10 襲撃直前話、邪悪なる狼煙をあげろ!

 神器。

 それは、八百万の神々が存在していた時代、神がその権能を望むがままに振るっていた時代にて、神自身が手ずから作り出した人智を超えた超常兵器。


 一口に神器と言っても、込められた異能や性能は様々。


 代々の『聖騎士』に与えられる“聖槍ブリューナク”のように、聖神という“神の権能”の再現を許された最上位の神器もあれば、取るに足らない能力を持った神器も存在する。

 なにせ、神がその力をもって作ったモノ――それら全てが神器と呼ばれる資格があるのだ。

 聖神が眷属の為に生み出した最高級の武器も、気まぐれな神が遊び半分で作り出した、料理を美味しく食べる為の食器も、両者共に神器と言って差しつかえはない。


 そんなピンキリな神器達に共通する事として挙げられるのが、現代では神器を模したモノは作れても、神器そのモノを作ることは不可能だという事だ。


 “魔神”により、現代まで生き残っている神々は力を失った。

 神全盛の世にて作られた神器に並ぶ事は、今を生きる零落した神々には出来ぬ事であり、“神の時代”に生み出された神器も、“魔神”との戦いの最中に多くが紛失している。


 それ故に、神器というものは前時代の遺物であり、ロストテクノロジーとも言える……というのが、サーガシリーズにおける神器の設定である。


 では、今回の聖神大祭で俺達が狙おうとしている神器にはどのような力があるのか?


「――しっかし、聖なる鏡だったか? 自分の望みを引き寄せるっつー胡散うさんくせー神器。本物なのかよオイ」


 集合場所から聖都へと向かう道中、レグが話しだす。

 神器なんてどいつもこいつも胡散臭いモノばかりだ。

 フレイの聖槍やなどなど、特殊な能力を持った神器同様に、“聖なる鏡”もデタラメな力を持っているらしい。


「望み、ではなく望む物、だ。それに、聖神大祭……そんな名前の祭りで偽りの神器を出すとは思えない。王都に保管されていた聖なる盾と同じか、それ以上に聖神の力が込められた神器だと予想される」


「おいおい、王都の盾って、フェアラの隠密スキルで速攻奪えたヤツじゃねーか。フレイが居なけりゃ簡単に盗める、その程度のシロモノ。それと同格の神器の為に、ルクスとアタシと教団の愉快な信者たちを連れて来たってのか――」


「さっきからさ〜、愚痴愚痴ぐちぐちうるさいんだけど。そんなに怖いならサッサと尻尾巻いて帰ったらいいじゃんか、子猫ちゃん? 今日はリンリーちゃんと! ルクス様の! 二人で一緒に頑張るからさ!」


「あぁ、テメェもいたんだったな泣き虫リンリーちゃん。クハッ、そこらの一般信者と見分けがつかなかったぜ! 実力的にも、的にも、な。そのダセェ黒仮面いつまで着けてんだよ。顔面コンプレックスか?」


「……そもそもさ、顔を隠さずに襲撃しようとしてるアンタが頭おかしいんじゃない〜? それに、この仮面はルクス様が、リンリーちゃんの為にっ! 用意してくれたモノなんだけど」


「……え、マジかよ。流石にダサ……あー、だからエイラに頼んで量産してもらってたのか……。いやいや、理由になってねーだろ。出会ったヤツ全員殺せば顔なんかバレねーよ。

 ――ほら、アタシとルクスを見てみろ、顔隠して無いだろ? お前も幹部なんだから、センスのカケラもねー仮面なんて外して――」


「は? ルクス様のご尊顔を隠すなんて、ありえないでしょ。てか、隠すべきなのはテメェだ戦闘狂い! テメェがルクス様の近くにいると、チラチラ視界に入って邪魔なんだよ! リンリーちゃんがルクス様を見れないだろッ!」


