5 絶対に光落ちを防ぐ女神の憂鬱

 教団本拠地アヴァロンの最下層。

 最強眷属――ルクス・テラーが立ち去ったその場所で、一人の神が頭を悩ませていた。


 彼女の頭を悩ませているのは、世界に邪悪を振り撒く方法でも、聖王国を滅ぼす為の計画でもない。

 

 趣味の悪い玉座に座りながら、彼女が考えている内容はただ一つ。


 即ち――

 


「どうすれば、ルクスあやつを教団にとどめておけるのじゃ!」

 


 ――ルクス・テラーバカな眷属光堕ち願望バカな計画を防ぐ方法について。



 もちろん、ルクスが自ら自身の願望光堕ち計画を明かした――なんて事実は一切ない。


 では何故、邪神彼女は彼の光堕ち願望を知っているのか。


「毎日毎日毎日っ、光堕ち光堕ち光堕ちうっさいんじゃアホーっ!」


 神々は人間に加護を与える事ができる。

 そして加護の内容は、“どんな神”から、“どんな人間”に与えられるかで決まる。


 例えば、邪神教団幹部のリンリー。

 彼女は常人では目で追う事が出来ないほどの速度と、『不死人しなずびと』と呼ばれるほどの回復能力を加護により獲得した。

 

 初めは『ハッ、あんよが上手ですねぇリンリーちゃん』ととある幹部レグに笑われるような、普通の人間より少し速い程度だった。

 初めはかすり傷一つ治すのに、1時間以上必要な程度の回復力だった。

 

 それを血がにじむような鍛錬たんれんの果てに、リンリーは格上相手にも十分通用するレベルの身体能力速さ特異能力回復力へ磨きあげた。


 邪神が与える加護とは『邪悪を世界に振り撒く邪神の神意』を叶えるためのモノ。

 ソレを信者達の可能性――高い身体能力と異能の発現という形で具現化する。


 そんな邪神の加護だが、ただ信者に力を与えるだけのモノではない。


 他の神にはない、邪神だけのオリジナル権能。


 ソレこそが彼女を悩ませている最大の要因。


 つまり――


「思考が、汚染されるのじゃ……っ!」


 自身が加護を与えた信者に対する、絶対的優位な思考の盗聴とうちょう

 心という他人が絶対不可侵な領域をのぞくという、あまりにも邪悪すぎる能力だ。




「……くっ、なんで邪神たる我がこんな事に頭を悩ませればならんのじゃぁ……」


 ひとしきり玉座の上でもだえ苦しみ、ようやく落ち着きを取り戻した彼女は、“これからの事”について考える。


 彼女の権能――『思考盗聴』は眷属が考えていること全てをあばく能力ではない。

 思考の奥深くは分からないし、眷属の無意識的部分は把握しようがない。


 それでも思考の表層や強い感情は読み取ることができる。

 そこから眷属が何を考えているのか、何をしようとしているのかなどを知るのは、邪神たる彼女には容易たやすいことだ。


 ――教団に入れば望む言葉を神から与えられる。

 

 ――教団に入れば特異な力を得られる。

 

 ――教団に入れば歪んだ世界を壊せる。


 彼女はこの能力を存分に使い、邪神教団という邪悪なる神の手足となって踊る組織を運営していた――とあるイカれた男が入団するまでは。


 その男の名をルクス・テラー。


 教団に入ってすぐに当時の幹部や次期幹部候補を再起不能にし、『自分の上に誰もいないなら、自分が頂点でイイっすね』と空いた幹部の席に遠慮なく座った者。

 

 ――そして、気づけば邪神教団の最高幹部にまで上り詰めていたバケモノ。


 最初、邪神は無邪気に喜んだ。

 なにせ、加護を得てすぐに現在の自分の眷属を一蹴いっしゅうする程の実力者だ。

 彼がいれば作戦の幅も大きく広がり、自身の力を取り戻す日が来るのも早まる、と。

 なんなら、ルクスという強者に導かれて、信者達の実力も上がっていくのではとすら考えた。

 

 

