2 約束された光堕ちを待つ男(約束しては無い)

 『ブレイブソード・サーガ』とよばれるシリーズモノの作品がある。

 もとはとあるサークルの同人ゲームとして世に出された作品だが、そこからドンドン人気になり商業デビュー。

 

 コツコツと築いてきた人気の種火は、サーガシリーズの3作品目で爆発し、一気に世界へと拡散されるようになる。


 熱い王道のファンタジーストーリー。

 魅力的な味方や悪役キャラ達の心情の掘り下げ。

 主人公が努力し、仲間を集め、敵に打ち勝つという分かりやすい構成はたいそう一般ウケした。


 アニメ化、ノベライズにコミカライズ、果ては2.5次元。多数のメディアミックスがなされ、スピンオフ作品なども含めれば、ファンですら全サーガシリーズを網羅もうらする事は難しいと叫ばれるようになった。


 そして、ルクス・テラーはサーガシリーズが広く世に広まるいしずえとなった3作品目に登場する、最初の敵役である。


 彼は主人公の故郷を襲った邪神教団の幹部の一人として主人公の前に立ち塞がるのだ。

 しかし、彼は悪逆非道をなす邪神教団に不信感を抱えていた。

 その不信感は主人公との戦いを経て、教団への反意に生まれ変わり、ルクスが主人公陣営に手を貸すようになるキッカケとなる。


 この時のルクスの心情がメチャクチャ良いのだ。

 

 これまで自らの行動に疑いを持ちながらも、盲信的に従っていた教団の邪悪さにようやく気付くシーン。

 そんな自分を陽の当たるところに戻そうとしてくれる主人公の暖かさ。

 その主人公の故郷を襲う事を指揮したのが自分自身だという苦悩。


 闇に堕ち切れず、さりとて光に焦がれた彼の最期は、邪神の生贄いけにえにされようとしていた主人公を庇い、自らが邪神の贄となるというモノ。


『俺は……いまさら光にはなれない。これまで多くの人々をしいたげてきた俺自身の邪悪さと心中する』


 これがルクスのセリフであり、彼の死後、彼が主人公に教団を倒す為の助言をしていたかたわら、他の邪神教団幹部を相手にしていた事が判明する。


 邪神教団最弱の幹部として登場しながら、実力が上である幹部連中を一人で減らしていったのだ。彼の持つ最弱の称号と、これまでの行いで身に付けた汚れた手練手管を活用して、強者の首に牙を突き付けた。


 彼自身は決して認めないだろうが、世界に混沌を振りまこうとしていた邪悪と敵対し、邪神を倒そうとした主人公に力を貸していた彼は既に、彼が恋焦がれた“ルクス”そのものであっただろう――――

 


 つまり、だ。ルクス・テラーとは、俗に言う“光堕ち”キャラであるッ!



 さて話は変わるが、サーガシリーズは発表媒体によって話の展開が様々だ。

 原作であるゲームをそのままアニメやマンガにするのではなく、各媒体でストーリーが映える展開を原作側自身が手ずから考えている。


 故に、『あの登場人物はアニメオリジナルなんだ』とか、『マンガにはアイツ出ねーのか!』みたいな事がファンの間でよく話される。


 そんな中、最序盤である“邪神教団編”に出てくる悪役キャラのルクスは全媒体で皆勤賞だ。

 もちろん、教団編の人気上位勢――光堕ちする悪役として。


 また、そんなルクスと同じく作中人気最上位かつ、全媒体皆勤賞のキャラがいる。

 

 そのキャラの名前は『聖騎士』アダムス・フレイ。


「避けるのだけは上手いねッ、ルクス・テラーッ!!」


 邪神教団“最弱”幹部ルクス・テラーに転生した俺目掛けて、全力で聖槍を振るってくる彼のことである。


 サーガシリーズが誇る光堕ちキャラがルクス・テラーだとすれば、――彼はサーガシリーズが誇る公式公認の最強キャラだ。


「フッ、俺が避けるのが上手いのではなく、お前の狙いがバレバレなだけだ。リンリーの相手で疲れたのか?」


 もし此処に観客がいれば、端正たんせいな顔を歪ませて必死に俺を聖槍で攻撃するフレイと、その攻撃を涼しげな顔をして避け続けるいずれ光堕ちする男の姿に黄色い悲鳴を上げるに違いない。

 

 『あの聖騎士ですら捉えきれないルクスさんスゲェ! ぜひ光堕ちして仲間になってください!』……と。

 

