが現れる!」


 “ルクス・テラー”に転生した俺にも、才能なんて都合の良いモノはなかった。

 剣を使っても、槍を使っても、弓や斧を使っても、凡才の域を出なかった。

 ――そんな現実を前に、悩みに悩んだ俺は決めたのだ。


基礎的きそてきな技を突き詰めて、不必要なモノを――自分すらも斬り捨てた剣! 決して頂点に届く事はないと分かっていても歩みを止めなかった、凡人の傑作。少しでもお前自身が剣に混ざれば、途端とたん駄作ださくに堕ちるイカれた技。

 ――そこまでして鍛え上げて完成した剣で、なんでお前は邪悪をす!?」


 ――足りないのなら、もっと引いていこう、と。

 原作の“ルクス・テラー”が選んだではなく、その真逆の選択肢。


 俺は剣に全てをささげることにした。

 槍でも弓でもなく、剣を選んだのは“ラスタ・エトワール”の得物えものと同じだったから。


 ――他の技術を学ぶ時間……不要。

 ――同じこころざしを持つ仲間……不要。

 ――“ラスタ・エトワール”に出会う前に光に堕ちようとする自分自身……不要。


 その道を選んだ時の事は、もう

 原作の“ルクス”と同じことをしても、最終的には主人公をかばって、邪神に殺される最期を変えられない……そんな考えもあったのかもしれない。


 俺はけずり続けた。斬り捨て続けた。

 剣を極めようとする万人が進む道。多くの先人たちが己だけの道を拓く中、俺は始まりの道を真っ直ぐに進んだ。


 気づけば俺の身にあった余分は無くなり、必要なモノだけが残り、正道みちの先は無くなっていた――他の道にはまだ先があったのに。


 俺が正攻法だけで強くなるには、余りにも才能が

 それを悟った時には、既に捨て過ぎていた遅すぎた


 “ルクス・テラー”が足し続け、重くなった鈍器どんきごとき剣で巨岩きょうてきを砕くのだとすれば――


「私を軽くあしらうその剣が、の為だけに生み出せるはずがないっ!」


 ――俺は限界を超えて捨て続け、するどくなったほこの如き剣で巨岩きょうてきつらぬ穿うがつ。


 今となっては、どちらの道が正しかったのかなんて分からない……でも、“強さ”において俺は“ルクス”の上を行っていると確信できる。

 

「こんな事……か。随分な言われようだな」


 剣を交える中、彼女の言葉が突き刺さる。

 もはや、ルクスの始まりの情景なんて覚えていない。

 

「俺はただ、理想の為に。夢の為に。願いを叶える為に進んでいるだけだ」


 ――今なお、魂が恋焦がれ続ける“光”の為に。


「俺は、歩みを止めた瞬間に死ぬ。お前の言うように、俺は凡人だからな。夢を追いかける事しか出来ないんだよ」


「……たとえ、罪のない人々の命をみにじったとしても、ですか? 彼らにも、あなたと同じように叶えたい夢があったかもしれないのに?」


 ――俺は邪神教団の最高幹部邪悪だ。これ以上ない“闇”の底にいる。もしかすれば、“強さ”だけでなく、“邪悪さ”でも原作の“ルクス”を上回っているのかもしれない。


「……これまでも、お前のような事を聞いてくる人間がいた。これは純粋な疑問なんだが、自分の夢と名前も知らない誰かの夢。どちらかしか取れないなら、自分の夢を取るべきだろう。

 ――そして、理想に生きる俺だから分かる。やぶれた夢を抱えながら生きることの苦しみを」


「……叶わぬ夢を追うくらいなら、死んだ方がマシ、だと?」


「そこまでは言ってないぞ。でもまあ、夢が敗れた事を知る前に、夢を追ったまま死ねるなら、その方が幸せなのかもな」


 ――俺はこれまでの自分の行いが、邪悪なモノだと分かっている。目指しているのは“光”堕ちなのだから、今は“闇”にいるはずなのだと思っている。


「(そう言えば、リンリーが言っていたな――)」


 俺はこれまでに多くの命を潰してきた自覚はあるが――実感はない。


「――道を歩いている最中に、虫や花を潰して本気で悲しむ人間はいない。多少の罪悪感はあるがそれだけだ。そんな事の為にいちいち心を痛めていたら、人間はとうの昔に全滅してるだろ」


 割と壮絶そうぜつな人生を送ってきた彼女リンリーだからこそ言える、シビアな価値観だ。


「さて、雑談はこれくらいにするか。これ以上時間をかけると、ラスタが『聖騎士』に救いを求める前に追いつけなくなる」


 俺に斬られ、邪剣に喰われ、既にフラフラになっているカレン。

 先ほどまで、震えながら悲痛ひつうな思いを俺に訴えていた彼女は――

 