「えぇ……流石にそれはアタシもドン引くぞ……」


 いつも通りに言い争いをしている二人を尻目に考える。


 聖なる鏡。

 元王国民であったフェアラ曰く、『かつて聖神が失せ物うせもの探しの為に作り出したという、使用者の望むモノを映し出す鏡の逸話』。その話の起源とも言える神器。

 実物がどんなものかは分からないが、聖神大祭の時のみ表に出てくる、目玉とも言える神器だ。逸話と全く違うなんて事はないのだろう。


 それに――


「――俺達が求めているのは聖なる鏡の能力じゃない。重要なのは、聖神が力を注いで生み出した神器である……という事だけだ」


 神器によって、込められた神の力の量は異なる。

 王都にあった聖なる盾も、聖神大祭中に出される聖なる鏡も、『聖神を象徴するような神器なのだから、それだけ神の力が使われているのだろう』という理由で狙ったのだ。


 神の力を強く受けているほど、邪神完全復活のささげ物として適しているらしい。

 原作プレイ中は『教団は人の魂と神器を集めてるんだな〜』くらいにしか思っていなかったが、そんな裏事情があったとは……と初めて知った時に驚いた。


 ――え? 強力な神器はその分入手難易度が高くて? でも、俺がいたから原作よりも簡単に神器が集まってるんじゃないのかって? ……勘のいいガキは邪神の生贄いけにえにするよ?


 確かに、そういった面がある事は否定しない。でも、それは不可抗力だ。俺が“光堕ち”する為の必要事項であったのだ……そう、つまり俺が最後に“光堕ち”していれば、何も問題は無い。

 だから、手に入れるのが難しい神器を俺が一人で集めまくっていたのも、全て計画通りと言っても過言ではないのさッ。完全論理武装展開完了パーフェクト・ロジカライズ


 余談だが、教団が確認している中で一番聖神の力が込められている神器は“聖槍ブリューナク”だ。

 あれ一本で、聖神そのものをささげ物にしたんじゃないか、っていうレベルの生贄いけにえ効率らしい。

 まあ、それをする為には『聖騎士』から“聖槍”を奪うとかいう無理難題を叶える必要があるわけだが。

 ハイリターン、ウルトラスペシャルハイパーインポッシブルリスク!


「その黒仮面、穴が一切いっさいねーだろ。なんで、んなモン使う必要がある!? いいからサッサと外しとけバカリンリーッ!」


「離せこのアホレグッ! これはルクス様がくれたものなんだよ! テメェなんかのセンスで理解出来るわけないでしょ!!」


 そして、この二人はいつまで仮面のことで喧嘩してるんだ……。

 

「――そろそろ、落ち着け」


「おいっ、テメェからも言ってやれよ! 邪魔だろこの仮面!」


「ハァ〜?? ルクス様がくれた物が、邪魔になるわけねーだろ殺すぞッ!」


 なんという分厚い信頼。

 俺があげた仮面を大切にしているリンリーと、戦闘の邪魔になるから外せと訴えるレグ。

 

「(いやぁリンリーの仮面。壊れても次の襲撃の時には復活してるのが疑問だったけど、エイラに頼んで複製してもらってたのか)」


 そこまで大切に思われている事は嬉しいが、悲しいことにレグの言い分の方が正しい。


「リンリー」


「待っててください、ルクス様! 今、このアホにルクス様のセンスを叩きつけてやりま――」


「仮面、外すか」


「――す、ふぇ?」


 信頼していた相手に、急にハシゴを外されたような、捨てられた子犬の如き瞳で俺を見てくるリンリー。


「――俺がお前に仮面をあげたのは事実だ。しかし、別に襲撃時に顔を隠す為にあげたのでは無い」


 ほら、誕生日プレゼントにネックレスとか、イヤリングとかあげるじゃん? でも、リンリーって飾りっけのない子だから、あげても使わないかなって。

 それで色々と考えた結果、最終的に俺のセンスによって仮面が選ばれたのだ。他の候補は眼帯とアンクレット。

 

