12 邪悪を覗く時、邪悪もまた此方を覗いている

 原作最序盤。邪神教団編。聖都争乱の章。

 プロローグにて『聖騎士』に助けられた主人公が、王国の見習い騎士になり、初めて“教団”と自らの力で戦うことになる場面。


 “ラスタ・エトワール原作主人公”と“ルクス・テラー邪神教団の最弱幹部”が剣を合わせた、最初の出会い。


 レグによる城壁の破壊、そこから始まった教団による聖都襲撃。

 聖都に入ってすぐに俺と猛獣コンビレグ&リンリーは分かれた。各々のやり方で“聖なる鏡目的の神器”を手に入れる為に。


 俺は原作において神器が保管されていた大聖堂へと、王国の騎士も教団の信者も聖都の民も、全部を無視して向かっていた。


 全てはと戦う為。

 友としてではない、教団の幹部“闇”として立ちふさがる為。


 主人公君が俺に好感を抱いているのは知っている。

 俺を兄のようにしたってくれているのも分かっている。

 ともすれば、全てを隠し、“ルーク旅人”としてなら簡単に仲間にしてくれるかもしれないのも理解してる。


「(――それでも俺は“ルクス・テラー邪神教団の幹部”としての前に立つ。そして、“ルクス・テラー”として光に堕ちる)」


 原作の“ルクス・テラー”は、主人公の手を取らなかった。

 取れなかったのではない、自らの意思で取らなかったのだ。


 “ルクス”は自らの“闇”邪悪を貫き通し、その果てに主人公を救った。

 苦悩くのうしただろう、後悔もあっただろう、何度も主人公の“光”に逃げそうになったのだろう。


 自分が手にかけてきた命。襲ってきた街。奪い取ってきた“光”。


 その全てと向き合い、その全てにつぐなおうとした先で、“ルクス・テラー”は“闇”の中で死して、“光”となった。


 、覚えている。

 魂が焦がれている。


 ――“ラスタ・エトワール”のまばゆい“光”を。



「ルーク……?」



 ――“ルクス・テラー”のくらく輝いていた“光”を。



 大聖堂の屋根を斬り飛ばし、俺の到着をに伝える。


 聖堂の正面玄関、大扉を押し開けた先にいたのは騎士の鎧を身につけ、腰に剣を差した二人。


 二人の内の片方、赤い髪の青年――ラスタが声を震わせながら聞いてくる。

 いや、聞いてきたというよりも、思わず口からこぼれた落ちた、といった感じか。


 今の俺の格好はフェアラに頼んだ“ルーク”の変装とは違う、“ルクス・テラー邪神教団の幹部”としての姿。


「る、ルークなのか……? やっぱり、ルークだよな、な、なぁっ……がはッ」


 それでも、俺の雰囲気からナニカを察知したのか、彼はたずねてきた。

 信じられないモノ……否、信じたくないを見て、おずおずと俺の方へと近づいてくる。


 そんな彼をその場にいたもう一人――長い金髪を後ろでまとめた女騎士、カレンが首ねっこを掴んで後ろへ投げ飛ばした。


「ゴホッ……っ、急に何すんだッ師匠!」


「落ち着きましたか?」


「は……、ぁあ!?」


 き込み、地面に座るラスタに一切の視線を向けず、俺の方をにらみつけるカレン。

 彼女は俺から目を離さずに、ゆっくりと腰の剣を抜いた。


 さやから出てきたのは、ラスタが使っていた騎士の剣と同じ標準品――ではない。


 見覚えのある、綺麗な剣だった。濃紺のうこん、見る角度によっては紫紺しこんとも取れる宝石の如き剣。


 そして、その美しい剣先が向けられるのは――もちろんこの俺。

 

「ちょっと待ってくれ師匠! 確かに俺たちの仕事は神器の警備だけど、コイツは別に――」


「いつからあなたの目は無くなった節穴になったのですか、バカ弟子。それとも、日々の鍛錬で疲れましたか」


 辛辣しんらつな彼女の言葉に、呆気あっけにとられた顔を見せるラスタ。

 そんな彼女の様子を前に、『あぁそう言えば、女騎士カレンは味方には甘い姿を見せ、敵にはどこまでも冷たくなれる、強く優しい人物だったな』と、俺は懐かしく思っていた。


「いや、でも、ルークは――」


「“ルーク”……? 私の目には、そんな人物映っていませんね。私の前にいるのは“ルクス・テラー”。邪神教団の最高幹部。ラスタ、あなたの城塞都市を襲撃した主犯ですよ」


