9 元凶「この世界はこんなにも残酷だったのか」

 ――“ラスタ・エトワール”は主人公か?

 

 この質問をサーガシリーズのファン100人に尋ねれば、ほとんどの人間は『主人公だね』と答え、一部のサーガシリーズのガチ勢は『そうだけど、違う』と答えるだろう。

 別に前者のファンが間違ってるわけじゃないし、後者のガチ勢も同様だ。


 なぜなら、原作のゲームにおいて主人公の名前は固定されていないから。

 アニメ化やコミカライズなどで、主人公の名前が未定なのはマズい……という事で付けられた名前こそ、“ラスタ・エトワール”なのだ。


「ここら辺にわざわざやって来るヤツは祭りの最中はいないだろ。大通りから結構離れてるからな」


「そうか、ならこの辺りで良いか。準備が出来たら本気でかかって来い。やはり、実戦が一番成長できて分かりやすいだろ?」


 故に今、俺の目の前で騎士の剣を構えようとしているラスタは『ブレイブソード・サーガ』における主人公であり、“原作ゲーム”における主人公の名前は無いのだから、“ラスタ・エトワール”を名乗る彼は“原作”の主人公ではないのではとも言えるわけである。


 ここまでの話だけを聞けば『ふーん。で、それがどうしたの?』となるだろう。


 彼は今日までこの世界で生きてきた一人の人間なのだから名前があるのは当たり前であり、その名前が『ブレイブソード・サーガ』のデフォルトネームとも言える“ラスタ・エトワール”であるのは何も不思議ではない。


 俺も別に、彼の名前が気になっている訳じゃない。

 俺が気にしているのは、――彼がどのルート世界線の存在なのか。

 

 原作ゲーム準拠? 小説? 漫画、あるいはアニメ?

 

 ――もしくは、全く新しい未知の世界線か。


『ブレイブソード・サーガ』は発表媒体によって展開が様々。

 序盤である邪神教団編はどの世界線でも流れは変わらないからある程度予想できるが、その後の展開は


「(媒体によって、主人公の性格は微妙に異なる。早いうちに彼の性格を把握しておけば、俺の光堕ち生存ルートを確定できるはずだ。だから、この手合わせには計り知れない意義があるのだ……たぶんッ!)」


 ――それに、主人公に会ったんだぞ!? ようやく出会えたのに道案内だけでサヨナラなんて、耐えられる訳ないだろ良い加減にしろッ!


 初めはスイーツを買って、主人公が聖都に来ているか一目確かめて帰るつもりだったのだ。

 でも、彼と話すうちに気持ちが抑えられなくなった。

 彼が本当に俺の“光”になれるのか確かめたくなった。

 

 正直なところ、この世界がどのルートを基準にしているのか知る為……そんな理由はテキトーな後付けだ。だって、俺が光堕ちして生存する世界を目指す時点で、どのルートだとかはクソどうでもいいし。

 確かにルートを把握するメリットはあるが、それだけだ。どんなルートだろうが俺が光堕ちを目指すことに変わりはない。


「(俺はただ、光堕ちを目指すのみ。邪魔するモノは、全てねじ伏せよう)」


 自嘲じちょうする。

 もしかすれば、この手合わせで原作の流れと大きく変わるかもしれない。原作での初戦闘――邂逅かいこう前にルクスラスタが出会うこと自体、間違いかもしれない。

 それでも、止まれない。止まれるような人間は邪神教団の最高幹部なんかにはなっていない。


「(さぁ、お前の輝きを魅せてくれ)」


 それに、俺は期待しているのだ。


 ――彼が本物の“ラスタ・エトワール原作主人公”なら、邪悪“闇”の果てへと進み続ける偽物の“ルクス・テラー”すらも、不滅の“光”で受け止めてくれるはずだと……!