「ははは……そうです、か……」


 ――笑っていた。


「バカ弟子に大見得を切って、お前を殺すと叫んで。結局、私は迷ってたんです。邪神教団が邪神の操り人形なのは、王国では周知の事実だったから。急に現れたイレギュラーであるあなたも、邪神が象徴に仕立て上げた操り人形なのかな……って」


 ――言いようのない、悪寒がした。

 彼女の持つ神器に、この状況を打開する方法は無いはずなのに。


「安心してください。お前は邪悪だ。邪神なんかよりも、よっぽど最悪で最恐な邪悪の権化ごんげだ。

 ――お前は、この世界にいちゃいけない異端だッ!」


 雰囲気の変わった彼女を今すぐ無力化しろと、俺の勘が叫んでいた。


「あなたのような邪悪の為に、私の命を使うんです。感謝しなさい」


 彼女が光輝くを取り出す。

 俺は躊躇ちゅうちょなく、彼女が取り出したソレを、握っている手ごと斬り飛ばしたが――


「【神威を解き放てディスチャージ。――水晶極光神殿クリオス・ナオス】」


 ――突如、視界を光が包み、一切の身動きが取れなくなった。

 







 


*――*――*


 カレンによる水晶攻撃と、ルクスによる斬撃。

 二つの要因で傷だらけになっていた大聖堂は今――濃紺の水晶で覆われていた。


 その場にいるのは、水晶の壁に背を預けるカレン。

 彼女が身にまとっていた鎧は水晶に置き換わり、ルクスに斬り飛ばされた彼女の手の断面にも、水晶は覆われていた。


 水晶のおかげで血は止まったが、邪剣による侵食は止まっていない。


「……これは、……死にましたかね」


 ――そして、邪剣の傷以上に神器の反動が重すぎる。

 ゴホリ、と血を吐き出しながら、彼女は焦点の合わない目で空を見た。


 強力な神器ほど、何らかの対価が必要なことが多い。

 聖槍ブリューナクは、切り札である聖神の権能を発動する為に、聖槍の担い手である『聖騎士』の全てを求める。

 邪剣ウロボロスは、剣の性能向上の為に、血肉を喰らう必要がある。

 もっとも、今代『聖騎士』様は例外だし、対価を敵に肩代わりさせる邪悪すぎる邪剣さんも例外に近いが。


 して、カレンの持つ宝剣アイオライトにも、その能力――水晶生成を発動する為の対価がいる。


 その対価は光。

 神器が光を貯めて、その光によって水晶を生み出す。


 だが、どれだけ光を貯めようと宝剣にはを水晶で覆うほどの出力は出せない。


 それは、神器が光を貯めれる限界でもあり、神器が一度に生成できる水晶の限界でもある。


 今回、彼女は裏技チートを使った。

 最後に彼女が取り出したナニカチート――“聖槍ブリューナク”の、聖神の権能によって生み出される“光”を貯め込んだ


 聖槍ブリューナクという最上位の神器の力押しを受けた結果、宝剣は通常時の性能を優に超えた能力を発揮し、大聖堂は水晶に覆われたのだ。


 故に、本来の聖槍ブリューナクの対価とは比べ物にならないほど少ないと言えど、間接的に聖槍の力を使ったカレンは神器発動の対価――神器の反動で死にかけている。


「でも、……これで……」


 彼女は大聖堂の中心にある水晶の山を、ボヤける視界の中で見た。

 

 神器を発動する前、そこに立っていたのはルクス・テラー。

 彼女の決死の神器は、邪神教団の最高幹部を封じ込める事に成功していた。


 その水晶はルクス・テラーだけでは決して破れない、絶死の結界。


 彼は、カレンがそんな切り札を持っているなんて知らなかった。

 それもそう。原作において、『聖騎士』が仲間の命を奪いかねない切り札を生み出す為に協力するなんて事態に陥った事はないのだから。


 城塞都市で、ルクス・テラーは『聖騎士』アダムス・フレイに言った。


 ――『聖騎士』アダムス・フレイ、俺からのアドバイスだ。お前の欠点は一人しかいない事。万能が故に頼らない、最強が故に頼れない。


 フレイはその言葉を受けて、考えた。敵のれ事だと切り捨てなかった。


 ルクスがその場を切り抜ける為に気まぐれで言った言葉と、ルクスがこれまでやってきた邪悪なる行い。


 その積み重ねは、彼が一番望んでいた主人公との戦闘前の大一番で返ってきた。


 ルクス・テラーに、この窮地きゅうちを脱する術はない。


 ――しかし、水晶に閉じ込められたのは


 ピキリ、と音がした。


 カレンの視界は既に何も映していない。

 

