11 幕間・“光”と“闇”が交わりて――

 その出会いを、ラスタ・エトワールは一生忘れないだろう。


「この『ドキドキスイートパラダイス聖都本店』の場所を教えてくれないか」


 ――だって、あまりにも衝撃的な出会いだったから。





 その男ルークと出会ったのは、ラスタが聖都を散策している時だった。


『異国風の旅人が裏道に入り、その後ろをならず者達がつけて行った』


 その光景を見た善良な一般市民が、王国騎士の証が付いた剣を持ち歩いていたラスタにした報告。

 

 ラスタは急ぎ、裏道を進んだ。

 彼の師匠曰く、聖神大祭中はいろんな人々が王国各地から集まるらしい。その中には善人もいれば悪人もいる。

 そういった悪人達から民を守り、大祭を成功させる――それが自分たち騎士の役目だと師匠彼女もフレイも言っていた。


 いざとなれば腰の剣を抜く覚悟を決める。

 仮にも、自分は現役の騎士に鍛えられているのだ。街のならず者程度にやられるような、やわ鍛錬たんれんはしていない。

 

 ――そして人でにぎわう大通りから、だいぶ離れた小道を走り抜けた先。

 決意を固めた彼が目にしたのは圧倒的不審者たちの姿だった。


 地面に散らばる、細々こまごまとした布の切れ端元ズボン

 

 王国民が崇める主神聖神がかつて暮らしていた場所で、下半身を露出しながら走り去っていくならず者三人衆。

 

 そんな混沌した場に溶け込むように、黒い剣を抜いてたたずむ、妙に様になっている異国風の格好をした旅人。


 ツッコミどころだらけだった。

 なんならツッコむ気が失せるほど、意味不明な光景だった。


 旅人が不審人物達に襲われているというを予想していたラスタはとりあえず――


「(……うん。まぁ、なんだ。無事で良かったな!)」


 ――被害ゼロを確認してズボンには目をつぶる、安心した。

 


 そこから先は怒涛どとうの展開だった。

 

 不審者しか居なかったあの場において、一番不審者をやっていたと言っても過言ではないその男旅人は、自らを“ルーク”と名乗った。


 彼が急に手をつかんできた時は、流石のラスタもドン引いて狼狽うろたえた。


 剣を抜くべきかどうか迷っていたラスタに、彼が頼んできたのは道案内。

 

 目的地がラスタも知っている有名店だったこと。

 裏道とはいえ、街中で剣を抜くような男から目を離すのはヤバいと思ったこと。

 ――ルークが自分に対して、懐かしいものを見たかのような、憧れていたものに出会ったかのような、身に覚えのない眼差まなざしを向けてくるのが気になったこと。


 それらの理由から、ラスタはルークの頼みを快諾かいだくしたのだ。もっとも、そんな理由がなくとも、彼の持つ善良な心は困った人を見捨てはしなかっただろうが。



 道案内のかたわら、二人は色んなことを話した。


 美味しそうな匂いに釣られて、祭りの屋台飯で食べ歩きをした。

 ルークは魔獣肉串を食べて、美味いとほころぶように笑っていた。

 ラスタの知らない知識を、たくさん教えてくれた。


 ――楽しかった。

 城塞都市の襲撃から、ラスタはずっと一人で前に進もうともがいていた。

 確かに、命の恩人であるアダムス・フレイや、彼の剣の師匠とも言える女騎士カレンなど、ラスタと一緒にいた人たちはたくさんいた。

 

 でも、ラスタと横並びになって笑い合える、気軽に楽しめるような人間はいなかった。――全員、あの日の襲撃で死んでしまった。


 ルークとの距離感はちょうど良かった。ポッカリと空いてしまった穴をふさいでくれるような、温かい気持ちになれた。


 だから、ルークが剣の手解てほどきをしてやると言った時も、少し迷ったが、ラスタはうなずいた。

 ルークが相手なら万が一はないだろう、と思った。


 道案内という短い間、ルークと接する中で『コイツが良いヤツかは分からないけど、悪いヤツじゃあない』と何となく感じたのだ。彼が、意識的に邪悪“闇”を振り撒くような人間には見えなかった。