 


「――なぁルーク。本当に本気で行って良いのか? 怪我しても知らねーぜ?」


「あぁ。好きに来い。これでも俺は、――強いぞ」


 聖都の大通りからだいぶ離れた空き地。

 俺は愛用している黒い長剣を抜き、に斬りかかって来た主人公君の剣を受け止めた。


「フッ、いきなりだな。剣を構える前に攻撃するなんて、騎士としてどうなのだ?」


「だって、裏通りで見たからなっ! 不審者3人と、地面に散らばった残骸ズボンを!

 ――アレをやったのはルークだろ!?」


 そのまま剣の押し合いになるが、流石に邪神教団幹部である俺の方が単純な力勝負は上だ。

 彼もそれを理解したのだろう、後ろへと地面を蹴って下がり、状況を立て直した。

 

「あんな曲芸が出来るアンタを相手にすんなら、なりふり構ってらんねーよッ! それに、――せっかく俺より強いヤツと戦えるんだぜ。色々やらなきゃ損だッ!」

 

 俺が手解てほどきをしようと言った時にはあまり乗り気じゃなかったのに、主人公君は全力で向かって来てくれている。

 いざという時の覚悟の決まり方、俺が恋焦がれた“主人公”そのもの。


「そうか……ならば、俺も期待に応えよう」


 剣を構え直す。

 俺の雰囲気が変わったのを察知した彼の動きが、一瞬にぶる。

 その致命的なスキを狙い、無理やり彼の間合いに斬り込む。


「なっ……!」


 慌てて剣を振るう主人公君だが、遅い。

 俺は黒剣を振り上げ、彼の剣を吹き飛ばした。


「はっや……ッ」


「基礎的な部分は出来ているようだな。思い切りの良さも、何でもやってやろうという気概も良い。惜しむらくは圧倒的に経験が足りていないこと、か」


 剣をはじき飛ばされた衝撃で、尻餅をついた彼に視線を向けながら告げる。


 「(――思ったより強いな)」


 確かに側から見れば俺が主人公君の攻撃を防ぎ、反撃してぶちのめしたという一方的な構図だ。

 しかし、俺が攻撃する時に彼は俺をしっかりと認識して倒そうとしていた。

 致命的なスキを晒した上で、俺に対抗しようとした。


 並の騎士なら、剣を振るおうとする事すらできずに斬られていただろう。


「手解きと言うからには、何かしら成長に繋がる教えをさずけるべきだな?」


「あ、あぁ……そうかも、な?」


「そうだ。だから剣を取れ、ラスタ。俺はお前に実戦経験を授けよう。無論、手加減はする。だが……俺は本気でお前を倒す気で戦う」


 ――これは持論だが、死ぬ気でやれば人は強くなる。俺がそうであったように。


「……殺さないでね?」


「……さて、それはお前次第だな」


 せっかく主人公君と戦えるのだ。ついでに原作よりももっと強くなってもらおう。なにせ、現在の教団幹部の強さは原作以上なのだから。


「(リアルパワーレベリング、スタート)」


 ――冷や汗をかいている彼に、俺は無慈悲にも剣を振り下ろした。


 



「ほう、砂で目潰しか。策は良いが俺には効かないぞ」


「ハァッマジかよ!?」

 


「ふむ、蹴りか。体術を取り入れるのは良いが、それで剣がおろそかになっては意味がないな。ほら、胴がガラ空きだ」


「ウグゥッ……!」



「む、さすがに四足歩行はどうなのだ?」


「ぐるるるらっもらぁっ!」


「……え、壊れた??」




 

 数刻後、空き地にはボロ雑巾のように地面に倒れる主人公君と、当然のように無傷でたたずむ俺の姿があった。


「(我、大満足!)」


 充実した時間だった。

 俺は全力ではなかったが本気でやったし、彼もなしだが、今使える全てを用いて本気で挑んできてくれた。……まあ、最後の方はいろいろと理性とかぶっ飛びかけていたが。


「さて、どうだラスタ? 俺はお前を死なす気は無かったが、殺す気で戦ってみた。普段の訓練如きでは得られない経験だろう」


「ハァハァ……死ぬかと、……思ったけど! なんとなく、感覚は掴めた。師匠との訓練じゃ、味わえなかった緊張感……みたいな。練習と本番の違いってヤツだな! ……でも、あそこまで痛めつける必要があったか?」


