7 ボーイ・ミーツ・ボーイ〜光堕ち願望を添えて〜

 聖王国には、主神のおわす王都とは別に、聖神を崇める信者にとっての聖地――聖都と呼ばれる都市がある。

 現在の“神と人”の時代の前、今は亡き魔神“最強”により破壊された“神”の時代にて、かつて聖神が暮らしていた楽園の跡地。


 そんな聖都にて、王国最大規模の祝祭が行われようとしていた。


 それは聖神を崇め称えるという目的だけでなく、かつての聖神の眷属達と現代の聖神の眷属達が交わるとされる、年に一度の大祭。


 街は、王国各地からやって来た多くの人――なんなら他国から観光目当てに訪れる人もいる――でにぎわい、多くの屋台が立ち並んでいる。


 祭りの熱に浮かされた、お祭りムードの聖都を男が歩く。


 男は黒いコートを身にまとい、腰には黒い長剣を引っさげていた。

 黒すぎて逆に目立っている彼は、大通りを人の流れに身を任せて進んでいく。


 この男こそ、周囲が聖なる神の信仰者ばかりなのに、自身に向けられる視線もなんのその、呑気のんきに出店で買った肉串を食べ歩きしてる通りすがりの一般邪神教団最高幹部ルクス・テラー――

 


「この肉うっま」


 

 ――そう、俺のことである。


 

 そして、俺の隣には――

 


「だろ? 王国名物、特性タレ付き魔獣肉串。俺の地元でも祭りの時はコレばっか食ってたぜ。タレも美味いんだが、やっぱ肉だな肉。どんな魔獣の肉を引くかはその日の店主の気分しだい。おもしれーよな」

 


 ――俺と同じ肉串を持ちながら、肉串の魅力を熱弁する赤髪の青年。


「でも、良いのか。お前は騎士なんだろう?」


「あ? 今は休みだ。四六時中街中で警戒してるわけにもいかねーからな。それに、俺は騎士は騎士でも“見習い”騎士。師匠曰く、聖都の地形を覚えるついでに祭りを楽しんでこいってことらしいぜ」


 彼はそう言って、ニカっと笑った。


「それよか、あんたは王国の外から来たんだろ? せっかくだから、ここで会ったのも何かの縁。道案内ついでに、俺が聖王国の魅力を教えてやるぜ。……てか、あんたって呼び方もアレだな。なんて呼べば良い?」


「……そうだな。俺の事は、『ルーク』と呼んでくれ」


「そうか、俺はラスタ! 見習い騎士、ラスタだ。よろしくな、ルーク!」


 一般通過邪神の『使徒』、野生の『原作主人公』とエンカウント。


「あぁ、よろしく頼む(ウッヒョ、生の主人公だ! 俺、会話してる!? マジかよ! あ、こんなところにフェアラから貰った録音機が! ウヘ、ウヒャヒャヒャヒャ!)」


 ――俺は、バレたら流石の主人公もドン引きであろう、内心の狂喜乱舞を隠しながら、こうなった原因を振り返っていた。

 


 


 

*――*――*

 

 ――教団による城塞都市襲撃から一ヶ月ほどが経った。

 

 その間も他の邪神信者たちによる襲撃作戦が行われていたらしい。

 一部教団幹部――バトルジャンキーレグとか武闘派レグとか拠点破壊率第二位レグとか――も戦いに出向いていたのだとか。ちなみに作戦立案は拠点破壊率第一位エイラ


 そんなこんなで現在の邪神教団は、王国各地に保管されている聖神の神器の回収を目的として活動中。


 そして、光堕ちを目指していようと、曲がりなりにも邪神教団の最高幹部である俺にも襲撃任務は言い渡されるわけであり……、現在、俺は聖王国最大の祭り――聖神大祭に来ています。