 そうして始まった戦い。

 彼の手解きは想像以上に苛烈かれつだった。そして、そんな事が気にならなくなるくらいルークは強かった。


 目潰しをしても、蹴り技を混ぜてみても、鎧袖一触がいしゅういっしょくにされる。


 ――自分は強くなっている。

 ――あの日の、何も出来なかった愚かな青年から進化している。


 そんな幻想自信は、ルークの強さの前に砕かれた。


 

 手解きの最中で、自分が城塞都市襲撃の生き残りだと話してしまった。

 その時のトラウマが、今なお自身をむしばんでいると、こぼしてしまった。

 

 ラスタは、語り終えてから後悔する。

 

 心の中で、出会ったばかりの人間に話しても困惑させるだけだと、ルークの強さを目の当たりにして弱気になってしまったと、自らを責めた。


 ネガティブな思考におちいっていたラスタに――


『なら、共に考えてやる。一人で考えるより、二人で考えた方が視野も広がるだろう』


 ――ルークは手を伸ばしてくれた。


 嬉しかった。

 ラスタが欲しい言葉をくれる、ルークにかれた。


 城塞都市襲撃から一月以上が経ってようやく、――“ラスタ・エトワール”は友と呼べる存在に出会えた気がした。

 ……まあ、それはそれとして、この後ボロ雑巾みたいにされたのを許す気はないが。







 

*――*――*


 “ラスタ”見習い騎士“ルーク”旅人が出会った次の日。


「セ、……イッ!」


「剣が正直すぎるな。速さでも力でも劣っているのに、そんな動きじゃ殺してくれと言っているようなものだ」


「……ぐッ」


 二人は昨日と同じ空き地にて、今日も今日とて苛烈な鍛錬をしていた。


 実践形式。ラスタがルークに挑む形。

 2日目の現在、ラスタは一度もルークに攻撃を当てれてはいない。


「当たらねぇ!」


「当たり前だ。お前の剣にはうそが無い。構えや動きで、その先を予想できる。そして、その予想の範疇はんちゅうの攻撃しか出来ない」


「クソッ」


「何故だか分かるか?

 ――それは、お前の剣が型にハマったものだからだ。ああ、みなまで言うな。お前は見習い騎士なのだろう? ならば、それは何もおかしな事ではない。お前には、状況をくつがえせるだけの選択肢も発想も経験もないのだから」


 必死に攻撃するラスタを嘲笑あざわらうかのように、ルークは淡々と攻撃を受け流していく。

 それどころか、戦いの中で講釈こうしゃくを垂れる余裕があるようだ。


 ルークの話を聞きながらも、ラスタは考える。


 ――どうすればコイツルークに一撃入れられるのか。


 ラスタの経験値は、基本的に師匠である女騎士カレンの教えのみ。

 別に、彼女の教えが悪いわけではない。

 剣を持ったばかりの人間に、基礎的な技術から教え込む事は何も間違っていない。

 初めは基礎、そして応用を学び、実戦で経験を積んでいく。

 それが、普通の育成カリキュラムだ。


 間違っているのは、剣を持って一ヶ月程の見習い騎士相手に、大人げなく苛烈な反撃をしている歴戦の旅人ルークの方である。


 しかし――


「! ここかッ!」


「……ほう。今のは良いぞ」


 ――“ラスタ・エトワール才能の怪物”は、普通の騎士見習いではない。


 ラスタの緩急かんきゅうをつけた突き技を、ルークは受け止めながらめる。


 かの『聖騎士』ですら舌を巻くほどの成長速度才能

 その珠玉しゅぎょくの才相手には、圧倒的格上ルークによる暴力的鍛錬は極めて効果的だった。


 ――並の攻撃では、簡単に反撃されて

 

