8 光堕ちできるなら誰でも良い訳ではないbyクズ

 さてさて、裏通りでの思いがけない出会いを経て、俺は人でにぎわう聖都の街を主人公と歩いていた。


 目的地はもちろん『ドキドキスイートパラダイス聖都本店』だ。今はただ、このスイーツ店をオススメしてくれたフェアラに感謝をしよう。あと、俺と主人公を出会わせてくれた外道三人衆イベントモドキ達ズボン切ってゴメンねにも。

 

 まあ、一番は主人公だけどね。道案内の頼みを、快く引き受けてくれた彼にはとびきりの感謝を。

 ――え? 手を掴んだ時、ちょっとだけ引かれていた気がする? ……知らないねぇ。俺の瞳は特別性なので、都合の悪い事は見えなくなるんだ!

 

 うんうん。俺が迷子の旅人だと分かれば嫌な顔一つもせずに道案内してくれるその姿、さすがは主人公。

 このまま道案内だけじゃなく、俺の光堕ち依頼も引き受けて欲しいくらいだ。

 もっとも、俺は緻密ちみつなスケジュールと、その時々の思い付きに従って光堕ちを目指しているので、道案内の最中に俺が光堕ちする……そんな未来はやって来ないと断言しよう。

 やはり、いざ原作が始まると欲が出てくるのだ……そう、もっと劇的に、ダイナミックに、ドラマティックに光堕ちしたいという欲が。

 

 俺は光堕ちを夢見るプロフェッショナル。その願望を叶える為には、いかなる努力も惜しまない。


「んで、どうだ王国の飯は? 美味いだろ?」


 そんなことを俺が考えているとは思っていないだろう主人公君は、肉串などの屋台飯を片手に持ちながら話しかけてくる。嬉しい。


 長年の間、邪神教団としての活動できたえてきたはがねの表情筋でニヤケそうになる顔を抑える。神すらもあざむく自慢の表情筋だ。

 このポーカーフェイス能力で、俺は光堕ち願望を隠してきた。誰にもバレない自信がある。


「あぁ、美味いな。魔獣の肉を家畜肉の代替品ではなく、魔獣料理として独自の郷土飯に発展させたのは王国くらいだろう。ここまで美味な魔獣料理は他の国ではなかなか出会えない」


「まあ、王国には“魔の森”があるからなぁ。言っちゃなんだが、魔獣はいくらでも湧いてくる。ご先祖さんも、無駄に肉を捨てるなら美味い飯に変えてやろうぜ……って考えたんだろ」


 魔の森。端的に言うと、王国の領土内に存在する、数多の魔獣が生息している人外魔境だ。


「まさか魔神も、自ら生み出した眷属たちが食卓に並んで美味しく頂かれているとは思ってもみなかっただろうな。草葉の陰で泣いてるに違いない」


「マジン?」


「……知らないのか?」


「知らねーな。どっかの有名な神か?」


 ちょっとした雑談のつもりで広げた魔獣の話題。どうやら、彼は魔神と魔獣の関係性を知らないらしい。


「(あーそう言えば、もっと後だったか? 魔の森やら魔神やらの説明をされるの。ま、いつ知ろうが変わらないだろ)」


 確か、原作において魔神の存在を知っていたのは古くから存在する神々やその神から教えられた眷属、そして長く生きている人間くらいだったか。


 魔神の存在は、現在を生きる神々からすれば汚点でしかない。

 ただでさえ魔神により多くの神が殺されたことで、神の持つ絶対性は大きくくずれ、多くの神が力をけずられた。

 既に亡くなった魔神は神の敗北の証でしかなく、その存在が世界に広まるだけで神の格は更に落ちる。

 この世界における神とは、良くも悪くもそういった逸話や伝説、神話の影響を大きく受けるものなのだ。


 まとめると、わざわざ自分達の弱みを大声で広めるバカはいない。だから魔神関係の話は、現代ではあまり広まっていない。


「ふむ。簡単に説明すると、魔神とは古くに存在した最強の神だ」


「最強?」


「あぁ、最強だ。なにせ世界中のすべての生命と敵対し、その上で世界を滅ぼしかけた存在は、後にも先にも魔神だけだからな。そして、あらゆる生命に襲いかかってくる魔獣も魔神が生み出した眷属だし、魔の森は魔神が魔獣の住処すみかとして拠点にしていた場所だ」


「……マジの話?」


「マジだな。覚えておくといい、“魔”の付くモノは大体が魔神関係……すなわちだ」


 俺の話を聞き、彼はアゴに手を当てて首をひねった。

 そして「ムムム……」とうなった後、俺の目を見つめながら口を開く。


「でもよ、魔神なんて神知らねーぜ? それに、今も世界が滅んでないって事はそんな強いヤツに勝ったって事だろ。どうやってだよ」


 ほう。いい目のつけどころだ。かんするどさは原作と同じか。


「流石に、当時の状況を見てきた訳ではないから詳しい事は分からない。ただ、生き残った神々曰く、最強とうたわれた神の最期は――――」


 ゴクリ、とのどを鳴らす音がした。


「最期は……?」


「――自滅だ」


「……じめつ?」


「そう。自滅さ」


「なんで?」


 知らん。邪神ちゃんに聞いた時も、追い詰められた果ての自滅としか教えてくれなかったし。

 なんなら魔神については原作でも、一部のアイテムとかのフレーバーテキストに書かれている、『特異な力を持った、かつて存在したチョーつよーい神』ってことくらいしか明かされてないし。