 フェアラに頼んで全力で変装した今の俺の姿は、流れの旅人そのもの。

 外国からの観光客も多い聖都にて、よく馴染んでいる。


「(うん。さすがフェアラ。やはり、幹部で一番頼りになるな)」


 ……フェアラに変装を頼んだ時のことを思い返したら震えて来た。あの時の彼女は、残業マシマシ三徹目の社畜のような目をしていたのだ。


『ルクス。聖王国は聖神の信仰者ばかりだ。街に潜入するにも、よそ者は秒でバレる。だが、聖神大祭では外国から多くの人がやってくるのだ。簡単に怪しまれる事はない。最近は働き詰めだっただろう? 襲撃前くらい、祭りで羽を伸ばすと良い。

 そうだ、聖都の地図をやろう。私が昔作った、聖都完全把握マップだ。オススメのスイーツの店も載ってある。

 あぁ、勘違いするな。別に買ってこいと催促してるわけじゃないぞ?

 確かに、最近は神器の保管場所を探すのに忙しいし、レグやエイラが拠点を破壊した後の片付けをしたり、色々と働いている。私はお前たちと違って武闘派じゃないからな、裏方の仕事ばかりだ。

 だが、戦闘が無くとも疲れるものは疲れるし、王国にいる幹部……リンリーやレグは作戦の指揮に向かない。エイラは信者を実験体にして恐れられている。だから、私が作戦の指揮を取る必要もあってだな。

 あぁ、愚痴じゃないぞ? 独り言だ。もうすぐ変装も終わる。

 なんだ? お土産にスイーツを買って来てくれるのか?

 そうか! 催促したみたいで申し訳ない! 聖都での作戦が終わったら一緒に食べよう!

 ……仕事を多くしてすまない? 謝る必要はない。お前について行くと決めたのは、私自身だからな。

 なに? ……私を信頼している? だからついつい頼ってしまう?

 ふっ……そうか。安心しろ、私もお前のことを信頼しているさ』


 なんていうか、目がキマっていた。俺が変装を頼んだ時も『こんな忙しいのに変装とかマジかよ』みたいな、色んな感情がないまぜになった目をしていた。

 申し訳なかったので、しっかりと謝っておいたのだったか。

 俺はいずれ光堕ちする男……教団内の好感度管理はバッチリだ。いざとなれば、いつでも背中から斬ってやる。


 


 さて、そんな背景もあり、俺は聖都の裏通りにて、フェアラのオススメスイーツ店を探していた。

 祭りで賑わっている聖都といえど、裏通りは穴場のようで、大通りから離れるにつれて一気に人気がなくなっていく。


「(あーっと、この地図通りだと、ここら辺なんだが……どこだ? てか俺の場所、ホントに地図と合ってる?)」


 端的に言おう。迷った。

 だが、言い訳をさせて欲しい。


 実は俺――方向音痴なのだ。


「(クッソ、マジでどこここ。城塞都市襲撃の時も、俺が森で迷わなければすぐに主人公と会えて光堕ちできたかもなのに……俺の方向音痴が憎いっ!)」


 ヤバい。スイーツを買う事以外にも、俺にはやることがあるのだ。

 今回の聖都襲撃作戦は――ルクス・テラーが主人公と出会う最初の舞台。

 つまり、光堕ちまでのファースト・ステップ。


 なぜ、俺が襲撃に参加する他の幹部を連れずに聖都を歩いているのか?


 それは――


「(主人公を確認する時間がなくなるッ!)」


 ――既に色々と原作からズレている現状、そもそも主人公が聖都に来ているのかという、物語の大前提を先に一人で確かめたかったから。


 なのに、今の俺は『襲撃前の都市に自らおもむいて美味しいスイーツを買いに行く襲撃の主犯』……控えめに言ってイカれた男だという事になってしまう。


「やはり、道が違うのか? ……だって、こんな薄暗くてジメジメして悪党が好みそうな裏道に美味しいスイーツ店があるわけないし……いやっ、こんな場所だからこそ、名店だったりするのか?」


 