 ボロボロになりながらも、ラスタは考え続けた。


 どうすれば、この高い壁ルークを乗り越えられるのか。


 城塞都市襲撃あの日の何も力を持っていないラスタなら、その壁を前にして心を折ったかもしれない。

 あの日の絶望を知らなければ、ラスタは理不尽ルークを乗り越えようなんて無謀を思いつきもしなかったかもしれない。


 でも、彼は剣を取った。絶望“闇”を知った。


「ハハハッ!」


「……どうした、ラスタ?」


俄然がぜんやる気が湧いてきた。

 ――まずは一撃。お前に剣を当ててやるッ!」


 ――あの日、誰もが目指すべき“光”になる事を誓ったのだ。


 だから、――


「――サッサとルークを越えて、師匠も、フレイも越えて。何者にも屈しない“一番星”になってやるッ」


「そうか、ならば来い。語るだけで強くなれるなら、今頃世界は強者であふれている。――お前は、口先だけの強者になりたいのか?」


「ハッ、分かってるぜッ!」


 ――尚、この後めちゃくちゃボロボロになった。







「最近、ボロボロになって帰ってくるので心配していましたが、ずいぶんと強くなったようですね」


「あ? そうか?」


 ルークの手解きがあろうとも、ラスタの見習い騎士としての業務や鍛錬がなくなるわけではない。


 ラスタの師匠、女騎士カレン。

 聖神騎士団の白い鎧を身に着け、長い金髪を後ろでまとめた麗人れいじん

 騎士団でも上位の実力を持ち、『聖騎士』アダムス・フレイが、自らスカウトしてきた人物を預けるほどの信頼を寄せる人物。


「ええ。最初は街の不良と喧嘩でもしているのかと思っていたんですよ? 古の書物にある、殴りあって友情を確かめる、アオハルというヤツかと。でも、それにしては傷が痛々しいのです」


「あ、あー」


「この様子では、日課の鍛錬も無理かもなーとか思ってました。まあ、傷だらけだろうが鍛錬はやめませんけど。でも、いざ無理やり戦わせてみるとあらビックリ」


「驚くほど強くなってた……か?」


「はい。驚きましたよ。

 ――なにせ、私が教えてない戦い方をしていたんですから」


 そう語るカレンのジト目に、ラスタは思わず目を逸らした。


「確かにあなたは自己鍛錬ばかりで、私の話を聞かないバカ弟子です。けれど、私の話で有効なモノはちゃんと取り入れて、勝手に成長していくだけの能力はありました」


「……褒めてる?」


「褒めてますよ? その成長速度は、私以外の騎士に任せれば、その騎士が心折れてもおかしくない程の才能です。でも、あなたの才能は1から100を導き出すモノで、ゼロから100を生み出すモノじゃない」


 ラスタの才能は、『聖騎士』フレイが騎士団でも数少ない上級騎士であるカレンに師匠役を頼んだのも納得出来るほどのモノだった。

 それでも彼の才能の本質は、経験を極大化して自身に反映、自身を改良する力。


 今日の鍛錬でラスタが見せた技は、カレンが教えたことをルーツとしていない。

 他でもない、師匠である彼女だからこそ気付く。

 ラスタに、教えられていないことを、経験していないことをかてにして成長する力は、備わっていない。


「あなたは、どこでその戦い方を身につけたんですかね?」


「あ、あぁ、……それは……」


「……はぁ。まあ、強くなっている分には良いことです。あなたには私の教え方じゃ、ゆっくりすぎたのかもしれませんし。

 ――でも! これだけは覚えといてください。あなたの師匠は私です!」


「お、おお! 分かってるぞ! 俺の師匠は師匠だけだ!?」


 ラスタの両肩を抑え、顔を近づけ迫ってくるカレンの剣幕けんまくに気圧されて叫ぶ。


「……まったく。どこの馬の骨だか知りませんが、せっかく出来た私の弟子……ぽっと出のやからに奪われるわけには行きませんっ」


 ――カレンが小声でつぶやいた言葉は、ルークとの関係を隠した後ろめたさと師匠から褒められた嬉しさで、ないまぜな気持ちになっていたラスタには届かなかった。







 そんな一幕もありながら、時は流れて聖神大祭、最終日前日。

 ルークとラスタは、いつもの空き地に集まっていた。

 