 それでも、その音は聞こえた。


 ――パキリ、と何かがヒビ割れていく音が。


 ルクスを封じ込めていた水晶にヒビが入る。

 そのヒビから、黒いモヤが昇っていく。


 ――それは、とある物が用意したモノ。


 ――とある神が、ルクス・テラーが死なないように、詰まないように、保険として渡したモノ。


 ――ソレは、かつて神と共に戦い、喰らい、意思を持った飢える蛇の剣。


 邪神ちゃんに、戦いに明け暮れるルクス・テラーの守護を命じられた神器。


 神器としての格は、“聖槍ブリューナク”に劣る。


 ――それでも、邪神と共に多くの神を滅ぼしてきたその剣には、神の権能に抵抗できるが宿っている。

 聖槍による神の権能の再現、その一部を用いた宝剣程度なら、“邪剣ウロボロス”は喰い殺せる。


「――死を覚悟したのは、いつぶりだったか」


 邪剣により作り出された水晶結界のヒビ。

 それを足掛かりに、封印を強引に壊したルクス・テラーが水晶から出てくる。


「あぁ、ありがとう。流石は邪神の愛剣だ。俺一人では、冗談抜きで死んでいたかもしれない」


 震える邪剣に、ルクスは感謝を伝えた。


 彼は水晶ばかりの周囲を見渡して、虫の息であるカレンのもとへ近寄る。


「……お前は俺のことを殺そうとしていたみたいだが、それで自分が死にかけていては意味がないだろう」


 カレンはこのままだと死ぬ。

 

 邪剣による侵食も、斬り飛ばした手も、治療系の神器を使えば治るラインを見極めたが故の行動だ。

 しかし、神器の反動による自傷ダメージは計算外。


 ――彼女を生かす力は、ルクスには無い。


「残念だ、女騎士カレン。お前はここで脱落――――――ッ!?」


 カレンが死していくのを悔やんでいると、ルクスは横から吹き飛ばされた。


 その身を襲うのは衝撃と、全てを焼き尽くすような


 ――誰だ? 『聖騎士』か? ラスタが呼びに行くにはまだまだ時間が必要なはず。レグとリンリーが速攻で倒された? それとも完全な第三者?


 予想外の一撃に、混乱するルクス。


 聖堂の、水晶で覆われた壁にぶつかった彼が見たのは――

 


「結局、分かんなかったよ」

 


 ――カレンの前に座り込む、赤い髪の青年。

 


「師匠の言葉も。ルークの態度も」

 


 ――知らず知らずのうちにルクスの口角が上がる。

 


「何かの間違いだと思った。お前にも何か事情があるんだと思いたかった」

 


 ――青年が手に持っているのは、

 


「師匠に飛ばされて、そのままフレイのとこまで逃げようと思ったんだ」

 


 ――青年がまとい、カレンに渡している炎は、


 

「あの日、俺の選択は子供たちアイツらを死なせた。

 ――でも。今日、俺の選択は間に合った」

 


 ――ルクス・テラーは疑問に思ったことがある。


『お前は、『ブレイブソード・サーガ原作』だから主人公であれたのか?

 それとも――ラスタ・エトワールだから主人公になれたのか』


 

「俺の手の届く範囲で、誰も死なせない。師匠も、お前も。俺はまだ、何も分かってないから」


 

 ――正史よりも速く成長し、理不尽ルクスに対抗する為に、本来なら手に入るはずのない力を連れて来た青年、ラスタ・エトワールを前にしてルクス・テラーの答えは出た。


 

「師匠も言ってた。仲違いをしたなら殴りあえって。

 ――めちゃくちゃ早いが約束の時間だ。今からお前を倒す」


 

 ――コイツは、『ブレイブソード・サーガ原作』だから主人公であれたのではない。ラスタ・エトワールというイカれた男だから、主人公になれたのだ。


 自身の師匠が何とかして逃した死地。そこに『聖騎士』という絶対強者を連れてくるのではなく、自分一人で戻ってくるという狂気の選択。


 ――しかし、『聖騎士』を呼びに行くという普通の選択をしていれば、カレンは確実に死んでいる。


 イカれた正解の選択を掴み取る勇気を持ち、望む未来を引き寄せた男は、その手に持つ金色の剣をルクスに向ける。


 ――そして、手解きの時の未熟な意思ではない、怒気の混じった本物の戦意を持って叫んだ。

 

「悪いが手加減はできねー。師匠の分まで死なない程度に……そうだな、半殺しだルーク――いいや、ルクス・テラーッ!」


「クク、フハハハッ! 御託ごたくはいい、来いッ! 主人公君――ラスタ・エトワールッ!」

 


 “ルクス・テラー後に光堕ちする悪役”と“ラスタ・エトワール後に世界を救う主人公”。

 

 ――こうして、本来の歴史から大きくねじれた二人は激突する。


 



 これは、“光”を目指す邪悪なる男の物語。

 つまり、ガバばかりの彼が今日まで生きてこれたのは、邪神ちゃんのおかげですね。さすが邪神、さすが◆。

 

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