 まあ、実際はそんなこと全然無いのだが。マジで避けれてるだけです。公式チート相手に真っ向から勝負できるわけないだろ良い加減にしろください。


 彼は少しずつ俺の避ける動きに慣れて来ている。

 さっきから聖槍が振るわれる度に、俺の顔にあたる風がメチャクチャ痛い。


 このままだと俺は確実に聖槍に貫かれることになるので、作中でフレイがくもったセリフで時間を稼ぐことにした。


「ククッ、当たらんなフレイ。そこらの子供に棒でも振らせた方が良いのではないか? 聖神の愛し子の二つ名が泣いているぞ『聖騎士』殿」


 ――『聖騎士』アダムス・フレイ。


 聖神より賜った聖槍チート武器の担い手。

 聖王国にて並ぶモノなき強靭な五体チートな肉体

 インフレの波を純粋なフィジカルで超えていく怪物チート


 彼がサーガシリーズ最強ランキング上位常連に居座る姿を見て、公式は認めファンは称えた。


 即ち、“強き者よ、汝の二つ名は『公式チート騎士』也”、と。


 そんな『聖騎士』様は、俺が放った“聖神の愛し子”という言葉に気を取られているようだった。

 ちなみに、この言葉のどこに引っ掛かりがあったのか原作でも明らかになってない。


「……その二つ名を僕は嫌っていてね。聖神様は天上よりこの王国に存在する全ての信者を照らす光そのもの。僕一人に愛を与える訳がないだろう」


「これは面白い事を言うじゃないか。なら、なぜ聖神とやらは現れなかった。天上から全てを照らす光? それなら見えていたはずだろう、自らの民が害されるのを。随分と偏った平等な愛のようだな、邪神様とは大違いだ」


 ――まあ、邪神ちゃんは信者に愛なんて与えないからな。


 俺がテキトーにした返しに、彼の動きがにぶる。

 それでも俺を攻撃する動きを完全に止めないのは流石としか言いようがないが、中途半端な攻撃なら全て目で視えている。

 それなら、避けられる。


 俺が転生してから、とある目的の為にどれだけ正攻法を極め、外法に手を出したと思っているのか。


「(全ては俺が光堕ちする、その時の為――ッ!)」


 ――こんな原作始まってばっかの時期に倒されるわけないだろうが!


 俺は隙をついて、全力で彼を蹴り飛ばした。光堕ちキックだ。


 通常時のフレイなら避けれていただろうが、俺の言葉に動揺している彼にそこまで期待するのは酷。

 俺に蹴られた彼はすぐさま体勢を立て直そうとするが、遅すぎる。


 

 ――そもそも、俺が公式チート騎士様と戦っている理由はなんだ?


 

「既に治ってるだろ。帰るぞリンリー」


「はい……ルクス様」


 あらビックリ。俺が登場した時は赤い肉塊リンリーだったのが、今じゃ半裸の可愛い女の子に大変身。


 いつも着けてる真っ黒仮面も外れて、綺麗な顔が露わになっている。


 それもコレも俺が『聖騎士』様相手に大立ち回りを披露したお陰だ。お礼は俺の光堕ちだけで十分です。


「(塩らしい時は可愛いけど、この見た目で子供大好きサイコパスなんだよなぁ……というか、俺の履修範囲にリンリーとかいうキャラいないし)」


「帰す訳、ないだろうッ!」


 こちらに襲い掛かろうとする彼に向けてプレゼントを投げる。

 フレイは自身のもとに届く前に、聖槍で俺からのプレゼント――煙幕弾を貫き、辺りは一瞬で黒煙に包まれた。

 だが、これでもフレイ公式チートの動きを止めるには足りない。

 

「ダメ押しだ。この煙は魔獣を誘引する効果がある。俺たち二人と戦いながら、この街を守る気か? 『聖騎士』アダムス・フレイ、俺からのアドバイスだ。お前の欠点は一人しかいない事。万能が故に頼らない、最強が故に頼れない。

 ――それでは、また会おう」


 黒煙に覆われた視界の中、俺達を追撃しようとしていたフレイの気配が完全に止まるのを感じる。


 俺はリンリーを連れて、城塞都市をあとにした。





*――*――*


 城塞都市からだいぶ離れた森の中。

 俺はようやく一息ついていた。

 こんだけ走り回って尚、『聖騎士』から逃げられたか定かじゃ無いってどういう事だよ。


「ごめんなさい、ルクス様……まさか、フレイが来るなんて思ってませんでした」


 俺のナナメ後ろを歩くリンリーが謝ってくる。戦闘中はヒャハハって感じなのにギャップがひどい。

 