 まあ、その喜びはすぐに驚愕に変わったが。

 


 加護を得て、もともと強かったルクスが加速度的に成長していく。

 彼が強くなるという事は、邪神の加護の力が強まるという事であり、邪神の持つ権能――『思考盗聴』の影響を受けやすくなるという事だ。


 原因は当時の彼女には分からなかったが、加護を得てしばらくの間ルクスの思考が読めなかった。

 

 ちまたでルクス・テラーが邪神教団の最高幹部、邪神の忠実なる『使徒』、教団は邪神と彼によって邪悪を成している……そんな風に呼ばれるようになってから、ようやくルクスの思考が読めるようになる。


 彼女はワクワクしていた。


 破竹はちくの勢いで世界に邪悪を振り撒くルクス、もはや我が半身と言えるほどにれこんでいた彼の思考。


『やっぱり、世界に強い恨みがあるのじゃろうか』


『だって、加護を得る前から、あれほどの強さ……思い付きで鍛えられるような実力ではないのじゃ』


『フッフッフッ……悪いなルクスよ。おぬしの思考を読み終わったその時こそ、ぬしはまことの我が半身であり共犯者と呼べるであろう……いざ、ゆかん!』


 ――ルクスとなら、世界を壊せる。我が邪悪を、存在意義を果たせる。一度滅ぼし尽くした世界で、我と二人で過ごそう。


 彼女は本気で思っていた。

 ルクスの邪悪なる活躍により、彼こそが我が眷属に相応しいと考えていた。

 それは、ルクスを邪神の伴侶はんりょにしても良いと想うほどに。


 故に、ルクス・テラーの思考を読み取った瞬間、彼女は白目をくことになる。


 

『目指せ光堕ち』

   

                『最も深き闇へ』

  『ただ強くなれ』

    

           『恋焦がれた光を』

 


      『邪神を討つ』

 


 ――コイツ、我のこと裏切る気じゃッ!


 読み取れた表層。推測するはルクスの真意。


 そして、理解する。彼が成そうとしている事を。


『こやつ、光堕ちとか訳分からん理由で邪神教団に入りよった……ッ!』


 信じられない。

 ――ルクス・テラーは邪神の『使徒』と呼ばれるほどの“邪悪”だ。


 信じられない。

 ――邪神教団はどんな善良な聖人だろうと石を投げてくる“邪悪”だ。


 

 そんな邪神教団“邪悪”に入り、邪神の『使徒』“邪悪”と呼ばれながら、今なお“光”になれると本気で考えている“邪悪”すぎる思考が信じられない。


 邪神をして理解できぬ、自身が“邪悪”だと気付いていない、この世で最もドス黒い“邪悪の権化”。


 それを理解した彼女は驚いた。

 そして、今まで以上にルクス・テラーの事を気に入った。


 彼が欲しい。

 

 闇の底へと向かいながら、光へと手を伸ばし続けている歪み切った魂。

 

 ただ邪悪を成そうとして、世界に邪悪を振り撒こうとしているのではない。

 

 なんなら、彼には邪悪を振り撒いているという自覚すらない。


 己が欲望光堕ち願望のままに、世界を引っ掻き回す“異端”の存在。


 ――まるで、“邪悪”であることを定められた自分と同じ、歪んだ世界の異物そのもの。


 彼女は決めた。

 絶対にルクス・テラーを“光”になんて堕とさないと。


 どんな邪悪な手段を使っても、彼を己がふところとどめてみせると。


 彼さえいれば、邪神教団も、この本拠地アヴァロンもいらない。


 彼こそが自分にとっての“ルクス”に他ならない。


 彼が真の邪神の半身になった時こそ――世界が邪悪に包まれるのだ……と。


 