「……は?」


「邪神の『使徒』。私たち王国の騎士が、最も警戒している相手です」


 衝撃で固まったラスタを置いて、カレンは話し続ける。


「教団が大祭中の聖都を狙って来るなら、あなたは高確率で現れると思っていました。もっとも、こんな聖堂に『使徒』なんかが一直線でやって来るとは思ってもみませんでしたけど。暇なんですか?」


「ふむ。言いたい事は幾つかあるが……まず一つ、そんなに警戒する必要はない。俺は教団幹部の中では、一番一般人に近い男だ。剣なんて向けられれば怖くて身がすくんでしまうだろう?」

 

「面白い冗談ですね。そのまま身をすくませて、恐怖でむせび泣きながら死んでくれると助かるのですが……ええ、もちろん冗談ですよ?

 ――あなたがそんな簡単に死んでくれるなら、王国は魔獣でも教団でも邪神でもなく、『使徒』ルクス・テラーを最優先討伐対象に選んでいません」


 ……ふぇ?


 原作キャラとの会話。原作主人公とヒロインの掛け合い。それを見て、ひそかに心おどらせていた俺の動きが、カチリと固まった。

 

 ラスタに続いて、俺まで衝撃の真実で動かなくさせた女騎士さんは止まらない。

 ――え、カレンって、氷属性撃持ちでしたか……?


「(ん? 最優先討伐対象……? 誰が……? 俺が……?? ……何故!?)」


「……もしかして、知らなかったのですか?」


「……俺は人畜無害な一般最高幹部だぞ?」


「……記録によると、ある時期を境に教団の活動内容が一変しました」


 俺の言葉戯言に耳を貸さず、彼女が語るのはこれまでの邪神教団の軌跡。


「それまで邪神の意のままに、邪神が命ずる通りに、操り人形として盲信もうしん的に行動していた邪神信者たちが、急に自らの意思を持って行動を始めたのです」


 ――それは俺の知らない話。

 

「誰かの命令ではなく、自ら命をけて戦ってくる狂信者。騎士の被害も、民の被害も、以前とは比べ物にならないレベルで跳ね上がりました。

 ――それらは全て、あなたが邪神教団の幹部になった時期と一致するのです」


「……冤罪えんざいだろう。俺はただ、俺の意思で、願いを叶える為に突き進んでいるだけだ」


「それ、ですよ」


「は?」


「盲信的な信者しかいない教団に落ちた、異端劇薬。無自覚に、無意識に、“闇”の中を先導する存在。あなたの強い意思は、さぞやまぶしかったんでしょうね、邪神の甘言かんげんにつられるような人々には。

 ……それこそ邪神“闇”の為、あなた“光”の為に、盲信から解放されて、自らの意思で命を差し出しても良いと思えるほどに」


「何を、言って……」


「確かに邪神を排除することができれば、教団の力は落ちるのでしょう。しかし、それでは残った信者達による特攻を防げない。でも、あなたを倒したら? そうです、今の教団の支配体制は完全に崩壊する。それが王国の、聖神様の考え。ただでさえ、最近の王国は活性化してきた魔獣の相手で精一杯なんです。

 ――今ここで、ノコノコ一人でやってきたあなたを倒します。……ラスタも、いつまでほうけているのですか?」


 俺とカレンの対話を、顔をうつむかせながら聞いていた彼に、彼女は突きつける。


「あなたは言ってましたよね。二度とあの日のような思いをしたくないと。あの日の悲劇を、誰にも味合わせたくないと。――思い出しなさい。あの日、ラスタ・エトワールは何の為に剣を取ったのか」


「……なぁっ、待ってくれよ……? 師匠も、ルークもッ! ふざけてるんだろ? 俺をからかってるんだろ!? そうだと言って――ッ」


「いい加減にしなさい」


 カレンが、手に持っていた紫紺の剣を地面に突き刺した。

 そして俺が現れてから一度も離さなかった目をらし、彼女の態度に驚いているラスタを見やる。


「……いつの間にか強くなっていると思いましたが、逆だったようですね。王都に来たばかりのあなたの方が、今のあなたよりもでした」


「な……ッ」


「ここを出て、フレイ様を呼んできてください。あなたは戦いの邪魔になる」


「待っ――」


「これは上級騎士からの、見習い騎士へのです」

 

「それは俺を抑えて、彼を逃すということか?」


「ええ。そう言ったつもりですが、聞こえなかったですか? 頭だけじゃなく、耳もおかしいんですね。可哀想に」


 彼女の言葉を聞き流しながら、考える。

 ここでラスタを逃すことの是非ぜひを。


 原作において、“ラスタ・エトワール”と“ルクス・テラー”が出会うのは神器の保管されている大聖堂――ではない。


 ラスタが神器を守ろうと聖堂に向かう最中、街中でルクスと邂逅かいこうし、二人きりの戦闘ダンスが始まるのだ。


 原作の流れとズレた原因は幾つか思い付くが、一番はレグによる城壁破壊だろう。あれで襲撃開始が聖都中の全ての人間へ即座に広まり、王国側の行動が早まった。

 

 ……やはり、あんな豪快に壊す必要なかったのでは?