 好感度稼ぎの一環で渡したプレゼントだったが、……なるほど、そういう風に受け取られていたとは。

 まあ、せっかく身につけるアクセサリーを渡されたら、使いたくなるよね。


「え……?」


「誤解させたようですまないな」


「ほらみろ! 穴の空いてない真っ黒なクソセンス仮面を、わざわざ襲撃のたびに着けてるお前の方がアホなんだよ!」


「(……悪かったな。穴の空いてない真っ黒なクソセンス仮面をプレゼントするようなクソセンスの持ち主で)」


 ――あと、仮面に穴が空いてなくても戦えるし……。


 心の中でレグの発言に抗議している俺をよそに、衝撃の真実を知ったリンリーは完全に固まってしまった。


「クハッ、第五回まで伸びた仮面議論、これにて決着だなリンリーちゃんよぉ? やっぱりな、顔が見られても大丈夫って思考がダメなんだよ。出会ったら即殺。これが一番だろ……っておい、おーい?

 ――おい、ルクス。コイツ動かなくなっちまったぞ。テメェが勘違いさせてたのが悪いんだから、サッサと治せよ」


「俺のせいか?」


 ――え、俺のせいなの?


「? お前のせいだろ。聖都まであとちょっとなんだから、急がねーと。ほら早くしろよ」


 当然だろ、と俺の方を見てくるレグ。

 しばらくの間、俺とレグで見つめ合っていたが、『お前がやれ』と言わんばかりの視線に耐えきれず、俺は仮面を被ったリンリーと向き合った。


「(ふむ……)」


 対リンリー専用機嫌直し術。

 その一。頭を撫でましょう。


 長身の俺と小柄なリンリーでは身長差が激しい。

 いつもは上から撫でていたが、今回は屈んで目線を合わせてから撫でる。

 まぁ、仮面があるので目線が合うもクソも無いけど。


「リンリー。すまなかった」


 サラサラとした軽いピンク色の髪。

 いつもなら俺の手に頭を押し付けてくる彼女だが、固まったまま動かない。


 その二。口説き落とせ。

 リンリーが着けている黒仮面を外す。


 目をぐるぐるとさせ、ぼーっと突っ立っているリンリー。

 彼女の両頬を挟み、無理やり俺と目の焦点を合わさせた。


「る、るくすさま」


「別に顔を隠す為に渡した訳ではなかった。だが、日頃の感謝を込めたプレゼントとしてお前に渡したのだ。使い方は人それぞれだろう」


「ひゃい、……勘違いして、意固地になって着け続けてた私が悪い――」


「だがな、リンリー。仮面なんて着けていようが、気づく奴は雰囲気で気付く。それならフェアラにでも頼んで変装した方がよっぽど良い」


 リンリーの頬を撫でる。


「せっかく、傷一つない綺麗な顔なんだ。隠すなんてもったいないだろう? レグを見てみろ。戦いが好きすぎて全身傷だらけだ。アイツも、リンリーが綺麗な肌を隠しているのが気に食わないから突っかかっているに違いない。それにリンリーの顔を見れば、敵も見惚れてスキが出来るだろうな」


 だって、戦闘中のリンリーは血まみれだからね。

 真っ赤な女の子が突然ナイフで襲いかかってきたら、敵は真っ青になって固まるだろう?


「……るくすさまも、私に見惚れますか?」


「ん? ああ、見惚れるぞ」


 ――可愛いとは思うけど、中身がね。うん。流石に首狩り族を仲間にしている光堕ちキャラ路線は無理かなぁ……。


「そうだ。今度は二人でプレゼントを買いに行こう。リンリーの好きなものを買うと良い。どうやら、俺のセンスはクソみたいだからな」


「……ルクス様、別に私はあなたから仮面を渡されたから、顔を隠していたんじゃないです。私は、あなたが私の為に選んでくれた物だから、着けていたんです。

 ――だから、また選んでくださいね?」

 

 ――よし! なんか何とかなったぞ! 月一でリンリーの機嫌を直している俺を舐めんじゃあないよ!