 今から始まるのは、これまで通りの実戦形式の手解き――ではない。


「さて、ラスタ。俺は旅人。色んな国を旅する人間。風のように、自由気ままにさすらう者。

 ――昨日言った通り、今日が聖都に滞在たいざいする最終日。だから、これが最後の手解き戦いだ」


「……おう、分かってるぜ。今日がルークに一撃入れられるかどうかのラストチャンスってことだな」


「別に、今生こんじょうの別れというわけではない。またどこかで再会し、その時戦うのもアリだぞ」


「いやいや、せっかくここ数日間、俺に付き合ってくれたんだ。最後くらい、俺の成長を味わってけよ」


 ラスタは笑う。

 ルークとの手解きで、未だラスタが彼に傷を与えた事はない。

 それでも鍛錬中に表情を変えないルークを、驚かせたかった。


「ああ、そうだルーク。俺が一撃入れられたら、一つ頼みを聞いてくれよ。叶えてくれってわけじゃない。聞くだけで良いからさ」


「へぇ、良いぞ。俺からは何も求めないが、そういった緊張感は良い――」


「そうか! なら、全力でいくぜッ!」


「――フッ初日の焼き直しかッ!」


 ラスタの剣とルークの黒剣が交わる。

 ルークが話している途中に斬りかかってきたラスタ。

 その構図は、初日の手解きと同じだった。


 二人の鍛錬が始まった初戦。奇襲を受け止められたラスタはルークとの押し合いを避けようと引いた。


「分かってるだろう。俺とお前の力関係は――俺の方が上だ」


 ルークが剣を押し込む。

 初日のラスタであれば、すぐさま引いて下がったのだろう。

 手解き最終日のラスタも、ルークが剣を押し込む動きに合わせて、剣を引く――しかし、初日とは違って、後ろへがりはしなかった。


「な、……ッ!」


「ずっと見てた。ルークが俺をボコすのを、ずっと経験してた。これは、あんたの受け流し術と反撃術を合わせた自己流だ」


 これまでの手解きの中で、ラスタが一切使わなかった……否、ルークにボコられ続け、今日になってようやく完成した剣技。


 押し込まれた剣を受け流すと共に、反撃の一手を叩き込む。


 それは、確実にルークの予想を上回った。


 でも。


「――やっぱり凄いな。……だからこそ、ここで終わるには惜しい」


 ラスタの反撃への、数ある対処法からルークが選んだのは――


「……ハァ!?」


 ――鍛え抜かれた動体視力と極まった肉体精密操作能力による、紙一重の絶対回避。


 ラスタの剣が空振る。

 そして、彼が人外ルークの回避術に驚いたところを、ルークの蹴りが炸裂さくれつする。


「今のは一番良かったぞ。お前の攻撃を避けたのは初めてだ」


「……ゴホッ、……ハァ、俺も初めてだよ。あんな意味不明な回避も、意味不明な体勢からの蹴りも、な。バケモノかよ」


「いやいや、全部、鍛えればおのずと出来るようになる技術だ。バケモノはたった数日で俺の技を奪ったお前だろう。

 ――さて、戦い手解きはどちらかが戦闘不能になるまで続く。越えてみせろよ」


 蹴り飛ばされた先。荒々しく息を整えているラスタの下へ、ルークが容赦ようしゃなく斬り込んでいく。


 否応にも思い出す、あの日の絶望トラウマ


 その攻撃を前にしてラスタは――


「へぇ」


「ハッ、あんだけ喰らえば、良い加減慣れるんだよッ!」


 ――笑いながら受け止めた。

 

