#15 十人十色組

 リズが東歌集あずまかしゅうを読みながら眠り落ちた翌日の朝。


 目覚め、欠伸あくびをしているリズの部屋に白い仮面をつけた黒ずくめの者、クロス・アルファベットが訪れた。


「グッドモーニング!!マイベストペイシェント!!」

「何語ですかそれ?」

「神語の一部である英語ですよ。そ!れ!よ!り!も!」


 クロスはとても興奮しているのか動きが恐ろしい程に奇抜となっている。


 つい先程まで扉の外に居たのに今では窓側に立っている。


「いいニュースがございますが」

「いいにゅーす?どんなの?」


 リズが問うた瞬間、リズの目の前にいくつかの紙が広げられる。


「退院おめでとうございます!明日から晴れて自由の身ですよ〜!!」

「え?早くない?」

「ま、ゆーて失った血液と足りてなかった栄養素を与えていただけですし」

「なんかよくわからないけど、ヤッター!」


 リズはついにこの輸血台ともおさらばできることに心の底から喜んだ。

 ただでさえ行動を制限されるのは、遊び盛りのリズにとっては拷問でしか無かったからだ。


「それでは早速輸血器を――」

「えい!」

「……」

「……?」

 輸血器を引きちぎるリズ。

 それを見て呆然としているクロス。

 一瞬にして真っ赤に染る床。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙!!」

「ギャ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙!!」


 五分後。


「何とかなりましたね〜……」

(何とかなっちゃうんだ……)

「それよりも!貴女をお待ちしている方々がいらっしゃるのですよ!」


 クロスがそう言った瞬間、扉が開かれる。


 扉の先には複数体の影が立っていた。


「ククさ――」


 そこに立っていたのはククとボロボロになったセイギだった。


「――ん!?」

「おう、お邪魔するぞ」


 そう言うとセイギを蹴り飛ばし、部屋の中にぶち込んだ。


「まーた喧嘩ですか?」

「あ?けんかじゃねぇよ」


 ククは席に着く。


「一方的に俺が殴られたんだわ」

「さすがにも無茶がすぎるでしょ」

「だよな。俺に勝てるわけないのに」

「いや嘘つきの方に言ってるんですけど?」


 謎のやり取りを繰り返すクロスたちを無視してリズは完全に伸びているセイギを突っついている。


 ククはそれにようやく気がついたのか、席を立ちセイギを蹴り上げ、肩に乗せてドアノブに手をかける。


「邪魔したな。リズ、行くぞ」

「貴方族権って知ってます?」

「リズ知ってるか?」

「ぞくけんってなーに?」

「ということだ。そんじゃあな」


 ククとリズは部屋から立ち去った。

 山積みの赤色のハンカチと血に濡れた床を置いて。


(むちゃくちゃだなぁ……あの子)


 クロスは遠くを見ながら心の中でそう呟いた。


 そんなことも知らず、ククは眠そうに欠伸をしている。


「それで、一応冒険免許一級は取ったんだよな?」

「はい!そこは問題ないです!」

「神語ペラペラだな」

「あと一つだけいいですか?」

「なんだ?言っとくが、このボロ雑巾に関しての質問はダメだからな」


 ククが担いでいるセイギの背中を叩きながら言うと、リズは縦に何度も首を振る。


「それでなんでセイギさんはこんな感じになってるんですか?」

(こいつ、話聞いてねぇ……!)