「クク、悲しいな。せっかく時間稼ぎの長話に付き合ってやったんだ。もっと優しくしても良いんじゃないか。おおかた、増援を待っていたんだろう? 本命は『聖騎士』か」


「はぁ……気づいた上で付き合ってたんですか? 悪趣味ですね」


「『聖騎士』は来ないぞ。どうせ、ヤツは他の幹部の相手を優先する」


「なら、なおさらここであなたを抑える必要がありますね。フレイ様が他の襲撃者を倒してる間に、あなたに逃げられたらたまったもんじゃないですから」


 カレンへと軽い口を叩きながら、俺は結論を出した。


「(――ここでラスタは逃がさない)」


 ラスタを逃した場合の最良。

 それは彼との一対一、原作の再現ができるということ。

 カレン前菜を速攻で倒し、ラスタ主菜とやり合う。

 最悪はカレンに粘られ、ラスタが『聖騎士』アダムス・フレイを連れて戻ってくること。

 そうなったら詰みだ。原作の流れは沿えず、なんなら俺が『聖騎士』に負ける可能性すらある。


 重い。あまりにリスクが重すぎる。

 いっときの感情に流されがちな俺でも、流石にこれは無いと分かる。


 覚悟を決めた俺は、未だ狼狽うろたえているラスタと、彼を逃がそうとするカレンの作戦会議を眺める。

 

「いいですか、ラスタ。私の合図で走りなさい。そして、フレイ様を呼んでくるのです。ついでに“コレ”も渡しといてください」


「……師匠、俺は……ッ」


「分かってますよ。あの男が、ここ数日あなたを鍛えていた犯人なのでしょう? アレが相手なら、その成長も納得です。

 ――滅多刺しにしてやりますから、安心してください」


「違う、違うッ! 師匠の言葉も、ルークの反応も、本当なんだろッ!? でも、分からないんだよ! アイツが城塞都市を襲った犯人だって言われても、ルークはようやくできた、俺の友達でッ!」


「ええ、それも分かって――」


「俺は、無理だ……ッ! ルークは強い! 本当は、師匠と一緒に戦わなきゃいけないッ! でも、俺は……アイツと戦えない……ッ」


「……バカ弟子。私は怒っています。別に、あなたが戦力にならないことを怒っているわけじゃありません。私が怒っているのはただ一つ。

 ――どうして私が負けるような雰囲気で話すのですかっ。舐めないでくださいよ! そもそも見習い騎士が教団の幹部とやり合うことの方がおかしいのです! 分かったらサッサと心を入れ替えて、フレイ様を読んでくるパシリになってください!」


「でもッ――」


「でももなにも無い! 何ですか? 私が弱く見えてるんですか? そうですよね、私がずっと強かったらそんなに心配するはずがないですもんね! ふんっ! 私の戦い方を知らないくせして、生意気なんですよこの鍛錬バカが!」


「は、……はぁ!? 俺はただ、師匠が心配でッ! でも、ここまで言われてもルークを敵と見れない自分が苦しくてッ! 俺が、何の為に剣を取ったのか分からなくてッ!

 ――ここで逃げたら、あの日の誓いが嘘になる気がしてッ!」


「――ならこうしましょう。あなたと私でヤツと戦って、二人とも倒されるのと、あなたがフレイ様を呼んできて、皆んな助かるのと、どちらが良いですか?」


「それは……」

 

「フレイ様が来れば、そこの外道も生きたまま捕まえられるかもしれませんね。そうしてから好きなだけ話せば良い。それにもう、茶番も限界です。見てみなさい、あれは行列の待ち時間にキレる男の目です。そろそろ苛立って暴れ出すかもしれません」


「……おい、俺のことか? 待ってやった人間にそれはないだろう」


 ――作戦会議が終わるまで、ちゃんと待ってあげたのに酷くない?