「……なあ、ラスタ。この手解き戦いは元々、お前のトラウマの克服。そのために始まったものだ」


「あぁ!? そうだな、俺は克服したぜ! でも、まだ一撃入れらてねぇ――こんな良いところで、やめるんじゃねーぞ!!!」


「ハッ……そうか。俺は嬉しいんだ。お前がこの数日でここまで強くなったことに。だから、これは褒美ほうびだ。凡人が至る最果ての剣技を体験しろ。

 ――不殺剣あらため、『秘剣・不生剣いかさずのつるぎ』」


 瞬間、ラスタの剣がルークによって吹き飛ばされる。

 受け流しや反撃などする暇もなく、純粋な力によってはじかれた。


 ――そしてラスタが剣を取り戻そうとする前に、その剣技は終わっていた。


「は、……あ……」


 それは、ただの斬撃。

 ただひたすらに速く、鋭く、重く、斬撃。

 

 そんな斬撃を刹那の間に連続して繰り出し、ラスタと彼の剣以外、空き地に存在していた物全てを切り刻み更地さらちにした。


 何をやったのかは分かる。何でそうなるのかは分からない。


「――さて、これが俺が辿たどり着いた極点。なんて事はない、速くて鋭くて力強いだけの斬撃を繰り返す、技とも呼べない


 人外の絶技を見てほうけていたラスタの前に、黒剣を突き出しながらルークがタネを明かす。


「これで戦闘不能だな、ラスタ?」


「……はぁ、そりゃねーだろ。熱くなってた俺がバカみたいじゃねーか」


「悪いな。俺に傷をつけるのは、また今度だ。なに、どうせ機会はすぐ来る。今日は俺の技を経験したことを噛み締めると良い」


 ラスタの才能なら、いずれ今の剣技を取り込めるかもしれない。成長という意味では、これ以上無いお手本。なにせ、使った技術は全て基本的な技なのだから。


「あのままやり合っても、お前の引き出しが尽きて終わりだ。そもそもお前の本命は、最初の受け流しと反撃だろ? 俺のスキをつける、最初で最後の一撃だったからな」


「……それも分かってたのかよ」


「分かるさ。お前が俺の剣を見たように、俺もお前の剣を見ていたのだからな」


 ――戦闘時間として短い。それでも、得たものは多かった。

 

 疲れたラスタは座り込み考える。


 今も目の前で、ラスタの改善点と良かった点を話しているルーク。


 彼が強いことは分かっていた。

 けれど、今さっきの技を見て確信した。


 ――コイツは、師匠カレンよりも強い。


 彼の師匠は、『聖騎士』が認めるほどの実力者だ。

 そんな人物よりも、ルークの方が底知れない。


「なぁ、ルーク。お前はどうやって強くなったんだ? どうして、そこまで強くなったんだ?」


 ただの旅人が持つにしては、余りにも大きすぎる強さ。


 そんな、ラスタの至極当然とも言える質問に対して、ルークは答える。


「……別に、俺が最初から強かったわけじゃない。俺にも、師と呼べる人物がいた。その人物曰く、『強さは“才能”と“努力”と“執念しゅうねん”で決まる』らしい。

 ――そして師は、俺には才能がないと、お前は凡人の器だと突きつけてきた」


 話す内容とは裏腹に、微笑ほほえみを浮かべながら彼は続ける。


「でも、俺には夢があった。願いがあった。決して捨てられない“執念”があった。故に、“努力”をした。正攻法も、外法も、清濁あわせて極めんとした。

 分かるかラスタ。俺はただ、人の当たり前を、先人が築き上げたモノを、極限まで取り込み続けただけだ」


「……そこまでして、叶えたい夢なのか?」


「ああ。見たいものがあった。叶えたい夢があった。何を捨ててでも辿り着きたい景色があった。

 ――その為に俺は強くなったのだ」


 そう語るルークを前にして、ラスタが感じたのは強烈な想い。

 