「さあな。流石の最強も、世界を敵に回すには力が足りなかったのだろう。パッとしないオチでガッカリしたか?」


 この話には最強を倒した勇者も、神や人を導く英雄も存在しない。

 から魔神について調べた時に思った。魔神のようなラスボス的存在の最期が自滅なんて物語としてはつまらないだろう、と。


 俺は主人公思うだろうと考えたが、どうやら違うらしい。


「あ? そんなモンだろ」


「そうか?」


 


「だって、物語の中じゃなくて現実に起こった話――実話なんだってな。なら、現実の話に悲劇やら喜劇やら、劇的な要素を求めるのは間違ってる」





 ――思わず、立ち止まってしまった。


 大通りにて突然止まった俺を、道ゆく人は迷惑そうににらみながら避けていく。


「物語に現実味を求めるっつーのはまだ分かるけど、現実に物語味を求めるのはおかし……っておい! どうした?」


 前を歩いていた主人公君が、振り返って心配してくる。


「ククッ……あぁ、なんでもないさ。そうだな。“現実”でドラマを求める事ほど、滑稽こっけいな事は無いな」


 彼の肩を軽く叩いて、足を進める。


「お、おう。体調が悪いんだったら早めに言えよ? ……あ、ここを右だ右。甘そうな匂いがしてくんだろ。俺の師匠もここのスイーツ、特に焼き菓子が好きなんだよ」


「そうか。俺の知り合いがオススメだと言っていてな。焼き菓子なら日持ちもそこそこする土産みやげになるだろう」


 通りを進み、店が見えた。

 目的地へと向かいながら考える。

 

「(そうだ。“現実”でドラマを求めるのは間違ってる。……この世界が本当に“現実”ならば、な)」


 ――やっぱり。事前に確かめに来て良かった。

 俺の前を先導せんどうしてくれる彼の後ろ姿を見ながら、心の中でつぶやく。

 


「(ラスタ。お前の声も、姿も、俺が知っている通りだ。だからこそ、不安になる。ルクス・テラーはこんなにも違うのに、それでも本当に――)」


 

「お、珍しく並んでねーな。良かったなルーク、すぐに買えるぞ!」

 


「運が良いな。お前が案内してくれたお陰だ」


 


 ――お前ラスタは、ルクス・テラーの“主人公”になれるのか?





 


*――*――*


 フェアラのイチオシのスイーツ店。

 彼曰く、いつもは混んでいるそこへはすぐに入れた。

 やはり、俺の日頃の行いが良かったからだろう。

 

 甘い匂いに包まれ、色彩豊かなスイーツがショーケースに飾られた店内にて、俺は無事にフェアラの欲しがりそうなお菓子を手に入れる事に成功したのだった。


「よし、無事に手に入ったな」


「あぁ、ありがとうラスタ。俺一人であれば今頃、裏路地で不良の山を築き上げていたに違いない」


「おう! ルークはこれから人気のない裏通りは一人で入るなよ。絶対だぞ?」


「フリか? 安心しろ。ならず者に襲われても俺の剣のさやにしてやる」


「ガチだ。それと、そこは“さや”じゃなくて“サビ”な。人間を鞘にする気か? 騎士団の詰め所に連れてった方が良いか?」


「冗談だ。本気にするな」


「お前、真顔で言うから冗談かどうか分からねーんだよ。……ま、大祭中は気をつけるんだぞ。じゃあな、ルーク! またどっかで会おうぜ!」


 俺の道案内の依頼も終わり、笑顔で立ち去ろうとする主人公君。


 そんな彼の手を裏通りの時と同じように、俺は再びつかんだ。


「お? どうした、やっぱ体調悪いのか?」


「ラスタ。まだ時間はあるか?」


「ああ、戻ってこいって言われてる時間はまだ先だけど」

 

 ――ならば。


「道案内の礼だ。少し付き合え」


 俺も、武闘派二人組レグやリンリーに毒されたのかもしれない。


「見習い騎士と言っていたな? つまりは、修行の身というわけだ」


 これで、彼のことを理解できるとは思わない。


「これでも、俺は世界を旅する旅人。一人で旅が出来る程度の実力は持っている」

 


「あー……つまり?」



「――手解てほどきをしよう。なに、この経験は必ず役に立つ。必ず、な」


 お前が主人公なら、認めさせてくれ。

 

 俺というイレギュラーがいようとも、かげりのない“光”を持っている姿を見せてくれ。


 俺の人生光堕ちささげるにたる存在だと証明してくれ。


 そして、教えてくれ。


「(――お前は、『ブレイブソード・サーガ原作』だから主人公であれたのか?

 それとも――ラスタ・エトワールだから主人公になれたのか)」


 これは味見だ。メインディッシュ光堕ちの前のオードブル。俺が恋焦がれたあの輝きの片鱗を、もう一度魂に焼き付けてくれ。




 

 これは、ヤミヤミ系光堕ち男の物語。

『お前に俺の光堕ちは任せられんッ。任せるにたる実力を見せてみろッ』的な、娘を嫁に出したくない父親ムーブをする、めんどくさい邪神教団の最高幹部がいるらしい……。

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