 そして、現在。

 邪神たる彼女が決意した日から時は流れる。

 彼女は全力で頭を抱えていた。


「おぬしは逆に、何をすれば光堕ちしないんじゃ!」


 あの日から、ルクスも強くなり、彼女が読み取れる思考の範囲も広まった――最も、そのほとんどが“光堕ち”の三文字に埋め尽くされているが。


 新しいことも沢山知った。


 ――彼は何らかの“定まった”未来を基準に行動していること。


 ――彼は多くの事を知っているが、何でも知っている訳ではないこと。


 ――彼はイカれているが、その本質は単なる一般人と変わりないこと。


 ――彼はこの世界に生きているが、この世界を直視していないということ。

 

 色んな事をしてきた。

 彼が欲しがっている言葉を与えた。抱きついてみた。膝枕をしてみた。頭を撫でさせた。

 それらは彼女の権能から推測したモノであり、同時に彼女の本心から言動でもあった。


 彼だけじゃない。

 教団の活動方針を誘導しようとした。

 彼が基準にしている、いわば“正史”とも言える流れからズラそうとした。

 聖神との因縁も捨ておき、聖王国から手を引こうとした。


 でも、出来なかった。

 どれだけ行動しても、まるで“かくあるべし”とでも流れが戻る。

 小さな流れは変えられても、大きな流れが壊せない。

 世界から“ルクス・テラーと邪神は敵対すべし”と告げられているような、そんな錯覚に陥った。


「おそらく、そろそろ始まるのじゃっ……」


 邪神には分からない。

 ルクスの強い想いの変え方が。彼が行き着く先が。

 彼女の“正史”とは、ルクスの思考から推測した世界の流れにすぎず、その全貌は把握できていないから。

 

 それでも、分かることもある。

 邪神の『使徒』――ルクス・テラーが“光”として世界に受け入れられる事はない。

 これが例えば、邪神教団の最弱幹部とかであれば違ったかもしれない。


 しかし、彼はやり過ぎた。

 既に引き返せないところポイント・オブ・ノーリターンを最高速で突っ切っている。

 彼がもたらした“邪悪”は、取り返しのつかないものになっている。

 

 本心から“光堕ち”しようとも、周囲がそれを許さない。

 聖王国や世界は彼を殺そうとするだろう。

 邪神の狂信者たちも彼を決して許しはしない。

 他の幹部は……たぶん、彼について行く気がする。


 ただ、彼が光堕ちすれば邪神教団が滅ぶのは確定だ。


「考えるのじゃ……どうすれば、どうすれば良い……?」

 

 彼女に出来たのは、ルクスが今日まで光に堕ちないようにする事だけ。

 今の美少女の容姿も、のじゃロリ口調も、彼に好まれるような振る舞いを心がけたが故。

 

 自身に愛着を持たせる事は出来たような気がする。

 彼から読み取れる思考が、そのように教えてくれる。

 

 ――それでも、ルクスが邪神自分を討とうとする強い想いを変えられない。


 これから押し寄せてくるであろう“原作運命の始まり”を予感し、彼女は決意する。


「……いざとなれば使う。魂は足りたと言っていたのじゃ。それさえあれば、はずじゃ」


 玉座の上にて、自身も、教団も、ルクスも、全てを闇から逃さない為の神算鬼謀を巡らせる。

 人智を超えた、邪悪なる神による、邪悪なる“世界”への小さな反逆。


 彼女は嗤う。


「多くの神を、多くの人を殺した我が、たった一人の人間の為に己が権能を振るうなんて……とんだ皮肉じゃな」


 ――だが、それでよい。

 その程度が成せなくて、『世界を邪悪で覆い、破壊し、再構築し、新たなる楽園を生み出す事』など出来るわけがない。


「我は絶対に光堕ちなぞさせんぞ、ルクス・テラー我が一番の眷属よ」


 彼女は不敵な笑みを浮かべながら宣言する。

 そして、それはそれとして眠くなってきたので玉座の後ろにある扉から自室に戻り、ふかふかのベッドで横になった。

 早寝早起きこそ、彼女の邪悪の秘訣なのだ。



 


 これは、光に焦がれ過ぎて逆光で何も見えていない男の主神の物語。

 ぶっちゃけると、目の前にいるのに、頭の中で『教団の中で一番好き。まあ、それはそれとして殺すけど』って言われるとメチャクチャ怖い。

 

 

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