「へぇ……にぃちゃん、道に迷ってんのか?」「見た感じよそ者だろ、こんな薄暗くてジメジメして悪党が好みそうな裏道にわざわざ地元の人間が入ってくるわけねぇモンなぁ!」「クヘヘ、よかったら案内してやるぜぇ? ま、金はとるけどな」



 道に迷った俺の後ろから、下卑た笑みを浮かべた三人組の男が近づいて来た。

 俺が大通りから離れた辺りから、ずっと付いてきていたヤツらだ。

 気づいていたが、どうでも良かったので放置していた。

 ――ここで出てくるとは思わなかったが。


「そうか、教えてくれるのか。もちろん、チップくらいなら払おう」


 ――案内の賃金くらいは払ってやる。

 俺がそう言うと、三人組の真ん中――他の二人よりもガタイの良い男が前に出て口を開く。


「アァ? 舐めてんのか、代金は――」

 

「「――テメェの身包み全部に決まってんだろ」……だったか?」


「ハッ! なんで、俺の……ッ!」


 別に、俺がコイツの心を読んだわけじゃない。

 良くあるテンプレのセリフだから先読みできた……っていうわけでもない。


 単純に覚えていたのだ。この状況を。


「ククク、まさか道に迷ったら、こんな幸運に恵まれるとはな」


「き、きめぇ、コイツ、アニキのセリフを先読みして笑い始めやがったッ!」「アニキッ、コイツ頭のおかしいヤツなんじゃ……」「い、いやッ! ハッタリかましやがってッ! そんなイカれたヤツが美味しいスイーツを探してるわけないだろッ! 良い加減にしろッ」


「……悪いな。チップをやると言ったが気が変わった。道案内のお礼に、俺の剣をプレゼントしよう。なに、先払いだ。身を持って味わうと良いさ」


 俺がこの状況を知っていた理由はただ一つ。

 これは原作のゲームで実際にあるイベントだからだ。

 道に迷い、裏道に入った主人公に、笑いながら近づいてくる外道三人衆。

『すわ、戦いか?』……となったところに颯爽さっそうと現れる女騎士。

 彼女こそ、主人公のヒロインの一人であり、剣の師匠にもなる女騎士カレン。

 プレイヤー達は、彼女に色んな意味でお世話になった。

 タンクでもあり、アタッカーでもある、最序盤である邪神教団編で仲間になるキャラの中でもトップクラスの性能を誇っていたから。


 ――そこまで考えて思い出す。


「(あれ、でもこのイベントって王都じゃなかったっけ)」


 そうだ。確か原作でのそのイベントは王都で起こるのだ。主人公を襲おうとした外道三人衆も、目の前の男達とは違った気もするし……。


「(……たぶん、ゲームと似たシチュエーションってだけか。クソっ、セリフまで同じだったから、ヒロインカレンと会えるかもって期待してしまったじゃないか! とんだぬか喜びだ!)」