「ではもう一度言いますが、私の合図で走って外に逃げなさい。別に作戦がバレていようが、私が止めるの大丈夫です」


 紫紺の剣を構え、こちらを見据えるカレン。


「(――カレンを優先して倒し、ラスタとの勝負に集中する。コレがベストルートッ!)」


 ここは大聖堂。出入り口は俺の後ろ。

 他に入り口があったとしても、俺の斬撃からは逃げられない。


 それにフレイが俺の方に来なかった時点で、フレイが向かったのはレグとリンリーあの二人の方なのは確定。

 全速力で聖堂へ駆けた俺と違い、彼女たちは城壁を壊した後、正面から進軍しているはず。


 この大聖堂は、破壊した城壁からまっすぐ進んだ場所にある。

 

 つまり、ラスタがフレイを呼びに行くのなら、俺の後ろから向かうのが最短ルート。


「(彼女の本命は俺を抑えて、後ろからラスタを逃すこと。そして、カレンと俺との距離はある。普通に彼女が剣を振るだけじゃ、俺にはリーチでもスピードでも届かない)」


 だが彼女には、彼我の距離を覆すモノがある。


「ふぅ……行きますよ」


 カレンがその手の剣を振る。

 ただの空振り。

 

 しかし、剣が切り裂いた空中から――


「【成長せよグロース射出せよファイアッ!】」


 ――氷柱つららのような薄い青色の水晶が生まれ、俺の方へと飛んでくる。


「ハッ!」


 彼女の剣の軌跡から生じて飛んでくる無数の水晶。


 これこそが、彼女の持つ――“宝剣アイオライト”。

 有する能力は、本体である剣を起点とした水晶の生成と操作。

 聖神の権能を再現できる聖槍ブリューナクと比べれば、何段も劣る扱いづらい能力。

 

 ――しかし、騎士団でも数少ない上級騎士である彼女が使えば話は別。


 近・中・遠距離適正オールレンジ攻撃手アタッカーとしても、防御手タンクとしても働ける、万能手オールラウンダー


『聖騎士』アダムス・フレイが認めるほどの実力を持つ騎士。


 避ける。避ける。避ける。

 高速連続水晶射出。


 俺を止める為、彼女が選んだ作戦はシンプル――


「【もっともっともっと飛んでけファイア、ファイア、ファイアッ!】」


 ――俺が他に意識を向ける余裕がないほどの水晶弾幕物量の押し付け。


「ゴリ押しが、過ぎるぞッ」


「【サッサとッグロース死ねッファイア!】」


 弾幕と共に、カレンが剣を前に突き出して向かってくる。

 剣身を覆うように生まれた水晶は急速に肥大化していき、槍……いや、杭のようになっていく。


「【成長せよグロース裂けよッスプリット

 ――水晶連槍クリオス・パイルッ!】」


 ――そして、水晶の杭が四方へ分かれて、俺の逃げ道を塞ぐように伸びてくる。


 俺自身を攻撃するというよりも、俺の視界を塞いで行動を不能にすることを目的とした水晶の檻。


「(もし、合図をするなら――)」


「【――今ですッグロース、ラスタ!】」


「ああ…………ハッ!?」


「――ここだろ。秘剣…………なッ!?」


 合図のタイミングは読めていた。

 彼らの策を正面から打ち破り、そのままカレンとラスタとの対面戦闘をするつもりだった。


 カレンの声に合わせて駆け出したラスタ。

 視界を覆う水晶を、いつもの黒剣で切り刻み、ラスタの進行方向を塞ごうとした俺。


 ――そんな俺を嘲笑うかのように、地面から突如として生えてきた


 そして、水晶が生えてきた地面の上にいたのは――ラスタ。


「――はぁぁああああ!?」


 叫び声を上げながら、水晶に押し出されるようにラスタは大聖堂の外へと射出された。


 ラスタを飛ばした後、水晶は急速に砕けていき、ダイアモンドダストみたいな幻想的な風景を生み出す。

 

 そんなギャグみたいな光景を、俺は口を開けて愕然がくぜんとしながら目の当たりにした。


「バカな……」


 ――この女ッ、自分の弟子ごと水晶を飛ばしやがった!