「あぁ、分かっ……ッツ、何だレグ?」


 俺の華麗なるご機嫌取りを、特等席で眺めていたレグが背中を叩いてきた。


「よお、さすがリンリーの飼い主サマだな。ところで何だっけか、アタシが傷だらけでぇ? リンリーの肌を妬んでるぅ?」


 金獅子の耳をピンと立て、笑顔で俺に詰め寄ってくる。

 口は笑っているが、目が笑っていない。

 おそらく、俺のテキトー発言に怒っているのだろう。

 

 ――しかしッ!


「(クククッ、今の俺を舐めるなよ。この世の真実を知った俺に死角はないッ!)」


 ――そう、この世の真実――頭を撫でると皆んな落ち着くのだ! 邪神ちゃんも、怒っている時に頭を撫でると優しくなるからな!


 俺は近づいてきたレグの金色の髪を撫でた。

 レグはリンリーよりは背が高いが、俺からすればちょうど撫でやすい位置に頭がある。


「……クハッ、何の真似だ?」


「? なに、うらやましかったのだろう?」


「……あぁ、そうか。そうだな。そーかもな。ところで、アタシは自他共に認める戦闘好きでな?

 ――襲撃前の準備運動でもッ……っ!」


「安心しろ、レグ。傷があろうが無かろうが、お前の魅力に陰りはない。笑った時に見える八重歯とか、チャーミングで良いと思うぞ」


 俺はレグの顎をクイッとやり、その赤茶色の瞳を見つめて言った。

 そして、レグは先ほどまでのギラついた笑顔から一転、呆れた顔で俺を睨んでくる。


「……あぁそうだったな、この天然人たらしが。こうやってリンリーやフェアラを引っかけたんだったか? ハァ……やめだやめ」


 俺の手を払いのけ、背を向けて離れていく。


「おい、いつまでポワポワしてんだ。サッサと切り替えろバカリンリーッ!

 ――たくっ、ルクスも気軽にアタシの髪を触ってくんじゃねーよ」


「……悪いな。あいにく、センスだけでなくデリカシーもクソな男みたいだ」


「クハッ、器もクソ小さいみたいだな。んで、結局仮面は外すのか?」


 レグの言葉に、コクリと頷くリンリー。


「そーかよ。もう一つの仮面ペルソナもそのまま外しちまえば良いのに。

 ――よーしッ、何か無駄に時間食った気がするけど、行くか!」


「聖都に入った後の行動は覚えているな?」


「わーってる。テメェ一人と、アタシとリンリーの二人組に分かれて神器を狙う。中の騎士達は一般信者が食い止める」


「そうだ。そして――」


 今回の襲撃最大の敵、いや、聖王国を相手にする上で絶対に避けては通れない存在。


「『聖騎士』フレイは出会った方が時間を稼ぐ、だろ」


「ヤツは、どちらかに必ず現れるだろうからな」


「あぁ、良いなァ。別に、出会ったら倒しちまっても良いんだろ?」


「――お前達で倒せるのか?」


「――戦う前から勝ちを諦めるバカが何処にいんだよ」


 聖都襲撃任務の簡単なをしていると、ようやく聖都が見えてきた。


「ハァそうか。……これ、襲撃の合図はどうするんだ?」


「アァ? んなモン決まってんだろ――」


 レグが地面を蹴り加速する。


 向かう先は聖都――を覆う城壁。


 城塞都市に勝るとも劣らない、立派な巨壁に向かって彼女は全速力で走っていく。


 そして、壁の手前で飛び上がり――

 

 

 

「開戦の狼煙のろしは……ッ、派手にいかなくちゃなぁッ!!」




 ――城壁を打ち抜いた。


「クハハハッ! さぁ、行くぞルクス! リンリー!」


 轟音を響かせながら崩れていく城壁と、それをやったレグの高笑いによって、聖都襲撃は始まった――――


 



 これは、誕生日プレゼントのノリで穴無し真っ黒仮面を渡す男の物語。

 襲撃直前によく分かんないラブコメをする邪神教団の幹部達がいるらしい……。尚、一般邪神信者さん達は聖都周辺で襲撃開始の合図を待ち侘びていた模様。なんだコイツら。

 

 

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