「……」

「……」


 ククは答えるよりも沈黙を選んだ。


 シシュウ総合センター受付エリアを抜け、外へ出ると、そこには茶髪の短髪に、同じく茶色の羽根が生えた翼を持つ女、鵜鷹ていようが携帯をいじりながら待っていた。


「ん、おかえり」

「おうただいま」「ただいまです!」「……」

「そんじゃ、行こっか団長たちも待ってるし」


 鵜鷹について行くと、小さな駐車場に着いた。

 鵜鷹はその駐車場の一番奥に停めてある黒塗りの大型車に乗り込み、ククとリズも続いて乗車し、出発する。


 リズは初めて見た乗り物に興味を惹かれ、フワフワの椅子で小さく飛び跳ねている。


 しばらくすると、巨大な建物が見えてきた。


「わぁ〜!なんですかアレ!」

「アレは海龍商会タラッタ・カンパニーのシシュウ支部だな」


 窓から身を乗り出すリズの服を掴みながらククが答える。


「たらったかんぱにーってなんですか!?」

「海龍商会ってのはクロムウェル・カコ・マティ五世が設立した万物流通センターのことで――」


 ククは瞬時にリズの異変に気がついた。


 リズの頭から煙が上がっているのを確認したからだ。


「――……なんでもかんでも売ってるところだな」

「そんなテキトーな説明で大丈夫?」

「大丈夫だろ。なぁリズ?」

「……」

「?……どうかしたか?」

「もう少し詳しく教えて欲しいんですけど」


 真面目な顔でリズはそう言った。


(めんどくせぇ……)


 リズとククが質疑応答を繰り返しているうちに、海龍商会に到着した。


 一階から二階は一般向けの食品や道具など、様々な製品を取り扱っており、三階から五階までは会員限定エリアとなっている。


 それ以上は海龍商会の事務所などになっているため、関係者以外立ち入り禁止である。


「とりあえずそんな感じだ」

「なるほど。全然分かりません」

「そうかじゃあ今すぐその角へし折って――」

「クク、抑えて」


 三体は自動ドアを抜けるとそのまま三階へと向かう。


「なんでぇー!!」


 三階に上がると同時に誰かの情けない泣き叫び声が三体の耳に入る。

 それと同時にククが呆れたと言わんばかりに両手で顔を覆っている。


 リズは声が聞こえてきた方向へ目線を向けると、海龍商会の制服を着た従業員に縋り付く女性の姿があった。


 十人十色組団長、比嘉琉那ひよしるなだ。


「予約してたじゃん!予約してたのになんでよ!?」

「ですから!お客様!当店では予約をしても数ヶ月後というのは当たり前だと何度も――あっ、ククさん!助けてください!お宅の団長さんどうなってるんですか!?悪質クレーマーもドン引きですよこれ!」


 ククは顔面を両手で覆いながら助けを求める従業員の脇を通り過ぎる。


「ちょ、ククさん!」

「エードチラサマデスカネェワタシシラナイデスー」

「他者のフリ下手か!」

「クク〜!!何とか交渉してよ〜!!」


「「うわぁ……」」


 鵜鷹はゴミを見る目で、リズは引き気味に琉那達を見ていた。


「それにしてもなんでここに来たんですか?」

「うーん、団長曰く、リズちゃんの武器とか取りに行くからって言ってたけど、早すぎとは思ってたけど何を勘違いしたのか」


 呆れた様子で鵜鷹は琉那を見ている。

 相変わらず琉那は泣き叫びながらククと従業員の足に捕まっている。


「そもそもクロムが約束してくれたんだもん!明日までには試作品を作るって言ってたもん!」

「わかった、わかったから一旦黙れ。それで一応お聞きするが、クロムウェル殿はどこに?」


 ククは泣き喚く琉那をあやしながら、従業員に問うとすぐに小声で答えてくれた。


「実はここだけの話なんですけど、先日起こったネフリティス襲来事件……その調査にあたっています」

「ん?単純にでかくなりすぎた群れコロニーが列車のことを目の敵にして襲ってきたとかじゃなくてですか?」

「それが……貨物車両にネフリティスの卵が発見されまして……さらに調査隊によって襲ってきた群れの何匹かを調べた所、ちょっと待ってください。写真がありますので……」


 従業員は大きなデジタルパッドの写真の欄から一枚の写真を拡大する。


 そこにはネフリティスの亡骸にいくつかの矢印がつけられている。

 その矢印の先には、まるでガスバーナーで溶かされたような跡が残っていた。


「なるほどね。だがなんでクロムウェル殿が調査を?」

「それが、この跡に見覚えがあるとの事で……」

「なるほど。それじゃ、今日のところは帰ることにしますね」


 ククはそう言い残すと、琉那を引きずりながらリズと鵜鷹を連れてその場を後にした。

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