「……頭おかしいんじゃないか?」


「バカにしてます? おかしいのはあなたですよ」


 カレンから心底バカにしたような目線を向けられながら、俺はとあることに気づいた。

 今の水晶生成は、彼女の持つ剣が起点ではない。明らかにラスタの足元の地面――床下を起点に生成されている。


「――お前の宝剣は、自身の剣を起点とした水晶しか生み出せないんじゃなかったのか?」


 俺の言葉に、彼女は目を丸くしながら答える。


「もしかして私の神器の能力、知ってました?」


 宝剣アイオライト。

 俺の覚えている限りだと、剣身からの水晶の生成と、その操作。

 あと、もう一つの生成方法があったが、アレは――


「私の神器の能力は剣身からの水晶生成。

 ――それと、事前に剣身から生み出して設置したを起点とした遠隔生成です」


 遠隔起動可能なトラップの生成。

 だが。


「いつだ? お前がを準備して設置する時間は……まさか」


「思い出しました? 私がラスタを叱責しっせきした時、。あの時、地面にを設置し、そこを起点にラスタの足元を吹き飛ばしました」


「あの時から、ラスタを吹き飛ばす気でいたのか……」


「はい。とんでもない速度で強くなっているとはいえ、あなたが相手です。聖堂にあなたが入ってきた時から、ラスタを逃すことを考えてましたからね」


「弟子を信頼していないのだな」


「逆でしょう。信頼しているから、逃したんですよ。

 ――こんなところで折れるなんて、ラスタ・エトワールにはもったいない」


 ――やられた。

 心のどこかで、負けるわけがないと慢心していたのかもしれない。


「彼は強くなります。もっともっと、それこそ私なんかすぐに超える。聞いても良いですか? どうしてラスタを鍛えたんですか? ラスタがあそこまで懐いているんです。城塞都市の生き残りだと知っていたのでしょう?

 ――なにが目的で、なにを思いながら私の弟子に近づいたのです?」


「……怒っているのか」


「ええ。怒ってます。結局あのバカ弟子は私のことをイキがって負けるヤツだと思いながら飛んでいきましたからね。私一人だと負ける発言を否定しませんでしたよ、あのバカ。

 ――けどですね。私は、私の弟子がっ、お前のような邪悪に苦しめられていることに。私は一番怒ってるッ!」


 カレンの発言に込められていたのは、俺でも分かる純粋な

 彼女がかかげた神器を起点として、水晶が形成されていく。


「たとえ短い期間であろうとも、彼の苦悩を理解したはずでしょうッ!? ラスタは、限界でしたッ! 王都に来た時にはもう空っぽだったッ! それが、聖都に来てから心の底から嬉しそうにしていたッ! 私も、そんな姿を見て安心した!

 ――なのに、どうしてお前は笑みを浮かべながら立ち塞がれるッ!?」


 思わず、口元を手で確認する。


 そんな俺のもとへ、水晶が飛んでくる。

 

 犯人カレンは水晶を浮かべながら、わらっていた。

 

「やっとこっちを見ましたね。さっきからずっと気に入らなかったんですよ。力強い輝きを兼ね備えた、目的のために邁進まいしんする目? モノは言いようですね。目的以外は何も見ていない、目的に関係ない人や物は路端の石ころを見るような目のくせにッ!」


「……うるさい」


「ラスタはッ、お前のようなクズがけがしていい存在じゃないんですよッ!」


「……“ラスタ・エトワール”は、折れない。どんな“闇”の中でも、“光”を陰らせない。みんなを照らす、眩い眩い一等星」


 ――考えたことがある。

 俺のような邪悪“闇”が“光”になれるのか。


 ――考えたことがある。

 こんな重い過去があって、本当には“光”であれるのか。


 ――考えたことがある。

 “闇”が立ち塞がる時、主人公“光”になれるのか。


 俺だって、人間だ。

 ただ“ルクス・テラー後に光堕ちする悪役”に転生した一般人だ。

 本当に必要なモノだけを残して、他は全部斬り捨てて。

 

 ――そうして至ったルクス・テラー邪神教団の最高幹部


 不安な時は心の中で呟く。


「“ラスタ・エトワール後に世界を救う主人公”は、決して立ち止まらない」


 もし折れて、挫けて、動かなくなって、歩みを止めたなら――


はもう、“ラスタ・エトワール”じゃない」


「……本当にイカれてるみたいですね。フレイ様は優しいから、どんな相手でも生かしてとらえようとしますが――あなたはここで、私が殺す」


「退け。お前じゃ全然足りてない」


「【限界を超えてオーバー成長せよグロース裂けてスプリット射出せよファイアッ!

 ――水晶連槍クリオス・パイル四重奏カルテットッ!】」


 剣を構える。

 俺がいつも装備している黒い剣。


「【――そろそろ起きろ。邪剣、ウロボロス】」


 ドクンと、手の中で黒剣愛剣が震え出す。


 ――そして次の瞬間、俺に迫ってきていた水晶が全て斬り刻まれた喰い殺された




 これは、“光”を求めて彷徨さまようイカれた男の物語。

 輝く“光”は“闇”の中でよく映える。引き寄せられるのは邪神教団の最高幹部。まるでハエみたいですね。


 

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