「痛みや恐怖で動けなくなったところを魔獣に襲われるよりはマシだろう? そう、これは愛のムチというヤツだ。事前に痛みに対する耐性があれば、いざという時に無茶をできるからな」


「うへぇ……ずいぶんとバイオレンスなムチだな。おい」


 確かに彼は俺にボコボコにされた訳だが、何も進歩しなかったわけじゃない。

 なんなら終盤は体力がゼロに近い中、俺の攻撃を防ぎきる事が出来るようになっていた。


 才能の怪物。

 “原作”でも言われていた、“ラスタ・エトワール”の持つ一番の武器だ。


「(すさまじい成長速度。たぶん、原作の登場人物達も主人公を見て同じことを思っただろうな。コイツは、強くなるのが早すぎる。凡人じゃあついていけない)」


 ――“ルクス・テラー邪神教団の最弱幹部”も思ったのだろうか。自分とは比べものにならないスピードで進化する主人公には、自分が仲間になるなんて力不足がすぎる、と。


 そんな目覚めざましい成長を続ける主人公君だが、だからこそ引っかかる事がある。


「……なぁ、ラスタ。聞いても良いか?」


「あ? なんだ?」


「お前の成長速度は凄い。ここで言う成長とは、自分の足りない部分を補う事、自分のダメな部分を改善する事だな。俺と斬り合うたびにお前の成長を感じとれる。

 ――では、何故お前は過剰かじょうに身構えるクセを直さない。分かっているはずだ、そのクセは実戦では大きすぎるスキだと」


 コイツ、正面からの突撃攻撃への警戒が半端ないのだ。

 なんだ? 正面攻撃に親でも殺されたのか?


「俺が正面からダッシュで斬り付けようとすると、お前は途端に動きがにぶくなる。目をつむった時もあったな。正面攻撃に身構える癖に、対応がお粗末すぎるぞ。――何か、理由があるのか?」


 ゲームではそんな欠点は無かったはずだ。


「……あー、分かってる。師匠にも言われたよ。つまんねー話だけど、聞くか?」


「気になるな。話を聞けば直すための解決策が思いつくかもしれん」


「はっそうか……マジでつまらない話だが、聞いてくれ。

 ――ルークは、一月前に起きた城塞都市の事件を知ってるか?」


 それから彼は語りだす。


 ――自分が城塞都市襲撃事件の生き残りだという事。


 ――頭のおかしい邪神教団の幹部に襲われた事。


 ――自分が逃がそうとした子供達の生首を投げられた事。


 ――正面から殺されそうになった時の情景を忘れられない事。


 ――その時の経験で、正面から来る攻撃に対応しきれない事。


「でもまぁ、これでもだいぶマシになったんだぜ? 今なら3回に1回くらいはちゃんと反応できる」


 そう力なく笑う主人公君を前にして俺は――――


「(え、重。リンリーが肉塊になってて可哀想とか思ってたけど、全然可哀想じゃなかったわ。『サーガ・シリーズ』って一応万人向け人気シリーズだよ? R-18Gの世界だったっけ? というか、そんな背景があるのに自分と同じような人を助けたいだなんて……流石は主人公だ!)」


 ――安心していた。


 たぶん、おそらく、絶対に“原作”よりも城塞都市襲撃の被害は大きくなっている。

 それでも“光”を陰らせないなんて、流石としか言いようがない。


 ――どうやら、やはりお前は俺の“主人公”のようだな……。


「そうか……ならば、早くそのクセは直すべきだな。強くなりたいんだろう? そのクセはお前の足を引っ張るぞ」


「って言ってもな……」


「あぁだから、共に考えてやる。一人で考えるより、二人で考えた方が視野も広がるだろ」


 俺がそう言うと、ラスタは俺の眼を見つめ首をかたむける。


「あー、それは嬉しいんだけど。なんで、そこまでしてくれるんだ? 今の手合わせも、ルークに利益がねーだろ」


「言っただろ? 道案内の礼だ。それに、お前のような才能の塊が埋もれるのはもったいない。……これでも足りないなら、王国の食を教えてくれた分も付け加えよう。あの魔獣肉は美味しかったからな」