「俺もお前も無事なんだから問題ない。それより、お前はもっと自分の身を労われ」


 この状態のリンリーを放置すると、一週間くらい使い物にならなくなるので、俺は全力で彼女の機嫌をとることにした。


「でも……私の傷は邪神様の加護で治るし……」


「治るから傷ついて良いという訳じゃあるまい。仲間が傷付く姿を見て、傷付く者もいるのだ」


 俺は違うけど。


「ルクス様……!」


 キラキラとした目で見上げて来たので、彼女の頭を撫でてあげた。こうすると彼女の調子が勝手に戻る。長年の研究の成果だ。

 現に、リンリーは「えへへ」と笑いながら俺の手に頭を押し付けて来ている。

 加護により常に健常な肉体へと回復する彼女の髪は、絹のように触り心地の良い髪だった。


「(ピットブル闘犬を飼うのって、こんな感じなのかなぁ……)」


「――あっ、そう言えばルクス様! 魔獣を誘引する煙なんて作れたのですね! アレがあれば、魔獣を操るのに使う肉壁の数が減りますね。流石です!」


「あぁ、アレはただの煙幕だ」


「ふぇ?」


「そろそろ気付くのではないか? 自分が騙されたことに。フレイの欠点の一つだな、誠実がすぎる」


 本物だったら、逃げる俺達も魔獣に襲われてるでしょ。

 俺は彼女の頭を撫でるのを止め、足を進めた。


「そろそろ拠点に帰るぞ」


 もう、フレイの索敵範囲外だろう。


「……ん、リンリー?」


 リンリーの前を進んでいた俺は、反応が無くなった彼女の方へと振り返った。

 

 そこには目と口を開き、愕然がくぜんとした様子で後方の空を見上げる彼女の姿が。


 気になって、俺も彼女の視点の先を見た。


「ルクスさまぁ……!」


 そこにあったのは一筋の光だった。


 流れ星かもと思ったが、今は真昼間だし明らかに俺達の方へと向かって来ているような気がする。


 ……現実を直視しようか。


「ブリューナク……ッ!」


 ――あの『聖騎士』様、騙された腹いせに聖槍投げて来やがった!


 どこからか、『騙す君が悪いんだよ』という幻聴が聞こえて来たがそれどころではない。


『聖騎士』アダムス・フレイの代名詞――聖槍ブリューナク。

 端的に言えばチョー強い神器と、その神器によって行われる投槍術。


 フレイ肉体チートが振るう聖槍も厄介だが、その本領は聖槍を投げる時に発揮される。


『聖騎士』が投げる聖槍は聖神の権能に匹敵し、聖神からの許しがなければ使用できず、許しがあったとしても使用者は肉体も魂も全てを聖神に捧げ死ぬこととなる――要は自爆技だ。


 問題は此処からで、原作のテキストによると聖槍ブリューナクは狙った相手を極光で必ず貫き、投げた『聖騎士』は必ず死ぬとされる切り札。

 

 そして、我らの公式チート騎士――アダムス・フレイはもちろんッ!


 こんなヤツが“聖神の愛し子”呼びを嫌ってるんだぜ。お前なんか聖神の愛人みたいなもんだろ!


 これこそが『聖騎士』アダムス・フレイが最強である所以ゆえん――ファン達がツッコミまくった仕様チート


Q通常攻撃が自爆攻撃で必中攻撃な上連続攻撃可能な『聖騎士』を相手にするのは間違っているでしょうか?


A絶対に間違ってるッ!


「に、逃げましょうルクス様!」


 ――逃げる?

 相手は必中だぞ。長ったらしい聖神への祈りの詠唱がなければガトリングブリューナクとかやりかね無いチート技だぞ。


 故に、逃げることは不可能。この場で対処する他ない。


 かつて、この身体――ルクス・テラーに転生した俺は、力を求めた。

 主人公陣営に快く合流できるように、合流した後に死なないように。

 正攻法も、外法も、清濁あわせて極めんとした。


 フレイの攻撃を避けていたのが正攻法だとすれば。


 これから使うのは外法の力。


 教えてやろう『聖騎士』。

 公式チートを相手にしたいなら、――コチラもチートを使えば良いじゃない。


 眼を見開く。

 

 インターバルを十分に空けていない瞳の行使に、脳を掻き回されるような鋭い痛みが襲ってくる。

 

 ――やっぱ俺、お前のこと嫌いだわチート野郎。

 

 

「【この瞳に映る、全てを否定しろ、『――の魔眼』】」


 

 ――本日二度目の切り札の行使により、左眼が血まみれになった俺はリンリーに支えられながら教団本拠地に帰還した。




 

 これは、約束された光堕ちを待つ男の物語。

 ベンタブラックよりもドス黒い闇の心を持つ男が光堕ちを望んでいるらしい……。

 

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