 ――それもこれも、俺と同じセリフを言い放った目の前の男が悪い。


 俺は長剣を抜き、男たちは腰からナイフを取り出した。


「行くぞッ!」「マジっすか!?」「クソっ! なんでこんなイカれたヤツを狙っちまったんだ!」


「恨むなら……、俺と同じセリフを言った口を恨むと良い」


「「「いや、同じセリフ言わなかったら、アンタはドヤ顔でセリフ被しをミスったダサい男になってたんだが!?」」」


「知らん」


 俺は地面を蹴り、剣を振るう。

 相手は街のアウトロー。こちらは『聖騎士』ともやり合える邪神教団最高戦力。


 彼らが俺の攻撃を目で追えるわけもなく。


「『秘剣・不殺剣ころさずのつるぎ』」


 俺の剣は、瞬時に彼らのもとに届き――


「「「な、なにぃっ!?」」」


 ――綺麗に彼らのズボンを切り刻んだ。


「フッ……つまらないモノを見てしまった」


 しゃがみ込み、下半身を隠す男達。大変見苦しい。


「これでも、優しい方だ。お前たちは俺の身包み全てを奪おうとした――半分残っただけでも十分だろう」


「いやいやいや! ならせめて上にしろよ!」「この悪魔! 外道! 邪悪の権化!」「どうせ、俺たちがブッサイクな男だから、下でいいやとか考えたんだろ!?」


「? 安心しろ。俺は老若男女、やろうと思えば神すらも、この世全ての装備品を斬り刻める男だ」


 ――『秘剣・不殺剣ころさずのつるぎ』。

 俺が戯れで編み出した、装備破壊の攻撃。


 邪神教団として活動していれば、殺してはいけない相手――要は原作登場キャラクターと戦う機会もある。

 その時、簡単に相手を無力化するために生まれたスキルこそ、秘剣・不殺剣ころさずのつるぎ……ちなみに実戦で使う事は滅多にない。単純に使いにくいのだ。

 戦ってる最中に使うと高確率で失敗して、相手の首を刎ねてしまう。

 

 俺の言葉を聞いた三人組は震えている。寒いのだろうか。


「こ、コイツ、シラフで言ってやがる」「イカれてる……」「ヤベェよ……聖都で下半身露出とか極刑だよ……」


 裏通りにて、下半身を露出させ座り込む男三人と、男達の前で剣を抜いている俺。


「……ん? 誰か来るぞ」


 そんな意味の分からない混沌とした場所に、人が近づいてくる気配がした。

 

「(こんな場所にわざわざ来るなんて……この三人組の仲間か?)」


 念の為警戒しながら、俺は乱入者を待――


 


「――はぁはぁ、大丈夫か!? 外国から来た旅人が裏道に入って、その後ろを不審な人物た、ち……が?」

 



 ――目が離せなかった。


「ヤベェ、あの剣、騎士だ!」「く、クソ、逃げるぞ」「厄日だ……厄日だよぉ!」


 ――走り去って行く三人組のことも、頭になかった。


「……え、ちょ、逃げんなって! おい! ……あ、あー、大丈夫か? まあ、その感じだと何ともなさそうだけど」


 ――こちらを心配する、聖王国の騎士特有の剣を身につけた青年。


 何度も、何度も目にした、特徴的な赤髪。


 初めて聞いた、知っている声。


 きっと、彼は俺の事を何も知らない。


 俺も、今の彼を何も知らない。


「んー、大丈夫そうなら、もう行くぜ? 聖都って言っても、色んなヤツが大祭中は来てるからな、こんな裏道、近寄らないのが吉だぞ。ま、あんた強そうだし、余計なお世話かもしれねーけどな」


 ――軽く笑い、そのまま立ち去ろうとする彼の手を、思わず掴む。


「あ、あー、なんだ? なんかあったのか?」

 


 道端で推しのアイドルに会ったファンのように、何も考えられずに頭が真っ白になった俺は、とりあえず――

 


「――この『ドキドキスイートパラダイス聖都本店』の場所を教えてくれないか」

 


 ――道を尋ねる事にした。



 


 後に冷静になった俺は、当時の状況を振り返ってもだえる事になる。

 

 すなわち――現在の状況を青年主人公視点になって考えると……

『旅人を助けようと入った裏道。そこには下半身を露出しながら逃げて行く三人組と、彼らの前で剣を抜いていた男がいる。そして、その男は突然手を掴んできて、何事かと思いきや、“ドキドキスイートパラダイス聖都本店”の場所について聞いてきた』

 ……だいぶオブラートに包んで言うと、俺が頭のおかしいイカれた人間に間違われてもおかしくない状況、という事だ。



 ――これが、この世界におけるルクス・テラー後に光堕ちする悪役ラスタ・エトワール後に世界を救う主人公の初邂逅かいこう……もっと良いシチュエーションあったでしょッ!

 


 


 これは、常日頃から仲間の寝首をくことを考えている光堕ち(願望)男の物語。

 仲間の要望を叶えるために、襲撃前の都市に自らおもむいて美味しいスイーツを買いに行きながら、その仲間の背中を斬ることを考えている貴方は、ちゃんとイカれてるので何も間違ってないですよ。



 

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