#17 出発
「フフフーン♪」
リズは用意された自室へ戻ると、鼻歌を歌いながら次々と荷物を風呂敷の中に詰めていく。
詰められ、膨れ上がった風呂敷を背負うと、そのまま一階へと戻ると、既にリズ以外の九体か揃っていた。
「ごめんなさい!遅れました!」
「別に大丈夫だよ。よし、これで全員揃ったな。早速荷物確認と作戦会議だな」
ククはそう言うと一枚の紙を取り出す。
「はいまず食料。冒険食一ヶ月分あるか?」
「あるぞー」
セイギがひとつの箱から黒色の紙に包まれた一ブロックの冒険食を取り出す。
「冒険食?」
「冒険食ってのは一つで丸一日分の栄養素を持ってる団子……と言うかチョコレートと言うか……」
「美味しい?」
「それだったら食べてみたら?」
そう言いながら鵜鷹はリズに向けて焦げ茶色の冒険食をリズの口に投げ込み、綺麗にリズの口の中に収まった。
「おい備品」
「別に一粒くらいよくない?」
「まぁいいけど……」
リズはしばらくの間咀嚼していたが、少しづつ表情が曇っていく。
(美味しくも不味くもない……なにこれ……噛みきれないし……)
それはまさに無味無臭。
噛み終えたガムの味。
作ったあとしばらく冷蔵庫に放置された餅のような固さに粘り気のせいで噛みきれない。
乾燥しているわけでも湿っているわけでもない食感がリズの口の中に溶け込む。
飲み込もうにも、そのピンポン玉程の大きさの冒険食はリズが飲み込むには少し大きい。
「まぁ、形容し難い味してるよな」
セイギが笑う横で鵜鷹は「私は好きだけどなー」と小さく呟いている。
「それじゃ次は――」
ククはそれらを気にも留めずに確認の作業に戻る。
しばらくして、荷物が全て揃っていることを確認した一行は、拠点前の道の真ん中で次々と荷物が入った箱を巨大なバックパックに詰めていく。
「
「んー?そりゃクラサに運ばせる」
「
リズは聞き慣れない名に首を傾げる。
「ああ、そうかまだ紹介してなかったな。クラサ」
ククがクラサの名を呼ぶと、ククの首袖からモゾモゾと黄色の蟹が出てきた。
【----、・-・-・、-・-・、・・-・、-・・・】
クラサはククの肩に場所を移すと、鋏を鳴らしている。
これはトンツー語と呼ばれる、旧時代に存在した交流方式が元に作られた、原始型の者たちのための言語である。
元は蟲族や蟹族など、発声器官を持たず、手も器用では無い種族との交流で利用される。
もちろん、リズはトンツー語を知らないため、呆けている。
そんなリズを見て、溜息をつきながらも、ククが翻訳した。
「〔こんにちは〕だってよ」
「
リズの返事を翻訳するために、ククは腰に着けた専用のブザーを鳴らす。
【----、・-・-・、-・-・、・・-・、-・・・、-・、・・、・-・--、-・-・-】
【----、・-・-・、-・-・、・・-・、-・・・】
(わかんねぇ!何を話してんのさ!?)
「
「ん?あーそっか、まだ知らないか。なら仕方ないな」
ククはほくそ笑みながらリズのことを見ている。
「
「なぁに、すぐに分かるさ」
「おーいクク〜!準備できたぞー!」
「よし、クラサ出番だぞ」
【--・、・・-、・-・・、・-】
クラサは鋏を大きく鳴らすと、ククから離れた道の真ん中に留まる。
「……」
「……」
ずっとクラサは道の真ん中で震えている。
「……」
「……」
クラサはまだ道の真ん中で震えている。
「……
「しっ、静かに」
クラサはまだまだ震えている。
「
「まだだぞ。あとクラサ早くしろなんで震えてんだお前」
「
ククの胸ぐらを掴もうと、リズはせを伸ばしながらククのシャツを引っ張っていたその時。
クラサの身体に変化が起きた。
一秒過ぎる毎にクラサの身体が巨大化する。
そのうち、拠点のビルの二分の一程の高さに達するまで肉体が巨大になった。
「
「相変わらずすげぇな」
「
「
ククとリズの会話に灰が割り込む。
「
「簡単に言うと共生型ウイルスの総称だね。色々と種類があるんだけど、クラサのは細胞分裂を加速させて一瞬で巨大化するアペイロンだね。他にも炎を出したり、水を操ったり、身体の一部を別の物質に変換したりすることが出来るんだ」
リズの頭から蒸気が上がる。
「へー」
「それでね、なんで共生型ウイルスって言われてるのかっていうと、ウイルスは感染対象、言い換えるなら宿主が居なければ死滅しちゃうから、その宿主を生かすために自身らを犠牲にして能力を発揮するってのが定説だね。そんでもって、宿主である僕らは自分の意思でアペイロンを操ることが出来るわけなんだけど、その理由としては宿主に大きなストレスがかかるのを避けるためだとか」
リズの髪が焦げ始める。
「へー」
「それでね、アペイロンを扱うのが得意な族達はね、調教ってのをやってて、基本的には音や振動や衝撃だったりするんだけど、それで遠距離でも発動させたり、さらに発動条件を増やすことで効果を細密化したり、色々とできるんだ。わかった?」
「わ、ワ、か、ワカカカカカカカカカカカカ」
「?……リズちゃん大丈夫――」
灰が声をかけた瞬間、リズを中心に小規模の爆発が起こる。
「うおっ!?爆発!?大丈夫かー!」
爆発音を聞きつけ、セイギと鵜鷹が駆けつけた。
「あらら、脳がショートしちゃったみたいね」
「灰よぉ、もう少し分かりやすくしてやれないか?」
「これでもわかりやすい方だと思うけど……リズちゃん、もしもし?」
灰が必死にリズの目の前で手を振ると、ようやく目を覚ました。
「……はっ!
「あ、起きた」
(へ?寝てた!?)
「はぁ……もう積み終わってるから、さっさと乗れ。行くぞ」
ククは気だるげに言うと、クラサが背負っているバックパックの上に飛び乗る。
灰とリズもククの後を追うように、クラサに飛び乗った。
「右よーし!左よーし!障害物なーし!」
『ただ今から輸送隊長クラサ氏によるダンジョンまでの旅をご堪能くださーい』
「クラサ、こいつら下ろして――」
「ではまもなく出発しまーす!」
『大きく揺れますのでご注意くださーい!』
セイギと天が悪ふざけをしている中、クラサは街の外へと向かい、走り出す。
長い坂を登りきると、すぐに旧防壁が並んでいた。
長い間誰にも手入れされなかった防壁は過去の姿を無くしている。
リズはクラサが進んできた道を見た。
長い坂の先には巨大な防壁が並び、その中にはいくつもの大きな建物が並んでいる。
ガラス張りの建物が多いせいか、ソルナの光に照らされ、キラキラと反射している。
「……」
「どうしたリズ?」
「ううん……」
気にかけるククに対し、濁した返事をするリズ。
リズの見る世界は新しいものばかりだった。
今、こうして仲間として扱ってくれる者たちも、言葉を教えてくれる者も、全てが初めてだった。
この景色が、リズの心に一つの感動を与えたのだ。
「綺麗だな」
「うん……
「全部台無しじゃねぇか」
ククの気だるげなツッコミは遠くなった街へ消えていった。
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