 思えば、ルークという旅人のことをラスタはほとんど知らない。

 それでも、その芯の強さは理解できた。彼にかけがえのない願いがある事は分かった。


 ――己の願いの為に前進し続ける彼が、まぶしかった。


「そういえばラスタ。もしお前が俺に一撃を入れていたら、何を頼むつもりだったんだ?」


「あ? あー、俺はさ。いつか世界を旅したいんだよ。それで俺みたいなヤツを助けたりしてさ。暗闇に堕ちた人を導けるような、“光”になりてーんだよ」


 ルークと比べれば、そこに宿る想いの強さは負けるかもしれない。

 それでも――


「今は見習い騎士として力をつけてる最中だ。でも、俺はきっといつか旅にでる。だからその時、ルークと一緒なら楽しいかもなって」


 ――その想い“光”の輝きは、負けるつもりはない。


「!? そ、そうかなら――」


「でもさ、ルークの話を聞いた上で、無理に誘うほどバカじゃねーよ。……よし!」


 ラスタは立ち上がり、ルークを見る。


「応援してるぜ、ルーク。そんでいつか、強くなってお前を倒しに行ってやる」


 ニカっと笑いながら、グーを突き出したラスタを前に、ルークは溜め息を吐きながら合わせた。

 

「……ラスタ。今はまだお前の目指す“光”には遠いのだろう。だがそれでも、いつかお前は全てを魅せる“光”になる」


「そ、そうか?」

 

「ああ。だから、何度折れても良い。何度くじけても良い。でも、進みを止めるな。進み続ければ、いずれ“光”に辿り着くと信じろ。別に、終わりよければ全て良いと言いたいわけじゃない。

 ――ただ、終わりが悪ければ、どんなに良い過程でも全てが無駄になる。お前がその身体で見て、聞いて、感じて、その果てに“光”に届いた時、俺はお前の仲間になろう」


 ――もっとも。その時、お前が俺に手を伸ばしていたのなら、だが。


 ラスタはその言葉を、ルークなりの激励げきれいだと受け取った。


「ハッそうか。ならお前の期待に応えられるように、強くならなきゃな!」


 


 こうして、“ルーク旅人”と“ラスタ見習い騎士”の関係は一旦終わり――






*――*――*


 二人が別れた翌日。聖神大祭最終日。


 轟音と共に聖都に響き渡った、襲撃の合図。


「襲撃です! 急ぎますよラスタ!」


「おう!」


「私たちの仕事は、大祭最終日に公開される神器の警備です! 場所は大聖堂! この時間はまだ、一般公開前のはずです!」


「朝からずっと聞いてるから、流石に分かってるぞ!?」


「何度も言わないと、あなたは鍛錬以外興味ゼロだから忘れてるかもでしょう!? 無駄口叩いてる暇があるなら急ぎなさい!」


「おい、理不尽だろ!?」



 そんな掛け合いをしながら、カレンとラスタは“聖なる鏡”が保管されている聖堂にたどり着く。



「……襲撃ってことは教団だよな? 俺たちは戦わなくて良いのか?」


「大丈夫です。なんて言ったって『聖騎士』フレイ様も聖都には来ているんですよ? それに、ここはかつて聖神様が暮らしていた街。旧王都とも言える場所です。市民も観光客も、すぐに避難所に向かうでしょう。彼らも神器も、全てを守る為に私たち騎士が居るんです」


「まあ、そうだよ――」

 


 ――『』。



「――は?」


 ラスタの耳がその言葉を認識した次の瞬間、


 そして、一人の男が現れる。

 くすんだ灰白色の髪に、黒曜石のような力強い輝きを兼ね備えた漆黒の瞳。黒のコートをたなびかせ、腰にあるのは黒い長剣。

 

 天より光が差し込むその場に、入り口を丁寧に開けてやって来た男を見て、思わずラスタがこぼす。



「――ルーク……?」



 彼の知るルークとは、容姿も格好も違う。

 それでも、その雰囲気が訴えてくる。

 その立ち振る舞いが、叫んでいる。


 ラスタと目が合う。男は、声を出さずに口を動かし――

 


『さぁ、ラスタ・エトワール。お前の“光”を魅せてくれ』

 

 

 ――そして、“ルクス・テラー後に光堕ちする悪役”と“ラスタ・エトワール後に世界を救う主人公”は邂逅かいこうする。

 

 


 これは、“光”を目指す者達の物語。

 道は交わり、昇る“光”と堕ちる“闇”が対面する。その出会いの果てに至る景色とは――――


 

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