 ――リンリーがトラウマ与えたって事でしょ? さすがにそれは見過ごせないかなぁ……あと、魔獣肉串が美味かったのはガチ。


 俺が心の中で本音をこぼしていると、主人公君は顔を輝かせる。


「……そうか、ありがとなルーク。よしっ! サッサと強くなってルークのことをぶっ飛ばすかっ!」


「フッ、俺を倒すのは少なくともじゃあないな」


「んだそれ、あとでお前を倒せる時が来るのかよ」


「さぁな。未来なんて神すらも分からない。

 ――よし、もう一度剣を取れラスタ。やっぱり、考えてみたが実際に戦うのが一番近道な気がする」


「……え?」


 主人公君が間抜けな声を出す。


「いやいやいや、今のはアレだろ!? 友情を確かめ合って、知恵を出して壁を乗り越える的な――」


「? 何を言ってるんだ。壁があるなら、ぶち壊せば良いだろう」


「……さすがに疲れたかなぁ……と?」


「そうか。スタミナも鍛えられて一石二鳥だな」


「あ、あ! そろそろ帰る時間だったり――」


「ふむ。だがまあ数戦くらいなら出来るだろう。いざとなれば俺が騎士団の詰め所までぶん投げてやる。

 ――いざ、問答無用ッ!」


「いやいや、問答しようぜ! おい、ちょ、待っ――」







*――*――*

 

 空き地に響き渡る悲鳴。

 たまたま近くを通りかかった人の通報によって呼ばれた、複数の騎士たちがやって来るまで手解きは行われた。

 近隣住民の迷惑になるとのことでその日は解散となったが、この日から数日間、二人の関係は続く。


 騎士見習いとしての活動の合間の手合わせ。

 体力的にも時間的にも厳しい中、彼は見事苛烈かれつな手解きを乗り越えてトラウマの克服に成功した。


 それをもって“ルーク旅人”と“ラスタ見習い騎士”の奇妙な師弟関係は終わり――――



「よぉ、お前が最後だぜ、ルクス! クハッ、テメェの方向音痴はいつになったら直るんだろーな!」


「別に〜、ルクス様は時間通りでしょ? やっぱり、動物さんに時間の概念は難しかったですか〜?」


「おいおい、5分前行動くらい、バカでドベなリンリーちゃんでも知ってんだろ? それにコイツ、拠点アヴァロンでも道に迷うレベルだぞ。どーせ、またどっかを彷徨さまよって……あぁ、テメェの目はルクス限定で節穴だったな!」


「――は?」

「――ん?」



 聖神大祭最終日。


 つどうのは邪神教団幹部随一の武闘派猛獣コンビ――リンリー&レグ。


「襲撃前から仲間割れをしてどうする。落ち着け二人とも」


「……は〜い」


「ククッ、分かってるぜ。こんなチンチクリンに体力使うなんてもったいねーからな」


「……レグ」


「チッ、わーってるよ」


 そして邪神教団の最高戦力、邪神の『使徒』ルクス・テラー。


 

 ――これより始まるのは“ルクス・テラー後に光堕ちする悪役”と“ラスタ・エトワール後に世界を救う主人公”の本来の初邂逅かいこう


「では、行くぞ。狙いは大祭最終日のみに公開される神器――望むモノを引き寄せるという逸話のある聖なる鏡だ」


 祭りの熱も最高潮の聖王国の聖地――聖都にて、邪悪なる者達が動き出す――――。



 


 これは、ガバガバマッチポンプ光堕ち男の物語。

 罪状、“久しぶりの共同任務でリンリーちゃんを張り切らせて城塞都市壊滅させた罪”、“道に迷って城塞都市襲撃の時間を遅らせた挙句、リンリーちゃんを肉塊にさせた罪”、“光を目指しすぎて周囲を何も見てない罪”。よって、被告人ルクス・テラーを終身邪神刑に処す!


 

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